そこは忘れ去られた地
スピカ曰く。
テラプロメは別に最初から空中を移動していたわけではない、と言う。
まぁ確かに、と納得したのは事実だ。
ゲームやアニメなどでは、確かに空中を移動する都市というのはもうその時点で普通に飛んでるわけで。
むしろ最初からそういうものとして存在していて作品の人物たちもいちいちどうして飛んでるのとか、そういう部分に焦点を当てない。
飛んでいる、という事に驚きはしても、それだけなのだ。
「テラプロメは神を――レスカを探すために作られた都市だ。神が隠れた場所を探し当て、神を倒し世界の滅亡を防ごうという目的の元作られた」
スピカの言葉に、ウェズンもそう聞いているので特におかしな点はないと判断して頷く。
この世界の住人たちのほとんどは、神が入れ替わった事を知らない。
スピカは別にこの世界を滅ぼすつもりはなかったが、しかしレスカはそうじゃなかった。
この世界の神となったレスカは世界を分断し、じわじわと滅亡への道を築き上げていった。
この世界を実験台に、本来の自分の世界をよりよいものへ導くために起こりうる不利なケースを意図的に作り上げていった。
その時点でスピカは自由に動ける状態ではなくなっていた。
周囲から認識されない状態で、その上あまり自由に動けない。
ある程度自由に動ける範囲はレスカの近くか、学園がある島内くらいのもので。
ただ、あまりレスカの近くにいるとそれはそれで更に身動きを取れなくされる可能性があったから、本当にちょっとだけ様子見程度にしかレスカの近くに潜む事はなく、ほとんど学園がある島にいた、とスピカは語る。
騙し討ちみたいにこの世界の神としての権利を取り上げられたのもあって、確かにレスカの近くに居続けたのであれば、文句の一つや二つどころではない。百や二百は口に出していただろう。
そうなればどうなるかなんて考えるまでもない。
鬱陶しがるレスカにスピカの僅かな自由は完全に封じられる事も有り得た。
そうなってしまっては、本当に打つ手がなくなってしまう。
それもあってスピカは誰にも認識されないとわかっていながら、それでも僅かに波長が合うかもしれない人が現れる事を願って学園で協力者を探し求めていたのである。
とはいっても、折角見つけた協力者になりそうな相手も、実力不足で死んだり、レスカがスピカの動向に気付いてそれとなく妨害してきたのもあって、今の今まで何もできないままだったのだが。
スピカがウェズンと遭遇できたのは、そういう意味では本当にギリギリであった。
ほぼ学園にいたといっても、それでもスピカは時々レスカの様子をそっと窺う事もあった。
その際に、テラプロメの存在に気付いてはいたのだ。
神を探して世界を滅びから救う、という目的を持った都市の作成。
世界各地を巡る事ができる機動性を持つ都市。かつて異世界から齎された知識や技術を駆使すれば、可能ではあるけれど、しかしそのような都市を作ったとして、その都市が簡単に他の町や村と関わりを持てるわけもない。
結界で世界が分断された以上、一度下りてしまえばそこから再び空に戻る事ができなくなるかもしれないし、そうでなくとも。
当時、都市にはまだ大勢の人間が住んでいたが、それは都市の中での労働力という意味で必要な存在でもあった。
いればいるだけ困る事はないが、しかし都市の広さには限りがある。
建物の中は空間拡張魔法で広げる事ができても、都市全体にその魔法をかけるには無理があった。
それでなくとも、地上との関わりを絶ったも同然である以上、現状に嫌気がさしたからといっても、そう簡単に地上に戻る事もできない。
空中移動都市を便利な移動手段として扱われるわけにもいかないし、そうでなくともテラプロメの存在は神と対立するものだ。
存在を秘匿し、周囲に知られないように――公然の秘密扱いになっているところもあったが――役目を果たさなければならない。
あまりにも存在が知られすぎれば、目障りだと神が都市に対して手を打つ事だってあり得る。
もしテラプロメが神によって破壊されてしまえば、今度こそ人類に打つ手はなくなる。
ひたすらに神の意のままに神前試合を繰り広げて、いつか解放される事を夢見たとしても。
相手がレスカである以上、その希望はまやかしでしかなかったのだから。
実際は、そのレスカ本人が早々にテラプロメ内部に入り込んでいたようなので人類に希望なんてなかったも同然なのだが。
ともあれ、空中移動都市テラプロメは最初からこの世界に存在していたわけではない。
明確な意思をもって、創造されたのだ。
であれば、それらを作った場所というのが当然存在する。
無から有が生まれる事などないのだから。
都市を作り空へ飛ばす。
