曰く、忠告らしい
久々に母の手料理を堪能し、ついでに久々の我が家でくつろいで。
そうして自分の部屋のベッドに横たわる。
寮でナビが用意した家具ってこうしてみるとやっぱ無駄に豪華だったんだな……なんて思いながら、寮のベッドより少しだけ固いベッドにどこか懐かしさを覚えつつも眠りにつくのはすぐだった。
そうして訪れたのは、白い空間。
あ、また。
そんな風に思ったものの、しかし見回せど名も知らぬ女の姿はない。
いや、薄々あの女の正体に気付きはしている。しているけれど、まだ確証がなかった。
ウェズンの中ではもうほぼ確定していいような気がしているとはいえ。
軽率にそうだと信じて実は違った時の事を思うと、彼女の名を口に出すのはまだやめておこうとなったのだ。
しかし寝る前に久々に足を踏み入れた家の書斎で。
かつて、ウェズンが前世の記憶を思い出した頃に読んだ本を引っ張り出して。
子供向けとは言い難いがそれでも、幼い頃に読んだ本を再び読み直せば。
もう確定でいいとは思う。思ってはいる。
ただ、物語の重要な情報が実は一番最初のスタート地点に普通にあった、なんてそれこそゲームにありがちなやつすぎて。
素直に認めたくなかったのである。
いやだってさぁ。えぇ……? という何とも言えない気持ち。
ワイアットがこの世界の神の事を口にしようとした時に、彼は忘れていたけれど。
テラプロメに存在していた古書。そこに神話かそれとも別の内容で記載されていたかは知らないが、それはかつて何者かに持ち去られたと言っていた。
古書、と聞いてウェズンが想像したのは古びたボロボロの――それこそ紙を紐で綴じただけの、前世のウェズンが見れば本と言っていいか悩みそうな見た目のものや、巻物を想像したけれど。
しかしその考えが正しいとは限らない。
この世界には収納魔法というものがあって、その中にある道具は時間が停止した状態だ。
持ち去った相手がそういった収納魔法で保管していた場合、その後そこから出したとして、保管状態が良ければ。更に古書と言えども、この世界には大昔から既に様々な技術が異世界から伝わっている。
ウェズンが想像するような古びた書物ではなく、今もこの世界にある本と見た目が変わらなかったとしても何もおかしくはないのだ。
なので大昔から存在している歴史的に貴重な本であったとしても、それが当たり前のようにしれっとウェズンの家の書斎にあったとしても。
何もおかしく――いや、おかしいんだけど、だがそれでも。
あったとしても、何となく納得できてしまったのだ。
辻褄があっている、というせいで。
もしかしたらミスリードの可能性も疑ったけれど、仮にそうだったとして。
では、誰に向けたミスリードか、となると。
ウェズンに向けたものではない。そうだとすると時系列がおかしなことになるからだ。
だが、父に向けたものでも母に向けたものでもない。
そう考えるとミスリードである、という前提が崩壊する。
話の序盤でとても重要な伏線がしれっと紛れ込んでいた、なんてあくまでも話の中だけであって。
自分の人生でそんな体験をするとは思っていなかった。そのせいでまだすんなりと認めたくない気持ちがある。
「だが、まぁ。
恐らくその考えで間違いではあるまいよ」
声は、突然聞こえてきた。
聞きなれた声。
声のした方を見れば、見知った姿。
そこにいたのはウェズンだった。
自分と同じ姿の、自分ではない何かがそこにいる。
咄嗟に警戒態勢をとったが、もう一人のウェズンはそれを見て両手を肩のあたりまでそっと上げた。戦うつもりはない、と言わんばかりに。
「警戒するだろうなとは思ったが仕方なかろう。生憎自分の姿などとうに忘れたのでな。
そうなると一番馴染みがある姿を映す他なかった」
「誰だよ」
「なんだ、そうもあっさり忘れるのか? つれないな。
今まで苦楽を共に……いや、そこまでしてないかもしれないが、少なくともずっと一緒だっただろう」
