どこからがスタート地点
ウェズンたちが館の中に足を踏み入れたのと大体同時刻。
他のメンバーもまた同様に他の館に足を踏み入れていた。
話には聞いていたが、まさかこんな館が複数しれっと存在していたとは……と驚きというよりは若干の呆れを含みながらも、それでも危険である事に変わりはないので慎重に歩を進めていく。
管理者が行方をくらました、という話だったので中はとんでもない事になっていてもおかしくはない……
そう考えて、警戒を高め慎重に。
ところが実際は、そこまでではなかった。
むしろ拍子抜けするくらいである。
数は多いものの今まで戦ってきた相手と比べてしまえば大したものではない。
だからこそ、これなら早々に終わりそうだと思った矢先に。
「これならさっさと終わらせて帰れそうだな」
レイがそんな風に言ったのが、フラグというやつだったのだろうか。
ウェズンがいたのならきっとそんな風に思ったに違いないタイミングで、床が割れた。
ぽっかりと開いた穴に落下する事は避けられず、とはいえそれでも着地を失敗するような事もなく。
レイとウィル、そしてファラムは地下へと落ちていた。
落ちたといっても三人とも特に慌てる様子もなく、各々着地をきめる。
レイは当たり前のように、ウィルは術を発動させて着地直前でふわりと浮くようにしてからゆっくりと。
ファラムもウィルと同じように術を発動させて、地上から数センチ離れたところで術を解除し、軽くジャンプした時のような気軽さでもって着地していた。
着地寸前にどこからか攻撃が飛んでくる、なんて事もなかったので、三人とも突発的なハプニングはあったけどまぁこれくらいならよくある事だよなぁ……みたいな雰囲気ですらあった。
この時点で既に館の中の合成獣のほとんどは倒し終えていたので、念のため地下も調べるか……となるのは当然の流れでもあった。
そして恐らく、管理者の家と繋がるであろう通路の先にそいつはいた。
「あー……もしかしなくてもアイツ倒せばここは終わりか?」
「多分ね」
レイとウィルの声を聞いて、ファラムもまた同じようにそれを見る。
ファラムの実家の小ホールくらいの広さがあるそこの中央にドンと存在しているそれは、元は白かったであろう布を纏った巨大な女の姿だった。
女、と断言していいのか一瞬悩んだものの、まぁ、女性でいいはず、とファラムが結論づけたのは、その白い布が恐らくドレスで、それも多分ウェディングドレスと思しきデザインだったからだ。
純白のドレス、と聞けば憧れの一つも持つのだが、しかし既にその色は白とは言い難い。
多分きっと元は白かった、と言い聞かせないとその時点で白ではないのだ。
いっそ全体的に色づいていたのならまた別の感想を持ったかもしれないが、赤茶けた汚れで染まりつつも所々白さを残すものだから。
更には既に結構ボロボロで、仮にこれをウェディングドレスと言われてさぁ着てごらんなさい、なんて言われようものならファラムはそう勧めてきた人物をぶん殴る自信しかない。
亡霊だろうか……そう思うくらい、そのドレスを纏った存在の見た目は生きた人間とは程遠かった。
女だとはわかる。
だがしかし、ほとんど骨と皮だけなのだ。その皮も土気色をしていて生気に満ちているとはとてもじゃないが言えない状態で、眼球はそこになく、ぽっかりと黒い穴があるだけだ。半ば骸骨のようになっているが、しかしそれでもかろうじて皮がくっついているから完全な骸骨とも言えない。
髪はほとんどが抜け落ちているものの、それでも長い髪が僅かばかりくっついた状態で、まぁ、率直に言うと夜中にうっかり遭遇したら悲鳴を上げるような姿である。
「アァ、憎い……憎いィィィィイイイイ!!」
遠目で見ている状態でまだこちらに気付いてはいないとはいえ、その女はやけに甲高い声で叫び始めた。
多分周囲に誰かがいてもいなくても、きっとあんな風に喚き散らしているのだろう。
「何が永遠の愛よ、病める時も健やかなる時もずっと裏切り続けていたんじゃないよぉぉぉぉおおおおお!!」
