邂逅、それから
「自分が言えた事ではないとはいえ……それでいいんですか兄上」
「いいも何も。便利だぞ」
はぁ、と溜息を一つ零した後にそう言ったのはジークで、あっけらかんと返したのはオルドだ。
暗黒竜ジークフォウン。竜であるが故にその体内にある魔晶核を狙われていたが、今はイルミナの母親の身体を乗っ取って存在している。
完全な竜とはいえなくなったが、それでも封印されていた時と比べれば自由と言えなくもない。
既にその身体は竜ではなく魔女の身体で、故に体内に魔晶核は存在していないので。
……勿論、竜としての力を強めていけばこの身体も竜寄りになっていくのでいずれ、それこそ気が遠くなるくらい先の未来で魔晶核が体内で作られる事になるとは思うが……まぁ今は体内にそんなものはないので、狙われるような事もない。
仮に狙われたとて、そして有り得ないと思うが万が一ジークが負けてその体内にある魔晶核を狙った相手に掻っ捌かれたとしても、完全なる無駄足である。
むしろタダで殺されてやるつもりのないジークが抵抗すれば相手の被害も相当だろう事を考えると、無駄足どころか骨折り損のくたびれ儲け。
ジークが竜である、と知る者は現状そう多くはないので、そもそも狙われる事もないと考えていい。
その背から羽を広げたところで、他の有翼人種だと思われるだろう。
実際周囲はそう認識しているというのを、学園でジークは実感していた。わざわざ自分から竜だと言うつもりもないので。
ジークが竜である事を知っている者も、あえて周囲に吹聴する事もないのだ。であれば、余程馬鹿な真似をしなければジークが危険にさらされる事は無いと言ってもいい。
そうでなくとも。
少し前に何やら色々と改良したからか、新たな神の楔ができあがりそれらは徐々に瘴気を浄化する仕組みを持っているというのだ。
であれば、人間たちが馬鹿みたいに今まで以上に瘴気をまき散らすような事さえしなければ世界は徐々に浄化されていくわけで。
勿論それを知る人間は多くはないので、大半の者たちは今でも竜の体内にあるという魔晶核を狙っているわけなのだが。
瘴気汚染が日常的でなくなれば、遠い未来では同族たちももう少し自由に動ける事だろう。
それはさておき。
ジークはウェズンに兄の気配を感じ取ってはいた。
どうしてなのかはわからなかったが、確かにそこにいる、とわかってしまったからこそ近くに居る事を選んだ。
それが明らかにされたのは、本当につい最近の事だった。
ウェズンが持っていた武器。
形状を自在に変える事ができる武器であるために、魔法なり魔術なりそれなりに駆使して作られたとは思うのだが、そこに。
まさかそこに兄が使われていたとは思いもしなかったのだ。
魔晶核がわかりやすくくっついていたというのなら、ジークとてもっと早くに気付けただろう。
けれどもウェズンは常に武器を持ち歩いていたわけでもないし、必要な時しかリングから出す事もしていなかった。
見た目でわかりやすいわけでもないからこそ、気配だけは何となく感じ取れていてもそうであるとの確信は持てなかった。
そんな兄が受肉した。
いや、受肉という言い方もなんだか微妙に違う気がするが、適切な言葉が受肉になってしまうので受肉でいいや……とジークも内心でぶん投げた自覚はある。
兄――オルドフリードはそもそもかつて、色々あってテラプロメにてその肉体を失う事となった。
その色々、に関してオルドは語っていない。
ジークとしてはその色々が重要なんでしょうが! と言いたくて仕方がないが、大方兄にとって何らかの失態をかましたのだろう。言わないってのはつまりそういう事。もしくは、何かの秘密を抱え込んだか。だがそれなら兄の事だ。何らかの匂わせコメントを残していてもおかしくはないのである。
なら、やっぱなんかヘマしたんだろうな、と思うわけで。
魔晶核が埋め込まれた武器は、ウェズンの父であるウェインがテラプロメから脱出する際ついでに持ち逃げした物だ。
長い間ウェインが使用して、その後学園に入学する時にウェズンに譲り渡された。
