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僕が将来魔王にならないとどうやら世界は滅亡するようです  作者: 猫宮蒼
九章 訪れますは世界の危機

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恐らく時間制限有り



 目の前の空間がぐにゃりと歪んでいる。

 思わず凝視するウェズンではあったが、しかしヴァンとハイネにはその歪みが見えていないようだった。


「一体どうしたんだい?」

「え、なんもないよな? 大丈夫か?」


 様子のおかしいウェズンを心配してか、ヴァンとハイネがウェズンが見ている方向へ視線を向けるが、二人の反応は何も変わらなかった。

 音も、正面にある空間の歪みも、どちらも二人には感知されていないようだ。


 自分だけがおかしくなったのではないか、とウェズンは考えたがしかしそんなはずはないとも思う。


 何かの病気の前兆にしたって、普通はもっとこう……眩暈だとか、体力が落ちてる気がするだとか、もうちょっと些細な症状からではなかろうか。そうであれと思いたい気持ちがある。


 というかだ、そういう症状があったとしても、もっとこう……ある程度年齢を重ねてからではないだろうか。

 最近なんか疲れやすくなってる気がする。年だからかなぁ。

 そんな風にちょっと異変があっても大抵年のせいだろうと思って油断するような、そういう感じであるのならともかく今のウェズンは体調不良があったとしても、年齢のせいにするには早すぎるので。

 正直寝て起きたら大体の事は治ってると言ってもいいお年頃である。

 なので、異変が出るにしてもその前段階の体調不良みたいなものがあって然るべきだとウェズンは思いたい気持ちでいっぱいだった。


 そうやって少し現実逃避をしているうちに、目の前で空間の歪みが少しずつ大きくなって、そこから一人の女性が姿を見せる。

 けれどもその女性の姿はノイズがちらついて所々モザイクのようになってしまっているし、そのモザイクも画像編集で行われるような色合いではなく黒っぽいものであった。

 モザイクに見えるが実際は黒い何かがこびりついているのだ、と理解した頃に、女が口を開く。


「……………………」


 ザザザッ、ザザッ、ジ、ジジジ……とノイズが連続して聞こえて何を言っているのかほとんどわからなかったが、それでも女の口は何度か開閉しこちらに何かを訴えていた。


 女が何かを言おうとすればするほど、ノイズが妨害するように――実際妨害しているのだろう。いっそ不快と言いたくなるくらいに騒々しくノイズが鳴った。


 そうして何度か女はこちらに訴えていたようだが、黒い何かに覆われるようにして姿が消える。

 それと同時にノイズも消えた。


 ヴァンとハイネには何も聞こえていなかったらしい、とは言うもののウェズンにはいっそうるさいくらいに聞こえていたそれがなくなった事で。


「…………ごめん、ちょっと忘れてた事思い出したから先戻ってて」


「あ、あぁ」

「ホントに大丈夫か? 保健室とかなら付き添うぞ?」


「大丈夫大丈夫。大した事じゃないからさ。うん、ホント、ただ面倒な事思い出しちゃったなぁ、って、ね……」


 ワケありそうにふっ、と遠い目をして言えば、ヴァンもハイネも勝手に面倒ごと、という言葉から何かを察したのだろう。


「なんかあったらモノリスフィアで連絡入れろよ?」


 ハイネがそれだけを言って、ヴァンを連れて歩き始める。


「できる範囲でなら手伝う事もやぶさかではないからね」


 去り際にヴァンもそんな事を言っていた。



 間違いなく、二人の脳内では提出課題とか、教師への提出物だとか、そういう方向で想像したのだろう。生憎と授業で出さないといけなかった課題などは既に出しているので、二人が想像するようなものは一切ないのだけれど。

 ただ、今のノイズも目の前の空間の歪みも、そこから出てきた女も、何一つ感知していなかった二人に説明したところで、ウェズンがおかしくなったとしか思われないだろうから誤魔化しただけだ。


 ともあれウェズンはくるりと向きを変えて歩き出す。



「たぁのもー!!」


 そうしてやって来たのは旧寮である。


 ドバァン! と勢いよくドアをぶち開けて叫べば、数名の精霊たちが何事かとばかりにこちらを見る。


「あれれぇ? どしたのぉ?」


 その数名の中にフィオがいた。首を傾げてきょとんとした表情を浮かべている。


「神殿」

「え?」


「神殿ってどこ」

「えっ? 神殿ってどの神殿?」


 ウェズンとしてもこの質問の仕方はどうかと思ったが、生憎と先程ノイズの中から聞き取れたのが神殿だけだったので。

 どの神殿か、なんてわかるはずもない。


 それでも。


「あー……じゃあ、きみらが立ち寄れないだろう神殿。心当たりは?」

 恐らく先程の女が告げた神殿は、もっとちゃんと名前や場所を示していたはずだ。

 けれどもノイズのせいでほとんど聞き取れず、そしてウェズンは読唇術をマスターしているわけでもないのでかろうじて理解できたのが多分神殿かなぁ……というくらいあやふやなもので。


 もしかしたら神殿ではないかもしれない。

 けれど、だからといってわからないからそのままにするわけにもいかなかった。


「ワタシたちが立ち寄れないっていうとそりゃあ……」


 該当する場所があるのだろう。フィオはそこまで言って、困ったように周囲の精霊たちに目を向けた。フィオに視線を向けられた他の精霊たちも、どこか気まずそうにしてフィオと視線が合わないようにしている。