キィィィイ! とハンカチを噛みちぎりそうな勢いの叫びを発した後、恐らく花嫁であろう女の亡霊……いや、これも合成獣と言っていいのだろうか――は、だんだんと床を踏み鳴らしている。
怨念に満ち満ちた姿のそれは、レイよりも大きい。
シュヴェルも結構大柄だけど、きっと彼よりも大きいわ、なんてファラムは冷静にそんな事を思いながら眺めていた。
「ここにいた合成獣って喋ったりはしなかったよな」
「そだね」
「って事はあれは知能が他の奴と比べて高いって考えていいって事だよな」
「それでいいと思う」
レイとウィルが何やら小声で確認するように喋っている。
ファラムは特にこちらに確認されるわけでもなかったので、ただ黙っていた。
「アァ、忌々しい……! 折角あの裏切り者を八つ裂きにしようと思ったのに……まさかこんな……こんな……!」
胸を搔きむしるようにして、女はウガアアアアアと吠える。
「力のある肉体を手に入れるどころかこんな姿じゃ意味がない! アァ! 忌々しい! 忌々しい!!」
これじゃ外にも出られやしない! と叫んだ女に、レイはウィルとファラムに小さく合図をしてから進んだ。
何やら事情がありそうではあるものの、だからといってこのままにしておくわけにもいかないし、ましてや何やら怨嗟の声を上げ続ける存在だ。
外に出られない、という言葉から機会があれば間違いなく外に出るつもりである事は知れたし、今はまだいいがいずれ力をつけて外に出られるようになってからだと確実に厄介である事に変わりはない。
たとえどれだけ同情できそうな事情があったとしても、他の合成獣同様ここで倒さなければならないものだ。
だからこそ三人は迷う様子もなく仕留めるための行動に移る。
間合いに入る直前にレイは速度を上げて一気に間合いを詰める。
女がそれに気付いたのは、一撃をレイが叩き込んだ後だった。
「ギャァァァァアアアァァアア!!」
力のある肉体、と言った割に脆いな……と声に出さないまでもレイは思い、そこから更に攻撃を追加で行おうとして――
「っ、チィッ」
痛みにのたうつようにして振り回された腕がレイの方に伸びてきたのを察知して、咄嗟に攻撃をやめて飛び退る。
「うわ今見た!? 伸びたよ、腕今にょんって伸びたよ!?」
ねねね、と無詠唱で発動させた術をぶちかましながらもウィルがファラムに向けて「見た!?」と聞いて、ファラムが返事をするよりも先にウィルは思い出したかのように声を上げた。
「あっ、レイ大丈夫? 大丈夫だよね!?」
「無事に決まってんだろ」
回避しようとして突然伸びた腕に内心で驚きはしたが、それでもどうにか躱せたので何も問題はない。
というかウィルが術を発動させていなければもしかしたらギリギリで攻撃が掠っていたかもしれなかった。
耳障りな悲鳴を上げていた女ではあるが、しかし徐々に痛みが引いたのか振り回す腕の速度が落ちていき、そうしてゆらりと上半身を揺らして――突然ビタリと動きを止めた。
「お前……お前が何故ここにぃいぃい……!」
「えっ、わたし?」
落ちくぼんだそこに眼球はないが、しかしゆらりと炎が揺らめいた事でそれが目のようではあった。
そしてそれが、ファラムを見据えているというのを自覚して、ファラムは思わず上ずった声を出していた。
まるで知り合いみたいに言われたけれど、しかしファラムに心当たりはない。
もしかして……と思えるような心当たりですら浮かばなさ過ぎて、人違いでは……? なんていう言葉すら出すのが遅れたくらいだ。
人違い、の「ひと」まで言いかけたところで、しかし女はファラムの反応など気にしていないのか、再び発狂するように叫ぶ。
「ふざけんじゃないわよ結婚なんて人生の墓場なんだから呪ってやる呪ってやるウアアアアアアアア!!」
叫ぶと同時にカサカサという音がしそうな勢いで動き出し、ファラムへと迫り腕を伸ばして掴みかかろうと――する直前でファラムの障壁魔術が展開された。
バヂィ! という音とともに弾かれた腕に甲高い悲鳴が上がる。
「な、なにがなんだかわかりませんけど、結婚をゴール地点だと思うからそんな発想になるのではないでしょうか!?
