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僕が将来魔王にならないとどうやら世界は滅亡するようです  作者: 猫宮蒼
九章 訪れますは世界の危機

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引き返せない



 見知った女と見知らぬ女。


 見知った女はさておき、見知らぬ女がレスカであるのなら、ワイアットは確かクロナに似ていると言っていなかっただろうか。

 クロナそのものではなく、成長したクロナのようだった、と。


 しかしそこにいるのはどちらかといえば学園長――メルトと色合いが同じである。

 まぁ、でも。

 声に聞き覚えはあった。

 ご丁寧にイアの偽物をけしかけてきた時、消える直前に聞こえた声。


 レスカの部下か何かだろうか、とも一瞬考えたが、しかし先程のウェインへの言葉からして本人だろう。

 出禁を言い渡したのは後にも先にも神前試合で神直々。

 であれば。

(こんな簡単に正体明かすのってどうなんだろうなー……)

 ウェズンとしては話がとても早くて楽ではあるのだが、なんというかそうなると隠し玉でもあるんじゃないかという気になってくる。


 いや、どうせならこちらを大した事ではない、ちっぽけな存在だと油断し過小評価して侮ってくれているのなら。

 正直そっちの方がとても良い。

 普段であればそういう風に下に見られるという事は決して気分の良いものではないけれど。

 しかし事ここに至ってはそうやって侮ってくれる方が余程いい。


 下手にこちらを過大評価しやりすぎなくらい警戒され事前にあれこれ仕組まれていようものなら、大変な目に遭うのは言うまでもなくこちら側だ。

 それは流石に遠慮したかった。


 ゲームで言うなら最初のスタート地点からいきなりラスボスがいるような、どう頑張っても勝てないだろこれ詰んだ……! とかいうのは誰に何を言われようともお断りである。


 誰も、困惑した様子ではなかった。


 恐らくこの場で一番困惑しているのはウェズンではないだろうか。

 自分がここに連れてきたようなものではあるけれど。


(皆肝すわってんなぁ……)


 一周回って安心感すらある。

 もう何も怖くない。

 そんな風に思うが、別に考えたら恐怖を抱いていたわけでもないのでその感情は下手をすると死亡フラグになりかねない。

 ウェズンはとりあえず気持ちを切り替えるべく、一度見知った女の方へ視線をやった。


 黒い何か、モザイクのように形状がハッキリしていない謎の物体に纏わりつかれ身動きが取れない状況に陥っている。学園で姿を見せた時、あれはきっと本体ではなかったのではないかと思うが、学園で見た時より更に悪化していた。


 黒い何かに纏わりつかれて、顔のほとんどが覆われかけている。

 それでも、ちらりと見えるその表情は苦痛に苛まれながらも、それでも何かを待ち続けているかのようだった。


(あれ、もしかしてこれ、結構責任重大では……?)


 なんとなくで決め打ったようなものではあるが、もしこれでウェズンの考えが外れていたら。


 学園に彼女が姿を見せた時点で結構ヤバいのでは……? と思っていたからこそ行動に出たけれど、ウェズンが思っていた想像の三倍くらい猶予がないような気がしてきた。


 これでウェズンの考えが間違っていたら。

 推測していたものが的外れであったなら。


 一度失敗したら次はもうないのではないか……


 そう思えるだけの雰囲気に、危うく呑まれそうになる。


 だがしかしもう後戻りはできない。

 ここまで来て引き返せば、彼女を見るのがこれで最後になるかもしれないのだ。

 そうなってしまえば。


(それだけは回避しないといけない)


「まさか普段からここにいたのか……?」


 ウェインが怪訝そうに、というか思い切り露骨にドン引きしたみたいな顔をして言う。


「はっ、冗談。ここは都合がいいから使っただけで、普段は――あぁ、もうなくなっちゃったけど。

 でも少し前までなら空中の都市にいたよ」

「は? テラプロメに……?

 本気で言ってるのか……?」

「勿論、お互いに思惑があったとはいえ、彼らは受け入れた。ま、落とされちゃったからもう使えないんだけどね」


 やや大げさに肩をすくめる女は、ウェインと軽快に言葉を交わしていく。


「ウェズン、貴方何がどうしてここに来ようなんて思ったの……?」

 そのやりとりを聞きながらも、ファムが小声で問いかけてきた。


「えっ、なんでって、隣にいる人が助けを求めて」

「隣?」

 滅多に表情を変える事のなかった母の眉間に皺が寄る。

「隣に、誰がいるの?」

「あ、見えてないのか、そっかぁ……」


 また面倒な、と思う。


 ウェズンの目には確かに学園でも見た女が囚われているのが見えているのだが、しかしそちらはウェズン以外には見えていないようだ。

 見えているのはもう一人、金色の髪の女だけ。


 そんなファムとウェズンの会話が聞こえたのか、女はウェインとのやりとりを適当に切り上げてウェズンへと視線を移動させた。


「やっぱりお前がそうだったか。

 知ってたけど」

「どういう事、って聞いて答えてもらえるものなのかな?」

「んー、ま、波長の問題?

