安全運転でお送りできない
レイとウィルはヴァンとファラムと無事に合流できていた。
マネキンの中の人をついでにぶちのめすには元老院の連中がいるであろう場所に乗り込むのが確実だろうと思って、目星をつけていた建物へいざ! と思った矢先にマネキンたちが崩壊していき、そこで一瞬次にどうするべきかで意見が割れそうになった。
このままこの都市にいる元老院のところを目指すか、はぐれたウェズンとの合流を目指すか。
マネキンが壊れたのなら、そのうちウェズンから連絡が来てこっちとの合流をしようとするかもしれない、だったらまずは先に進んでおくべきだ、というレイの意見と、それでもまだ不測の事態があるかもしれないから早急に合流した方がいいかもしれない、というファラムの意見。
どちらも一理ある気がして、ほんの少しだけ次の行動に移るまでの空白が生まれたのは確かだ。
だがしかし、そうやってどうするべきか、と話し合っている間にルシアからワイアットが元老院をぶちのめしたという連絡がやってきて、ワイアット曰く神の楔の使用許可を出したから脱出するなら今のうちとなって。
それどころかこのままだと都市が落ちるから、脱出するなら急げよ、ともメッセージにはあったので。
いやお前! と叫びたくなる気持ちもあったが、ワイアット経由でのメッセージであろうことはわかっている。ルシアに文句を言っても仕方がない事も。
ワイアット経由でのメッセージであるのなら、恐らくウェズンの方にもその情報は伝わっているのだろうとなれば、そうなればもう急いで脱出するしかない。
「なんつーか消化不良感は否めないがな……」
「そうですわねぇ……もっとこう……噂の空中都市に潜入! 謎に包まれた都市で繰り広げられる激戦! みたいな印象がなかったか、というとまぁ、ちょっとは想像してましたものね」
「テロ活動に対して大多数の自警団みたいなのと戦うくらいはそりゃあ、まぁ」
「蓋をあけてみれば住人がそもそもほとんどいないんだもんね……まぁ、おかげで急いで脱出する余力はあるんだけど」
ウィルの言う通りである。
これでやれ都市の治安を維持する警備隊だの、元老院を守る護衛だとか、ウェズンが戦ったという番人以外にもあれこれ戦闘部隊が存在してそれらを相手にしていたのなら、間違いなく今頃は満身創痍でもう動けない……なんてことになっていたかもしれなかったくらいだ。
人がほとんどいない広い都市を目的地もわからぬまま移動しまくった、という意味での疲れはあるけれど、動けるだけの気力と体力は充分に残っている。
「ところで、この都市で神の楔を見た人いる?」
ヴァンの質問に、レイもウィルもファラムも何も言えなかった。
ワイアットたちがテラプロメに行った時点では、恐らくこの都市の神の楔があるところに着いているはずなのだが、その後やって来た彼らはワイアットが施しておいた細工でここに来る事ができるようにはされていたものの、直接的に神の楔があった場所に到着したわけではない。
大体別々に出発して行きついた先は皆違う場所だったのだ。
むしろテラプロメに到着できただけマシと言っていいレベル。
「目立つ場所にありそうな気もするけど見た覚えないですわね、そういえば……」
神の楔の転移事故で迷い込んだにしろ、侵入目的でやってきたにしろ、目立つ場所にあるのなら、都市の人間にもその存在がすぐさまわかるようになるだろうし、侵入者がそこから帰ろうとするのもある意味でわかりやすいので、始末しようという相手側にとってもそういう意味で分かりやすい場所に設置するのは有りだと思うのだが……しかし、思い返せど記憶にない。
神の楔とか見慣れ過ぎて視界に入っても気付かなかった、とかではなかったと思う。
大体見慣れていてもあの形状はこの都市に限った話ではないが、人里だろうと大自然の中だろうと意外に目立つものなので。
「これさ、神の楔見つけられなかったらウィルたち脱出できずに……ってオチがあるね」
「ちょっとウィル! 不吉な事言わないで下さいな。本当にそうなったらどうしますの!?」
どこに神の楔があるのかわからない状態で、ぽつりと呟いたウィルの言葉にファラムが叫んだ。
不吉すぎる言葉は本当にそうなってもおかしくなさすぎたのだ。
だからといって急いで神の楔を探そう、としても。