「まどろっこしいな……もしかして今回ここに僕を引きずり込んだのはお前か?」
「否定はしない。前に――そう、あの場に我も乱入しようかと思ったりもしたのだが、流石にあの状況ではな。あの場に姿を見せる方が無粋と断じた次第だ」
あの場、と言われてウェズンが思いついたのは少し前の夢。謎の女にこれから危険な目に遭いまくるかもしれないと言われた時の事だ。
現実ではなく夢の中なので果たしてどこまで信じていいのかもわからないが、それでも夢だからで軽視するのは楽観視が過ぎるそれ。
ファンタジー要素てんこ盛りな世界で、夢の中に意図的にウェズンの意識を引きずり込んで話をするような相手の事を軽んじるというのは、なんというかいくら夢とはいえあまりにも……と思えるわけで。
そこに、こいつは姿を見せようと思えばできたと言っているのだ。
つまりは、あの日の事をこいつも知っている可能性がとても高い。
「どこまで知ってる?」
「まぁ、なぁ。お前は目をつけられた。それゆえこれから邪魔者として排除されるだろうな、とは」
言葉を濁すつもりだったのか、それとも選ぼうとしてそれだったのかはわからない。
けれどもその言い方からしてほぼ全部知ってるわけかよ……とウェズンが察するのも無理はなかった。
「そう警戒するな。今更だろうに。
こちらは既に名乗ったし、ただこの姿を借りてお前の前に出ただけでそこまで警戒されると流石に困る」
「今更? 名乗った……?」
そこまで言われてウェズンは訝しむ。
名乗った、という事は既にこいつとは知り合っているという事に他ならない。
けれど、自分の知り合いに果たしてこんな――
「あ」
先程まであの名も知らぬ女についての考えを巡らせていたからそちらに意識を引っ張られていたせいで、それ関連かと思っていたがしかし気付く。
「まさかお前、オルドか……?」
名乗ったくせに自分の姿を忘れていて、それでいてウェズンの近くにいて一番姿かたちを理解している、というのであれば。
思いつくのはそれしかなかった。
そしてウェズンの形を借りたオルドはというと。
ぐっ、と親指を立てて正解だとばかりに頷いたのである。
――とても今更ではあるけれど。
オルドフリードはジークの兄だ。ジークと戦った時、オルドがウェズンの身体を借りてジークをぶちのめした結果ジークがウェズンの事を兄上と呼ぶようになったわけだが、そもそもオルドはいつからウェズンと共にいたのか。
これについてはウェズンが生まれた時からと言えなくもない。
ただ、近くにいるようになったのはウェズンが学園に入って間もなくの頃だ。
「……テラプロメの事についてそこそこ詳しそうな感じだったからもしかして、とは思ったんだけど」
「あぁそうだ。我はお前の持つ武器に宿っている」
「やっぱりか……」
時々脳内に「力が……欲しいか……?」なんてその声に頷いたが最後何か破滅しそうな言葉をかけてきてはいた。いたけれど、ウェズンはそんな怪しい声にホイホイ頷いたりはしなかったし、ついでに言うならそういった声を見事なまでにスルーできていたからこそジークと戦う時まではガン無視していた。
だがウェズンも時折聞こえる謎の声について、色々と考えた事はあったのだ。
学園に入ってから聞こえるようになったので、最初はてっきり精霊か何かかと思っていた。
けれど、イフやディネといった学園で出会った精霊たちとそれなりに接してみて、恐らくは何か違うな……? とも思っていたのだ。
では学園にいる存在ではない、として。
しかし声が聞こえるようになったのは、学園に入ってからだ。
学園が無関係だとしてこのタイミングなのはどうしてだろうかと考えて、そこで思い至ったのだ。
父から渡された形を自在に変える武器の存在に。
確かに形状を変化させる武器や防具といった存在がないわけではない。