確かに何故だか結婚式でゴールインとか言われたりもしますけれども、でもあれどう考えてもスタート地点では!? 新たなスタート地点では!?」
「結婚がゴールならスタート地点ってどこ? 生まれたとこ? でも生まれたのがスタートならゴールって死ぬ時だよね」
「ですよね」
女から答えが返ってくるとは思っていなかった。だから別に返事など期待はしていなかったが、代わりとばかりにウィルがそう言うものだから、思わずファラムも頷いてしまった。
恋人を作りたいだとか、結婚したいと思ったところをスタートにしても、結婚をゴールにしたらそこで終了するのだからやはりそう考えるとスタートからゴール地点までの距離がおかしい気しかしない。
いや、確かに中にはしたいと思ってもできない人がいるだろうから、そういう人にとってはやっとたどり着いた……と考えればゴールに思えるのかもしれないけれども。
「生憎ですがわたし、ウェズン様と結婚してそれを墓場として終わらせるつもりはございませんので!」
言いながらファラムは自分の髪に巻きつけてあったリボンの一つを解いて、そこに魔力を流した。
魔力を帯びたリボンが微かに輝くと同時、ファラムは女へ向けてそのリボンを振った。
直後、凄まじい勢いでリボンは伸びて女に触れる直前で形を変えた。檻のように変化したリボンは女を一瞬のうちに閉じ込めて、そうしてそのままギュッと縮んでいく。
「オ……オァ……ガァアアアアアアアア!!」
逃れようと藻掻いても既に全身に絡みついているリボンが解ける事はなく、女の身体はどんどん圧縮されていき――
「ウィル」
「オッケー」
ファラムの合図にウィルが魔法を発動させれば。
ボッ、という音と共にリボンが燃える。その時にはかなり小さく潰されていた女もリボンと共に燃えて――あっという間に灰になってしまった。
「で、あいつ知り合いだったか?」
「いえ、とんと記憶にございません」
「……ま、外で待ってる魔女に確認してみればいいか」
「えぇ、その方が手っ取り早いかと」
女が消えた事で、周囲は一気に静かになった。気配を探っても生命の息吹はどこにも感じられない。それこそ仲間以外では。
だからこそ三人は外で待機している魔女の元へと戻り――
「……あー、うん、そだね。心当たりしかないわ。そいつ、多分管理当番。いなくなったと思ってたけどまさかこの中にいたとはね……」
姿を伝えたところであまり役に立たない情報だろうと思ったので、それこそ女が発していた言葉なども伝えてみせれば、魔女にはどうも心当たりがあるようだった。
今回この館を管理する当番だったはずの魔女、それが恐らくそうだろう、なんて言われてファラムは思わず魔女と顔を見合わせた。
「あの、なんかわたし知り合いと間違えられたっぽいんですけれど? いるんですか? 似た人。それともおかしくなってるから深く考えない方がいいとかそういうやつですか?」
聞きようによってはとても失礼ではあるけれど、言葉を選んでもこれ以上の聞き方がなかったファラムに、魔女はうーん、と小さく唸りながらファラムを上から下までじっと眺めた。
「あ、多分アレだ。あいつが将来結婚するって言ってた相手が結婚するって言ってた相手!」
「お、なんだなんだ二股か?」
「いや、あいつが単純にそう思い込んでただけっていうか」
「うわ」
「そもそもあんま身体が丈夫じゃなかったからさ、あいつの想い人もあいつと付き合ってるなんて自覚なかったと思うよ。それこそあいつの横恋慕というか、片思いだわね。
で、その想い人が選んだ結婚相手が、まぁ、似てない事もないような……?」
「思い切り首傾げながら言われても説得力がありませんけど」
「だって、似てるの髪の色だけかなって気しかしないもん。
なんていうかそれ以外は似てないよ。もっとずっしりしてたし」
「ずっしり?」
「ずっしりというかみっちりというかがっしり?」
首を傾げながら言う魔女の言葉から、どうしても小山みたいなものを想像してしまう。
「えっ、わたしと似てるとか思われるのどうかなって思うんですけど……?」
「だから似てるの髪の色だけだって。それ以外は似てないよ全然」
「それはそれで……その程度で人違いされたってのもどうかなって思うんですが」
別に今、自分の体型がヤバイとは思ってないけれど、それでもちょっと気にしてダイエットを始めるべきか悩んでしまったので。
「どうせならもっとこう、強烈な攻撃をするべきだったかしら?」
「ファラム、あれで充分オーバーキルだと思うけど」
思わず漏れた言葉に、呆れたようにウィルが突っ込んだのであった。




