密やかな終焉
倒れていたワイアットに大急ぎで治癒魔法をかけたものの、ウェズンは正直これ……もしかしなくても手遅れなんじゃないかなぁ……と思っていたのだ。
前世だったら間違いなく死んでておかしくないレベル。
まぁこっちの世界の人間は前世の人間より身体的にも強靭なので、前世で即死レベルでも案外生きてるのはそうなんだけども、その前世の認識を持ちつつ今世での基準もある程度把握できるようになってきたウェズンから見ても、ワイアットはもうあかんこれ、もうダメや……となんちゃって関西弁で言うしかないくらいに絶望的に見えたのだ。
治癒魔法に関しては完全に駄目元だった。
もしワイアットが本当に元老院にとって代わって……みたいな事を考えていたとするなら、もうちょっとやりようはあるんじゃないか、とも少しばかり冷静になってみれば思い直せるもので。
今すぐそうするしかなかった、というような事情があるならともかく、少なくともウェズンの目から見てワイアットにそういった追い詰められた感じはなかったと思う。
であれば、時間をかけてじっくりじわじわやらかした方がいいはずなのだ。
世の中ノリと勢いで押し切った方がいい場合もあるけれど、少なくともワイアットが元老院を乗っ取ろうと思ったのであれば時間をかけた方がいい。急いで実行しようとしたところで失敗する確率の方が高すぎる。
タイミングを見計らってコレ、というのであれば終わっているがウェズンから見たワイアットは少なくともそんな馬鹿な真似をするようなタイプではないので、では元老院にかわり自分が……みたいなつもりではなかったのだな、とここでようやく本当に思い直したのだ。
ワイアットがもっと元気一杯ピンシャンしてたならまだ疑っていた。
ともあれそんな死闘を繰り広げるような相手だったのか元老院は……と思いながらも、ウェズンは治癒魔法をかけ続けたのである。
ここで彼を見捨てれば、学院側の戦力は大きく減らせる。
そんな考えもよぎったけれど、見捨てるのはどうかなという気持ちもよぎったのだ。
どういう経緯か未だにわからないが、彼は一応イアの友人になっているようだし。
これで妹を上手く利用して……みたいな事をしていたのであれば見捨てるか、と清々しい気持ちで見捨てただろうけれど、今のところはまだそういう事もない。
一応友人に該当するので、もしワイアットが死んだとなれば妹が悲しむかもしれない。
そんな兄心もあったのである。
それでなくともこの世界、前世以上に物騒なので。
誰がいつどこで死んだっておかしくはない世界。
それは今まで強者と呼ばれる者であっても例外はない。
なので、治癒魔法をかけて少し様子を見てから声をかけてみれば、思いのほかすんなりとワイアットは目を開いた。
そうして話をしてみれば、どうやら元老院との戦いの後、謎の女によって死にかけたらしい。
学院長であるクロナだと思った、などと少しばかり気になる事も言っていたが、学院長が学院の生徒を殺しに来る理由がわからない。
ワイアットがクロナに殺されてもおかしくないくらいの何かをやらかしているのであればともかく、ウェズンから見たワイアットはまぁ精々ちょっと周囲の人間を容赦なく殺していくだけの敵に回すと厄介極まりない相手なだけだ。
学園の生徒も結構な数ワイアットによって殺されたけど、別段そこらの町や村で人を殺して回っているわけではないので、殺人鬼と言うのも微妙なところだろう。
戦いになったら容赦しないだけで。
話が通じない血に飢えた獣というわけでもないので、まぁ、生存できる可能性があるっていうのがなぁ……もしかしたらそういうとこが逆に性質悪いのかなぁ……と思わないでもないのだが。
だがまぁ、去年の交流会を思い返すに、ワイアットの強さは良くも悪くも人を引き寄せる。
学院側がそれを脅威だとみなした……とかであればもしかしたらクロナが彼を始末しようと考える事もあるのかもしれないが、神前試合に参加する気があるであろうワイアットを事前に始末するメリットがわからない。他に、ワイアット以上に神前試合に参加させたい相手がいて、とかならまだしも。
だがそういった参加者を選定するのに実力などを考慮するでもなく、学院長の好みで選ぶというわけでもなさそうだし、であればクロナがワイアットを、というのは無いなと思える。
ウェズンが知らない「そりゃお前殺されても文句言えねぇよ!」みたいな話でもない限り。
あくまでもクロナだと思った、というだけで実際は違うらしいのだが、ではその女は何者だ? となるわけで。
女性という点で安直に思い浮かべたのは元老院の誰かの愛人とかそういうものだったが、そもそもこの都市の連中にそういった欲があるのかも疑わしい。
いくら人工的に生産できるとはいえ、中にはそりゃあ性欲にステータス極振りしたようなのが生まれ出てもおかしくはないが、この都市でそういった存在を生かし続けるだろうか? という疑問も生じる。
謎の女の詰めが甘いおかげでワイアットが助かった、という事で良しとするしかない。
どうせここでこれ以上考えたところでわかる事など何もないのだから。
