しれっと増えてる
木の幹に身体を隠すようにしてこちらに顔を覗かせていた女は、ウェズンが近づいた事でさっと顔も隠した。とはいえ木の向こう側にいるのはわかっている。
「あの……?」
まさか用もないのにただどんぐりをぶつけたというわけではあるまい。
たまたま投げた先にウェズンがいた、という事故説もあるけれど、その場合謝罪の言葉が出てきてもいいはずで。
それがなかったので多分何らかの用があっての事なんだろうなぁ、という判定をしたけれど、もしかして喧嘩を売られた可能性もあるな……? と色々な可能性が出てきてしまい、ちょっとだけ悩む。
このまま彼女に近づいたら突然更なる攻撃をくらったりしないだろうか……?
一撃で死ぬとは思わないが、しかし見覚えのない相手だ。
顔は見たけどその下は完全に木に隠すようにしていたから、もしかして学院の生徒の可能性も……
などと考えながらもそこまで離れていたわけではなかったので。
あっさりと彼女が隠れるようにしていた木の所まで到着してしまったのである。
「こっち」
そうして隠れているであろう彼女に声をかけて覗き込もうとすれば、少女は短く告げてたっと駆け出す。
「えっ、ちょっと?」
木の横から顔だけ出していた時はどうやら屈んでいたらしく、こちらに背を向け走り去っていく彼女は思っていたよりも長身であった。かなりの中腰体勢だったんだな、辛くなかったんだろうか……とかなりどうでもいい事を考えながらも、場所を移動しようとしている事は察したので一先ずはついていく事にする。
軽やかに駆けていく背を見ながらも、向かう先に思わず首を傾げた。
てっきり学院の生徒かな、と思ったりもしたのだ。
もしかしてファラムかウィルの友人であるのかな、とか。
あの二人は学院を捨ててこちらにやって来たのもあって、今更話しかけるのも……と躊躇っているうちにウェズンが一緒にいるのを見て、間に入って仲介してほしいとか、もしくは様子を確認しにきたとか。
そういうのもあるかもしれない、と思っていたがしかし生徒ではなさそうだな、と早い段階で気付く。
学院の制服を着ていないだけなのかもしれないが、いくら事情が事情だからとて学院の生徒にとっては急に敵地にてキャンプする事になったみたいな状態だ。
流石にその場合なら、恨み拗らせたこちらの生徒からの攻撃を懸念して防御力を捨てるような事はしないだろう。
後をついていくうちに、学院の生徒ではない、という思いはほぼ確定した。
辿り着いた先は学院がある場所でも学院の生徒たちが使用している寮でもなく、ウェズンが何度か立ち寄った旧寮だったからだ。
流石にこの旧寮を学院の生徒が知っているとは思えないし、知っていたとしてもここら辺は学園の縄張りみたいな扱い。堂々と使用するとは思えなかった。
当たり前のように旧寮の中に入っていった少女を追いかけて、ウェズンも旧寮に足を踏み入れる。
ここは普段イフやディネがいるので、何かあった場合多分仲裁とかしてくれるだろう。そんな風に考える。
学院の生徒ではないと判断できても、あの少女がウェズンにとって敵ではないとは言い切れないので。
勝手知ったるなんとやら、とばかりに迷いのない足取りで進む少女についていって最終的に到着したのは――
「あれ? どした?」
「何かあったの?」
食堂として使われていた部屋なのだろう。かなりの広さがあるそこには、イフやディネといった知った顔が存在していたし、その他に見覚えのない者たちも大勢いた。
ウェズンをここまで連れてきたと言っても過言ではない少女も当然いる。
「連れてきた」
ぐっと親指を立ててドヤ顔を晒す少女に、一同の目がウェズンへ向けられてそれからすぐに少女へと向く。
「いやいやいや、連れてきたってお前」
「頼んでない! 頼んでないぞ!」
見知らぬ数名がヤジを飛ばす。
「えっ、えっ、なんで!? 顔合わせはしといたほうがいいでしょうよ!」
そしてそのヤジに少女は首をぶんぶん振りながら反論した。
勢いよく首を振った拍子に、ポニーテールにされた緑色の髪がこれまたすごい勢いで揺れる。
「バッカお前バカ!」
「顔合わせたからってどうなるもんでもないだろうが!」
ブーブー! とばかりにブーイングまで起きる。
「えぇと……?
何、これ僕来ない方が良かった感じのやつ?
どんぐりぶつけられ損……?」
そう言いつつも、けれどここに連れてきた少女の目的がわからなかったのだ。
無視した場合、次はどんぐりではなく石を投げつけられたかもしれないし、そうでなくても不意打ちで攻撃を仕掛けられたかもしれない。
そんな可能性を考えると、無視するという選択肢はなかった。
それでいて少女はこちらを誘うように移動していたから、やっべいたずらバレた逃げよ! という感じでもなかったからウェズンも全速力で逃げる相手を追いかけて拳骨の一つでも落として叱ろうとか、そういう考えもなかった。
なので普通に一定の距離を取りつつ見失わないようについていったわけだ。
てっきり人目につかない場所で何らかの話し合いとかそういうやつだと思っていたのだが……?