オルドは時折ウェズンと念話のような事ができていた、とジークに話してくれたけれど、ウェインとはそうではなかったらしい。
親子なのだから似たような波長かと思ったが、違った模様。
魔晶核内臓なので当然浄化能力もかなり高くはあるけれど、きっとこの先その用途として使われる事はない。
ウェズンはそう判断して、そして何故だか教授へと話を持ち掛けた。
普通そこはかろうじて身内のジークに相談とか事前連絡するものではないのだろうか……? とも思ったが、言われたところできっとジークなら好きにすればいいと答えるだろうなと思ったので思うだけに留めておいた。
これが、お兄さんが宿ってる武器適当に実験に使っていいか? みたいな質問だったら拒否したとは思うけれども、そうでなければジークは反対するつもりもない。
そうでなくとも、実験材料にされるようなら念話を通じてウェズンに抗議なり賛成なり兄ならしているはずなわけで。
なのでジークからすればある日突然兄が身体を伴って現れたようなものだった。
器を捨てて残された魔晶核に意識だけを宿した状態でよくもまぁ長年……と思いはしたが、同時に兄ならそれくらい造作もないなとも思っているので、驚きはしたが直後に納得した。
新たな肉体は教授がせっせと作ったホムンクルスであるらしく、ゴーレムよりも人間らしい見た目をしているのでジークもすんなり受け入れる事ができたとも言う。
学園内部、そこかしこでせっせと雑用をしているゴーレムたちのような見た目であったなら、流石にジークも頭を抱えて「兄上……流石にそれは……」と嘆いていた事だろう。
ともあれこうして見た目こそかつてのものとは異なるが、ジークは兄であるオルドと再会を果たしたというわけだった。
ウェズンが持っていた武器に宿っていたものがこうして解放されたために、結果としてウェズンが今まで使っていた武器は使えなくなってしまったものの、ウェズン本人がそれを良しとしているようなのでジークからは何も言う事がない。
むしろ武器に宿っていたくせにそれに気付けなかった事の方がジークにとっては……という話でもあった。
ゴーレムボディよりはマシだけど何せ見た目がかつてと異なりすぎるせいもあって、ジークとしては思わずそれでいいのか、と問うてしまったが本人がご満悦のようなのでそれ以上は何も言えなかった。
「これで兄上……じゃなかった、ウェズンがボロボロになって帰ってきたら笑い話にもならないのだが」
「大丈夫だろ。仲間も一緒だぞ」
「……仲間、ね」
「それにほら、なんかあれだ。お前の友人もいるんだろ?」
「……友人だったのはかつての話です」
「なんかあったっぽいってのは聞いてるが、まだ引きずってるのか?」
「黒歴史なので」
「黒歴史なのか」
「黒歴史です」
ふーん、ととても軽く相槌を打って、オルドはそれ以上何も言わなかった。
黒歴史って言っておきながらその黒歴史の近くに居る時点でお察しというものである。
普通、黒歴史って目を逸らしたくなったり見なかったことにしようとしたりするものではないのかな……? と思ったが、言えばジークがどんな反応をするかはわかっているので。
自分がテラプロメに捕まった状態だった頃から結構長い間会わない状態だったし、見た目だってかつてのものとは随分と変わってしまったけれど、中身は存外変わっていないのだな、なんて思う。
(まさかこうして新たな肉体を得てこんな風に会話をするなんて思ってもいなかったな……)
そんな風に思う。
武器に宿って、この先もずっとそのままなのだと思っていたから余計に。
それがまさか、ウェズンと波長が合う事で会話もできるようになった事で完全な孤独というわけでもなくなったし、こうしてお互い姿が異なるものの身内とも語らう事ができるようになった。
「どこで何が起きるかわからんものだなぁ……」
「なんです兄上。そんなしみじみとして」
「年を取ると感傷的になるものなのだなと」
「……見た目だけなら凄く若く見えるのでそう言われると違和感がとんでもないですね」
うへぇ……なんて今にも言い出しそうな顔をして言うジークに、オルドは改めて自分の姿を見下ろした。
