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僕が将来魔王にならないとどうやら世界は滅亡するようです  作者: 猫宮蒼
九章 訪れますは世界の危機

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黄昏時をこえて



 魔女のところで自分の疑問を解決するための知恵を拝借したい。

 そんな気持ちで神の楔で転移したエルアではあったが、直接魔女の家の神の楔への転移はしなかった。

 あの家に神の楔があるという事は知っている。

 けれど突然、何の前触れもなしに訪れては魔女がどういう反応をするかわからなかった。


 自分の家に誰かがくる。


 そこだけなら別におかしな話ではないけれど、自分の家の敷地内に突然何の連絡もなく友人でも知り合いでもない相手がいきなりやってくる、となれば。


 皆が皆友好的な存在ではない。

 魔女の家に神の楔があると知って、何らかの――金目の物になりそうな何かがありはしないだろうか、なんて考える悪い奴だっているだろう。

 そういった相手が神の楔で夜遅くにこっそりとやってきて、なんてことだってきっとあったかもしれないのだ。


 学園の授業が終わって、それからしばらくエルアは図書室で調べものをしていた。

 だからこそ、エルアが魔女の家に直接訪れようとしたならば時間帯としては夕飯時と言えなくもない。

 ギリギリで人が訪れてもまだ許されそうな時間帯ではあるけれど、それはある程度親しい間柄であればの話だ。


 そうでなくとも賊の可能性を見て魔女がすかさず攻撃してこないとも限らないからこそ、エルアは魔女が住む家にある神の楔ではなくそこから少し離れた場所に転移した。


 そうしてわき目も降らずに駆け出して魔女の住む家を目指していく。


 いきなり敷地内に現れるよりは、外から訪れた方がまだマシだろうと考えて。


 しかしエルアが魔女の家にたどり着く事はなかった。


 森の中に入って間もなくの事だ。


 進行方向に一人佇む存在を目にして、エルアの足は知らず止まっていた。

 既に日は沈み、しかも森の中という事もあってすっかり暗くなったそこに、まさか誰かがいるとは思っていなかったのもある。

 だがそこにいるとなれば、もしかして魔女だろうか? と思ったのだ。このあたりには人が住む町や村がないからこそ、余計に。


 明かりを魔術で灯そうか、と思ったがやらなかった。

 暗い森の中に入る前にやっておけばよかったのに、今やると逆にその明かりが余計に眩しく感じられるのではないかと思ったのだ。


 もし向こうが暗さに目が慣れてしまっているのであれば、そんな明かりを遭遇したばかりの相手がいきなり魔術で発動させたとして――

 目くらましをしようとしている、と思うかもしれない。


 明るいところから暗い場所へ、またその逆であったとして急激な変化に目が慣れるまで。

 それが自然におきた事であれば仕方ないと思うだろう。

 暗い部屋から明るい場所へ、もしくは明るかった部屋を暗くした場合。

 野外でもそういった状況になる事はある。洞窟の中から出てきたら思った以上に明るかった、だとか。


 なので突然こちらが明かりの魔術を使った場合、向こうは自分の視界を奪おうとしてきた、と思うかもしれない。

 それはこちらが何も言わないでやった場合尚更だろう。

 であれば――


「あ、あの、このあたりに住む魔女、ですか……?」


 エルアはまず声をかける事にした。何も言わずいきなり明るくすれば嫌な顔をされるかもしれないけれど、事前に声をかけて、それから。

 それから明かりを出してもいいか聞いてからにすれば失礼にはならないだろう。


 エルアが夢の中で視た魔女は老婆であったが、ここで対峙している相手は老婆には見えなかった。

 見えなかったも何も、暗くてシルエットでしか判断できない。だがそれでも、老婆の姿は仮のものでもしかしたらこちらが本当の姿である、なんてことだってあるかもしれないので。


