共闘とまではいかない
レイとシュヴェルが対峙している番人はシュヴェルよりもやや大きめなせいか、第三者がその戦いを見る事になれば中々の迫力だろうな、とレイは他人事のように思った。
シュヴェルと比べるとレイの体格は劣る。背はそこまで違わなくともレイはシュヴェルよりも細身であるが故に。
シュヴェルは見た目そのままにパワーもあるが、レイはパワーよりもどちらかと言えばスピード……だろうか。
シュヴェルと比べなければパワーもそこそこある方だとは思うが。
ちなみに現在シュヴェルは番人と両手を組み合って力比べ真っ最中である。
「オラァッ!!」
がつっ、と鈍い音がしたのは、シュヴェルが頭突きを食らわせたからだが、顔面に直撃した番人はしかしそこまでダメージを負った様子はない。
逆にシュヴェルの額が割れて血が流れ、シュヴェルの顔が真っ赤に染まった。
レイはそれを少し離れたところから見ていた。
何故って割り込みようがないから。
シュヴェルと番人の力はほぼ互角、いや、番人の方が少しばかり上だろうか。
現在シュヴェルと番人が組み合った状態なので下手に動けないのである。
番人の背後に回り込んで奇襲を仕掛ける、とかそういうのをやろうにも、背後からの攻撃が上手く決まる気がしないのである。そうなる前に強引に番人がシュヴェルをぶん回してそれを武器にレイにぶつけるか、はたまた盾として使うか。無防備にレイの攻撃を受けるというのは想像がつかなかった。
こちらが何かを仕掛けるような雰囲気を少しでも出せば番人はすぐさま対処に動くだろう事は予想ができる。
割り込んだ結果シュヴェルを補佐できればいいが、逆に彼を危険な状況に陥らせるような事になる可能性の方が高く、そのせいで現状レイは手をこまねいている状態である。
その少し前までは二人で番人に攻撃を仕掛けていたのだが。
魔術での援護も、生憎レイはそこまで得意な方ではない。
なので番人の動きを見てこの先どう対応するか、どうすれば勝てるかを考える事に集中している……と言えば聞こえはいいが、もっとぶっちゃけると休憩中でもある。
少し前までシュヴェルと手合わせをしてお互い結構疲れていたし、そこそこの傷もあるので二人揃って万全な状態とはとても言えない。
なんだったら、この場でこいつ置いて応援呼んできた方がいいかなぁ……とすら思い始めている。
仮にシュヴェルが負けてもレイの心が特に痛むわけでもないので。
かつての自分であればそういう考え方を思い浮かべる事もなかっただろうけれど、それは単純に周囲に頼れる相手がそこまでいなかったから、と言うだけの話だ。今は違う。
「なぁ、ちょっと誰か助け呼んできた方がいいか?」
とはいえ、勝手にそれをやるとシュヴェルが怒りそうな気もしたので、一応そうやって声をかけてみる。
「はぁ!? ざっけんなよ今いいところだっつー、のッ!」
ぐっ、とシュヴェルの足が後ろに押され地面を少しばかり掘るような形になるも、一瞬その力を後ろに逃がして即座に次の攻撃に転じた事で、今度は番人のバランスが僅かに崩れる。
その瞬間を狙いシュヴェルは自らの両腕に魔力を纏わせ術を形成し、番人に渾身の一撃を叩き込んだ。
めぎょっ、という妙に高いくせに鈍い音を響かせて、番人の胴体にヒビが入った。
こちらの攻撃が通用しないわけではない、と判断したシュヴェルが更に胴体に拳を叩きこんでいく。
だが――
「ぐ、ぅ……ッ!?」
少し前にレイとやり合った時の傷に響いたのか、シュヴェルの動きが一瞬止まり、その一瞬を見逃さなかった番人から強烈なカウンターパンチを腹に食らった。
ごりゅっ、というような音がレイの耳に聞こえた気がしたが、間違いなく気のせいなどではない。
(あれは肋骨何本か逝ったな……)
頭の冷静な部分がそう判断する。
シュヴェルの体格はレイよりもがっちりしていてその筋肉は下手な鎧よりも頑丈だろうなと思えるものだというのに、番人の一撃はまるでそんな事実はなかったかのようだ。
(いざとなったら肉壁にしてどうにか攻撃を叩き込もうと思ってたが……やっぱこれ難しいな)
レイにとってシュヴェルは別にお友達というわけでもなく、どちらかと言うと好敵手的な存在だ。
なので利用したり犠牲にする事にそこまで悩む事もない。これがウィルであればそんな考えは一ミリたりとも出てこなかったが。むしろここにいたのがウィルやそれ以外の仲間であったなら、レイは無謀だと思いながらも自分が前に立っていただろう。
(いや……相手にもよるな)
ウィルやアクア、ファラムやイルミナあたりであれば確かに自分は前に立った。
あとはついででルシアもそっち側に入れてもいいだろう。
だがそれ以外は。
正直自分がそこまでして庇う必要があるか? という話なのだ。
先程までの疲れと怪我を少しでも癒すべくレイはシュヴェルの肋骨が数本折れようとも特に焦るでもなく傍観し続けた。シュヴェルがレイに向かって何してやがるさっさとお前も何とかしろとか叫んだなら多少は考えたが、しかしシュヴェルは自分の実力に自信を持っている。強敵と対峙したとして、そこでこちらに助けを求めてくる可能性は低いだろう。