そんな気持ちで困りつつも、とりあえず知った顔に目を向ける。
「あぁ、悪い。その、なんていうかだな……」
イフとディネだとイフの方がウェズンとはそこそこ関わっている方なので、イフが事情を説明する事にしたらしい。
というかディネに斜め後ろあたりから小突かれて押し出されたから、というのが正解なのだが。
「お前を連れてきたのはフィオ。あいつは今まで学院にいてな……まぁそれはここにいる大半の連中もなんだが」
「へぇ……?」
見覚えのない顔ばっかりだな、と思ったのは気のせいではなかったようだ。
名前は知らないが顔だけは何度か見た事があるな、というようなのもいたが、そちらはさておきイフの言い分だとここにいる半分くらいは学院から来たらしい。
ブーイングしてるのはほぼ学院にいた側のようだ。
「あぁ、それで……その」
イフはといえばとても歯切れが悪かった。
正直な話、彼らだってもっとズバッと切り込みたい気持ちはあるのだが、しかしそれができないのである。
何故って下手打つと最悪この瞬間自分の存在が消滅する可能性があるから。
メルトやクロナが神と何らかの契約を結ぶしかなかったように、彼らもまた同様であったので。
「あぁもうまどろっこしいなぁ!
ねぇ、君」
そのせいで話を切り出そうにもどこからどこまでが安全なのかを手探り状態だったイフは、とても困っていたのである。実際過去やらかしてその場で即座に消滅した同胞の姿を思い出せば怖気づくのも仕方ない。
あまりにも数を減らしすぎると後々困るのはわかりきっているのもあって、下手打てない、となってしまったのだ。
現時点、この場にいる精霊たちの数はそれなりにいるけれど、しかしこれでもかなり減ったのだ。
実体を持てない程度にしか力のない精霊たちならやらかすことはないけれど、しかしそれなりの力しかない精霊たちに今後を託すのは無謀すぎるし、そんな彼らが力をつけて自分たちと同じように実体を持てるまで、果たしてそんな時間があるかも微妙。
であれば、今それなりに力を持つ精霊たちは失態をやらかさないよう細心の注意を払う必要があるのだ。
一歩踏み込むだけだが、その一歩がとてつもなく際どい一歩となってしまう。
そんな状態なのでディネは自分で話をしようとは思わずイフに押し付けたし、イフだってだからってどう切り出せばいいんだよぉ、と困り果てていた。
そんなぐだぐだな展開に、ブーイングされていたフィオがブーイングを物ともせずにウェズンの前に出て声をかける。
「ねぇ君、最近誰かから近々命の危険に陥るような忠告とか警告とかされてない?」
「え……?」
ブーイングしていた者たちの声が止まる。
それは彼らにしてみれば、あまりにも直球すぎるものだったからだ。
おい馬鹿死ぬぞ……? みたいな雰囲気がプンプンしている。
対するウェズンはというと、確かにそんな事は言われたけれども……とやや困惑していた。
だがその言葉をかけてきた相手とのやりとりが外に漏れるような事があるはずもなく。
何で知ってるんだ……? となってしまうのも無理はない話で。
周囲でそれを見守っていた一部は、わけわかんない事言われて戸惑ってるよ、と思う者と、何で知ってるんだ、って困惑してるじゃないか、と思う者たちに分かれた。
そしてウェズンの目の前のフィオは後者だ。
やっぱり、とばかりに両手をパンと打ち合わせて組む。
「詳しい事情は説明できないけど、でもね、ワタシたちは貴方を応援してるから!
堂々と手助けはできないけど、こっそり手を貸すくらいはできるはずだから! ね?」
「はぁ……」
何が「ね?」なのかまったくわからない。
わからないが、表立って敵対するね、と言われないだけマシなのだろう。
それ以前に精霊と敵対するような事を仕出かした覚えがないのでそう言われたとしても困惑する以外のリアクションがとれないのだが。
そんなウェズンの反応に、本当にあいつか? みたいに小声でひそひそしだした者もいたけれど。
それについてウェズンは否定も肯定もできなかった。
だって事情がまるでわからないから。
なんとなく想像つかないわけでもないけれど、それが本当に合っているかもわからない。
その状態でさも理解したような反応とかできるはずもなく。
いや、この場がもう少し緊迫していて、何が何だかわからないが話を合わせないと自分の身が危ない――みたいな状況っぽかったらウェズンだって相応の反応をしたかもしれないけれど、とてもそういう雰囲気ではなかったので。
「用件はそれだけ。何かあったらここの誰でもいいから声かけてね!」
「いやあんま露骨な状態でやられるとやばいんだけどなこっちも」
「それはそう」
フィオの言葉に即座にイフが困ったように言って、ディネが頷いた。
「あぁ、はい」
事情はさっぱりわからない。
わからないが、それでもウェズンは大体把握しましたよ、みたいな顔をして頷いた。
前世でも似たような事があったのでそれと同じリアクションをすればどうにかなるだろうと思ったのだ。
職場の上司の話が盛り上がって、全然ついていけてないのに急遽こっちに話を向けられた時のような、そんな状況に近いな、なんて思ったからこそウェズンはとりあえずふんわりとした反応をするに留めた。
何がどうしてそうなったのかはわからない。
けれど、困ったら表立って堂々と彼らに助けを求めずこっそりひっそりヘルプコールをするくらいであれば。
一応協力してくれる、という意味でいいんだろうなぁ、とウェズンはざっくりとそう受け取る事にしたのである。
ウェズンの中の推測が、無駄に固められた瞬間と言えばそうだった。
「そっちは」
だから。
「え? なに」
「会えないんですか?」
詳細をハッキリと理解できたわけではない。
けれどもカマをかける事はできる。
誰に、とは明確に言わずただそう言えば、イフやディネ、フィオだけではなくその場にいた精霊たちが皆たじろいだ。
数秒の沈黙。
「……うん。ダメなんだ」
ホントは会いたいんだけどね、と泣きそうな顔で言うフィオに。
「そっか」
ウェズンはそう言うだけだった。