先程までの重要そうな施設とか壊されたら困るだろう場所を壊していくぞー! というような状況と異なり今はもうのんびりと都市を移動してあちこち見て回る、という事ができる余裕はない。
急がなければ都市と一緒に自分の命を落とす羽目になるのだ。
そう考えると余計に焦りが生じてしまって、結果神の楔が視界に入ったところで見落としてしまうのではないか……とすらファラムは思えてきた。そんな事はありませんよね? とばかりに視線を周囲に巡らせてみるが、とりあえず見落とす事はなかった。そのかわり神の楔が周囲にないという事実を突きつけられたが。
「そっちで見かけた覚えは?」
「いいや、ないかな」
レイとヴァンが冷静に話しているが、今まで壊してまわった施設周辺で見た覚えが本当にない。
ない、という事実にすら今まで気づくこともなかった。
こうして今ここから脱出するぞ、となってようやく神の楔の存在を思い出したくらいなのだ。
急いで探しに行くにしても、手分けして探しまわったとして誰かが見つけたとしてもだ。
モノリスフィアで連絡をするにしても、都市のどのあたり、と正確に伝えられなければならないものの、似たような建物ばかりが立ち並んでいる場所なら伝わらないまま、なんて可能性も充分にあり得る。
これがもう少し、この都市に詳しければどこそこの通りだとか、なんとか地区、だとか。
そういった名称で伝える事ができたかもしれないが、しかしこの四人は今日、人生で初めてこの都市に足を踏み入れたので。
地理なんてさっぱりだし、この状態で分散して神の楔を探したとして、見つけられなかった者は最悪手遅れ、なんてことになりかねない。
では、固まって皆で探すのであれば、神の楔を見つけたなら全員脱出ができるけれど。
しかし見つけられなければ全員が死ぬ。
どうするか、と考えたのは数秒だった。
まず最初にレイが顔を上げた。
ヴァンと話し合っていたレイはヴァンの後方――大分離れた方へ視線を向けるようにして、何かを見ていた。
その様子が気になってヴァンもまた振り返る。
ヴァンの視界にはまだ何も気になるようなものは映し出されていないけれど、しかしレイがでは何を見ているのか……と疑問を改めて口にするより先に、何かが聞こえた気がして。
ウィルにはその音が何であるのか、までは正確にわからなかったけれど、それでも「あ」と小さな声を上げる。低い音に紛れて、知った声が聞こえたのだ。
ファラムはまだ何も見えていなかったし聞こえていなかったけれど。
それでも、皆がそっちを見ているから自然とファラムもそちらを向いていた。
「おーい……!」
そうしてようやくヴァンにもファラムにもレイとウィルが何を見ていたのか、が分かった頃には。
凄まじい速度で突っ込んでくる車から逃げるように四人は咄嗟に左右に分かれるようにして飛びのいていたのである。
ズギャギャギャ……! みたいな音を立てて急ブレーキで停止したそれは、紛れもなく車であった。
一応、レイもウィルもファラムも見た事はあった。
ついでに言うならヴァンは故郷の博物館に展示されているので、割と馴染みがあった。
液体燃料で動く乗り物。
だがしかし、その液体燃料を確保できていた土地は結界に閉ざされ、別のエネルギーで動くように改良しようとしたものの、そのエネルギーとは言うまでもなく魔石や魔力といったもので。
魔道具化させれば燃料問題は解決できるのだが、しかし劣化や事故による故障や破損で瘴気が発生するようになり、いつしか車という乗り物は廃れていったのである。
「皆無事みたいだね!」
窓が少し開いていてそこからイアの声がする。
窓は薄暗い色をしていて、こちらから中はあまり見えないがどうやらイアの方からは見えているらしかった。
「無事っていうか、今その塊に引き殺されるところだった気がするけどな」
「レイなら避けられるかなって」
「そういう問題か? ってか、それどうした」
レイが「それ」と車を指す。
「一応動きそうだったから、調達してきた!」
元気一杯答えるイアだが、レイが聞きたかったのはそういう事ではない。
いや、一応それも含んではいたけれど、やっぱりそうではないのだ。
車、というものについては今となってはアンティーク。動くとしても液体燃料で動くタイプはそもそもその燃料が調達できず、少しばかり得られたところでそれがなくなれば動かなくなるのだ。