しかしそういった物はとても貴重で、誰もがホイホイ入手できるわけではないとも知った。
もしもっと気軽に入手可能であるのなら、それこそレイやヴァンあたりが持っていたっておかしくはなかったのだ。けれども二人の武器はそういった特殊な物でもない。
それ以前に。
直接言葉を話す武器というのは流石にこの世界でも存在していないようではあるが、しかし脳内に声を届けてくるタイプの武器がある。
それを当たり前とするわけにもいかない。
ウェズンは前世の記憶のせいで武器が喋るファンタジー系のゲームを知っていたし、武器以外の無機物が持ち主に意識を介して言葉を伝えてくる作品だって知っていた。
だからまぁ、学園に入ってから時々聞こえる声の原因にはなんとなく気づきつつあったし、その上でそういうものかと思っていた。
父親がこの学園で歴代最強の名を冠していた事も、まぁそういうものか、で済ませる原因の一つだったかもしれない。
もし自分の父がそこらの農夫であったなら。
まず間違いなくそんなもんかで済ませず教師辺りに相談していたに違いないのだ。
前世の記憶と、父の立場というか肩書、その他諸々小さな理由や事情が重なった結果、ウェズンはまぁ、そういう事もあるのか流石異世界、と受け入れてしまっていた。
ルシアがウェズンを殺そうとして、その上でウェインを引きずり出してテラプロメから持ち出したとされている魔晶核、これだってまったく心当たりはなかったけれど、しかしよくよく考えてみれば思い当たる部分はあった。
父か母のどちらかが所持しているリングや収納魔法がかけられたアイテムの中にあるのであればウェズンが気付かなくても仕方ないが、しかしだ。
オルドはテラプロメの事を知っていたし、ウェインがこの武器をウェズンに与えたのだって学園に入ってもしもの可能性を考えたから、であるのなら。
ウェズンの意識に語り掛けてくるオルド。ウェズンを兄だと言ったジーク。魔晶核を持つ種族。テラプロメから持ち出された魔晶核。テラプロメにかつて居た事があるかのような口振りのオルド。
これだけ揃っていて違います、はないだろう。
これで違うのならむしろ何でこんな一致してるんだと文句を言いたい。
勿論世の中にはいかにもそれっぽい感じでパーツが揃っていてもただの偶然で実際は違います、なんてこともあるけれど。
「ん? ちょっと待てよ、って事はだ。
お前が宿ってる武器をジークに渡せば僕はもう兄上と呼ばれずに済む……?」
「いやそれはない」
「なんでだ」
「所有者がお前だから。なお所有権を放棄してジークに渡したところで、恐らくはジークと直接語らえる事はないだろうな。波長が合わない」
「波長」
「正直お前の父親とも波長が合わなくて何度語り掛けても一度も声が届いた事はなかった」
「うわぁ……」
どうやら父は武器にオルドという意思が宿っていた事は知らないらしい。ただ、魔晶核という浄化機に用いられる程の物が宿っている特殊な武器という認識はあったらしい。
「乱発さえしなければ、武器を介しての浄化魔法でドカンと一発強力浄化が可能だな」
浄化機の事を思い浮かべた事を察知したのか、オルドがそんな風に言う。
「あ、確かに」
浄化機の重要なパーツでもある魔晶核。
それはオルドの存在そのもので、故に馬鹿みたいに消耗させ続ければいずれ摩耗しオルドの存在が消えるかもしれない。
「何、そう簡単に消滅はしないさ。そもそも武器を使って浄化しようなんて試みた奴がいないからな。
だがこう言っておけば。
お前は案外お人好しな部分もあるからな。無茶な使い方をして我を消滅させようとはしないだろう?」
にやり、とウェズンであれば浮かべなさそうなあくどい笑みを浮かべてオルドが言う。
「新たな武器の可能性を教えにきたのか、自己保身に走りにきたのかどっちなんだ……」
思った以上に疲れ果てた声が出て、しかしオルドはそれには答えてくれなかった。




