一時帰宅
学園側の事情で授業内容が変更になりました、という報せが来たのは本当に突然であった。
本来予定していた授業内容が何だったのかは知らない。どうせまた学外授業だろうと大半の生徒は思っていたし、そこら辺に関しては何だったんだろう? と疑問に思う生徒の方が少ないくらいだった。
学園の外、どこぞの町や村で人助けに精を出すのか、魔物退治に赴くか。
場合によってはその土地で発生している困りごとを解決しろ、という調査必須な案件だとかもあったりするので、学外授業と一言で言っても様々な問題が存在しているのだ。
なので大半の生徒がどうせ学外授業だろ、と思うのも無理はない。
浄化機での浄化が追い付かず、このままでは結界内部で瘴気が溢れ魔物が多発し、挙句そこで暮らす者たちが異形化する可能性もある……という非常事態を割り振られるような事はないが、それでもそうなるかもしれない場所にはこっそりと出向いて焼け石に水程度だとしつつも、こっそり浄化してくる、なんていうミッションだってあるらしい。
まぁ、浄化魔法が得意な生徒であっても、土地全部を浄化はまず無理だし、しかし存在が明らかになったらその土地の住人に縋りつかれて帰れなくなる、なんてこともある。
そういった事を割り振られるのは余程上手くやれると教師たちが判断した者だけだ。
授業内容が変更になった結果、別の学外授業が割り振られます、であればわかりやすかった。
しかし実際は座学の課題がドンと出た。
テキストこれな、と各々の目の前に置かれた課題は文字通り山になっていたのである。
山、は流石に誇大表現かもしれないが、目の前に三十センチほどの高さでもって積まれている紙は、普段出る課題と比べると明らかに多すぎた。
辞典一冊よりも厚さで勝ってる時点で、この紙束は軽率に武器になりかねない。
一枚一枚は大した事がない重さでも、流石にこれだけの量があれば馬鹿みたいな重さにもなる。
リングに収納できるので、重さについてはそこまで気にする事でもないが、しかしこれだけの量の課題を一度に出されるという事は滅多になかった事もあってウェズンも思わず「うわ」と喉の奥からひきつったような声が出てしまったくらいだ。
提出期限はギリギリ頑張れば間に合う、という加減であった。
一日サボってもまぁ明日頑張れば間に合う、とかそういった余裕はない。
毎日きっちりこなせばどうにか、という本当にギリギリである。
つまりそれらの課題に悲鳴を上げたのは、座学があまり得意ではない生徒たちである。
得意じゃないからその分こなすのに時間がかかるのは当然で、しかしそういった生徒たちに考慮された期限ではない。放課後ちょっと皆で集まって協力して片付けよう、という流れになってしまったのは、そういった意味では当然の結果だった。
苦手分野だから終わらせるのが難しい、ので誰かの課題を丸写し、で解決するようであればまだしも。
各々の課題は全部が同じというわけではなかった。
生徒たちは自分たちの課題を終わらせるのを優先としているので、自分に出されていない課題までどうにかしてやる余裕はない。
ウェズン達はなんだかんだ自分たちのをこなしつつ、わからない部分を質問すれば誰かが片手間に答えてくれる、という感じでひたすら片付けていたけれど、別のクラスでは完全に他人をアテにしていた生徒が地獄を見ていた。
というか、出された課題に関しては各々が苦手としていそうな部分を多く出されているといった感じだったので、頑張ってこなせば多少は克服できるだろう……という教師の思惑が透けて見えた。正直逆に苦手意識が更に増すだけでは……? と思ったものの、まぁやりきった結果前よりは理解度が高まった気がしないでもない。
そうして各々自力で頑張ってたまに助けたり助けられたりしつつこなした結果、一日余裕ができてしまった。提出期限当日にならないと終わらないんじゃないかと思っていただけに、一日余裕ができた生徒はウェズン以外にもいる。そんな生徒の大半は今日は早めに休むからもう部屋に帰る! と惰眠を貪ろうとしたり久々にちょっと遊びに行きたい、と神の楔で他の町に出かけていったり。