魔道具に改良された車であればそういった事は気にしなくてもいいが、しかし壊れた時点で瘴気が溢れるとなれば、地上で利用される事はなくなってしまった。
精霊の力を借りて魔法で動かす、という方法でどうにかできないかと色々やらかした者もいたようだが、地上で車が普及していない時点でお察しである。
テラプロメでは浄化機が頻繁に作動しているらしいし、であれば魔道具としての車が使われていてもおかしくはない。
ない、のだが……操作とか、どうなんだろう……とレイは思ったのだ。
中に乗って動かすのだから、最悪事故れば無事では済まない。
レイですら人生で一度も車なんて乗った事がない。船なら実家みたいなものだけど、車は船と同じ操縦か……と言われると正直よくわからなかった。ノリと勢いでどうにかなるようなものなのか……? と疑問に思いつつも、開けられた窓の隙間から中を覗き込んでみる。
「おい! 大丈夫なのか!?」
いきなり叫んだようにしか見えなかったレイに、ヴァンたちがぎょっとしたようにレイを見たけれど。
レイが何に対してそんな事を言ったのかはわからないままだ。
レイの視線が車の中に向けられているものの、中がどうなっているのかよく見えない。
「え、大丈夫って、何が?」
「何が、じゃねぇよ! アレスだアレス! 白目向いて気絶してるじゃねぇか」
「あ、大丈夫大丈夫。生きてるから」
「生きてりゃいいってもんじゃねぇだろ。一体何があったんだ」
「何、って……ちょっとかっ飛ばしただけだよ。
そんな事より急いで脱出しなくちゃなんだから、皆も乗って。後ろの方」
ビッ、と親指を立てた状態でそれを後ろに向けたイアに対して、レイはそんな事って言ったぞこいつ……! と思わず戦慄していた。
「乗る、んですの? これに?」
「というか、イア、これ安全性とかどうなんだ」
「えー? 大丈夫じゃないかな。とりあえずここまで無事に来れたんだし」
ファラムとヴァンが不安そうに言うが、確かにこれなら皆で一緒に行動しつつ移動もそれなりに速いのがわかっている。
都市の中をこれで移動して神の楔を見つけた時点で降りてしまえば、全員での脱出が可能ではある。
「あ、ホントに気絶してる。え、イア、ホントにホントに大丈夫?」
「大丈夫だよ、アレスは慣れないからこうなっちゃったってだけだと思う」
「イアは慣れてるって事?」
「いや、初めてだけど。でもどうにかなってるから。大体運転のコツも掴んできたから、事故ったりはしないと思う」
「いやもうそいつ気絶してる時点で事故みたいなもんだろうがよ……」
言いながらも、自分以外の全員が車の後部座席に乗り込んでしまったので、レイ一人が嫌だとごねたところで手遅れであるのもわかっている。
だからこそしぶしぶとレイも乗り込んだ。
「一応そこのシートベルトだけは締めておいてね。うんそれ、オッケ」
身を乗り出すように後ろを向いて全員がシートベルトをしたのを確認したイアは、改めてハンドルを握り直した。
恐らくは、元老院の誰かが所持していたであろう車。
黒塗りのそれは、前世のイアが映画で見た事があるもので。
リムジン、ロールスロイス、そんな風に呼ばれていた長い車である。
正直街中をかっ飛ばすには向かないとわかっているが、しかしマトモに動きそうだったのがこれだけだったのだ。
アレスはいやわけのわからん物に乗って移動とかするよりは素直に魔術で空飛ぶとか速度上げて走るとかの方が……なんて言っていたが、神の楔を見つける前に魔力が尽きたら元も子もない。
故にイアは渋るアレスを助手席に乗せてアクセル全開でかっ飛ばしたのだ。
免許は持っていないけれど、とりあえず前世で車を操縦するゲームはそれなりにやり込んだ覚えがあるからいけるだろうと信じて。
もしこの場にウェズンがいて、イアの運転経験がそれだと知ったならば。
間違いなく全力で乗車を拒否るであろう事は間違いないが、しかしイアの前世の事など知らない四人はどうにかなるものなんだな……と不安に思いながらも乗ってしまったのだ。
アンティークな置物としての姿しか知らない四名の中で、せめて誰か一人――可能性が高いのはヴァンあたりだろうか、せめて彼だけでも運転を少々かじった事がある、と言えたなら。
少なくともこの後の地獄のドライブは避けられたはずだった。
「はいそれじゃ出発しまーす!」
気絶する前のアレス同様、四人が叫びだすのは直後の事だった。




