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前世の記憶がまるで役に立っていない



 主人公、と言われても正直ウェズンがピンとくるかと言われれば当然ながらそんなはずはない。

 そりゃあ自分の人生は自分が主役だ、なんていう言葉もあった気がするが、だからといって世界の主人公ではない。個人の人生など世界規模で見れば誰も彼も脇役みたいなものだ。


 とはいえ。


 主役がいるならその周辺には敵になる相手と味方になる相手がいると考えていいだろう。


 同じ学び舎で共に魔王を目指し切磋琢磨するというのであれば、そこにいる全員が仲間でありライバルであるといっても過言ではない。

 とはいえ、流石に全生徒が味方になるなどというような事はないはずだ。



 ウェズンが通う事になった学び舎を、グラドルーシュ学園と言う。


 魔王を育てる、という割に言葉の響きはそこまでおどろおどろしいものではない事を不思議に思うか喜ぶべきか……


 二人は既にこの学園に入学している。

 ウェズンが想定していた入学式というようなものとは違い、とてもさらっとしていた。生徒たちが集まっていたけれど、それが多いのか少ないのかも正直よくわからなかった。

 ただ、教師だと思しき面々と共にずらりと並んでいるゴーレムがやたら目についてしまったから、というのも否定はしない。


 ウェズンの母も家でよくゴーレムを使って家事などをしていたから、ウェズンからすれば馴染み深いものではある。あるのだが……厳つい感じのフォルムから丸く可愛らしいデフォルメされただろうものまでずらりと並んだそれは、入学式というよりはゴーレム展示会とか言われた方がしっくりきたくらいだ。

 そのせいで多分偉い人の話もウェズンの耳は完全に素通りしていたのだ。困ったことに。

 そしてまたイアも周囲の状況を物珍しそうに眺めていたせいで、話はやっぱり聞いていなかったとの事。


 初っ端から大丈夫だろうか、と思わなくもなかったが、ま、なるようになるだろう。


 原作の第一歩目からして大きく乖離したも同然なせいか、重く考えるのを早々に諦めた結果であった。


 小説はともかく、イアが主役となっていただろうゲーム版とやらである程度主要人物はわからないのか、と思ったがイアは綺麗さっぱり忘れていた。


 式を終え、自分たちの教室へと足を運んでウェズンが最初にした事は、とりあえずクラスメイトたちの顔を一通り確認する事だった。

 残念ながら、主要キャラっぽいのとモブっぽいのとの区別がさっぱりだったので、誰がどういう感じか、とかそういうのはさっぱりだった。割と最初から詰んでる感が酷い。


 そしてその後教室に入ってきた男――まぁ言うまでもなく担任だろう――に、挨拶もそこそこにいきなり殴り合いをさせられたのである。


 本来ならば、そんなふざけた提案誰がきくのか、という話だ。

 だがしかし、それができないならここの生徒としてやっていけないだろうから、だったら出て行け今ならまだ故郷へ帰っても言い訳がきくぞ? なんて言われてしまえば。


 生徒たちは従う他なかったのである。


 そしてその結果がウェズンの勝利であったわけなのだが。


 殴り合いの最中、ウェズンはクラスメイトたちをじっと観察もしていた。殴りながら。

 実力的にそこまで強くないやつはモブだろうか……と考える。

 イアはウェズンの背後に隠れるように立ち回り、ほとんど殴り合いに参加していなかったけれど教師は特に何を言うでもなかった。上手く狙われないようにして力を温存、そうしてある程度数が減ってから……というのも戦略としては有効、とでも思われたのだろう。


 最後の最後でヤラセ以外の何物でもないやられ方をしたわけだが。


 大体ウェズンとイアとで殴り合ったなら、間違いなくウェズンが勝つ。なら、さっさとその結果に至らせた方が手っ取り早い。

 いきなりの殴り合いという展開についていけず、ウェズンとしてはさっさと寮に割り振られた自室で休みたかったのもあった。身体的な疲れはそれほどでもないが、精神的にぐったりであった。