ワイアットも元老院にとってかわって……なんて考えていないようだったし、女が邪魔をしなければ都市は今頃とっくに墜落コースだっただろうという事で、では改めて都市を落とすか、という話になって。
一足先にウェズンだけ脱出する、というのも確かに考えた。
だが、謎の女の存在がその考えを押しとどめたのである。
何故なら前世、サスペンスドラマでよく言われた言葉がよぎったからだ。
犯人は現場に戻ってくる――
なのでウェズンはワイアットと共に都市を落とすのを見届ける事にした。
まさかこいつ、都市と一緒に落っこちて命をここで捨てるとかないだろう、そんな風に思いながら。
口では死ぬつもりなんてないとか言ってても正直完全に信用できなかったというのもある。
神前試合の事を考えれば、ワイアットは敵になるので自分から命を終わらせるというのであれば、それでもいいんじゃないかな、という思いはあるけれど、だがそうなるとさっき折角助けたのが無駄になる。
死ぬにしても、今回は諦めて別のところでこっちの与り知らぬ感じで死んでいただきたい。
ウェズンのそんな考えをワイアットがこの時点で知る事になっていたのなら、いや死なないって、と念を押したに違いないが、ウェズンはそんな事を考えているなどおくびにも出さなかったのでワイアットが気付く事など何もなかった。
それどころかもしまたあの女が引き返してくるような事になれば、都市を落とされないよう阻止するのは間違いなくて。
そうなれば、次は確実にあの女と戦う事になるはずだ。
怪我をして多少集中力が落ちていたとしても、それでも気付けなかったワイアットからすればあの女の実力は未知数で、それ故に下手にここで戦う事になった場合、どちらが勝つかはわからない。
ワイアットは自分がそう簡単に負けるとは思っていないが、それでも自分がこの世界で最強だとは思っていないので。
なので、ワイアットにしても気を使った形になったのだ。
危険だぞ、そう言ったのは。
ただウェズンもウェズンで折角助けたのにこの後もしまた謎の女が引き返してワイアットを殺すような事になったなら、自分の行動が台無しになるし、後からイアやらワイアットを知る人物にあれこれ言われたら大変だなぁ……なんて考えもあったから。
乗りかかった船、なんて言ってのけたのだ。
実際ルシアに巻き込まれる形で参加した時点で既に乗りかかった船だと思っていた。
都市を落とす際、すぐに脱出できるかはわからないしそうなったら命の保証はない、なんて言われてやはりここで都市と心中するつもりが欠片でも存在していたのかと思った直後には、つい罵倒していた。
罵倒といってもすぐさま悪口になりそうな言葉が思いつかなくて馬鹿を繰り返しただけだったが。
馬鹿の次に馬鹿者と言ったのは言葉が思いつかなくて、その次に愚か者になったのはとりあえずバリエーションをどうにかしようとした結果だったのだ。
素直にバカアホマヌケと罵った方がマシだったかもしれないな……なんて内心で思っていたら、一体何が琴線に触れたのか、ワイアットにまで兄さんとか言われて咄嗟に否定する羽目になったけど。
(え、何、こいつ兄がいたの? てか兄の罵倒こんな感じだったの……?)
困惑しつつも流石にこの状況で家族トークする余裕はない。
お前は僕の弟じゃないよと現実を突きつけたはずなのに、今はいなくてもいつか、なんて言い出されたから。
突然涙をぼろぼろ零した時点で相当驚いていたが、そんな状態でそんな事を言われてみろ。
まさかイアを……!? という考えに至るのは当然だった。
もっとも、ワイアットはそこまで考えてなかったようだけど。完全な藪蛇である。
というかだ、イアを妹として愛でたいがためにウェズンと結婚しようと目論んだアンネと、ウェズンを兄と呼ぶ正当性を得るためにイアと結婚しようとか考えるワイアットは、案外思考回路が似ているのかもしれないが……正直そこ似られましても、としか言いようがない。
類は友を呼ぶとは言うが、その理論でいくとザインとシュヴェルとやらもその発想で誰かしらと結婚をしようとか言い出しかねないので、本当に勘弁してほしい。
『もう既にお前兄呼びされてんだから一人くらい増えても別に構わないのではないか?』
などと脳内でオルドの声がしたが、ウェズンはそれに対してジークは僕の事を兄上って言ってんじゃなくてお前の事呼んでんだからノーカンだろ、と反論した。
なんでこいつ他人事なんだろう、とも。
それに対するオルドはというと。
だんまりである。
ワイアットといいオルドといい、都合の悪い部分をスルーするのはどうかと思ったが、多分そこを指摘してもそれもきっとスルーされるんだろうな、とウェズンは内心で早々に諦めたのであった。
「じゃ、さっさとこの都市落としちゃおうぜ」
やるべき事を口にして、それも無視されたらワイアットに一発かましてもいいかなとか考えたけれど、流石にそこは無視されなかった。
「そうだね、邪魔が入らないうちに終わらせてしまおう」
ぐい、とやや乱暴に腕で目元を拭って、ワイアットが言う。
神を探すために作られた都市は、その目的を果たす事なく終わろうとしていた。




