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僕が将来魔王にならないとどうやら世界は滅亡するようです  作者: 猫宮蒼
八章 バカンスは強制するものじゃない

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帰り、待つもの



 死ぬかと思った。


 テラプロメからどうにか帰還を果たした者たちにどうだった? と聞けば間違いなくほぼ全員がそう答えるだろう。


 ルシアはイルミナとエルアを引き連れてどうにか自分が知る神の楔がある場所まで移動して、そうして学園へと転移した。

 と、それだけ語れば何事もなかったかのように思えるが実際はかなりギリギリだったのだ。


「あ、空が」


 神の楔がある場所まであとちょっと、というところでテラプロメの空が割れた。

 ピシッ、とまるで卵の殻を割る時のような細かなヒビが空に広がって文字通り割れたのである。


 そうしてその先に見えた空の色は――


 先程まで頭上に広がっていた空の色とは異なる、随分と深い青だった。

 青というよりもう黒と言ってもいい。


「テラプロメを覆っていた結界がなくなった……?」


 正直な話、ルシアはそもそもテラプロメにいた時、ほぼ自室に引きこもっている状態だった。一応部屋の外に出る事はできたけれど、行動範囲は限られていたし、レッドラム一族が閉じ込められていたのは地下だ。

 ルシアがいた頃、ルシアに与えられていた部屋に関してはそれなりに清潔であったし、灯りもそれなりにあったから真っ暗闇の中じっとしている、というわけではなかったけれど。


 時間の感覚はどちらかと言えばあまりなかった。


 世話係でもあったルチルが朝になったら叩き起こしにやってきて、そうして食事を持ってきてくれたから朝だと判断できていたし、その後にまた食事を持ってきてくれたならそこで昼、そうしてまた食事を運んできた時点で夜になったのだ、と理解できたくらいだ。


 そうしてある程度夜も遅い時間になれば、ルチルがそろそろ寝ろと言うものだから。

 おやすみ、また明日。

 そんな風に言いながらルチルが部屋から出ていって、自分の寝床へ戻っていくのをただ見送って。


 大体時計なんてものは用意されてもいなかったし、そもそも必要な物だという認識もなかったくらいだ。

 生活の大半、時間を把握するのはルチルの行動によって。


 地下なので窓の外から景色を見て、とかそういう感じで時間の流れを把握するような事はなかったのである。


 時々元老院の連中のいる所に連れていかれる事もあったけれど。

 その時はいつだって空は青く、明るい状態で。

 大体昼と思われる時間帯であったのだけは間違いがない。


 正直朝、太陽が上がる直前のまだ暗い時間帯であるだとか、夜の月や星々が輝く時間帯に地下から地上に出るような事はなかったし、それ故に学園に行ってから密かに日の出だとかを見て少しばかり感動したのだ。

