余計なフラグは立てたくない
なぁ知ってるか? 今年は留学生受け入れないんだってよ。
そんな話が聞こえてきたのは、ウェズン達がテラプロメから戻ってきて間もない頃だった。
へぇ、なんでまた?
さぁ? 知らね。
話題を振ったであろう生徒の一人は、しかしそれ以上の事を知らなかったらしく、聞き返されたところでそれ以上の情報は持っていないと首を振っていた。
今年は学園とか学院に留学させられるだけの実力を持った者がいなかったか、それとは別の理由か……
大まかに考えればこのどちらかだろうとは言うものの、しかし真相を裏付ける情報はないのだと言われてしまえば、話を振られた生徒もなんだよそれ、と言いつつもそれ以上を聞いてもどうしようもないと悟ったらしい。
早々に話題を変えて、食堂の限定メニューがどうのこうのと話しながら去っていった。
「留学生が今年は来ない。イア、知ってた?」
「いんや全然。ていうか留学生制度に関してもあたし知らなかったからね、去年その話が出るまで」
「だよな」
原作小説とかゲームの方ではどうだったか、とか最早どうしようもないくらいかけ離れ過ぎた状態だ。
今更そんなイアにも知らないあれこれが出てきたところで、特に何かを不審がるでもない。
テラプロメから帰ってきてから話したい事は色々とあったのだけれど、少しばかり色々と立て込んでいたせいでお互いゆっくりと話す機会が中々訪れなかったのだ。
なので、授業終わりにのんびりと寮へ向かう道すがら、二人は周囲に聞かれても困らない範囲での話題をしていたのである。
重要そうな話題に関しては一応既にしてはいる。
してはいるが、それだって精々がテラプロメでワイアットを襲撃した謎の女に関してくらいだ。それ以外はそこまで重要そうな感じでもないので、後回しにしていたのである。そしてその話題は、ほぼ終わった。留学生の話題が聞こえてきてそこでウェズンとイアの会話が中断されたのは、キリが良かったというのもあった。
「こっちで留学生の受け入れが無いって事は、学院の方もそうなのかな?」
「多分そうなんじゃない? 来年は神前試合だからってのもあるし、今年受け入れても……って感じで受け入れないのかもしれない。来年とかはどう足掻いても選ばれる感じしないから神前試合終わってからならまた受け入れとかあるかも」
「あー……いやでも、神前試合に参加できなくてもこっちに入れるなら入りたい、っていう人はいるかもしれないわけだろ?」
「その時は、改めて入学申請するとかじゃない? わからんが」
イアが知らん! とばかりにきっぱりと言うので、ウェズンもそうだよなとしか言えなかった。
実際どういう事情でそうなっているのかは、それこそ上の偉い人にでも聞かない事にはわからないだろう。
とはいえ、そう気軽に聞けるものでもない。
「ま、去年こっちに入った留学生って結局そこまで残らなかったしなぁ」
「主に誰かさんのせいで」
「いや、ワイアットはそこまで殺してないだろ。ってか一応お前友人だろ」
ワイアットが殺したのはあくまでも学園の生徒であって、彼がこちらの留学生と接触した人数は確か三名だったはずだ。今にして思えば本当に、よくイアは無事だったなと思う。そしてどうしてそんな状況から友人になってしまったのか。世の中わけのわからない事って山ほどあるんだなぁ……とウェズンは若干意識を遠くに飛ばした。
「そうだね、友達だね。
ついでに将来的におにいの弟になりたいって言いだしてたんだっけ?
