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僕が将来魔王にならないとどうやら世界は滅亡するようです  作者: 猫宮蒼
十章 迷走学園生活

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それを通り魔と呼ぶのなら



 トロフィーを抱えてとりあえず一度寮へ戻ろうとした途中の事だ。

 ちなみに出迎えに来ていたアンネは文句を言いながらもワイアットの介抱をしていたので、帰りは一人だった。


 これがせめて動物のぬいぐるみであれば微笑ましく周囲も見たかもしれないが、しかしトロフィー。

 一体何事? みたいな目をそこかしこで向けられていたけれど、イアに直接話しかけてそれどうしたの? なんて聞いてくる者はいなかったがために、ちらちらと視線を向けられつつもイアはともあれ学園がある方向へえっほえっほと歩いていたのだが。


「なんで……?」


 一般客と思しき女性がすれ違い、直後足を止めイアの方へ振り返り、そんな風に声を漏らした。


「え……?」


 ぎっ、と音が聞こえてきそうな勢いで女性に睨まれている、と気付いてイアは知り合いにこんな人いただろうか……? と記憶を手繰る。しかし思い当たる人物はいなかった。断言できる、初対面だと。


 もしかしたら、自分がとっても幼い頃に出会った、とかそういう事なら憶えてなくても仕方がないが。


 だが、仮にイアが幼い頃に出会った相手であるというのなら。

 それはつまり、あの集落の人間であるという事になる。


 だが……いなかったよなぁ、と女の顔を見てイアは思うのだ。


 当時あの集落には老若男女それなりにいたけれど、若い娘というのはいなかった。若くてもその時点で既に結婚し妻となっているような者たちばかりで、未婚なのはまだ成人前のこどもだけ。

 そうでなくたってあの集落は結界に閉じ込められていた状態で、瘴気が溢れつつあったせいで生活は困窮していた。育ちにくくなってしまった作物のせいで食べ物も満足に得られなかったし、狩りをするにしても思った程の獲物が獲れない。ギリギリ生きていけるだけはあっても、満足にお腹いっぱい食べられる程の余裕はなくて、お菓子なんてもってのほかだった。

 お腹が空いてひもじすぎて動けない、とかであったならイアに対する嫌がらせのようなものはなかったかもしれないけれど、そこまでではない状態が細々と続いていたのだ。


 決して豊かとはいえない暮らし。


 そこにイアというお荷物。


 これだけで大人も子供もなんていうかピリピリしていた。


 それもあって、まだ若いと言われそうな他所の家のお母さんだって生活に疲れて若さなんて遠のいていたし、仮にあの後結界から解放されて他の町や村に行って生活がマシになったとしても。


 イアを見て固まっている女は違う、とイアは判断した。


 仮に裕福な生活を今送っていて、そのせいで以前と様変わりしたのだと思おうにも絶対に違うとイアの中で思えてしまう。明確な根拠はないが、自分の中の何かが違うと断じているのだ。


 では、あとはどこだろう……?


 ウェズンの家に引き取られた後の、近所の町あたりだろうか?

 だがしかし、あの町だってそこまで足を運んだわけではない。

 イアはあの頃ようやく自分の足でちゃんと歩けるようになったり、言葉も喋れるようになったとはいえ、それでも一人で町に行く事は極力避けていた。何かあっても自分一人で物事を解決できると思えなかったからだ。

 だからこそ町に行く時はファムかウェズンと常に一緒だった。


 ……という事は、女は別にイアの直接の知り合いなどではなく、母か兄の知り合い、とかだろうか……?

 いやでも、それもなんだかおかしな話だ。


(もしかしてこの人も転生して前世の記憶がある……とか!?)


 突拍子もなく思い浮かんだそれは、しかし決してあり得ないとは言い切れない。

 だって既にウェズンとイアがそうなのだ。他に前世の記憶を持って生まれた人がいないなんて、どうして言えるだろうか。


 であれば、彼女が口にした「なんで」は……

(あれ? 違うな。ゲーム版を知らないなら見知らぬキャラが原作キャラに近づいてる、で済むけどそれだってただのモブ扱いで一先ず様子見だろうし……この場であたしになんで? なんて言うのはちょっとおかしい)


 じゃあなんで?

 という疑問がうっかり口から出る前に。


「何、新しい人生歩んでるのよあんた……!」


 心底から憎んでいます、みたいな声が女の口から出てきた。


「新しい人生……?」


 女の口から出た言葉をイアもまた復唱していた。

 心当たりがあるとするなら、前世、集落を出た後。どちらもそういう意味では新しい人生ではあるけれど、しかし女の様子からそれを示しているようには聞こえなかった。


「しかも性別まで変わってるってどういう事よ……!?」

「え?」


 生憎イアには性別を変えた記憶がない。

 前世のイアは今と同じく女性であったし、この世界で生まれ落ちてから性転換をした覚えだって勿論ない。


 ……あっ、これ人違いか。


 そう納得するまでに時間はかからなかった。


「あの、人違い」

「そうやって以前の業から逃げようって事!? 私は上から面倒な命令押し付けられてるっていうのにあんただけ逃げおおせたって事!? はぁ!? 冗談じゃないんですけど!?」