 とはいえ、それらは割と早い段階で見慣れてしまったし、そんな事よりもウェズンを殺すという目的があったからルシアの心境的にそれどころではなかったのだけれど。


 今回だってワイアットと共にテラプロメに戻った時間帯は昼くらいだ。

 転移した先の空も、転移する前に見た空の色だってそこまで変化はなかったように思う。


 結構長い時間地下にいたような気がしたものの、それでも外に出た時にまだ明るかったから、体感長く感じただけで実際そうでもないのかな? なんて思ったくらいだ。


 ところがそうではなかった、と知ったのは空が割れたからだ。


「っていうか既に夜じゃない」

「そうみたいだね」


 テラプロメを覆っていた結界がきっと、常に空の色を昼のようにしていたのだろう。

 昼夜を切り替える事ができるのか、ルシアにはわからないが、もしできたとしても既に住人の大半がいない都市でそれをやる意味はあるのか? という話だ。


 作物を作る施設あたりでは勿論昼夜の切り替えが行われていたとは思う。

 けれどもそれ以外でも切り替える必要性は正直あまり感じられない。


 だからこそ、ずっと昼のままだったのではないか? とも思う。

 だからなんだという気もするが。


 ともあれ、空が割れて既に夜になっている、というのを知って、その後だ。

 神の楔に辿り着いて、とにかく脱出を果たしたのは。

 そうして学園へ戻ってみれば、テラプロメで見たかすかな本当の空と同じ色が広がって、夜どころか深夜だと知ったのである。


 そこから少し遅れてイアたちもまた戻ってきた。

 元気一杯なのはイアだけで、それ以外の面々は顔色も悪く半死半生といった感じで、一体どんな死線を潜り抜けてきたんだ……!? とルシアは思わず戦慄した。

 実際は神の楔がある場所までイアの運転で車をかっ飛ばした結果、その荒すぎる運転でそれ以外の面々の三半規管が死にかけただけなのだが。


 やー、あっぶなかったねー!


 なんてけろっとしたイアが言っていたのだけは印象に残っている。


 ルシアもまたイアと同じ側にいたのであれば、危ないのはきみだよと突っ込んだかもしれない。

 というか、きっとアレスかレイあたりは突っ込んだ事だろう。

 突っ込んでいないのは単純に車酔いが酷すぎて突っ込む元気がないからだ。


 陸で船酔い以上に酷い目に遭うとは思わなかった……とげっそりしながら呟いたレイに一同げんなりした目をしたのは言うまでもない。時として荒れ狂う海を行く船に乗る事だってあるレイがそこまで言うのだ。

 他の面々も、

「あ、やっぱさっきのあれはそれだけ酷いやつだったんだな……」

 と自覚するしかなかった。正直そんな自覚も実感もしたくはなかったが。


 同情的な目を向けたのはルシアにイルミナとエルア――つまりはイアが運転する車に乗る事がなかった者たちだけだ。


 都市でそこまで命がけの戦いをしたわけでもないのにまさか最後にこんな目に遭うとは誰も想像してすらいなかった。

 だが、それでも。


 遥か昔から空に在り続けた都市は、終焉を迎えたのだ。

 たとえその光景を直接見たわけではなくとも。



 ――と、皆がどうにかある程度呼吸を整えたところで。


「それで、おにいは?」


 学園に戻ってきてそこそこの時間が経過しているが、しかしウェズンが戻ってくる気配はない。

 既に戻っているのだろうか、とも考えたがもしそうならイア達の前に姿を見せていないのはおかしい。

 であればまだ戻ってきていない事になる。


「どうしよ、連絡いれる?」

「脱出真っ最中だったら気付かないんじゃないか?」

「そだねぇ、下手に連絡してそっちに気を取られて、なんて事になっても困るし」


 イアがこてんと首を傾げてみせれば、レイとウィルがそんな風に言った。

 確かにそれもそうだな、と納得したイアはとりあえず一度頷いて、じゃあもうちょっと後でにしようと決めた。


 正直ウェズンだってもう脱出し終わっていてもいいんじゃないか? という程度に時間は経過していると思うが、しかしまだ都市が本当に落ちたかもわかっていないのだ。

 空を見上げたところで都市なんて影も形も見えないし、今はまだ浮いたままかもしれないし、墜落真っ最中かもしれない。

 もし墜落真っ最中の中をウェズンが脱出しているところであるのなら、連絡を今入れるのは完全に悪手である。


 イアとしては正直今すぐにでも連絡を入れたい気持ちはあるのだが……


 兄の無事を信じて今はぐっと堪えるしかなかった。

 待っている間に、ある程度の報告は済ませてしまおう。

 そんな風に考えて、イアは皆を連れてテラがいるであろう教室へと移動する事にした。



 ちなみに報告を終えた直後にどっと疲れがやって来たのか、ほぼ全員がその場で寝落ちしたので。


「仕方ねぇな……」


 なんて言いつつテラがそれぞれを寮の部屋へ届ける事になったのである。


 なおウェズンが戻ってきたのはその後の話だ。

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