 大体学園に来る前にも正直どうかと思うような事があったのだ。



 まず、学園に行く直前、そこでウェズンは己のフルネームを知った。

 この世に生を受けて一体何年経過してるんだと言われそうだが、今まで両親はウェズンとしか呼ばなかったし、イアもおにいと呼ぶばかりで誰も自分をフルネームで呼ぶ事などなかったのだ。


 ついでにその時に両親の名前も正式に知る事となったとか、前世の感覚でいくと到底信じられなかった。

 前世でもそりゃあ確かに幼いうちは親の事などパパママ呼びだったり、子供も愛称で呼ばれたりすることが多い。けれども幼稚園だとか小学校に入る頃には自分の名前くらいは知る機会があるのだ。名前だって自分で書かなきゃならない事もあるし。

 その頃に親がママ友だとかの付き合いがあるなら、子供の名前にプラスしてのパパママ呼びだ。

 親の名前を子が把握してなくても、自分の名前くらいはその時点で嫌でも把握できる。


 だがしかし、ウェズンの両親は町から少し離れた場所に居を構えていた。

 丘の上に小さな一軒家、みたいな夢見る乙女が一度は想像しそうな感じの家。ご近所づきあいがほとんどなかったので、外部との接触もとても少ない。

 時々、町の方に買い物に行く事はあったけれど用を済ませればさっさと帰っていたのでウェズンが両親の名を知る機会はほぼなかった。

 何せ両親共に自らの伴侶の名を愛称で呼んでいたので。


 結果として、十五、六にもなろうという頃にウェズンは自分と家族のフルネームを知る事となったのだ。


 知ろうと思わなければ意外と知らないままでいられるんだな……と謎の感動を覚えたほどだ。

 ちなみにイアはうっすらとではあったが原作知識があったせいか、一応知ってはいたらしい。もっと早くに教えてくれよ、と内心でウェズンが思ったのは言うまでもない。まさかイアもウェズンが家族の名を把握してすらいなかったなど思いもしなかったし言う機会などウェズンが言い出さない限りあるはずがないので、それをウェズンが口に出す事もなかったが。



 しかし、だ。


 朝身支度をする際に鏡を見てウェズンは思う。

 一応その作品としての主人公はウェズンだと言われても、なんというか……


「……パッとしないな」


 それが、ウェズン本人の感想だった。


 いや、普通主人公って言ったらもっとこう、デザイン的にさぁ……という気分であるのは間違いない。

 世にはびこる創作物の主人公なんて大半が美形の部類に入るだろうに。

 少年漫画の平凡な主人公はある日事件に巻き込まれ戦いの中で成長し気付けばハーレムもどきを形成してる事だってあるし、特に何のとりえもない見た目も中身も平凡なはずの少女だって気付けば何かすっげぇハイスペック男子に惚れられている。


「もしかして主人公補正はない感じか……?」


 なんて呟いて。

 まぁあるはずないだろうなとも思う。

 前世の記憶を思い出した事が転生特典ですとかだったらどうしようか。正直ふわっと程度に多分自分だったんだろうなこのおっさん、という程度の認識しかない代物でどうしろと。


 まぁともあれ。


 現状どうしたって前に進むしかないのだ。既に入学し、ここの生徒となった以上は。


 とりあえず昨夜部屋に届けられた制服だとかを身に着けて、改めてウェズンは鏡を見た。


 わぁ、とってもコスプレ感しかない。


 それが、制服を着た最初の感想だった。

 そうして教室へと足を運べば、やはり昨日と同じ顔触れがそろっていた。

 最後まで殴り合いしてた男も既にいる。ウェズンが教室に入って来た事に気付いた男はちらりと視線を向けたものの、特に何を言うでもない。


 一応、皆特に怪我をしている様子はない。制服と一緒にそういやポーションも届けられてたっけな、と思い返せば、そりゃそうかと納得する。ウェズンだって目に見えてわかりやすい部分に怪我こそしていなかったけれど、服を着替えようとしてみたらいくつか痣ができていたのでポーションは遠慮なく飲んだわけだし。


