表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
4/441

将来の進路志望 魔王



 とはいえ、そういった前世の話を聞いてウェズンは確かに、

「成程な」

 と納得したのである。


 この世界が前世のイアが見た創作物の世界という点にではない。


 幼いイアがロクに自力で動けなかった事に関してだ。


 父からイアを連れてきた時の事は聞いている。

 そもそも架空の宗教の神に対する生贄として捧げられたのがイアだ。そしてそれを父が拾って連れてきた。


 ボロボロで見るに堪えない姿であったが、怪我が治ってからもまともに動ける様子じゃないし話せる感じでもなさそうなイアに、色々と疑問ではあったのだ。


 幼い頃はまだ母が生きていた。

 その母や、周囲にいたであろう人間の言葉を聞いて意味を理解していたようではあるけれど、自分が喋るのは全く上手くできなかった。

 歩くのはどうにかできても走るのが無理だった。

 他にも様々な出来ない事ばかりであったが、イアの前世の話をきいて納得したのだ。


 そりゃあ前世で赤ん坊時代が存在しなければどうしようもない。

 そもそも生まれた時点で既にイアには前世の記憶があったらしい。


 転生、というのは前世で見た作品の中にもあったらしいので、すぐに察することはできた。

 しかし。



 イアは勘違いしていたのだ。


 そういった創作物に出てくる登場人物たちにも前世のイアと同じく脳にサポートデバイスが埋め込まれているという風に。


 自分にとっての当たり前がそれ以外にとっては当たり前ですらない事実に。


 その常識はあくまでも白亜都市メルヴェイユの中だけのものである事に。


 イアは全く気付いてすらいなかったのだ。


 だからこそ赤ん坊の頃は何をするでもなく寝ていたし、時折母に抱かれ揺られて与えらえる乳を――飲もうとしても飲めなかった。

 吸う、というのが上手くできなかったらしい。


 次にある程度大きくなったら赤ん坊は寝返りを打つようになるわけだが、その寝返りもロクにしなかった。動こうとしても動き方がわからない。ハイハイなんてもってのほかだしつかまり立ちですら難易度はルナティック。そりゃあある程度大きくなってもまともに歩くとかできませんわ。


 話すのだって言葉の意味は理解できていても、口を開けて言葉を発するというただそれだけの事がやたら難しかったらしい。


 というか、意味の分からない言葉も多々あったらしく、前世ではそういうわからないものに関しては脳で即座にサポートデバイスが必要な情報を脳にダウンロードするので、わからない、というのがまずわからなかった。

 どうしてデバイスは作動しないのだろうか、とすら思っていたほどだ。


 サポートデバイスなんてものは本来存在しなくて、動くためには自分の力と意思で動くしかない。けれども幼いイアにはそれが理解できなかったのだ。むしろどうして未だにまともに動けないのだろう、と疑問に思っていはいたようだが。


 それなんて優しい虐待……? とウェズンは困惑するしかない。


 それでも全く動かないというわけでもなく、多少なりとも動いてはいたようだが。同年代の子と比べれば全然動けてないわけだ。発達してなきゃいけない筋肉だとかが全く育っていない。ご飯を食べるのもうまくできないとあってか、イアは年齢の割に小柄である。


 ウェズンたちの家に来てからは少しずつ成長の兆しを見せてはいたけれど、それでも町の方へ行ってイアと同年代らしき少年少女を見るとどうしても同年代には見えなかった。


 別に何かの病気だったとかそういうわけではなかったのだ、というのが判明しただけでも充分だろう。最初、あまりにも小柄でまともに育っていない状態に、何かの病気を疑った事もあったのだから。脳に損傷でもあって、それでうまく動けないのでは、と疑った事もあった。



 さて、そんなイアが、ここは前世で読んだ小説の世界とほぼ同じだ、というのである。

 その主人公がウェズンなのだと聞けば、ウェズンも多少なりとも驚いた。ウェズンもまた転生した身なので、この時点でその小説とやらと同じような展開になるかと言われればとても自信がない。


 ほぼ、というのは? と問えば、イアは自分の存在だという。

 イアという少女は小説の中にはいなかった。


 だが、この小説をもとにしたゲームがあって、そちらのオリジナル主人公がイアだった……らしい。


 つまり、この話それなりに人気があってメディアミックス化したという事か、とウェズンは言葉に出さず納得したが、それはそれで面倒というか厄介な事になっているのでは? とも思った。


 サポートデバイスがあった時なら思い出したい記憶はすぐにパッと思い出せたが、今は己の記憶力だけが頼りの状態でサポートしてくれるようなものはない。だから、思い出せなければ思い出せないままだ。

 だからこそイアの語る話の内容はとてもうろ覚えであった。


 しどろもどろに語る内容は、ウェズンを主人公とした学園もの。ファンタジー世界の学園もの、という部分だけを聞けばウェズンにも一応馴染みはある。

 前世でそういうゲームを弟が遊んでいた記憶があるので。それに、そういった創作物もないわけじゃなかった。むしろあふれていたと言ってもいい。


「それでね、えぇと、おにいが最終的に魔王にならないと世界が滅ぶの」


 話の内容ほとんどすっ飛ばして出てきた結論がこれだった。


 妹よ……流石にそれは壮大ではあるまいか?