ウェズンは遊びに行きたい、という生徒たちと同じく神の楔で学園の外へ。
とはいえ、遊びに行くわけではない。
「たぁのもー!」
「おかえりウェズン。元気そうね」
「お前……道場破りにきたわけじゃないんだからその登場の仕方はどうかと思うぞ」
両親の反応は、なんとも微妙であった。
――久しぶりに自宅に戻ってきてみれば、両親は丁度家事の大半を終えたのだろう。
お互いが手にカップを持って何やら話をしていたらしい。向かい合う二人。テーブルの真ん中には茶菓子。
とりあえず忙しくてこっちに構う暇がない、という事はなさそうだった。
イアは何度かここに戻ってきて母と話を何度かしていたらしいけれど、ウェズンにとっては本当に久々の我が家である。
帰るという連絡はしていない。
ちょっとくらい慌てるだろうかと思ったが、しかしイアが時々戻ってきているのであれば。
まぁ驚くような事でもないのか……と思い直す。
「で、あの人なんなの?」
「あの人、とは?」
絶対わかってて聞いてるだろ、と思いつつもウェズンは「フリオ」と名を口にする。
あのペストマスクつけた不審者野郎だよ、と更に続けて。
「あぁあいつ……あいつもかつて、テラプロメで暮らしていた男でな」
「レッドラム一族ではなく、見張りとか? そっち系?」
「いいや元老院」
「は……?」
既にテラプロメは落ちている。崩壊した。
故に今更その言葉が出てきたところで何かを恐れる必要はない。
だがそれでも。
元老院に?
あのペストマスクが……?
そんな思いが次々に浮かび上がる。
「あの都市の成り立ちなんて精々神を探すために作られた都市、くらいだろうとは思うけどな」
「あぁうん」
「元老院というのは都市が作られた当初、十名いた……らしい」
「らしい、とは?」
「記録にはそうあった」
ウェインは元々自分はレッドラム一族を監視する側で、ついでに都市で後ろ暗い仕事もいくつかやっていたとあっさり答える。
つまりは、ワイアットのような立ち位置だったという事だろうか……?
そう思いながらも、ウェインが果たしてワイアットの事を知っているかわからないので聞くだけ無駄だと思いそこは聞き流す。
「私があの都市にいた時存在していた元老院の数は七名。設立当初から三名減っている事になるな」
「うん、そうだね」
「その七名の中の一人がフリオだ」
「え? そのうちの一人? それがなんだってあんな……?」
「まぁ色々あったんだ。あと言っておくが別にアイツとは友人とかではない」
「そうなの?」
「お前あんなどこからどう見ても不審者が私の友人だと本当に思っているのか?」
「父さんなら有り得るかなって」
ウェズンがそう言った途端ウェインはテーブルの上に突っ伏した。ここが屋外であったなら「ぐはぁっ」とか言いながら倒れていたかもしれない勢いで。
「今でこそ顔合わせた途端殺し合うみたいな事はないが、あいつと私はテラプロメにいたときはそれなりに敵対関係だったんだぞ……」
「へぇ、それが今では味方みたいな立ち位置に? 何があったのホント」
「何が、って……まぁ、元老院内部での身内同士の争いと言ってしまえばそれまでだな」
当初は十名いた元老院の者たちが全員同じ目標を掲げているわけではなかった。
都市の存在理由としては確かに神を見つける事であるのだが、そのために作られた都市の性能をそれ以外にも利用しようと目論んだ者はゼロではないし、それどころか私欲に使う者もいた。
あまりにも度が過ぎていれば他の元老院メンバーが手を打ったりもしたけれど、表向き協力体制にありながら内面ではいかに他のやつらを蹴落として自分が有利に立つか……そんな思惑が常にあったと言っても過言ではない。
「最初の三名は老衰で亡くなったとされているがな……果たしてそれがどこまで真実か……
お前は見てきたのだろう?」
「あぁ、うん……」
見てきたと言っても正直全てを目の当たりにしたとは思えないが。