「恐らく、時間がない」


 そう告げればフィオはびくりと肩を跳ねさせた。周囲にいた精霊たちもぴくっと身じろぎする。


「時間がないってどれくらい……?」


 泣きそうな声で問うフィオに、ウェズンは具体的な時間まで知らないけど、と前置いて、


「放置し続けるのは明らかに問題だと思う程度には」


 そう答える。


 以前見た時や夢の中に出てきた時と比べるならば、先程見た女は明らかに何かに存在を侵食されていた。

 一緒にいたはずのヴァンにもハイネにも存在を認識されていなかったが、もし見えていたのならあの二人だって異常事態だと判断しただろう。

 自分だけが見た幻覚だとは思いたくない。だが、あの時見たのは自分だけ。


 気のせい、で片付けるにしてももしその結果最悪の事態になったのならば。


 後味が悪いなんてものじゃない。

 それなら今すぐにでも行動に出ないといけないと思ったのだ。

 たとえそれが無駄足になったとしても。


 行動した結果無駄足だったならまだ諦めもつくが、行動しないまま手遅れになったなら。


 その時に後悔しても遅い。


 それに――


(今までみたいに姿を現したら厄介な事になるから、で夢の中に出てきたのがああやって出てきたとなれば。

 何かがあったのは間違いじゃない。

 ……もしかして。


 もしかして、危険な目に遭う事になったのは僕じゃなくてあっちじゃないのか……?)


 女の正体に薄々気づき始めている。

 気付く、というか既にそうなんだろうなと思い始めている。

 だからこそ、余計にそう思う。


「……ワタシたちが近づけない神殿、人の絶対いけない場所」

「それはつまり?」

「神の楔がない。海に浮かぶ小さな島。ここから遠い」

 そこまで言うと、フィオの額が突然切れて血が噴き出した。


「フィオ!?」

「だ、大丈夫……でもごめん、これ以上言うと、きっとダメ」


 正面にいたせいで血を浴びる事になったウェズンはともかくまずフィオに治癒魔法を使った。

 相手が精霊だと上手く効かないんじゃないか、とか思ったが、特にそういう事もなく。

 しかし何もなかったはずなのに突然刃物で切られたようにパッと傷ができたのには驚いた。


 魔法で汚れた部分を綺麗にして、少しだけ考える。


 神の楔のない場所。

 しかも海に囲まれた島。


 移動手段が限られている。

 しかも学園から遠いとなれば、最寄りの大陸へ神の楔で行ったとしても、そこからは別の移動手段を確保しなければならない。


 他の精霊たちは心配そうにフィオを見ているが、下手な事を言えばきっと次は自分たちがそうなるとわかっているのだろう。

 何とも言えない表情を浮かべていた。


 けれども、それでも協力しようという意思はあったのだろう。


 三名、名前も知らない精霊たちが前に進みでて、何やらジェスチャーを開始した。


 一人は手で大きめの四角を描くように。

 もう一人はその四角の中の一か所を指し示すように。

 最後の一人が手で更に何かの形を作り出す。両手の親指と人差し指で何かの形を作って、次に別の形を作る。二度目に作った形の後に指を交差させバッテンとした。


 そこまですると、精霊たちはげほげほと激しく咳き込み始める。


「ありがとう。多分、何とかしてみる」


 三人が今しがた表現したのは、地図上の場所だろう。

 恐らくその近くに似たような島があって、そっちではない、という意味だとウェズンは判断した。


 そうなると次に行くべき場所は図書室だ。


 恐らく最初の一人目は地図を見ろと言っていて、二人目がこのあたりだと示していた。

 その位置は確かに学園からは大分離れている。


 急いで図書室へと向かえば、まだ数名生徒が残っていたが、知り合いはいない。


 ともあれ、地図を引っ張り出した。

 そうして恐らくここだろうという場所を見つけたものの、その地図ではそこに島なんて存在していなかった。


 先程の精霊たちの情報を信じるならば、そこには間違いなく二つ、島があるはずなのに。


 もしかして違う場所だったのだろうか。

 ここだと思ったが、少しずれた場所だったのかもしれない。

 そうやって調べてみても、一致すると思える場所がどうしてもない。


 もう少しその周辺が拡大された地図を見ればわかるだろうか……!?


 落ち着こうにも、どうにも先程見た女の姿からあまり時間がなさそうだというのもあって、焦りは消えなかった。


 どれくらいそうしていただろうか。


 気付けば周囲にいたはずの生徒たちも既に図書室から出ていったらしく、窓の外から見える空はすっかり暗くなっている。


 だからだろう。


「おーい、そろそろ閉める時間だけどまだいるかー?」


 ドアが開いて、教師の声がする。


「すいません先生!」


 なりふり構っていられない。そう判断したウェズンはその教師を巻き込む事にした。


 見知らぬ教師ならそうもいかなかったかもしれないが、ウェズンは何度かその教師とやり取りしたことがある。


「あれ? どうした……?」


 教師――ウェッジは地図を手あたり次第広げているウェズンに、明らかに困惑していた。

 何故ってもう今更地図を必要としていないだろうと思っていたので。

 地図なんて精々入学した直後とかその後少し確認するくらいの代物なので。 

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