本音と建て前
なんで森の中に入って早々に仲間とはぐれるような事になったんだろうな……という疑問は早々に解決した。
とりあえず進んでみるか、と真っ直ぐ一直線に進もうとしたウェズンに襲い掛かる魔物がいたのだ。
そいつは木の形をしていた。
トレントである。
単なる木の振りをして、しかし襲い掛かる時は大胆に勢いよく襲ってくる。
どうにかそれを倒して、そこでウェズンは気付いたのだ。
「あ、つまりこいつらに誘導されたって事ね、なーる……」
周囲の風景は木ばかりなので確かに慎重に確認しないと自分が今どこにいるのかわからなくなりそうではあった。ただ、自分が来た方向さえ間違えていなければ来た道を引き返せば町に帰る事は可能。
けれどもトレントたちは、少しずつ移動して微妙にウェズンの視界に映る景色を変えてヴァンとイルミナから分断させて孤立させるに至ったのだ。
木の枝で視界を覆い、時として顔にぶつかりそうな位置に枝を移動させてそれを回避しようとした隙に別のトレントが仲間の姿を隠すように。
全員纏めて襲っていたなら今頃はさっさとトレントたちも倒されていただろう。けれども彼らは狡猾に確実に獲物をしとめようとしていたのである。
賢いな、とウェズンは素直に感心した。
とはいえ、少し読みが甘かったと言える。
確かに急に襲われてびっくりはした。
けれどもそのびっくり、は前世おっさんだった頃の記憶で車運転してたら急に道から子供が飛び出してきた時と比べればそこまで驚くものでもなかったし、うわびっくりした、とか言いながら殴り返すくらいの余裕すらあった。
急に飛び出してきたこどもの方が余程恐ろしい。色んな意味で。
大体森に魔物がいるという話は事前に聞いていたのだから、出たとして驚いたとしても想定の範囲内である。
なので慌てず騒がずウェズンはリングから武器を取り出してスパッとトレントを切り裂いて終わらせたのだ。ウェズンの武器はイアと同様己の魔力を使用して使える武器だった。
最初はこれ本当に武器か? と疑問に思う物だった。なんというか新手のペンライトとか言われたら納得するような見た目だったのだ。武器の柄部分だけ、みたいなやつと言えば他の人に対して通じるだろうか。
それに魔力を注げば一瞬で武器が形成される。特に何も考えずに起動させると武器は鎌の形になった。家庭菜園で使うような小さなサイズではない。大きな鎌だ。こんなんもう一昔前の死神とかが持ってそうな大鎌じゃん……みたいなサイズである。
だが見た目としては禍々しさは特になく、どちらかといえばライトセ〇バーみすらあった。
一応頑張れば剣とか槍とかそれ以外の武器の形にもなるようではあるのだけれど、そうするとやたらと魔力を消費するのだ。多分、自分に適した形に自動でなるのかもしれない。ウェズンは雑に自分をそう納得させて、下手に頑張って武器の形を変えるより大鎌を扱えるようになった方が手っ取り早いと判断した。
家庭菜園などで使うようなサイズの鎌と比べて切れ味が良いというのもこのままでいいやと思う一因だった。これで全く切れずにこの鎌マジで使えねぇ、刃物の見た目した鈍器じゃん、みたいな感想しか出なかったらもうちょっと頑張って他の形で武器を出そうとしただろう。
けれどもまぁこれでいいか、と思えるものだったがために、ウェズンはそのままこの武器を使うことにしたのである。
そうしてトレントをぶった切って森の奥へと移動する事にした。どのみち魔物は倒さないといけないし、ヴァンとイルミナがウェズンがはぐれたからといってすぐさま来た道を引き返すとは思わなかったからだ。それなら先に進めばもしかしたら途中で戦闘してる二人を見つける事もできるのではないか、そう考えたのだ。
というか、まだそこまで奥に進んだとは思っていないがトレントによって巧妙に誘導された事もあって、ウェズンとしてはまっすぐ進んでいたつもりでも恐らくはきっと、緩やかに曲がって進んだ可能性が高い。気付けば同じ場所をぐるぐる回り続けるだけだった、なんていう遭難あるあるになるところだったわけだが、町で情報を得た結果この森の規模はそこまで大きくもないらしいので、きちんと真っ直ぐ進んでいけばいずれはどこかから外に出られるだろうと判断した次第であった。