それでも元老院の魂を入れた人形の事を思い出せばウェインの言いたいことは何となく理解できる。
「肉体が朽ちる前に新たな器を用意して、そうしてそちらへ移る。それだけでほぼ永遠に生きる事が可能になった。そうはいっても、欠点はいくらでもあったようだが」
「それは、まぁ……」
陶器みたいなマネキンに宿っていた彼を思い出す。
そうだ、あれが簡単に壊れるような物でなければこちらは対処だけでもっと苦戦したに違いない。
そうでなくとも遺伝子操作とかバリバリやってたような所だ。
ヒトと同じ姿かたちをしていながら、しかしその強度は人を上回るような生命体が作られていたのであれば。そしてそれらを自在に操る術を持ち得たなら、それらを生み出し地上を制圧とか世界征服とか、やろうと思えば簡単にできてしまったのではなかろうか。
地上を制圧する意味がないからやらなかったのか、それともまだそこまでの事ができなかったかはウェズンには知りようもないけれど。
「あの都市にいた頃はあいつとは本当にソリがあわなくてな。顔見るたび殺してやろうという殺意しか芽生えなかったんだが」
「へぇ……」
父の口からそういった物騒な言葉が出るとは思わなかったウェズンは少しだけ興味を持ってしまった。
両親の若かりし頃を。
「あの都市から逃げ出す際、できる限りの無茶をやらかしてどうにか脱出したわけだが。
その切っ掛けの一つをあいつが作りだした」
「父さんたちの手助けをしたって事?」
「いや。あいつがちょっとした失敗をしでかして、それに便乗した」
「そうだったんだ……」
テラプロメの街並みを思い出す。
正直神の楔はどこにあるのかわかりにくいし、あの都市から脱出しろと言われたとして。
ウェズン達のように外部からの侵入から帰るというのならまだしも、都市の中で飼われたも同然であれば逃げ出すのは相当難しかっただろう。
「元老院にいたとはいっても初期からのメンバーでもなかったし、そもそも元老院の数が減ったのだって奴らの理想と野望を実現しようとした結果だったようだからな。
あいつは一時的に数合わせで選ばれたに過ぎない。
そして本来の元老院にいいように利用された、といったところか」
「そう聞くとそれはそれで不憫な気がしないでもない」
「結果あいつは顔を晒せなくなった。まぁそこら辺はあまり触れてくれるな。あいつの事を昔はとても気に食わなかったが、今となっては同情の気持ちが大きいんだ、こっちも」
「うん……」
そう言われてしまうと、一体過去に何があったのかを聞きづらくなってしまう。
本人が語るならまだしも、第三者から聞き出すのは本人がそれを望んだならまだしもそうでないなら……ウェズンはフリオに何があったかわからないが、仮にフリオの立場になったとして、もし自分の知らないところで自分の知られたくない過去を他の人がベラベラ話しているとなれば、いい気分はしない。流石にそれくらいはわかる。
いい気分がしないだけで済めばいいが、下手をすれば殺意が芽生える。
変に首を突っ込んで死亡フラグを立てるとか、それこそ前世に存在した二時間サスペンスドラマで本来なら死ななくて済んだのに被害者になった人物みたいな展開は望んでいなかった。
「それで? 聞きたい事はそれだけか?
他にあってももうあの都市の事など話すだけ無駄だと思うし、他があるとすれば」
「あぁ、いや。今のところは特にないかな。
とりあえず今日は泊まっていっても大丈夫?」
「ここはお前の家でもあるんだから泊まるも何も好きにしていいんだぞ?」
「そっか。それじゃ、そうさせてもらうよ。明日学園に帰る」
「それじゃ、今日は貴方の好きなメニューを作りましょうか?」
話が一段落したと判断したファムがそう声をかけてきたので。
ウェズンは少し悩んだ末に頷いた。
手間がかかるようなら遠慮したかもしれないが、そうじゃないなら……といった感じで。
いつか、この家で。
両親と自分、そしてイア、それから新たに家族になったルシアと食卓を囲む事が来る日がやってくるのかもしれない。
そんな風に考えて――




