最短ルート
移動しながらでもいいだろう、と思った説明だがしかし島がある場所までとなると、地図で見る限りは近そうだが実際はそうでもないのもあって。
早々にジークがえぇいまどろっこしい、と言い捨ててウェズンを抱え飛んだ。
ウェインとファムは取り残されるかと思いきや、二人もそれぞれの方法でジークの後からついてきたので一行はあっという間に島が見えるところまでやって来たのだが。
「半分水没してるな」
「地図から消えた理由が嘘の可能性もあるって言われてたけど、半分は本当だったのか……」
「というかあそこに見える神殿、なんか靄がかかってない?」
「靄? 暗くて正直わからんな……あ、いや、靄ではないな、あれ魔素だ」
ジークが見たままを言って、ウェズンがウェッジの言葉は半分だけ正解だったか……と思っていれば、ファムとウェインが何やら言い出した。
正直既に日は沈んでしまって真っ暗だ。
しかも今日は満月でもないので、かなりの暗さである。
星が瞬いてはいるものの、明るさとしてはほとんどない。
うっかり海にドボンと落ちればあっという間に事故現場が完成しても何もおかしくはない。
町からは既に離れたので、喧噪といったものも何もない。
ただ海風と波の音が聞こえるだけだ。しかもそれだって穏やかな感じでもない。
昼間ならあまり気にならないかもしれないが、真っ暗な中で聞こえるそれらはやけに不気味に感じられた。
肝試しにきました、とか言われたら納得しそうな雰囲気が漂っているけれど、しかしこのメンバーだと誰もそんな風に怯えたりする様子がない。
というか恐れおののくとしたらウェズンだけだろうか。この中でそういうのがありそうだな、と思えるのは。
しかしウェズンだって内心で雰囲気だけはたっぷりあるなぁ、と思っていても別に恐れてはいない。
うっかり海に落ちたら真っ暗な水の中でパニック起こしてそのまま溺れそうだなとは思うし、そういう意味では怖いなと思っているけれど。
しかしその恐怖は別物である。
夜の真っ暗な海に落ちたら危険だという恐怖であって、それ以外の部分に特に恐怖を抱いてはいない。
一緒にいたのがイアやそれ以外の面々であったなら、もうちょっと違う反応があっただろうか、と思ったがもしそうだったとして、ここに来るまでにもっと時間がかかっていた可能性もある。
ジークに抱えられてばびゅんと飛んで移動したから結構な速度だったけれど、そうでなかったのならここに来るまでの道中でむしろ恐怖体験があったかもしれない。あまりにも真っ暗闇すぎて。
流石にここに来るまでに日の出直前、とはならないだろうけれど、場合によってはそうなっていてもおかしくはないかもしれなかった。
どちらにしても、ウェズンたちがこうして辿り着いた時点で時刻は夜明けまでまだ遠い。大抵の家庭では夕飯を食べ終えているとみて間違いないだろうし、酒場は賑わい始めた時間帯。
日付が変わるまではまだ少し余裕がありそうだった。
「それで、あの魔素がやたらと漂ってるあの場所が目的地で合っているか?」
「あ、うん。そのはず」
ウェインに言われてウェズンはとりあえず頷いた。
魔素と言われても、正直よくわからない。
確かになんていうか、ちょっと何かがある感じはする。
明るい時間帯であればもっとハッキリと判別できただろう。
けれども真っ暗な中だと、確かになんとなくふわ~っと何かがあるな、と思える程度でそれが魔素と言われてもピンとこないのだ。
例えばあまりにも真っ暗な空間にいると、目を開けても閉じてもどっちも大差ないなんて事もあるけれど。
下手をするとその闇が蠢いているように感じる事もあるかもしれない。
ウェインが言う魔素があるあたりは、ウェズンにとってそんな、あるのかないのかハッキリしない、というのが近かった。
「本気で突入するつもりか?」
「父さんはあの場所知ってる?」
「知らん」
即答だった。
まるで本当にあの場所に足を踏み入れるのか? ここがどこかも知らないで? みたいな雰囲気だったくせに、知らないのかよ……とそのせいでウェズンは思わず呟いたくらいだ。
「大体この辺りに来た事がないからな。
あぁ、フリオあたりなら詳しいかもしれないが……いやどうだろうか。あいつも微妙……うーん、そもそもこの辺りって結界どうなってるんだ……?」
「え、解除されてるんじゃないの?」
「いや、なんとなく残っている気がする」
「そうね、完全に解除されてるわけじゃなくて、巧妙に薄く残されてるのを感じる」
「えっ、結界の存在って感じ取れるものなの?」
ファムの言葉にウェズンはぎょっとして周囲に目を凝らして見回してみる。
結界と言われても、正直よくわからない。
瘴気を閉じ込めておく結界は、恐らくないような気がする。
大体神前試合が終わってその時点でようやく一つの区画の結界を解除されているようなものだ。
最初に世界を分断した結界、次に神の怒りに触れて瘴気を閉じ込めるための結界。