 最初は声を潜めるようにしていたはずが、感情が高ぶったからなのか女の声は徐々に大きくなっていく。

 周囲は一瞬だけ足を止めて何事かと視線を向けたけれど、しかしすぐに歩みを再開する。

 相手が武器を手に今にも攻撃しようだとか、魔術をぶちかまそうという気配がなかったからというのもあるのだろう。


「許せない……邪魔してやる、あんただけ平穏な生活なんてさせてやるものですか……

 いつだってそう、あんたばっかり自由に振舞って貧乏くじを引くのはいつも私……!」

「人違いですどちら様ですか」


 聞く耳持ってくれないなぁ、と思いながらもイアはどうにか相手から少しでも情報を引き出そうと試みる。

 思い込みだろうと勘違いだろうと、なんだか面倒事の気配はあるし、であればそのうち何らかの厄介ごとが降りかかるのは想像がつく。なのにその時に相手側の情報が何もない、となれば解決するまでにかかる時間は相当なものになりそうだ。

 周囲に相談しようにも、相手の情報ゼロでは話にならないだろう。


 女は外部から来た一般客である事はわかるけれど、それだけなのだ。

 大きな帽子をかぶっているため、髪の長さだとか色もわからない。帽子のつばによってできた影のせいで目元も若干薄暗い状態になっていて、ハッキリとわからなかった。挙句そこにサングラスだ。

 女だ、とわかったのは服装と声からの判断であって、女性に見えるけど実は女装した男性である可能性もイアはほんのりと疑っていた。

 何せ身近にべらぼうに顔だけは美少女だけど野郎な家族がいるので。


 そういう意味では見た目だけの判断は何の意味も持っていないのである。


「……もしかしてあんた、あいつの娘? じゃああいつどこよ」

「あいつって誰ですか知らんよあたし捨てられたもん! 今のお父さんとお母さんとは血の繋がりないし!」


 仮に自分の身内にも迷惑をかけてやろう、みたいに思っているのなら問題である。その迷惑かけてやろう、がイアの血縁だから、という理由からくるのなら血の繋がりが無い事さえ言えばそちらに迷惑はかからないのではないか。

 そう判断したのと、あとはまぁ、こういった発言をしておけばこれ以上の深入りはしてこないだろうと踏んでの事だ。


「捨て……はぁん? あいつのやりそうなこと」


 あっ、なんか勝手に勘違いされてってるな……とイアは理解したけれど、その間違いを正そうとは思わなかった。


 捨てられたのは集落からという意味で、別に実の両親から捨てられたわけではない。

 集落でイアを産み育てていた母は途中で死んだし、父親に至ってはイアが生まれる前には既にいなかった。

 だが、それを言ったところで目の前の女が納得するかどうかは知らないので、それなら少し誤解させてでもこちらとは無縁なのだと思わせるしかない。


「ふぅん? ふぅん、そう。そうなんだ……でもそれはそれとしてムカつくから嫌がらせはやめない」

「なんてはた迷惑な」


 人違いだったらどうすんだ、と言いたいがもう多分何言っても聞いてくれそうにないな、と思ったのでイアは段々面倒になってきた。学園や学院には癖の強いというかアクが強い生徒はそれこそ沢山いるけれど、それでもまだある程度話が通じる分マシだったんだなぁ……と今更のような気付きを得る。


「あんたがそっち側なのが気に入らない。なんでよ。こっち側でしょあんたは」

「そっちとかこっちとかわけわかんない事言わないでくんないかな」


 どうしよう、わけわかんない相手との会話ってこんなに疲れるんだ……なんて内心で思い始め、もう面倒だからここで攻撃仕掛けちゃ駄目かなぁ……とも思い始める。

 普通に考えたら一般人への攻撃は認められていないし犯罪になりうるのだけれど、ただ、向こうはこちらに危害を加える事を仄めかしているのだ。

 であれば、未然に防ぐために攻撃を仕掛けてもまだ許される気がしている。何故って、確かに学園や学院の生徒は戦うための手段を得てはいるけれど、それはそれとして一般人からの攻撃を無防備に受け続ける義務もないのだから。


 殺すのはアウトだけど、多少動きを止めてからの拘束はありではないだろうか。

 対話を諦めたイアの思考はそんなものだった。


 だが――


「覚悟しておきなさい。近いうちにそっちに番人送るから。精々頑張って倒す事ね!」


「へ? 番人……?」


 それって、と続けようとしたところで、女はこちらに指を突き付けるポーズのままふっと消えた。


 相手が一体どこの誰なのかも、わけのわからない言いがかりだけならまだしも、今後どうやらこちらに何らかの刺客を送り付けてくるだろう事も、それが本気なのか冗談なのかすら。


 何一つわからないまま、女はイアの目の前で忽然と姿を消したのだ。


「い……言い逃げしおった……!」


 向こうは言いたい事言ってるからいいとして、こっちの話も聞かないままとか言うだけ言って残されたこちら側からすれば、理不尽極まりないものだった。



 相手が単に口先だけで言ってるだけならいいが、そうじゃない場合を考えるとこのままイアの胸の内に秘めておく、なんて事は当然するはずもなく。


「……とりあえずおにいに相談かな」


 もし先に他の人に出会ったらそっちに今のこのなんとも言えない理不尽感をおすそ分けしてやろう。


 そんな風に考えて、イアはともあれトロフィーを抱えて再びえっちらおっちら歩き始めたのである。


 近いうちにリングの中身を整理整頓する事も忘れないようにして。

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