 別にお前が選ばれた特別な人間だとか、そう思いたいなら思えばいい。

 何に選ばれたか、にもよると思うけど」


 何に、と言われて頭に思い浮かんだいくつかの単語に、女はまるでその想像を読んだかのように嗤った。


「栄誉と思うか、不幸と思うか。ひとそれぞれだろうね。

 だって歴代のお前と同じように彼女が見えた人は、こっちにしてみれば邪魔だからさ。

 邪魔な奴はどうする? そうだね、消すよね」

「あの魔物もどきはお前の仕業だよな」

「それは勿論。じゃなきゃなんだって話だよね」


「あれ、なんなのさ。異形化した人ってわけじゃないよな」

「んー、どっちかっていうと……合成獣キメラみたいなものかなぁ。ま、この世界の合成獣キメラとはまた違うかもしれないけど。

 さて、それでわざわざのこのこと姿を見せにやって来てもらったわけだけど。

 どうにかできるのかな? こっちとしては邪魔なお前を殺せばまたしばらくは悠々と過ごせるから、できればここで死んでくれると助かるんだけど」


「ふざけるなよ。何がどうしてそうなるのかは知らんが、そう易々と息子を殺されてたまるか」

「あっは、まるくなったねぇ。以前見た神前試合の時なんて、足手纏いは仲間でも見捨てる、みたいな空気バシバシ出してたのに。お前のその強さは脅威だからこそ、出禁まで言い渡したけど、丸くなったお前にあまり脅威を感じない、かな?」


 女がそう言ったのと同時だった。


 ウェインの姿が消える。


 えっ? とウェズンの口から声が漏れ、直後ガッという鈍い音が耳に届く。


「いっ……たいなぁ、折れたらどうする」

「折るつもりだったんだがな」

 咄嗟に腕でガードしたらしき女と、その女に攻撃を仕掛けたであろうウェイン。

 そんな一瞬で!? という程に、一瞬の出来事だった。


 そこから女とウェインはウェズンの目でも追い付かない速度で攻防を繰り広げる。


「ウェインがまるくなったのは性格だけで、それ以外は普通に尖ってるんだけどね」

 他人事のように呟くファムに、そういう問題か? とジークが返した。


 ただ見ているだけのようにしか思えないが、しかしウェズンもわかっている。

 割り込めないのだ。


 下手に割り込めば、ウェインの邪魔にしかならない。

 女の攻撃を受け止める盾のような役割を果たせたとしても、ウェインの攻撃を阻む事にもなりかねないし、それはつまりその逆に、ウェインの攻撃を食らい女を庇う事にもなりかねなかった。

 下手に攻撃を仕掛けたところで、ウェインに当たれば一撃で死にはしないだろうけれどこちらが不利になるのは言うまでもなく。



「で、ウェズン。貴方ここに何をするつもりで来たの?

 なんかそこにワタシたちには見えない誰かがいるみたいだけど、何をすれば助けられるのか、とかそういうのわかってる?」

「えっとー、まぁ、うん……自信はない」

「自信があろうとなかろうと、やるしかないのだろう。どう考えてもこれ、今から撤退して作戦練り直そうとかそういうのできる感じじゃないぞ」


 ジークに言われて、でしょうねぇとウェズンは頷いた。


 あの女とウェインの実力は拮抗していた。

 だからこそ、ウェズンたちはこうしてのんびりしている場合じゃないけれど、それでも会話をする余裕がある。

 同行してもらったのがこの人たちで良かった、とウェズンは思った。もしこれが、普通にイアやレイといった普段行動を共にする仲間だとか、ワイアットあたりを連れてきたとして、それでバトルにでもなったなら。

