押し付け役職
かつての神前試合ではレスカが戯れに願いを叶えるという事もしていたため、学園や学院では次の神前試合の参加を狙って長期間生徒で居続ける者もいたが、しかし既にそうはならない。
それ故に、長く残っていても特にメリットがない、と判断した者はさっさと卒業している。
今でも残っているのは、それなりに目標がある者……ではあるのだけれど。
新たにできる研究所に所属したいか……となるとそうではないらしい。
自分の興味のある事を研究できるならともかく、現状そうでもなさそうだし、となればまぁ、率先して所属したいとならないのはわかる。
ウェズンはそれ以前に強制的に決まってしまったが。
ともあれ、今までの神の楔を引っこ抜き、そして新たな神の楔に交換する、というのが当面研究所の仕事となる。
ウェズンが強制的に所属したのと同様に、レジーナもまた所属はそこである。
ついでにレジーナのお目付け役となったスウィーノも。
もっともスウィーノはお目付け役という自覚はないかもしれない。
それ以外だとイアもついてきたし、そもそも学園でウェズンがよくつるむ連中は大体研究所についてきた。それでいいのか……と思わないでもなかったが、まぁ、人手は足りないよりは多い方がいい。
そこから更に学院からワイアットとザイン、シュヴェル、アンネも所属する意思を見せた。
レジーナはシュヴェルにボコボコにされたのもあって、今後も共に行動する事がある、と知ってしわっしわの表情になっていた。
事情をよく知らないスウィーノがシュヴェルの前に立ってレジーナを守ろうとしていたのをウェズンは「おっ」と思って見ていたが、しかし足は超絶震えていた。シュヴェルの背後にワイアットがいたので無理もない。
ちなみにシュヴェルの方は別にこれ以上レジーナをボコる必要がないとわかっているので、レジーナがしわっしわの表情をしているのを見て「変な顔だな」ととても失礼な事を言っていた。
とりあえず研究所所属、はいいのだが。
何故かその流れでウェズンが彼らを纏める立場になったのは解せない。
それを零せば、ワイアットがにこやかに言った。
「何言ってるのかな。適任じゃないか。上に立つ相手がやるべき事って人間関係のあれこれだよ。ほらよく見てみなよ。現時点研究所に所属が決まった連中のツラ。
マトモに報連相ができそうなのどれだけいると思う? 一部とは良好な関係でも、全体的には無理だろ?
でもきみは違う。故に適任。
僕なんて恐怖政治築くのは得意だし、暴力で支配するのも得意だけど、そういう円満な人間関係の構築は無理だからさ」
「いやちょっと待ってなんかしれっととんでもない事言ったな!?」
「そうかな? でも言わなくても薄々わかってた事だろ?
穏便な話し合いよりは尋問とか拷問の方が得意だし、おてて繋いで仲良しこよしなんてものよりも刃物突き付け合って血まみれになってる方が向いてるのは我ながら理解してるつもりだけど」
「凄い、ちゃんと自分の事を良く理解してるね。あんま褒めたくない内容だけど」
自分程の平和主義者はいないよ、とか言われるよりは全然マシなのだが、しかしそれでも素直にわかってるじゃん、とは言い難い。
あと仮にも勇者側として神前試合に参加した奴がそういうセリフを言うのはいかがなものか。
「そっか……じゃあとりあえず先にこれだけは言っておくけど。
……仲間同士での殺し合いは認めません。いいね」
「……ま、上がそう決めたなら仕方ない。従うさ」
肩を竦めて仕方ないなとばかりに言うワイアットに、これ本当に大丈夫か……? という気がしないでもなかったのだが。
とりあえず研究所所属という点での味方に関して殺し合いはしない、というのを知ったスウィーノとレジーナがホッとしていたので、まぁ、気休め程度でも最初にそう言っておくのは間違ってなかったな……とウェズンは思うのであった。
「殺し合わなきゃ問題ないって事か」
「なに? 仕掛けてくる感じ? いいけど。
ね、攻撃仕掛けられた時点で殺し合いじゃなくても、正当防衛で殺すのは有り?」
「なしで」
「うーん、まぁ、いいけど。お姫様相手なら手加減しても負けるつもりないしね」
「お前未だにそういう呼び方するのかよ。マジで殺すぞ」
「できるものなら、どうぞ?」
殺し合いはなし、というのを聞いて、何故か強気な態度に出たルシアに関しては、殺し合わない範囲で攻撃を仕掛ける気満々であった。
いやお前……と言いたい気持ちもあったが、だがしかしそういえばルシアは家族同然の相手をワイアットに殺されているので、確かにおてて繋いで仲良しこよしは無理だなと思ってしまえば。
死なない程度の攻撃のやり取りは仕方のない事なのかもしれない、と思えた。
他に何か確執のある相手いたっけ……? と頭の中でそれぞれの人間関係を思い浮かべるも、正直ウェズンだって彼らの事はそこまで詳しくなかったので、大丈夫とは言えなかった。問題しかないような気がしてくる。
えっ、研究所でこいつらのトップにならないとダメなの……?
