いつか、どこかで
「なんか思ってたより合成獣閉じ込めてる館ってあるのね……」
そう、思わずといった風に声に出していたのはイルミナだった。
「そりゃあるに決まってるだろ」
それにこたえたのはイルミナたちを案内していた魔女だ。
「だって昔、それこそ本当に大昔も大昔だよ?
世界に存在する瘴気を吸収して育つ魔物は、瘴気がある以上成長し続ける。倒せば吸収された分は消滅、浄化……まぁともあれその分は消えるとはいえ、だからって馬鹿みたいに瘴気を発生させ続けたらとんでもない事になる。
倒せなくなったらしまいだもの」
「弱いうちにちまちま倒せば危険な事にはならないわけでしょ?」
「でも瘴気も吸収されないから、魔道具なんかを使い続けるにも気を付け続けないといけないし、そうなると生活が不便な事になるわけ。
それでなくても、魔術の制御を失敗したりするだけでも発生するんだからさ」
失敗しない奴なんていないよ。
そう言われてしまえばイルミナとしても反論はできない。
「それに、弱いうちにちまちま倒すにしたってだよ?
……あー、あんた、部屋の掃除は毎日する?」
「いえ。何日かおきに纏めてやるけど」
「つまりはそういう事」
「えぇ?」
そう言われてもイルミナはすぐに理解できなかった。
「毎日掃除をきちんとしてたら絶対に汚れないけど、でも大して汚れてるような感じがしなかったら今度でいいやって先延ばしにする人もいるでしょ?
数も少なくて大して強くもない魔物なら、仮に逃げられてもその場で血眼になって探し出してなんとしてでも殺そうってならないでしょ?
まぁ、逃げられた後で手に負えないくらい強くなってやってくるかもしれないけど。
でもそうなるかもしれないからって、毎日他の事だってやらなきゃいけないのにそればっかりに時間を使ったりもできないわけ」
「えぇ、まぁ、そうね……?」
「だからまずは探索性能の高めな合成獣とかがいたら便利かなって思ったりもしてたんだけど、案外上手くいかなくて。
そうこうしてるうちに、そこそこ強い魔物も出てくるし、そうなると倒す力を持ったのが必要になるでしょ?
……でもそういう魔物を必ずしも成功した合成獣が倒したわけじゃない。
冒険者たちが倒したのだってたくさんいるもの」
「そうね、授業でも倒したし冒険者ギルドにも依頼が出てるとは耳にしてるわ」
「そうなるとね、今度は余裕持っちゃうのよ。全部を全部自分たちでどうにかする必要はない、って。
で、そこで安心してだったら自分にとって一番必要なタイプの合成獣を作ればいい、そのための研究に費やそう、ってなるんだけど、すんなり成功しないでしょ?
失敗作を押し込めていくうちに、気付けばどんどん増えてったのよね……」
「だからあの館の中馬鹿みたいに広かったって事?」
思わずといったように横から口を挟んだルシアに、魔女は「そうだけど」と悪びれもせずに答えた。
「空間拡張魔法をかけても、限度がある。だから限界まで広げた館に合成獣がいっぱいになったら新しく次の入れ物を用意するしかない。
そうやって増えてって……まぁ、こうなった、と」
「こうなる事は予想できなかったんですか?」
やや言葉を選びながらもそう問いかけたのはヴァンだ。
魔女はそれに対しても「予想はしてたさ」と事も無げに返す。
「してたよ。してたけど。でもね、そのいつかはもっと遠い未来の話だった。そうでなくとも、いっぱいになったら新しい館を作ればいい。そんな風に皆思ってた。
とはいえ、そこそこ増えた時点で、管理するだけでも手間になってきたってのがあるから、これ以上館を増やすのは止めようって話になってたんだよ。