 魔女かもしれない。違うかもしれない。

 もしかしたらたまたまこのあたりに魔物を倒しにやってきた冒険者かもしれない。


 けれどもし冒険者であるのなら、他に仲間がいるかもしれないし、それ以前にこちらに気付いていながら何の反応もないのは不自然だ。

 どちらにしても、この状況に決断を下すにはあまりにも情報が足りていない。


 エルアの声に、向こうは少しだけ動いた。顔を少し上げたように見える。

 そうはいっても真っ暗でシルエットしかわからない状況だ。気のせいだったかもしれない。

 ざっ、と靴底が地面を擦るような音がして、それが相手が動いたのだと気づいた時には。


「え……?」


 エルアは何が起きたのか理解できなかった。

 ただ、どうしてか立っていられなくてぐらりと世界が揺らいだのを感じた。実際世界は揺らいでなどいなくて、自分が倒れたのだと遅れて気付いたけれど。


 すぐ近くに、先程の誰かが立っている。

 じっとこちらを見下ろしていた。


「運命は変えられるというけれど。

 自分で足掻いて変えたものではなく、たまたま誰かが変えた未来は果たして本当に変わったと言えるのかしら?」


 上から降ってきた声は、女のものだった。


「な、に……?」


「貴方には魔女としての力があった。そうして未来を視る力も。

 そして知った未来が変わった。未来は確かに変えられる。そう、貴方は信じた事でしょう。

 でも自分で変えたわけでもない未来が果たして本当に変わったと、一体誰が断言できるの? 変わってなんかいない。貴方はどのみち死ぬ運命にあるの。

 えぇ、死ぬタイミングがずれただけ。それだけよ」


「っふ……」


 倒れた時は特に痛みを感じなかった。


 けれど女の言葉が終わると同時に、ずぶりと何かが身体に刺さる感覚がして、口から酸素とともに血が溢れる。


「この先の事を知られると厄介なの。

 よりにもよって目をつけた相手に手を貸しそうなんだもの。

 それじゃあ、邪魔者には消えてもらわないといけないじゃない?」


 女の声は平坦で果たして本当にエルアに向けて喋っているかもわからない。

 独り言と言われてしまえば納得してしまいそうになるくらいに、女の意識はエルアに向いていなかった。


 殺気も何もなかったのだ。


 そのせいでエルアは何もできなかった。

 攻撃されそうになっただとか、そんな事ですらない。


 暗闇の中、相手の姿がシルエットでしかわからないとはいえ、もしここにいたのが学院の生徒でこちらに攻撃を仕掛けようというのであったならエルアも反応できたかもしれない。

 けれど、敵意も殺意も何もなかったのだ。

 少しでも不穏な何かがあればエルアだって反応できたが、一切エルアにとって害があるなんて雰囲気は欠片も存在していなかったが故に。


 こうしてエルアは地に倒れ、動けなくなっている。


 攻撃を受けた事は理解できた。治癒魔法で治そうと試みたが、相手もそれを察知したのか更なる追撃を仕掛けてくる。

 いや、本当に追撃だったかはわからない。エルアを見下ろしている女は何かを仕掛けたようには見えなかった。少なくとも動きに不自然さはなかったので。

 けれどエルアがこうして倒れた原因は間違いなくこの女だ。それだけは確かな事で。


「助けられたなんて考えず、そのまま普通に過ごせば良かったのに。

 恩人を助けたい一心であの場所に足を踏み入れた結果、貴方の存在が知られる結果となった。

 夢でしか未来を視れない貴方、ねぇ、この状況で貴方の未来は見えていて?」


 治癒魔法を発動させようにもそのたびに攻撃を仕掛けられている。しかし女の声からはとてもエルアに危害を加えているようには聞こえない。

 そのせいだろうか。エルアは女の他に誰かもう一人いるのではないかと錯覚したほどだ。

 エルアに話しかけてきている女と、エルアに危害を加えている誰か。二人いるのなら、女から敵意も殺意も感じられないのには納得がいく。


 しかしここにいるのは間違いなくエルアと女だけだ。


 どうにか女から距離を取ろうにも、倒れたままではマトモに身動きもままならない。そうでなくとも怪我を治してからでなければ身じろぐ事すら難しかった。


 胸のあたりがやけに冷たい。

 生ぬるい水でもかけられて、それが急速に冷えていくかのようだった。

 血が流れている、と頭で理解してはいる。そしてその状況がどれだけ危うい事であるかも。

 しかし頭でそう思っていても、身体はもうちっとも動かなかった。指一本動かそうとしても、動いたかどうかがエルアにはわからない。動いたのかもしれないし、動かしたつもりになっているだけかもしれない。


「せ、ん……ぱ…………」


 どちらにしても、エルアが助けを求めるように呼ぼうとした相手はこの場にいない。

 彼女の声は自分を殺した女にしか聞こえなかった。

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