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僕が将来魔王にならないとどうやら世界は滅亡するようです  作者: 猫宮蒼
八章 バカンスは強制するものじゃない

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完全崩壊都市



 死ぬかと思った。


 都市が落ちている真っ最中をそこからの脱出のために正規の入り口ではなく窓から飛び降りるなんて真似をしたウェズンではあるが、その後も中々にスリリングな脱出ルートを進む羽目になっていた。


 ちなみに窓から飛んだ直後に魔術で風を巻き起こして空中を移動する形になったので、崩壊する建物から剥がれ落ちていく瓦礫と同じように地面にぐしゃっといきはしなかったが、空中だからとて安全ではなかった。

 ウェズン達よりも上にまだある建物が崩れてきているのだ。障壁を念のため展開したとはいえ、正直気が気じゃなかった。


 ウェズンは前方を行くワイアットを見ながら、その上で周囲のあれこれに気をつけつつ移動しなければならない。ワイアットを見失うとその場合神の楔の場所がわからなくなってしまって脱出できない、なんてこともあり得るのだ。

 オルドに聞けばどうにかなるかもしれないが、ワイアットが向かおうとしているここから恐らく一番近い神の楔の場所をオルドが把握しているかはわからないのだ。もし別の場所の神の楔しか知らない、となれば脱出までの時間がよりかかる事になるし、そうなればウェズンの命は更なる危険に晒されると言ってもいい。


 ワイアットを見失うわけにはいかなかった。


 落下してくる瓦礫を時として足場にしたりもして、前世だったらそれこそアニメの世界でなければ考えられないくらいアクロバティックな脱出をかましたとウェズンは思っている。

 いやそりゃ魔王だの勇者だの、魔物が出たりする世界だし魔法も魔術も妖精も精霊も存在している世界なわけだけど。でもまさかこんな突然――とウェズンは思っている――アクション系アニメも真っ青な勢いで動き回る事になるとは思っていなかったのだ。


 今までだってそれなりに動き回って戦ったりした事がなかったわけではないけれど、あっちはまだ時間的な猶予があった。瞬時に判断を下さないといけない事だってありはしたけど、今ほど切羽詰まっている感じではなかったのだ。それこそほんの一瞬、コンマ一秒即座に考え即座に答えを出し行動に出なければ死ぬ、みたいな状況ではなかった。多分三秒くらいの猶予はあった。


 普通に生活してたら一秒も三秒もあっという間ではあるが、逼迫した状況だと結構な差がある。

 それをウェズンは転生してから実感したのだ。正直いらない気づきだった。

 転生するにしてももっと平和なほのぼのした世界がよかったな、とは既に何度だって思っている。


 だがまぁ、嘆いたところで世界が即座に平和になるのであれば、とっくの昔に平和になっていないとおかしい。ウェズン以外でもきっとこの世界の在り方を嘆く者は大勢いたのだろうから。


 ともあれ降り注いでくる瓦礫に視界を奪われそうになりつつも、ワイアットを見失わないようにしてついていった先は。


 恐らく都市の人間はあまり近づくことがない場所なのだろう。

 周辺に高い建物はなかったし、周囲にあるのは自然である。

 木々に囲まれてはいるものの、鬱蒼とした森だとかではなくどちらかといえば遊歩道だとか並木道だとか、そういった雰囲気ではあった。

 その先にあった広場――といっても然程広くはない。

 噴水とかベンチとか、ついでに花壇が少しあればそれだけで埋まってしまいそうな規模のそこには、ぽつんと神の楔が突き刺さっていた。

 ウェズンがルシアとワイアットと共にテラプロメに来た時の場所とは、間違いなく離れている。


 これが岩にでも突き刺さっていた、とかであれば聖剣もどきか、なんて突っ込んだかもしれないが普通に地面に刺さっているだけの、どこにでもあるどこででも見かける状態の神の楔である。

 しかし――


「遅かったね」


 そこには一人、少女がいた。


 知らない、わけではない。


 ワイアットとウェズンは彼女がそんな風に言ったものだから、思わず足を止めて向かい合う形となった。


「イア……?」

「間に合わないかと思っちゃった」


 くすくすと笑う少女の姿は紛れもなくイアで。


 こんな状況だというのに焦りも何もなく笑う彼女に、ウェズンはワイアットを押しのけるようにして前に出た。ワイアットがどういう行動に出るかがわからないが、不用意に近づくのはまずいと思ったので。