そうなると今度は、館の中で空きが出たところに失敗作を押し込めるようになっていったってわけ」
部屋の掃除と絡めて話された事でなんとなく理解できなくもないけどぉ……みたいな空気になったものの、しかし部屋の掃除と同じようなレベルの話ではない。
イルミナとルシア、そしてヴァンが派遣された館は内部がかなり広くなっていて、中の合成獣を倒すにしても相当時間がかかったのだ。
具体的には五日間。
五日間も館の中にこもりっぱなしであった。
初日は一度外に出た。夜になって眠りにつくにしろ、館の中よりは魔女が待機してる外の方がまだマシだろうと思って。
だがしかし、二日目、館に改めて入った時点で気付いたのだ。
これだけ広いのだから、奥へ行くと戻るだけでも時間がかかるし、それに中の合成獣たちが気付けば皆イルミナたちを避けるように奥へ逃げるのは当然である、と。
毎回外に出て休憩するとか、最初はまだしも中の合成獣の数が少なくなってからだと探すだけでも相当な時間がかかるのは言うまでもなくて。
下手をすれば最後の一匹が見つからず、それを探すだけで一日が費やされるかもしれない……という考えに辿り着いてしまったのだ。
二日目の時点で気付いたのもあって、イルミナたちは館の中を移動し、合成獣たちを倒しながらも話し合った。
安全だが時間のかかる方法を選ぶか、危険を承知の上で時間をかけずに終わらせるか。
時間がかかればかかるだけ、帰宅するのも当然伸びる。他の館へ赴いたウェズンたちがどれくらいで帰ってくるかはわからないが、あまりにも長引けば戻ってきた時に、いらぬ心配をかけてしまうかもしれない。
一応連絡だけ入れておくか……となったので、二日目の時点で館に再度突入する前にモノリスフィアで連絡をしておいたものの、まさかそこから本当に四日間も館の中にこもりっぱなしでいる事になるなんて思っていなかったのだ。ちょっと時間がかかるといっても精々二泊三日くらいでいけると思っていたが、見通しが甘かったらしい。
館の中には合成獣がいるので、当然休憩をするにしても無防備になるわけにはいかない。
食事はさておき、睡眠に関しては少しばかり揉めたのだ。これでも。
何せ暑さや寒さといったものに耐性があまりなく、疲れたらそこから一気にパフォーマンスが落ちるルシアに、あまりそう見えないようにしているといってもヴァンは王族。イルミナはこの中では唯一の女性である。
誰を最初に眠らせるにしても、なんというか問題しかない。
そこら辺は最終的に適当に安全を確保した部屋に結界を作って籠城する形でどうにかしたけれど。
人によってはそれでいいのかと突っ込みそうだが、彼らの中では男女関係になりようがなかったので、一切そういった雰囲気にもならなかった。
むしろそういった雰囲気になれ、と言われる方が困るだろう。
面と向かって言ってはいないが、それでも三人それぞれに他の二人に対してどう思っているか聞けば、
「なんかわかんないけどそういう生き物」
と答える予感しかないので。
男とか女とか、それ以前の話であった。
だからまぁ、五日で終わらせられたとも言えるのだが。
もっとこう……色々とお互いに気を回すような相手と一緒だったなら、間違いなくもっと時間がかかっていた事だろう。
ちなみに館の外で待機していた魔女はといえば、五日間館の外でキャンプをしていた。
普段はこもってばかりだから、たまにこういうのやると新鮮、なんてソロキャンプを満喫していたのだ。
こいつ……こっちがそこそこ苦労してた時もまさかこんな……!?