 こんな風に会話をする余裕なんてあるはずがなかっただろうから。


 それ以前にここにたどり着くまでに相当な時間を要していたし、そうなればここに来た時点で手遅れになっていた可能性もある。

 仲間たちと情報を共有する余裕があったかもわからない。


 ともあれ、ウェズン以外には見えていないだろう女のところへとウェズンは足を進めた。

 今父と戦っている女には見えているだろうけれど、こちらが何をしたところで無意味だと思っているのだろう。だからこそ、あれはウェインだけに意識を向けている。


「母さん、あれが、あの人が神前試合で見た神様って事でいいんだよね?」

「そうだな、ワタシはあまりしっかりと見たわけではないから姿についてハッキリと言えなかったが、声は憶えている。ウェインの言葉からしても、きっと間違いじゃない」

「そっか」



 ――ファムは自分には見えていないが、それでもそこに誰かがいるのだろう、とは理解した。

 自分の息子が、虚空を見ている。

 何も知らなければどうしたのだろうかと思っただろうけれど、それでもそこに誰かがいるのだ、とファムは察した。

 ウェズンが虚空へ手を伸ばし、そうして発動させたのは浄化魔法だった。

 瘴気を浄化する魔法。

 この場に瘴気の、あの淀んだ空気を感じたりはしなかったけれど、それでもウェズンはそれを発動させて――


「やっぱ無理か……根本から解決しないといけないってわけね、はいはい……」


 何かを悟ったみたいに呟く。


「ん? あ、だいじょぶそ? 割とヤバい。だろうね。まぁ、どうにかしてみるよ」


 更に何か、まるで誰かと会話をしているかのように言って。


「とうさーん、勝てそう?」


 ウェズンはくるりと振り向いて、そうして父へと声をかけた。


「負ける気はしない」

 重々しい音の合間でそう答えたウェインの表情は、ファムが見た限り嘘ではなかった。

 すぐさま勝てる感じでもないが、最終的には勝つ。

 ファムはそう理解した。

 けれども、その最終的に勝てるまで、果たしてどれくらい時間がかかるかはわからない。


「くっ……このっ、やっぱあの時適当な事言って契約で縛っておけばよかったなぁ……!」

「残念だったな。私に欲がないばかりに」

「自分でっ、言うな……っ!!」


 打撃音の合間合間で聞こえてくる声。

 ファムは憶えている。

 神前試合で勝利して、神はウェインに褒美として望みを叶えると言った。

 そしてウェインはファムとの平穏な生活を望んだ。


 それは、誰も想像しなかった望みだったのだろう。

 ファムにしてみれば当然の願いだったけれど、しかし周囲はそう思わなかった。


 ウェインなら、望めばもっと多くのものを得る事ができただろうから。

 だが彼が望んだのは、テラプロメからの干渉も監視もない平穏な生活。

 実際それが完璧な形で叶えられたわけではなかったものの、それでも余計な追手だとか、目障りな監視者だとか、そういうのはいなくなった。


 あとはこちらから関わってまた繋がりを作らなければそれで。

 どうにかウェインの望みは叶えられる形となった。


 人類側に有利な何かを望もうと思えば、叶う可能性はあったけれど。

 それでもウェインは自分たちだけの平穏を願った。


 人類からすればなんて薄情な願いだと思っただろう。

 自分たちさえよければそれでいいのかと、そう思う者だっていたかもしれない。


 けれど。


 あまりにも大きすぎる願いをしたとして、叶えられるかどうかは神の気分次第だ。

 ささやかな望みであるからこそ、神は叶えるしかなかった。それすら叶えられないのなら、それ以上の大きな願いなど全て一顧だにしないと思われるから。


 だからこそあえて、ウェインはちっぽけな、自分とその周りに関する願いだけを望んだのだ。


 まぁ、もっとぶっちゃけた本音を言うのなら、他力本願で自分たちに有利な願いを口にしてもらえると思うな、がウェインの言い分だろうけれど。



 それに。

 神前試合で出禁にしたのは、強すぎて試合結果が分かり切ってしまうから、というのが神の言い分ではあったけれどそうではない。

 どうせ願いを望んだところでウェインはちっぽけな、それこそ別に神じゃなくても叶えられそうな願いしか口にしないのがわかりきっていた。もっと大きな願いを口に出しそうな雰囲気だったくせに、しかし実際は周囲の予想を裏切ったからこそ、神はこれ以上引き延ばすのも無駄だと判断したのだろう。

 テラプロメに関してだって、大体その気になれば監視者とか追手とか、対処はできていたのだから。ただちょっと数が多すぎるから辟易するだけで。


 テラプロメそのものの崩壊を願えばそういった追手だとかの問題は解決するけれど、しかしそれは願えなかった。テラプロメの本来の目的は神の居場所を探る事であったが故に。


 とはいえ、そのテラプロメに神がいた、と先程神自身の口から出たようなものだけど。


(何か……ワタシたちにはわからない背景があるにしても。

 あれに願うのは良くない)

 願いを叶えてくれると言っても。大きすぎる願いの代償は、絶対にどこかでやってくる。


 割り込む隙はなくとも、ファムはじっとウェインと神、二人の戦いから目を逸らさなかった。

 息子が――ウェズンが自分には見えない何かを見て、何かをしようとしているのはわかったけれど、ウェインと戦っている神がそれをいつまでも許すようには思えなかったから。

 もしアレが邪魔をするようなら、ファムはウェズンを助けるべく動くしかない。


 それについてはジークもそうなのだろう。

 眉間にギュッと皺ができた状態で凝視していた。

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