 そう突っ込みたい気持ちが出たのは仕方のない事だろう。


 そもそも何で魔王。そこは勇者じゃないのか。

 ズバズバと心のままに突っ込みたかったが、それをするとイアがなんでそうなったか、を思い出すためにまた記憶を掘り起こすのだろう。そして思い出せずに撃沈するところまで想像できる。

 根気強くイアの話を聞いてみれば、話の内容はほとんどすっ飛んでいるが、序盤も序盤のちょっとしたシーンとあとラストは何となく、くらいにしか覚えていなかった。

 起承転結の真ん中がっつり消えてるという点で、原作の知識を活かして、だとかそういうのが期待できない事だけは早々に理解できた。


 とりあえず終わりよければすべてよし、という言葉があるくらいだ。

 ウェズンが魔王になればどうにかなる、のだろう。多分。


 いやしかし、魔王になるって言ってもどうやって……? 新たな疑問についてはすぐに答えが出た。


「えっと、これから通う事になる学校が魔王を養成するところだから、そこでおにいが選ばれればなんとかなるはず」

「え、父さんが勧めてた学校そんなとこなの?」


 イアの言葉で内心父にどん引く。


 確かにそろそろ学校に通った方がいいだろう、という話は出ていた。

 ウェズンの前世の知識だと今から学校? という印象が強かったが、読み書きだとかの簡単なものはとっくに習っている。だがしかし、実際教わっていないのは護身術だとか魔術・魔法と呼ばれるものだ。

 この世界の人間には魔力というものが備わっており、使おうと思えば使えるらしいのだが基本的に独学で修得する事は推奨されておらず、使うためには正しい使い方を学んだ者のみ、と言われている。

 こっそり練習してみようと思わなくもなかったが、バレた時が恐ろしかったのでウェズンは大人しくその時を待っていた。


 父曰く、街の外には魔物が出る事もある。そういったものから身を守るための手段や魔術・魔法を教わるための学校だと、確かにそう言っていたけれど。

 それが魔王を育てるための学校だなどと、果たして誰が思うだろうか。

 間違ってはいないはずだが、肝心の情報を意図的に隠されているという点にちょっと不信感が沸いた。


 とはいえ、学校に行くのは既に決めている。今更他の学校へ、と言ったところでそれを両親が許可するかはわからない。というか今から他の学校に変更するにしても手続きが大変そうな気しかしなかった。



 この世界に原作補正というものがあるかはわからない。

 けれども、途中経過はどうであれ最終的に辻褄さえ合わせておけばどうにかなるだろう、とは思う。


 それに、ここで嫌だとごねたところでどうなるものでもなさそうだ。

 だからこそウェズンは、イアの言葉に頷いたのである。


 物分かりがいい、というわけではない。

 単純に面倒事を避けた結果であった。



 そしてイアがうっすら覚えていた序盤の展開は、同じクラスになった面々と早々に殴り合いを始めるというもので。


 そんな物騒な……とウェズンは半分信じちゃいなかったのだが。

 クラスの親睦を深めるとかいう以前の話で、おもむろに担任を名乗る教師に言われ反論する余地もないままにクラス全員でのバトルロイヤルが開始されたというわけだ。


 話半分とはいえこうなる、という可能性を示唆されていたのでウェズンとしてはとても冷静に殴り合いをこなしていた。男も女も関係なくなるべく一撃で仕留めるようにして、殴り合いだとかはさっぱりであろうイアを庇いながら。


 前世ではこういった荒事とは無縁だったような気がするが、いかんせん父が多少なりとも自衛手段として体術だとかは手ほどきしてくれたため、思った以上にすんなりと動けた事も大きい。

 そうじゃなければ逆に最初の一撃を食らった時点で倒れていたはずだ。


 前世の記憶はあるけれど、正直其れが自分だという意識は薄い。けれども、思った通りに動く身体に何故だかやたらと感動した。思えば前世の記憶では年齢により身体機能が衰えてきていたのか、あちこち不調を訴えていたように思う。

 成程、その記憶があるからこそ、思いのままに身体が動く事に感動したのか……とまだどこか他人事である。

 夜に寝て朝起きたら疲れがとれてる事に謎の感動をしていた事も何となく腑に落ちた。


 前世の記憶はあれど、しかしそれは今の自分には他人事だ。

 前世で大人だったからとて、今の自分はそうではない。

 であれば。


 精々バカやって楽しもうか、なんてウェズンは決めたのだ。


 だが、楽しむためには世界が滅ぶのは困る。

 そんなわけでウェズンはイアの言葉に従って魔王を目指す事にしたのだ。決定理由がとてもふわっとしているが、まぁなるようになるだろう。


 その話に出てくるらしき主要人物も大分ふわっとしているので、率先して味方につけておくべき人物もわからないが……そもそも小説版とゲーム版の主人公両名が揃っている時点で、本当にイアが前世で見たというその原作と同じ内容になるかも疑わしい。

 というか、主人公二名ともが転生者な時点で既に原作から大きく乖離しているのは言うまでもない。


 となれば途中経過を期待するのは逆に危険な気がする。


 下手に原作に沿おうとするよりは――そもそも原作内容がほぼわからないので不可能だが――いっそ最後の帳尻だけを合わせるようにした方がいいだろう。


 そう決めた時点でとっくに原作から離れている事を、ウェズンは知らない。

 イアが前世で見たという原作での主人公であるウェズン少年は当初、勇者を目指していた事を。

 スタート地点が同じでも、志すものが真逆であるという事を。


 だがしかし原作崩壊の足音は残念ながらウェズンの耳には聞こえるわけがなかったのである。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