鏡があるわけでもないので顔は自分で今見る事はできないが、確かに大分若い姿になったなと思う。
というか、むしろ今の姿のジークよりも見た目は若く見えるかもしれない。
というかむしろジークの方が年上に見えるかもしれない。
「いやでもな……ないな」
「何がですか」
「見た目が若くなったからとて、それに合わせた口調や動作をするとなると、なんかこう……自分自身に解釈違いを起こしそうで」
「やらないで下さい。こちらも解釈違いを起こすと思うので」
「お、おう……」
目が真剣だった。
はははご冗談を、みたいに軽やかに流されたのであれば、揶揄いついでに試しにやってみようかな、と思わないでもなかったが声がマジトーンすぎてやったら本当に発狂しそうな雰囲気があったので、オルドは若干引きつつも頷くので精一杯だった。
揶揄うにしても度を超すと後が大変な事になるのはきっと昔から変わっていないはずなので、オルドのその考えは間違ってはいなかった。
「とりあえず……ウェズンが戻ってきたらこの姿になんて言うと思う?」
「さぁ? あれはあれで変なところ大雑把だから、否定的な意見よりも当たり前のように受け入れるだけだと思いますが?」
ホムンクルスボディに移行するのはほとんど教授が頑張ってやってくれたので、ウェズンは武器を手放しただけだ。
そして魔女の依頼を受けて出ていったので、オルドの今の姿をウェズンはまだ知らない。
戻ってきたら、どんな反応をするだろうか。
そう思ってジークへ問いかけてみたが、答えはそっけないものだった。
でも、まぁ。
確かに彼が否定的な事を言う様子は想像もつかない。
ジークの言葉を否定する要素はどこにもない。
「……うーん、折角だから我も奴の事を兄と呼んでみるべきだろうか?」
「……明らかにあっちが年下ですが」
「見た目は今こっちの方がギリギリで年下に見えなくもないかもしれないだろう!?」
「正直他にもあれを兄と呼んでいる者がいるので、今更感しかないと思います。というか、何ポジション狙いなんですか兄上は」
半眼でこちらを見るジークに、オルドはふと考え込んだ。
今までは彼が使う武器として、意識だけとはいえ交流が可能だった相手だ。
そういう意味では相棒と呼んでもいいかもしれない。
用意された身体がやや幼く見えない事もない……みたいな感じだったから、ついウェズンの妹と似たようなノリで兄扱いした方がいいのかと思いかけていたが、確かに自分は彼を兄と見たわけではなかった。
「そうか……確かにそうだな。兄ではない。
相棒だった」
「そうですか」
ジークとしては兄がわけのわからん事を考えているな、としか思っていないので返事は若干適当だったが、大真面目にそんな風に返されたので。
仮に相棒と呼んだとして、今後兄はウェズンの武器として共に在るわけでもないのだから、その呼び方もどうなんだろう……と内心で思うだけに留めた。
そこで指摘したとして、じゃあどういう呼び方がしっくりくるかを聞かれても面倒になってきたからだ。
よし、じゃあ帰ってきたら早速そう呼んでみよう、なんてワクワクしだした兄にジークはむしろその姿になった事をまだ知らないわけだから、誰? とか聞かれる可能性の方が高いと思うんだがなぁ……とは言わなかった。
不毛な会話に飽きたというのもある。
確かに長い年月を兄とは別れていた状態だったが、この先いくらでも時間はあるのだ。
なので、ジークとしてはそろそろこの会話を切り上げるべく、適当な雑用を見繕ってその場を立ち去る事にした。
一応教員として学園で手伝い程度の事はしていたものの、ウェズンたちが研究所へ移動した時ついでにジークもそちらの職員として名を連ねる事となったので、探せば何かしらの雑用はあるのだ。
だからこそ、ジークはその場面を直接見る事はなかった。
ウェズンが戻ってくるなり早々に「相棒!」と呼んだ兄の姿を。
そして見知らぬ相手から突然そう呼ばれたウェズンが「もう一人の僕……?」と困惑しながら返したところも。
後になってから伝聞で知って、なんでそうなった? と首を傾げる事も。
今はまだ、何も知らないのである。




