出発前日
旧市街地に直通で行ける神の楔はなかったようだが、しかし大陸の端にかろうじて残っていたらしく、どうにかいけない事もない、という結論に落ち着いた。
もしそのテラプロメ旧市街地がある大陸に使える神の楔がない、となっていたのなら、最悪近くの大陸から船を用意して行かなければならないところだった。
短距離ならともかく、長距離になるであろう状態では魔法で空を飛んで……というのも難しいものがある。
レジーナと遭遇して穏便に済めばいいが、先頭になる可能性を考えれば、そこに辿り着く前から魔力を消耗はしない方がいいだろう。
テラプロメ旧市街地については、全生徒に通達されたわけでもなかった。
レジーナの存在を明かすにしても、説明が難しくなるからだ。
一時的にこの世界の神となっていたレスカの事だって知らない者の方が多いのに、レスカの眷属であるレジーナ、なんてどう説明しろというのか。
学園内部に番人送り込んできた犯人です、と言ったところで、では何故、どうやってそのような事ができたのか、だとか疑問をぶつけられたところで……という話である。
余計な混乱しか生まれないのが目に見えているので、レジーナに関しての説明は極一部にしかされていない。
ウェズンは当然知る流れになってしまったし、レジーナと接触したであろうイアにも一応説明はされている。
あとは、学園祭があったあの日、ウェズンと共に行動していたアレスも何故だか説明される流れとなっていた。
「で、だ。そういうわけでお前らにはちょっと調べてきてほしい場所がある」
スピカ本人からか、それともメルトからかはわからないが、ともあれ説明はされたのだろうテラがなんとも気乗りしない様子でそう告げる。
「えぇと……三人だけ?」
「そうだ」
イアの質問に即答するテラは、事情が事情だからあまり大っぴらにできないんだ、と言った。
場所が場所なのもそうだが、下手に大人数で行って向こうが攻め入ってきた、と思って戦闘になれば恐らく相当な犠牲がでる。
なので生半可な実力しかない相手よりは、最終的になんだかんだ生き残りそうな人選にした、というのがテラの言い分である。
能力的にはレイやウィルでもいいような気がするのだが、事情を詳しく知っている相手をあまり増やしたくないという大人の事情もあるのだろう。
「ちなみに、うちからはお前ら三人だが、あともう三人、学院から派遣される」
「そっちは事情を知ってるんですか?」
「……ふわっと伝えられてるはずだが……まぁ、いないよりマシ、といったところか」
「いないよりマシ、レベルの相手を連れていくんですか?」
アレスが咎めるように言う。
その言葉にテラはそうじゃねぇよ、と手を振って否定した。
「実力的には問題ない。ただ、いくらテラプロメの旧市街地だった場所だとしても、お前らはそこまで詳しいわけじゃないだろ。
……まぁ向こうも詳しいかどうかはわからんが。探索するうえでゼロ知識の奴よりはマシ、って意味でのいないよりマシって事だ」
「……あぁ、はい。誰が来るのかわかりました。
…………本当にいないよりマシだな!?」
「俺様だってそう言ったんだけどな! それなら最悪お前の父親引っ張り出した方がまだマシだとも」
「父さんを……? いやまぁ、確かに……?」
「ただなんていうか、勘だかなんだかであいつが嗅ぎつけてな。
自主的な参加を表明した」
「……無視したらもっと面倒な事になるオチですね。わかりました」
それ以外に何を言えただろうか。
仮にテラが言うようにウェズンの父――ウェインを呼び出したとして、それもあまり意味がないんじゃないかなぁ、という気がしないでもないが。
「ともあれ現在学園も学院も変わりつつある。殺し合うために鍛え上げる場所ではなくなってきている。
世界を立て直すためのものに変化しつつあるのは確かだ。
卒業し冒険者やってる連中に助けを求める事も考えたが、未だ魔物は発生してるし場合によっては神の楔に宿る番人を倒す事もあるから、これ以上を求めるのは流石に……となってな」
学園以外の新たな施設を作るべきか、なんて話も出始めてる。
そう言われて、ウェズンはそっかー、と軽く頷いた。
世界の命運をそもそも学生に任せるな、と普通であれば言うべきなのだろう。
前世の現代日本ではそこそこ出た突っ込みでもある。
大人に任せろと。
まぁ、対象年齢キッズ相手に大人のあれこれを見せたところでハマってくれるとは思わないし、そうなればある程度共感が得られるような同年代を主役にした方がアニメであればまだ視聴してくれそうな気がする、というのと、あとはまぁ、働き盛りの大人が現実でも働いてるのにアニメやゲームでも労働し続けてるのを見るとか、夢も希望もなさそうだなというものまで。
色んな思惑があるのだろう。
十代後半くらいならまだ未来に希望が持てそうな展開にもできるけど、中高年だと仮に世界を救ってもその後本人の健康問題とか家庭環境によるいざこざとか、現実でもありそうな嫌な展開が待ち構えてそうだし。
世界を救うために長年家を空けていた主人公が世界を救って帰ってきたら妻と子供はとっくに家を出て行ったあとだった、なんてエンディングが普通にありそうでとても微妙な気持ち。
しかも世界を救ったからってその後一生働かなくてもいいか、となるとそうではなさそうだし、世界を救ったからとて莫大な財産がもらえるわけでもなさそうなのがなんとも……
ゲームだと終盤になれば馬鹿みたいな金持ちになってるけど、現実では多分最初から最後まで安月給。
それどころか世界を救ったとしてもそれに関してはノーギャラの可能性すらあり得るのが現実である。とても世知辛い。
学園や学院、その他学校で学んで戦う手段を得たかつての卒業生たちが冒険者としてギルドに所属しているとはいえ、そこでの稼ぎだってピンキリである。
というのも瘴気汚染濃度による地域での格差、というのもあるからだ。
汚染度が高いところは魔物も頻繁に発生するからその分仕事に困る事はないが、その分命の危険もある。
けれども稼ぎは相当見込めるわけで。
逆に汚染度が低いところは危険性は低いので、のんびりと仕事ができる。稼ぎも目に見えているが、それでも自分のペースで働けるというのは利点であろう。
もっと稼ぎたいから、と瘴気汚染度が高いところに移ったところで、いざ戻ろうとしたら自身も瘴気汚染度がそこそこ上がっていて帰れない、なんてこともあったからこそ、今までは冒険者たちも大分偏っていたのだが、それだって以前に比べれば解決策が見えつつある。
であれば、自身が浄化魔法があまり得意ではないから……と安全なところで燻ぶっていた者たちもこれからは帰れるかどうかを気にする事なく戦う事ができるようになるわけで。
そういった相手を集めて、新たな組織を作ろう、と言う話が出ているのだとテラの言葉から理解はした。
まぁ、組織は組織でまた面倒な事があるので、冒険者そのものが廃れる事はないだろうな、とも。
それに、スピカが解放されたとはいえ、この先世界に脅威となりうるものが現れないとも限らない。
学園も学院も、そういう意味では存続するだろうし、若い世代が危険に身を置く事は減るとしても、完全になくなる事にはならないだろう。
「変革をするにしても、あまりにも急に進めすぎるとついていけない人が出てくるしそこから不満が集まって対立、なんて事になるのも面倒ですからね」
「……お前の物わかりの良さがたまに俺様怖ぇわ」
テラからするとちょっとした世間話くらいの軽い話題程度で口にしただけなので、思い切り深い部分まで汲み取ったウェズンに対して若干ドン引きですらあった。
「まぁいいや。ともあれ、出発は明日だ。準備はそれまでに済ませておけよ」