来た道を引き返そうにもトレントによって微妙に進む道を曲げられたのであれば、引き返しているつもりでも恐らく見覚えのない場所を通るだろう事は想像に難くない。
それなら最初から見覚えがないだろう先へ進んだ方がまだマシに思えたのだ。
そうして進むことしばし。
泣き声が聞こえた。
それもどうやら女性の声である。
何というかこの状況にウェズンは覚えがあった。
いやでもまさかな、とすぐにその考えを振り払ったが。
だってここ学外だぞ。そう思いながらももし誰かが迷い込んでしまったのであれば、流石に魔物が出る場所だ。放置するのも忍びない。町で誰かが行方不明になってるという話は聞いた事がないけれど、たまたま他の場所からやって来たばかりの新入りだとか、そういうまだ町の人の記憶にもあまり残っていない人だったなら。もしかしたら他の所から来てここで生活始めようとした冒険者が下見で、とかそういう可能性もゼロではない。
人ならいい。魔物の場合も考えられる。
こちらの油断を誘おうとして……とか考えているうちに、その声が聞こえる方に向かって移動するモノが視界に映った。トレントである。
あまりにも無防備に動いている。
いやさっき倒したトレントとかもっとこっちを騙そうとしてギリギリまで動いてるかどうかわからない感じの絶妙な感じで攻めてただろ……なんて思う。
聞こえた声を獲物としているのか、はたまた仲間だから動いているのを見られても困らないと判断したのか。
わからないが、とりあえずわかりやすく動いているトレントを倒す事にする。
こちらに気付くよりも早く切り裂いて。
あまりの呆気なさに拍子抜けすら感じて。
聞こえた声の正体を……と思って視線を動かせば、そこで目が合った。
座り込んで泣いている少女は、何が起きたのかわからないとばかりにこちらを見上げていた。
ウェズンとしても何でこんな所に女の子が一人で……? という思いが浮かんだものの、その疑問は口にするより前に解決した。見れば、倒れた木に足が挟まっている。
「大丈夫ですか……?」
「は、はい。あの、足が抜けなくて……」
ここで誰かと遭遇すると思ってなかったのか、泣いていたらしい少女は今はもう涙も止まっている。けれどもまだ若干の鼻声でそれだけを告げた。
「痛みとかはありますか?」
「いえ、何か上手い具合に挟まったみたいで痛くはないんですけどとにかく抜けなくて……後ろに下がろうにもこれ以上は」
少女の背後には大きな木が聳え立っている。倒れた木のせいで前にも動けないし、後ろの木があるから後ろに移動することも無理。横は足が挟まってるので左右どちらにも動かせそうにない。
体勢は安定。いつからそうなっているかはわからないが、ただ座っている状態なのでまだ切羽詰まる程ではなかったのだろう。けれども、この場から動けないという事実に間違いはないわけで。
とりあえず見つけた以上放置するわけにもいかない。
ウェズンは少女の元へ近づきながら、彼女を見た。
ピンクベージュの柔らかそうな髪に、細いリボンが編み込まれている。妹が喜びそうな髪型だな、と一瞬どうでもいい事を考えて、そのまま視線を移動させた。
淹れたての紅茶みたいなオレンジに近い茶色の瞳はまだ若干涙で濡れていた。
胴体をすっぽり覆い隠すような大きめサイズの白いポンチョらしきものは、思ったよりも汚れていない。ただ、そこから伸びた片足はどう見ても倒れた木に挟まっていて動かせそうにないのはわかる。
この人冒険者じゃないのかな……? というのがウェズンの抱いた感想だった。
直接関わる事はないけれど、冒険者として活動している人を見た事がないわけではない。武器の類はリングを所持しているなら持っていないし、リングを所持していないタイプの冒険者と思しき人たちは普通に武装しているけれど、どうにもそういった連中と比べると彼女は違う気がする。
