後始末と言われても
「報せが届いた」
「うわ何」
それは夜もすっかり更けた日の事だった。
さーてそろそろ寝るかー、なんて思いつつベッドに入った事をウェズンはしっかりと憶えている。
うとうとと微睡んで、そこからゆっくりと眠りに落ちた先で。
スピカが現れた。
既にこういった事は彼女が復活を遂げる前にもあったから、今更驚くような事ではない。
ないのだけれど、それにしたってまさかまたこうして夢に出てくるとは思っていなかったので。
驚くような事でもないはずなのに、ウェズンは完全に油断していたのもあって驚く羽目になったのである。
「報せ? なんの?」
「レスカが死んだ」
「へー……へぇ!?」
聞き流すつもりはなかったが、やや生返事に近い反応をして、それから一拍置いて更にウェズンは驚きの声を上げる羽目になる。
「えっと、確か上に報告したとか言ってたよね。
それで? その上が、って事?」
「あぁそうなる」
「……処刑? いや、やってた事考えたらそうなってもおかしくない……のか? どうなんだろう。生憎神様同士の法律みたいなものは知らないから何とも言えないけど、それって適切な対処とか処分なわけ?」
確かにこの世界を滅びに導いていたし、その結果過去に多くの犠牲が出ているのもあって、それだけの事をしたと言われてしまえば否定はできない。
ただ、神と人との価値観が異なるのは前世の神話などでもよくよく理解していたし、こうして転生して異世界で生活している今でもウェズンは時々前世の記憶のせいで、若干戸惑う事だってあるくらいだ。
早々に殺すよりも、生かして何らかの形で償わせるとかそういうやつじゃないんだ……というのがウェズンの感想だった。
だって相手は神だ。
人間基準で考えるのなら、レスカのした事は確かに大罪で死んでも許されない事かもしれないが、神という基準で見るのであれば。
実のところ大した事ではないのではないか。
そんな風にウェズンは思ってしまったのもあって、死んだと言われてもすぐに理解ができなかった。
(いやでも、何でそこで殺さないんだって思うような話もあるし、逆にそこで殺しちゃうんだ……みたいな話は世界各地の神話漁ればそれなりにあったしな……
え、じゃあ、レスカが死んだのは実のところそこまでの事でもない……?)
もう何が正常な感覚なのかわからなくなってくる。
「じゃあ、後になってからレスカがまたこっちの世界にちょっかいかけてきたり、嫌がらせをしたりって事はないわけだ」
「いや」
「いや!? えっ、違うの!?」
「どうやら死ぬ前にレスカはこの世界に仕込んでいた何かを発動させたらしい。
神の楔に仕込まれていた番人だとか、そういうのだけだと思っていたが他にもまだ隠し玉があったようでな」
「えっ、大丈夫なのそれ……」
「わからない。何を仕込まれていたのかがハッキリしていない以上、安易に大丈夫だとは言えない」
「そりゃそうか」
「こちらで探りはするけれど、もし何か異変を感じたら教えてほしい」
「それは、まぁ、うん。
そういうのに関して上は何かしてくれるとかないの?」
「ない」
「わぁ、即答かぁ」
「レスカを生かしたままではまたこちらの世界に干渉しかねないと判断されたらしくてな。
逃げおおせてそれっきり、であれば上も説教とかいくつかの雑務で手を打つつもりだったようだが、どうにも仕掛けていた何かを発動させたのが逃げた先での事だったらしく。
このままだと延々向こうの気が済むまで粘着質な嫌がらせをやりかねない、との事で処分がされた。
本来ならそこまでするつもりはなかったらしいが」
「ふぅん?」
「で、この先さらにあったであろう嫌がらせなどをレスカ本人を処分する事で防いだから、既にこの世界にあるレスカの置き土産に関してはそっちでどうにかしろ、と言われてしまってな……」
「なんてこった」
ちょっと神様大雑把が過ぎやしないだろうか。