今更ながらにじわじわと後悔という文字がにじみ出てくる。
「それから、一応技術顧問として外部から雇った者がいる」
研究所と言われてもその中身はウェズンたちが集まっただけ、というのもあって、部活動の延長にしか思えなかったが思い出したようにメルトが告げた事で、あぁ、一応それっぽい感じにはなるのか……と思ったのだが。
「紹介しておこう」
そう言ってメルトが部屋の外へ声をかけると、ドアが開いた。
そしてそこから現れたのは――
「どうも。雇われ顧問です。ワタクシの事は気軽に教授とお呼び下さい」
「は? おま……何してんの???」
いかにもな道化姿。
そしてそれに即座に反応したのはヴァンである。
ヴァンの国で出会った教授。本名も素顔も不明のそれは、どこからどう見ても立派な不審人物である。
ただ、ヴァンの国でもそこそこの立場にいたからこそ、完全な不審者扱いはされていなかったというだけで。
ちなみにウェズンは彼とモノリスフィアの連絡先を交換している。
ヴァンの瘴気耐性の低さをどうにかしようとあれこれやっていた話が伝わって、ついでにヴァンの故郷でもあるグランゼオンで教授なりにあれこれ対策を練ろうとしていた事、ついでに交流会の際にギネン鉱石を使った魔法罠のあれこれが発展して、度々モノリスフィアでのやりとりはしていた。
対面で語り合うとなると正直ウェズンだって気乗りしないが、しかし文字だけのやりとりであればそこまで苦にはならなかったのである。
それどころか、ウェズンとしても色々とタメになる話が出てきたりしていたので、直接会って関わるとなると周囲の人目が困るけれど、そうでなければ話しやすいタイプの人間であった。
最近ちょっと身辺整理をしているんだ、とか近況報告を受けていたが、まさかここで出会う事になろうとは……
と、ウェズンとしてはだからこその身辺整理か、で納得したものの、そうならなかったのがヴァンだ。
彼は一応グランゼオンの第一王子ではあるものの、しかし瘴気耐性の低さから将来王になるにしても、万が一の事を考えると問題しかないと考えて彼自身早々に王位は弟に譲るつもりで――というか既に弟が次期国王だと思っていたからこそ、自分の体質を少しでもどうにかするべく学園にやって来た――というのが入学の経緯であったわけだが。
体質を改善、もしくは瘴気汚染に関する対策ができあがっても国に帰るという選択は薄れていた。
今更戻っても、弟と王位争いをするつもりもない。
だったらそのままいなくなった方がいいだろう。
そう考えたからこそ、ヴァンもまた研究所に所属という道を選んだのだが。
そこに現れた幼い頃から自分を知る存在。
見た目は確かに怪しいし、なんだったら本名すら明かされていないので怪しさの塊でしかない教授がまさかここに来るなど思ってもいなかったのだ。
「何、と言われましてもね。引き抜きを受けまして。ついでに貴方がここに所属すると言う話も聞いておりましたので陛下から、じゃ、頼んだ。なぁんて言われてしまいましてね。アッハッハ」
アッハッハ、じゃないよ。
ヴァンは思わずそう突っ込んでいたが、教授の笑い声に掻き消されてその声は隣にいたルシアにしか聞こえていなかった。
「年齢的な意味でこの人所長にするとかじゃ駄目だったんですか……?」
「彼が適任だと本当に思っているのか?」
そしてそんなヴァンの突っ込みが聞こえていなかったウェズンは、年長者に所長の立場を押し付け――否、譲ろうと思いメルトにそう言ったのだが、とても真っ当な返しをされて撃沈した。
彼が研究所の所長となったとして、周囲にワタクシが所長です、と出た際どうしたってひそひそされる。
ひそひそしないのはグランゼオン国で暮らしていて教授の存在をある程度知っている者くらいだ。それ以外は間違いなくひそひそする。
そしてそんな相手が所長である、というところに所属しているとなれば、ひそひそはウェズンたちにも飛び火するのが目に見えていた。
「主からもお前が適任だと太鼓判を押されている。諦めろ」
メルトにキッパリと言われて、ウェズンとしてはもう諦めるしかない。
「ま、そのうちメンバーは増える事もあるかもしれないが、現状こんなところだな」
「えぇ、ワタクシも所長とモノリスフィアで語り合ったところから着想を得て、浄化システムに関していい感じにいけそうなんですよね。期待していてください」
「いやすでに実績出しかけてる相手に所長呼ばわりされるの凄く居た堪れないんだけど」
見た目がアレでもやっぱこの人所長にすべきなんじゃないかな。
自分はどっちかっていうと栄誉所長みたいな看板役とかでいいんじゃないだろうか。
そんな風に思いはしたものの。
ウェズンが所長というのはスピカが決定したと言われてしまえば、反対意見を出したところで誰も賛同してくれそうにない。
学園側の面々はさておき、そこにワイアットたちまで加わった状態の一同を見回して。
「えっ、こいつらのパイプ役みたいな事しないといけないわけ……?
流石の僕にも荷が重すぎるよ」
思わず本音が漏れてしまったが、しかしその言葉はものの見事にスルーされてしまったのである。