「どうしてここに? 他の連中は?」

「皆先に行っちゃったよぉ。イアはここでお兄ちゃんを待ってたの」


 違和感なんてものはそもそも最初からあったが、これが決定打だった。

 間髪入れずにウェズンは魔術をイアの姿をした偽物に向けてぶっ放す。情けも容赦も何もない一撃だった。


 兄が突然攻撃を仕掛けてくるだなんて、偽物は思ってもいなかったのだろう。無防備にウェズンが放った一撃が腹を貫通し、こふりと口から血を吐いて立っていられないとばかりにその場に膝をついた。


「え、ちょっと」

 ワイアットは何をしたのかわからない、といった様子で思わずウェズンの肩を掴んでいた。

「生憎だがイアは自分の事をイア、だなんて名前で言わないし、僕の事をお兄ちゃんだなんて今となっては冗談でも口にしない。姿だけは完璧だが口を開いた直後にボロが出るようなクオリティでよくまぁやろうと思ったよ」


 いっそ言葉を出さず首を振るとか腕で何かを示すだとか、そういったジェスチャーだけで今現在声を出せないのだという風にしていれば、もしかしたら騙されていたかもしれないのに。


 まだ、かつてイアが引き取られたばかりの頃。マトモに言葉を話せなかった時ならイアは自分の事をイアと名で示していたが、ある程度喋れるようになってからはずっと「あたし」を使っていた。勿論その場のノリと勢いでふざけて別の言い方をする事だってあったが、普段は「あたし」なのだ。

 お兄ちゃん、という言い方だってまぁ、過去一回か二回は言ったかな、という程度であるが、そもそも言葉が達者じゃなかった時、まず「にーに」「にぃ」であったし、その後は「おにい」で落ち着いたのだ。


 場の雰囲気でお兄ちゃん、を口にするかもしれない事はあっても、間違いなくそれは今じゃない。

 こんな、都市が落ちる危険極まりない状況でなら、畏まるようにお兄ちゃんなんて言うより素のままおにいと言うはずだ。

 そもそも目の前の偽物は畏まった雰囲気以前に、どこか甘えるような口調だったから余計に違和感しかなかったし、故に即座に偽物である、と気づけたのだが。


 ボタボタと血を零していた偽物の姿が掻き消えて、その場には誰もいなくなった。


「そうか、お前が……お前が邪魔をしたというのね……」


 かわりに、知らない女の声が響き渡った。


「あ、この声さっきの」


 ワイアットの反応で、その声の主が先程言っていた謎の女であると知る。

 姿を直接見せたりはしないんだな、と思いながらも、もしかしたらさっきの偽物がその謎の女が化けていたものなのかもしれない、と思い直す。

 もしそうなら、怪我を負った状態で変身を解いて現れたなら間違いなくワイアットが攻撃に出る。

 であれば、姿を見せるわけがない。


「学園の人間か……都合がいい、覚えていなさい……」


 ウェズンの制服を見て学園の生徒と判断したのは間違いではない。

 そしてその言葉を最後に、女の声は聞こえてこなかった。

 完全に捨て台詞というか負け惜しみみたいな感じだった。


 学園に何かを仕掛けるにしても、個人どころか一つの施設に仕掛けるのであれば、すぐさま何かを仕掛けてくる事もないだろう。個人を相手にするつもりであるのなら、それこそ今、ワイアットがいるけれどそれでも今仕掛けるのが一番邪魔が入らないし、それに長引かせればその分二人の脱出は遅れる。ある意味で最大の好機でもあるのだが、それを逃したのであれば今は特にあの女に関して気にしなくてもいいだろう。


 そう判断して。


「神の楔に何か細工された感じある?」

「いいや、大丈夫そうだ。そもそも細工するにしても、結構面倒だからね。こんな状況でやらかす暇があったとは思えない」

「そっか。なら脱出も問題なさそうだね」


 女の声が聞こえなくなっても数秒、多少なりとも警戒はしていた。

 その間にワイアットが神の楔の様子を確認して、問題ない事が判明したので。



 二人はそこで、この墜落寸前の都市から脱出を果たしたのである。


 二人が脱出した一分後、都市は完全崩壊し海上に激突。そうして凄まじい勢いで沈み、海の底で更なる崩壊、壊れた魔道具から瘴気が溢れ出す、という事になったが。

 その被害に遭うような生命は特に存在していなかった。



 そうして二人は間一髪で脱出し――二人そろって学院にたどり着いていたのである。

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