そう思っても、ウェズンはそれをスピカに言えるはずがなかった。
何故ってスピカもまた神であるが故に。
だがしかし、この先レスカが舞い戻ってまたもや何かやらかすという事だけはない。
それが確定しただけでも良かったと思うべきなのかもしれない。
面倒事がこの先何もないとは言えないが、それでもレスカ絡みのものはこれ以上起きない事だけは確定したのだから。
スピカはどうやらそれを報告するためにわざわざウェズンの夢の中に現れたらしく、言う事が終わればそのまますっと消えてしまった。
夢の中で一人になってしまったウェズンは思う。
「いや、モノリスフィアの連絡先登録した意味は……?」
確かにこっちの方が手っ取り早いのかもしれないけど、夢なので起きた時に全部ハッキリ覚えてると思ったら大きな間違いである。
いや、今までスピカが夢に出てきたやつはどれも内容憶えてるけれども。
ともあれ、レスカがこの世界に残していった置き土産をどうにかすればいい。
それは確かだ。
その置き土産が一体あとどれだけあるのかがよくわからないというのが問題ではあるけれど。
憶えてる限りを思い出してみる。
学園を襲ったあの化け物がまだ残っているのならそれの討伐もそうだが、神の楔に宿った番人。
それ以外だとあと何があるんだったか……
「土地に仕込まれてたやつとかハッキリしないやつがあるにしても、流石に僕もあいつが何をしてたかとか知るわけないしな……イアは……」
原作である小説やらゲームに果たしてそこら辺の設定があったかもわからない。
大体原作の内容だってイアはもうほとんど覚えていないようなものだ。
既に自分の知ってる内容からかけ離れすぎて全然わからん、と本人だって言っていた。
であれば、これに関して聞いたところで……となるのは言うまでもないだろう。
大体、もし原作に神に関して書かれているのなら、話はもっと早かったに違いない。
ゲームの方のラスボスが神だった、とか言ってたっけ? 思い返すもウェズンですらそこら辺さっぱりだった。
結局のところ。
やるべき事はそこまで変わらないのだ、とウェズンは思い直す。
相変わらず瘴気濃度が上がれば魔物は出てくるし、そいつらを倒さないといけない。
瘴気を浄化するにしても、浄化機のほとんどは年代物。新たに用意するにしても、その部品として重要な魔晶核はドラゴンを倒さないといけない……が、しかし身近なドラゴンは既にドラゴンの肉体ではないし、この世界にいるであろう他のドラゴンをその為に倒すか、となるとまぁ、ウェズンの正直な気持ちとしてはやりたくはない。
魔物退治などはともかくとして、今後は瘴気をいかに浄化していくかが問題になりそうだな……という結論に至ったところで。
ウェズンの目は本人が思っていた以上にぱっちりと覚めてしまったのである。
日の出前だった。
「うわ最悪。二度寝しよ」
そう言って再び目を閉じたところで――
びっくりするくらい眠気はやってこなかった。
しばらくはベッドの中で向きを変えたりしてどうにか眠れないかと足掻いてみたが――
悲しい事に眠気はやってこないまま、そろそろ起きて準備をしないと遅刻する、といった時間になってしまったのである。
夢を通じての連絡の方がもしかしたらスピカ的には楽なのかもしれないが、下手に早く目覚める事もあるから次からはモノリスフィアでの連絡にしてほしいな……というのを一先ずウェズンは文字を打ち込み送信したのである。
返信は思った以上に早くやってきた。
わかった! と元気いっぱいなお返事だったが、しかしウェズンは何となく察する。
あ、これ、急ぎの用事の時は間違いなくまた夢の中に出てくるやつだな……と。
事実、悲しい事にスピカからモノリスフィアで連絡が来るよりも夢の中に出てくる事の方が圧倒的に多くなる事を、今のウェズンはこれっぽっちも知らないのである。