全ての区画を解放したわけではないと授業でもやっていたので、そうなれば長年閉じ込められている土地などさぞ瘴気まみれになっていてもおかしくないくらいなのだ。
浄化機だけで追いつかない場所には、一応こっそりと浄化能力の高い人材を送り込んで焼け石に水だろうとも浄化をしようという試みはしているようだが。ちなみに効果はお察しである。
「感じ取るというか……なんとなく違和感?」
なんとなく、と言われてしまえばもうわからなくても仕方がない。
理屈じゃない。感じろとかそういうやつはわかる奴にはわかるけど、わからない奴は何をどうしたところで理解などできるはずがない。
「とにかく、何事もなければいいけどそれを確認するためにも行かなきゃいけないんだ」
「……事情は後で聞く。のんびりはしてられないんだろう? 行けるか?」
「全員抱えていけと……?」
ウェインがジークへと声をかければ、ジークは胡乱気な眼差しを隠す事なくウェインへ向けた。
それはまるで、無茶言うなよとでも言わんばかりに。
「羽が出るなら尻尾もだせるだろ」
「出るがな。だがあの魔素漂う場に三人も抱えて突入するとなると、それ以外の事は難しくなってくるぞ」
「そこはこちらでどうにかしよう」
ウェインとジークの会話があまりにもサクサク進むせいで、ウェズンはただ眺めるだけだった。
うわぁ、こっちが何も言わなくても勝手に物事決まってくぅ……! とばかりに見るだけしかやる事がない。
下手に口を挟んでも無駄な時間が過ぎるだけだ。
結局あっさりとジークが三人を連れてあの神殿らしき場所に突入する事となった。
ウェズンを抱え、出した尻尾でウェインとファムをぐるりと囲う。そうして羽を一度バンッと空打ちし、ジークはふわりと飛んだ。
魔素、と言われても正直ウェズンにはよくわからない。
一応授業で習ったけれど、目視できるくらいの魔素とか今までなかったのだ。
ただ、近づくにつれてなんというか、瘴気濃度の高い地域のような、なんとも言えない不快感はあった。
ぐにゃ、と視界が歪む感覚がする。半分水没している神殿の内部がどうなっているかはわからないが、移動は困難だろう。普通に歩くとするならば。
しかし――
パツッ、と何かが――それこそゴムが千切れる時のような音がして、一瞬全身を生温い風が突き抜けていったような感覚がしたな、と思った直後。
「……水没は、していない……?」
神殿内部に突撃をかけたジークが困惑しつつも床に降り立つ。その際カツンと硬質な音が床からしたので、間違いなくそこに水はなかった。
だが、ウェズンの視界に見える光景は確かに床のほとんどが水に浸っている状態で。
「えぇ……? 何これどういう事……?」
思わず困惑するのも無理はなかった。
ジークに床に下ろされたウェズンも、足下は確かに硬い床だと感覚が訴えている。けれどもウェズンの目に映るのは、神殿の床のほとんどが水に沈んだ状態で。
脳がバグるとはこういう事か……と実感する。
「厄介だな。目に見えているものと実際が異なるのであれば、進めそうだと思ったら行き止まりなんて事もあり得るのだろう?
無防備に顔面から見えない壁にぶつかりにいく可能性を考えると、慎重に進むしかないが……」
「見えている道がなかったり、逆に道がなさそうなところが道だったりする可能性があるって事ね。
……なんて面倒な」
ウェインとファムも視覚と感覚があべこべな状況に、うっかり苦い物を口にしたような反応を示した。
「ウェズン」
「何、父さん」
「どうせ目的地はこの奥だろう?」
「まぁ、恐らくは」
入り口付近に目当ての何かがあったか、と言われても正直わからなかった。
気配も何もなかったので、きっとないと信じたい。
「では話は早い。
見た目で面倒な状況で、そんな中を進むとなると無駄に時間ばかりがかかる」
「そうだね。それで?」
「だったら、こうすればいい」
「――はぇ?」
パチン、とウェインが指を弾いた直後。
ドゴボゴメギッ、という音がして周辺が崩壊する。
それに続くようにファムがパンと両手を打ち付け叩く。
メゴシャァ、みたいな音がして、崩壊しバラバラになった神殿だった天井や壁といった物だった部分がさらさらと崩れていった。
空間が歪む。
水没していたように見せかけていたが、しかし肝心の神殿が壊れたからか、ウェズンの目に見える光景はところどころモザイクっぽい何かが漂っているものの、すっかり更地状態になってしまった神殿跡地だ。
天井もなくなった事で上を見上げれば真っ暗ではあるが空が広がっていた。
そのまま視線を下へ戻す。
離れた場所にぽっかりと穴が開いているのが見えて、どうやら地下へ続く道だと理解したと同時に。
「いやいいのかなこれ……」
手っ取り早いのはそうなんだけど、と思いながらもそう呟くしかなかったのである。
ショートカットってレベルじゃない。