なので今のうちにとレイは治癒魔法を自分にかけて、シュヴェルがいい加減ヤバくなったらとりあえず割って入ろう。そんな風に思っていたのだが。
「随分と余裕だな」
思っていた以上に滑らかな言葉と共に、番人の肩からにゅっと何かが生える。
「は?」
そこまで大きくはない。
――が、それは砲門のように見えた。
嫌な予感がしてレイは咄嗟に動いていた。
直後、レイの動きを追うようにして、事実砲門だったらしきそこから弾が発射される。
「くっそ見た目人間ぽい形してるからって人間なわけじゃないもんなぁ!」
のんびり見学できるかと思っていたのに、見事に裏切られた。
回避する事はそこまで難しくはないが、レイに命中せず外れた弾はそこらの地面にめり込んだり木に当たってへし折ったりと、中々に威力が高い。当たり所が悪ければ死ぬかもしれないが、そうでなければ精々めちゃくちゃ痛い、で済みそうな気はするものの、だからといって当たりにいくつもりはない。全て回避したと思いきや、その中の一つだけが理不尽な軌道で地面にめり込む事を回避してレイを追ってきていた。
感覚を研ぎ澄ませて、弾の軌道を先読みしつつ回避する。
「ふはは、仲間を見捨ててのんきに見物しているからそうなるのだ!」
「はぁ!? ふざけんじゃねぇぞこいつは仲間じゃねぇし、ましてや友でもねぇ!」
「おうそうだな!」
組み合ったまま膠着状態に陥っていたシュヴェルもレイの言葉を肯定すると、番人は若干戸惑ったように、
「なん……だと……?」
と声をあげるも、力が緩んだりはしなかったようだ。
「うわ最悪お前と友達扱いとかマジ勘弁」
「こっちのセリフだっつーのそれはよぉ!!」
レイもシュヴェルもお互いにぺっ、と何かを吐き出しそうなリアクションをして、そこで――
シュヴェルは一度後ろに引いて番人に押されるような形に持ち込んだ直後に組んでいた手を離し、突然押し合っていたシュヴェルの力が消えた事で前のめりになった番人にレイがナイフを投擲した。
そのままシュヴェルが番人から距離をとると、レイを追撃していた弾を叩き落とす。
追撃弾が地面にめり込んだ直後に、ボン、と小爆発が起きるがしかしそれらはレイにもシュヴェルにもなんの影響もなかった。シュヴェルが直前で障壁を張ったからだ。
仲間でも友達でもない、とお互いに言った割に二人のコンビネーションは噛み合っていてシュヴェルが攻撃を仕掛ける直前にレイが番人の注意を引き、逆にレイが攻撃を仕掛ける前にはシュヴェルが番人の動きをおさえる。
恐らく一対一の戦いであったなら番人は最終的に勝ちを掴み取っていただろう。
だが、レイとシュヴェルの二人にまんまと翻弄されて――
「ぐ……ぬ……」
番人は倒れた。
ずぅん、と重たい音をたてて地面に倒れた番人はその後ぴくりとも動かなくなり、数秒後には乾いた砂のように崩れていく。
「思ったよりは強かったかもしれねぇが……単体で助かったな」
「あぁ。これ複数できてたら負けてたかもな」
「てかてめぇ少しずつ速度上げてただろ」
「あぁ、あの番人は気付いてなかったみたいだがな」
「おう、途中でバランス崩して隙ができたな」
遠慮なくその隙を突いて勝利を得たが、しかしシュヴェルの表情は苦いものだった。
「てめぇ余力残してやがったのかよ」
「それはそっちもだろ」
二人で手合わせをした時に、どちらも全力を出していた。
番人と遭遇した時に二人とも満身創痍だったのだから、場合によってはマトモに力を発揮できずに負けていた可能性もあった――のだが。
全力を出していたように見せかけて、実はお互いにまだ余力を残してあったがために、番人とは多少苦戦しただけで済んだ。
「てか攻撃外したと見せかけて顔の痣から魔法出すってなんだよそれ。てかそれ本当に痣か?」
「なんで疑われてるか知らんが痣だぞ。あと攻撃外したのはマジだ。そんでもってあの魔法もちゃんと発動させるつもりだったんだが……」
「だが?」
「ミスった」
「は?」
「魔法とか魔術をミスるとたまに痣から出てくるんだよな。そのせいで思ってたのと違う方向にブッパする時がある」
「……ばっ、おま、それ下手したらこっちに命中してたじゃねーか」
「まぁお前なら大丈夫かなって」
「てっめ……!」
ぐぬぬ、とばかりの反応をしながら、シュヴェルは思わず拳を握りしめる。
ちょっとここらでもう一回こいつとやりあわねばならないんじゃないか、と思ったのだ。
だがしかし、結局はふっと力を抜いて明後日の方角を見る。
他に優先してやらねばならない事がある、とわかっているからだ。
「……これ報告しないといけないわけだよな」
「っあー、そうだな」
「うわ、めんど」
「っどくせ……」
お互いにそんな事を言いながらも。
レイは学園へ、シュヴェルは学院へと足を動かす。
その足取りはどちらも重かった。