こないだモノリスフィアのメッセージで、あたしの結婚相手の予定とか聞かれたわ」
「聞いたのか……」
「なんも考えてないって返信したらじゃあちょっと僕との事考えてみてってきたけど」
「考えるのか?」
「そのうち」
あ、これそのうちとか言いつつそのまま忘れる感じのやつだな、とウェズンはイアの声の調子から何となく察した。
つまりは現在、イアはワイアットの事をそういった対象として見てはいないという事か。そう判断して、ウェズンはようやく少しだけ安心できた気がした。
ワイアットがウェズンの弟になる、という事を諦めたわけではないので、完全に安心はできないが。
「までも、留学生が今年は来ないっていうなら去年みたいな事もないって事かな」
「仮にいたとしても、お前のかつて住んでたところ出身みたいなのはそうそう来ないだろ」
「そだね。そんなポンポン来るわけないよね。てか、来られても正直そこまで憶えてないよあたし」
虐めた側は忘れても、虐められた側は忘れていない――とはよく言うが、イアに関してはそれが適用されていないらしい。いやまぁ、恨み拗らせて無関係の何となく雰囲気が似てるだけの人にまで敵意持ち始めるよりは全然マシだが。
イアにとって確かにあの集落での出来事で良い思い出と呼べるものはほとんどなかったし、その後の人生もロクなものでなければきっと今でも心の奥底に居座り続けて鬱屈する原因となっていたかもしれない。
けれども転生したという事実、そして自分が知っている作品の、よりにもよって主人公の家に引き取られた挙句、自分はゲーム版の主人公に該当する、というのを把握した時点で。
それどころではなかったのだ。世界が滅ぶかもしれないという部分が、集落の子らに虐められていたという事実より重要すぎたのだ。
だからこそ、去年クイナと出会った時もかつての虐めっ子であるという部分で取り乱すような事などなかった。そういやいたな。あ、こんな顔だったっけ? それくらいの認識。最早数十年単位で会っていない人物に対する扱いである。実際は数年程度しか経過していないのに。
流石に二年連続でそういった出会いがあるとは思いたくはないが、そもそも留学生が来ないというのであればそんな出会いもないだろう。もしそんな出会いがあるのなら、それこそ学外授業で出向いた町や村で遭遇していたっておかしくはなかった。
「そういやさ、原作だと今頃の時期って大体中盤から終盤なわけじゃん?」
「また唐突な。まぁ、そうだな。で?」
「ストーリー的には割と佳境に入る感じじゃん?」
「終盤に向けて、ならそりゃそうだろ」
「そう、それで、何かすんごいバトル展開の連続だった気がするんだけど」
「うわ」
「でもさっぱり思い出せないんだよねぇ」
言葉通り、一応原作の事をもっと思い出そうとしてはいたのだ。
序盤はある程度原作基準の展開とか、出来事とかがあったので早い段階で思い出せればこちらの有利になるかもしれないし、不幸な展開を回避できるかもしれないと思っていた。
ところが一体どこで何が違ったのか、気付けば原作に無い展開が始まる始末。
憶えていないだけでこの展開は原作に存在した、とかではない。確実にこんな展開なかったぞ、と思えるもので。
やっぱ、最初からウェズンが父親との仲が拗れてないのが原因かもなぁ、と今更のように思うものの。
それだけで、ここまで原作にあった出来事が色々消えて全然違う展開になるだろうか?
口に出せばウェズンに「なってるだろ」と返されるのがわかっているのでイアとしては思うだけだ。
そりゃあ、バタフライエフェクトなんてものがあるくらいだし、あるのかもしれないけれども。
「あ」
「なんだ、どうした?」
あれこれ思い返している途中で、ふと思い出す。
そして足を止めた事で、ウェズンもまた一拍遅れて立ち止まった。
「地下闘技場」
「は?」
「そういやあったんだよねそんなのが」
「あったって、どこに」
「学園」
「マジか……聞いた事ないぞ。そりゃ学舎は拡張魔法で広いし寮も広いし島一つまるっと学園の敷地だけども。地下闘技場? そんなんあったら今頃とっくに話題になってるだろ」
「でもあったんだよ」
「あったからって……いや、いい。聞きたくない。厄介ごとの予感しかしない」
どのみち周囲には誰もいない。
もし密かに隠れていたとしても、イアとのこの話が聞かれていたところでどうとでもなる。
原作なんて言葉が出たがそれはあくまでも本についてだと言い切れるし、イアの話題転換が唐突なのは割とよくある事なので、学園にあるらしい地下闘技場と少し前の本の話は別物だとでも言い切れる。
ただ、地下闘技場に関してどこで知ったとなると誤魔化しにくい。
だからまぁ、イアがどこかで突拍子もない噂話を耳にした、で誰かに聞かれてもそう言えばいいだけだとは思うものの。
誰に問われるでもない内容であったとしてもだ。
こんな学園にある地下闘技場とか、ロクなものではない事くらいウェズンにだって簡単に想像がつくわけで。
「とりあえずは、イア」
「はいなおにい」
「その話題は封印だ」
「えーっ」
「えーっ、じゃない。絶対いらないフラグ建設されそうだから却下。この先授業でそこに行くとかならまだしも、そうでもないのに余計な好奇心発揮するなよ」
これが普通に授業の一環で行われる舞台として闘技場がある、というのであればウェズンだってそこまで言わない。しかし地下、とついてる時点で何と言うべきだろうか……とても、非合法感たっぷりなのだ。
大体そんなものがあったら、それこそ生徒同士での実戦授業とかで使われてそうなのに、入学して一年が経過して尚そんな話は聞いたことがなかったのだ。
じゃあやっぱロクなもんじゃないんだろうな、と思うのもやむなしである。
ウェズンに言われた事で、興味はあったものの確かにロクでもなさそうだなぁ、と納得してしまったイアもそれ以上地下闘技場について何かを言おうとはしなかった。
留学生に関しても、地下闘技場に関しても。
他愛のない話題として流れていって、当たり障りのない世間話が少し続いたあたりで。
「じゃあ、また」
「うん、おやすみおにい」
おやすみにはまだ早いが、男子寮と女子寮は別の場所なので。
二人はそこでそれぞれ自分の部屋がある寮へと戻って行ったのである。