どちらかといえば、お付きの人を従えているのが普通のような……箱入りのお嬢さん、といった雰囲気がする。
「えぇと……お一人ですか?」
だからこそそう問いかけてしまったのは、流れであったとしても当然と言えた。
「あ、あの、待ち合わせ場所を間違えてしまいまして……」
うろ、と視線を彷徨わせ、少女はぼそぼそと小声で告げる。流石に自分の失敗を大声で言う度胸はなかったらしい。
一体どうしたら待ち合わせ場所を間違えてこんな魔物がいる森に来るんだろう……とウェズンは思ったが、流石にそこまでは突っ込んで聞けなかった。イアが相手だったら突っ込んでたけど、流石に妹と同じ扱いを今日が初対面の女性にするのは問題しかない。
つまりは、彼女は魔物が出る場所に間違えて一人でやってきて、挙句こうして身動きがとれなくなっていた、と。
自分がここをたまたま通りがかってよかったと思った瞬間である。
もしそうじゃなかったら、さっきのトレントあたりにやられていたかもしれないのだから。
とりあえず挟まった足から視線を移動させて、倒れた木を見る。
結構根元からガッツリ折れているので、これを持ち上げようとするとなると相当だ。一人ではまず無理だろう。普通に考えれば、ではあるが。
トレントを倒した時点でさっさと柄部分だけに戻してあった武器を再び大鎌の形にして、ウェズンは足を挟んでいる木をスパッと切り裂いた。余計な部分を切り落としてしまえば、足を挟んでいた木の部分だけ持ち上げるのは容易である。
魔術でやっても良かったのだが、制御をミスってうっかり怪我をさせる可能性があるので安全策として武器で切る事を選んだ。鎌の扱いもそこまで慣れているわけではないが、ただ木を切るだけならそう難しいものでもない。
ちょっとした椅子のかわりになるんじゃないか、くらいの切り株サイズまで切られてしまえば、あとは簡単な話だった。さっと持ち上げれば彼女の足は自由を取り戻す。いっそ奇跡的なくらい上手く挟まっていたからか、怪我もなさそうだった。ただ、重みで自由を奪われていただけで。
「あ、ありがとうございます。魔術でどうにかしようと思ってたんですけど、間違えて自分の足も吹っ飛ばすかもしれないと思ったら中々踏ん切りがつかなくて……!」
挟まっていた方の足をぷらぷらと動かして、問題ないと判断したのだろう。すっと立ち上がる。
「特に怪我もないようで良かったです。場所を間違えたというのなら、町へ戻るんですよね? 戻れますか?」
「あ、はい。道は覚えてます」
「そうですか。念の為送っていきますよ」
「え、あの」
「他にもまだ魔物がいますから、ここ。一人は流石に危険です」
「ぇ、あ、ありがとう、ございます」
戸惑った様子ではあるものの、迷惑だといった雰囲気ではない。だからこそウェズンは少女の隣に寄り添うようにして移動を開始した。
別に、親切というわけではなかった。
堂々と本音を言えば少女も流石に文句を言ったかも知れない。
トレントによって仲間とはぐれる羽目になったウェズンは、来た道を引き返そうにもどっちから来たかがわからなくなっていた。それならいっそ突き進んだ方がいいだろうと判断して進んでいたが、ここで町に戻れると言う人物と出会ったのだ。それなら一度引き返した方がいいだろうと思っての事だった。
流石に僕も迷子なんです、とか言えば少女がどういう反応をするかわからないが、予想はつく。下手をすると不審者扱いだ。一応助けた恩もあるので、あからさまに消えてほしいという反応はされないだろうけれど、ここから少女にとってこいつは信用ならんぞ、という対応をしていけば最悪魔術が飛んでくる。
だからこそあくまでも少女を案じていますといった体を装って、ウェズンは何食わぬ顔で町へ戻る道を把握しようとしたのである。
少女が知れば最低だなお前、とか言い出しかねない。
かくして、ウェズンは仲間とはぐれ最悪森の中を延々彷徨うかもしれなかったフラグをへし折って、無事町までのルートを確保したのである。