一から都市を作らなくとも、既存の都市をともあれ空に浮かべるのだから、土台となるべき部分があるわけで。
スピカが語ったのは、つまりそういう話だった。
決してある日突然ポンッとテラプロメができたわけではない。
元々あった都市を基盤に、大空へと送り出したのだ。
スピカからその話を聞いている時、ウェズンの脳内ではプロジェクト〇の曲が流れていたが、それはさておき。
「その旧市街地ってつまり、空中に打ち上げられなかった都市の残り部分って事? そこにレジーナがいる可能性が高い、と……?」
「可能性としては高いだろうと思う。
レスカから現状を知らされているのであれば、彼女は全ての後始末を押し付けられた眷属である」
「あぁ……なる、ほど……?」
レスカにとって二人の眷属。しかしそのうち一人は早々にどこぞへと出ていってしまい、一人残されたレジーナは同じように自由を求めて出て行く事が許されなかった。
故に、長い……本当に長い年月をずっと封印されたまま、いざ封印が解かれ自由になれたかと思いきやそこで待っていたのは創造主である存在の消失と、残された全てを任されたという事実。
ぶっちゃけ、もういない主の命令だかお願いだか遺言だか知らないが、別に無視しても良くないか? とウェズンは思うのだが、しかしレジーナにとってそう簡単にいかなかったのだろう。
ウェズンはレジーナを知らない。会った事もないので知らないのは当然である。
イアが出会った相手がレジーナであると仮定しても、どちらにしても直接の面識はない。
だが、イアから聞いた話からでも多少の想像はできる。
人目を避けるような、目立たない姿でやって来ていたというところから、目立つのは問題である、と向こうもわかっていたのだろう。
学園や学院の生徒のほとんどは間違いなくレジーナの事なんて知らないが、しかしここにはレスカと敵対する結果となったスピカと、その眷属であるメルトとクロナがいる。
もしレジーナが堂々とやって来たとして、それでも気付かれなかった可能性はあるかもしれないが、気付かれた場合。
レスカの置き土産のような存在だ。
当然警戒するだろうし、ここにやって来た理由を問う事もあるだろう。
向こうが何もするつもりはない、なんて言ったところで、恐らくメルトやクロナは素直に信用しない。
不穏分子である事にかわりはないので。
であれば、その場で戦闘に発展した可能性もあるし、そうなれば周囲を思い切り巻き込んでいただろう。
最終的にレジーナが勝ったとしても、周囲をどれだけ巻き込んだかでレジーナ本人も無事でいられるかどうかは謎。数の暴力で負ける可能性も充分にあり得る。
だからこそ、あえて敵情視察として目立たないよう一般客に扮して紛れ込んだのではないだろうか……と思うのだが。
つまりは、それくらいは考えて行動しているとみていいだろう。
もういなくなったレスカの事など放っておけばいいのに、あえてわざわざ従っているのは、恐らくそれだけ真面目な気質なのかもしれない。
そうでなくとも、もう一人の眷属は早々に出奔したようだし、そのせいで自分までそんな無責任な真似はできない、と思っている可能性もある。
そう考えるとそこそこ真面目な気質であるにはあるけれど……
「貧乏くじ引いてるだけかな」
「? 何がだ?」
「あぁ、いやなんでもないよ」
本人に会って確認できればまた違う考えになるかもしれないが、今はまだ単なる想像に過ぎないのだ。
「それじゃあ、その旧市街地とやらに出向いて探索してくればいいって事だよね」
「まぁ、そうなる……んだが。
そう、だな。教師たちに行かせるにしても……どう、なんだろうな……?」
なんだかハッキリしない物言いに、ウェズンは当たり前のように自分たちが調査に行くのだと思っていた事に気付く。
いやでも学外授業であちこち調査したりしたやつの延長にあるやつだよな、と思ったので自然にその考えが出てしまうのも仕方のない事だった。
「いやそれ以前に神の楔がマトモにあったかどうか……」
スピカがそう呟いて。
「それ調べようある?」
「神の楔がなかったら最悪自力で行かなきゃいけないかもしれないな。
……よし、起きたらちょっと試してみる」
何やら思いついた! みたいな反応と共にスピカの姿が消える。
「いやあの、それもう直通で神様本人が行くのが一番手っ取り早いのでは……?」
消えてしまったので、ウェズンの突っ込みはきっと届いていなかった。
でも、まぁ。
もし本当にそこにレジーナがいたとして。
スピカが乗り込んだ時点で話し合い以前の問題になりそうなので、神の楔があって転移できるかどうかの確認だけで済ませるのが無難なのかもしれないな……
そう、思う事にした。