とは声に出さなかったが、館を出てきたばかりの三人は間違いなくそう思っていた。こんなところで気持ちを通わせなくても、もうちょっと別のところで以心伝心したかったと思うもののどうしようもない。
折角だから、と疲れていた身体を少し休ませるついでに魔女にあれこれと気になった事を質問したりしていたのである。
その流れで合成獣を押し込めた館が他にある、というのを当たり前のように言われる事となったわけだが。
「まぁでも。考えてみれば結構色んなところに謎建物はあるからね。じゃあこの手の建物が複数存在しててもおかしくはないかな」
「まぁ、うん。町なかにないだけマシ」
ヴァンとしては合成獣を閉じ込めておくという役目がある時点でまだこの館に対して理解はできる。だがしかし、かつて学外授業などで赴いた先で何の意図があって建てられたのかもわからない建造物なども見ているため、正直そちらの方が気になっているくらいだ。
そしてルシアからすれば、彼は元々テラプロメで過ごしていた。
都市内を自由に移動はできなかったが、しかしあの都市は地上にある町や村と違い、都市一つで完結した状態である。なので町なかだろうと外だろうと関係なく、危険だと思われる施設もしれっとそこかしこに存在していたのだ。
それに比べれば、魔女たちが合成獣を押し込めるための館は人里から相当離れたところにあるので良心的と言えなくもなかった。
神の楔からも遠いせいで普通に足を運ぶにはやってられない、と思わず愚痴りたくもなるけれど。
「謎の建物? あぁ、秘密結社とかあったりするね」
「あるのか」
「あったりするね、でさも当然みたいに言われるのもどうかと思うけど」
「むしろその秘密結社は何をやってる組織なわけ……?」
ヴァンの言葉に魔女が思い当たったように「あるある~」なんて軽いノリで言うけれど、しかし三人の反応は大体ドン引きだった。イルミナは引くというよりは困惑の方が強い。
「ま、その手の組織はそんなに表立って何かやるわけじゃないから、問題が発生するまでは放置で大丈夫だと思う。むしろ下手に手を出したらそっちの方が厄介だからね」
「こちらとしても別に警備とか自警団とかそういう組織じゃないので何もないうちからそういうところに突撃を掛けるつもりはないですよ」
「そうだね、それでいいと思う」
ヴァンの言葉に魔女が頷く。
ヴァンとて仕事ならともかくそうでもないのにわざわざ事件に首を突っ込みに行くような真似はしたくない、という意味での本心であった。
「とりあえず、今回でほとんどの合成獣も片付いたから、しばらくは大丈夫ね。
……まぁ、事情が色々と変わったみたいだし、合成獣を作るにしても次は魔物と戦わせるとかじゃない、もっと別の役割をこなす合成獣を作ってみるのもアリかもしれない」
魔女たちが果たしてどこまで現状を把握できているかはわからないが、まぁ魔女なのでこちらの予想を上回る方法でしれっと学園や学院の機密情報を知っていてもおかしくはない。
下手に藪を突いて面倒事に巻き込まれるのもごめんだし、故に三人はその部分を突っ込まなかった。
普段のルシアなら即座に突っ込んでいたかもしれないが、流石にそれをやった場合事の発端扱いされて面倒事を押し付けられる予感がしたのだ。そりゃあ空気も読もうというものである。
「まぁ、いいんじゃないか? 平和的利用っていうのならそれはそれで」
空気を読んだとはいえ、それでもうっかりと下手な突っ込みが口から出てしまいそうになったので、ルシアは咄嗟にそんな風に言っていた。心にも思っていない言葉というわけではないので、魔女もそれを察したのだろう。
そうでしょう? なんて言いながら魔女は笑っていた。
……この時のルシアは勿論気づいていなかった。
魔物相手に渡り合えるだけの実力を兼ね備えた合成獣を作ろうとして結果失敗作となってしまった合成獣を屋敷に閉じ込め、そしてそれらの数が増えたりしたせいで大変な事になっていたというのに、懲りずにまだ合成獣を作り続けようとしていた魔女について、すっかり意識の外だった事も。
戦闘用ではない合成獣を作るにしても、今までの戦闘用とはまた異なるアプローチが必要になるという事も。
そしてそれはつまり、作ろうとした結果失敗する可能性が高いのだという事を。
少々急いで館の中で合成獣退治に勤しんでいたヴァンも、イルミナも。
正直に言うとそれなりに疲れていたのだ。
だから、思い至らなかった。
それなりに先の未来で、戦闘能力を持たせないつもりが何故だかやたら強い合成獣ができてしまい、それが魔女の手に負えなくなってきた事で館に閉じ込めた結果――
どうにもならなくなったあたりで、学園や学院に魔女が助けを求める事を。
そしてそれらの後始末を押し付けられる事を。
この場の三人は、そんな未来があるなんて気づく事はないままに、今回の件は終わらせたのだと帰っていった。
遠い未来で、ルシアは語る。
「いやあの時強引にでも自力対処できないような合成獣とか作るくらいなら、もっと別の方法を模索するべきじゃないか、とせめて一言でも言っていたら未来は変わったかもしれないのに……」
――と。
遠い未来でそんな風に語るくらいなので、勿論今の時点でそんな可能性など、これっぽっちも気付かなかった。せめてもう少しコンディションが万全であったなら、もしかしたら思いついたかもしれないけれど。
残念ながら未来で起きる面倒なフラグをぶち壊す事はできなかったのである。