 大抵の怪我はすぐに治るポーションってすごい。

 今まで塗り薬だとかの世話になったことはあっても、ポーションはそうお目にかからなかったのでなんというか、ちょっとした感動すら覚えたほどだ。そして同時にほぼ一瞬でこれだけの怪我が治るってどういう仕組みなんだろうな怖い、という感情も芽生えたが。前世の記憶なんぞなければ当たり前のものとすんなり受け入れただろうに。


 もしかして前世の記憶今のところ枷にしかなってないんじゃないか……? とすら思えてくる。



 特に決められた席はなく、皆思い思いに空いてる席に座っているようなのでウェズンもそれに倣って適当なところに腰を下ろした。

 ちらっと見た限り、全員が勿論制服を着ているのだが、集団コスプレ会場にしか見えない。これも前世の記憶の弊害だろうかとすら思う。


 ちなみに制服は黒を基調としたゲームに出てきそうな騎士が着てそうなやつだ。といっても鎧だとかがあるわけではない。儀礼用と言われればまぁ納得しそうな感じのデザインではある。

 見た目重視の乙女ゲームとかならよくありそう、とも思ってしまった。


 ウェズンはほぼ初日でもあることだし、と制服をかっちり着込んだが、多分そのうちどっかで着崩す気がしている。昨日最後に殴り合ってた男は既に制服を着崩していた。

 ちらっと教室内を見回せば、その上から白衣を着ている人物もいる。黒い制服集団の中に白衣なので、やたらと目立つ。確か彼は……中盤あたりで沈んだような。沈めたのはウェズンと最後まで殴り合ってた奴だ。


 女性の場合制服はスカートタイプのものもあるのか、男性用の制服とそう変わらないのを着ている者とスカートな者、大体半々に分かれていた。ちなみにイアはスカートタイプを選んだらしい。

 既に教室に来ていたらしき妹はこちらを見つけるなり声を出しこそしなかったが、ぱっと笑みを浮かべて手を振っていた。


 その近くに既に別の生徒が座っているのでウェズンがそこへ行く事はないだろう。


 教室そのものは広い方だと思う。

 というか、生徒の数に対して教室が広すぎるのではないか、とも。


 いやまぁ、創作物で学園ものとくれば、大抵後から新キャラが転校してくるとかあるから教室に対して生徒の数がピッタリでこれ以上誰かが入る余地はありません、とか滅多にないだろうとは思うのだ。思うのだけれど、現実的に考えるとこれどうなん……と思えてくる。余裕を持たせるにしても精々一人か二人新たに入るくらいならわかる。だが現在空いてる席は十以上あるのだ。

 えっ、ここにそんだけ新キャラ追加とかされる予定が……? と穿った見方をしてしまいそうになってしまうのも無理もない。


 大勢がもし来るような事になる展開ってなんだ。

 どこか他の学校が潰れてその生徒たちの受け入れか……?

 その場合その学校が潰れる原因ってなんかとんでもない脅威だったりしないか……?

 最終目的はウェズンが魔王になる事で、ここは魔王養成学校のようなもの、とイアには言われているけれど、じゃあその場合の脅威とは勇者なのか?

 え、勇者わざわざ学校潰しにくるって事?


 えっ、これ学園ものなんだよな……?


 いくつか考えてみたものの、生憎ウェズンにはさっぱりだった。

 肝心のイアはストーリーの大半を忘れている始末。

 何かのきっかけで思い出す事もあるかもしれないが、期待はあまりしない方がいい。本人もそう言っていた。


 いやもしかして、これ、空いてる席実はそこに座る連中いてまさか初日から遅刻か?

 なんて思い始めたあたりで。


 扉が開いてそこから昨日審判をしていた教師が入ってくる。そうして教室内を見回して、

「お、全員揃ってるな」

 なんて言った事で。遅刻者という可能性は即座に消滅したのであった。

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