時は少し遡る
大量のマネキン。
それが例えば洋品店などの倉庫に置かれている、とかであれば別に何も気にしなかっただろう。
だがしかしそのマネキンたちは服を着るでもなくそのままあちこちを移動して、時に襲い掛かってきたりこちらの移動を妨害しようとしてきたり。
更にはこのマネキンを統括しているマスターと言うべき存在が、マネキンの中に意識を移して突然牙をむいてくるのだ。
まぁ、中身に意識が宿ろうが宿っていなかろうが、違いと言えばマスターが入っている時は会話が可能であるくらいのものなのだけれど。
会話ができるといったところで、自分たちに有利な情報を相手が落としてくれるわけでもない。
向こうもこちらに対して言いたい事だけ言って他のマネキンに移ってさっさといなくなったりしているので、会話のキャッチボール以前の話である。
最初に遭遇した時は思わずビックリしちゃったけれど、しかし少し遅れてモノリスフィアにイアからの連絡があって。
それを見て、あぁなんだ突然のホラーとかそういうやつではなかったんだな、とウェズンは安心したくらいだった。
魔法がある世界だし、妖精だとか精霊もいるのだから幽霊がいたって何もおかしくはないし、こっちの世界ではどうだか知らないが前世では人の形をした物にはそういった何かがこもりやすくなる、なんて言われていたので。
ホラー作品ではクマのぬいぐるみだとかウサギのぬいぐるみも要注意アイテムだが、しかしジャパニーズホラー系で怨霊だとか怨念だとか、そういったものが宿る人形というのは基本的に人型である。
メジャーなのは古くからある市松人形だとか雛人形。ついでに登場人物が着々と増えていっていた着せ替え人形。その後ホラージャンルは技術の進歩によって種と仕掛けが明らかにされてしまった手品みたいになってしまって、廃れたりしつつもあったけれど。
だがしかし、マネキンに幽霊というか誰かの魂が宿る、みたいな展開もなかったわけではない。
悪霊が宿った、なんていうのはホラーではよくある話だ。
しかもマネキンはわかりやすい表情を作られているわけでもないので、無機質な人の形をした作り物が明確にこちらを傷つけようとして襲い掛かってくる、なんてシチュエーションになると恐怖心を煽りやすいため映画やゲームなどでも割と登場しやすいアイテムであった。
市松人形や雛人形あたりはマジで何かが宿っている場合があるのでその手の映像作品に出したはいいが、結局作品そのものがお蔵入り、なんてこともあるけれどマネキンの場合はあからさまに呪われてそう、なんてことはまずない。
保管状況とかでボロボロになっていれば「うわぁ、なんか呪われてそう……」と思わず呟くような感じのもあるかもしれないが、人形寺に供養されてそうな市松人形や雛人形に比べればマシだ。
ホラーそのものが廃れてきたといっても、完全になくなったわけではない。
なので、マネキンが何か知らんが動いている、という状況を見てウェズンは思わず突然のホラー展開到来かと思っていたのだが、後からそれが元老院の一人の仕業であると知って。
思わず安堵したくらいだ。
咄嗟に喋ったマネキン相手に魔術ぶちかまして、ついでに他のマネキンもそこそこぶち壊しつつ戦略的撤退をしようとしたものの、はぐれたレイやウィル、合流するつもりだったヴァンやファラムがいるだろう場所に向かうどころか遠ざかる形になってしまったというのもあったから、正直内心ちょっとだけ不安に陥っていたのだ。
一度どこかで落ち着いて、少し気持ちを落ち着けてから改めて皆と合流しよう、そう思っていたもののどこもかしこもマネキンがうじゃうじゃしていたので、それなりに第三者が見れば冷静に見えていそうではあったウェズンも内心でちょっとどころじゃなく冷静ではなかった。
それでもどうにか一時的に息を整える程度には落ち着けそうな場所に隠れてモノリスフィアを確認して、そこでなんだあれ中の人がいたのか、と安心したのだ。
しかも中の人は幽霊でも怨念でもないここの権力者の一人。
千年も前に封印された大怨霊とかであったならウェズンももう少し冷静になるまで時間がかかったかもしれないが、そうではなかったので、そうなればそこまで恐れるものでもない。
マネキンの中に宿って、あちこち移動するとかいう文面を見た時点で、便利なのか不便なのかわかんねぇな……と呟いてしまったのはある意味当然の流れだったし、じゃああいつの移動先を減らすためにも見かけたマネキンぶち壊していけばいいって事か……という結論に至ったりもした。
やたら大量にいたけれど、流石に数に限りはあるはずだ。
壊した端から陶器が勝手にくっついて再生したりしない限りは。
というか、いくら凄い性能と技術力を持っている都市であっても無限に何もかもがあるわけではない。
地上を攻撃する兵器があるかは微妙だが、まぁここは情報が武器みたいになっている都市だ。
仮に地上を攻撃するとなったとしても、空中からビーム一発ドッカン、なんてのをやるとして果たしてその武器となる物があるかは微妙だし、では作ろうとなったとしても資源に限りが存在している。
空中から地上を制圧できる兵器を作るにしても、その為の素材を用意するとなればまず都市に既に存在している何かを使って作る必要が出てくるわけで。
となると高確率でこの都市に使われている魔道具だとかが犠牲になると思われる。
まぁそもそも神の居場所を探す事を目的として作られた都市なのだから、地上を制圧しようとかそういう方向性になる事はないと思うが。
それ以前にテラプロメが地上を制圧する必要性があるかとなると、まぁ無いだろうなとも。
なのでこの都市に存在しない何かを作ろうとするのに魔道具だとかの貴重品を別の何かに作り替えたりはしないだろう。
そしていくら元老院の一人があのマネキンの中をあちこち魂だか精神だけで移動しているとしてもだ。
マネキンばかりをこの都市で作り続けるという事もないはずで。
住人そのものを作ったりしているとはいえ、都市は無限に広がり続けているわけでもなく、空間に限りはある。
空間拡張魔法を使えば建物の中は広くできるが、都市全体にそれをやれるか……となるとまず無理だ。可能である、と言える者もいるかもしれないが、それを実行するためにはそれだけの力を持った存在が必要になる。
この世界には妖精だとか精霊といった存在もいるので、そういった人外である存在の手助けを得る事ができるのであれば可能性はあるけれど、もしそういった存在が手助けをしているのなら住人を作るよりそちらの種族を人工的に増やした方が更にできる事が増える……と考えられる。ウェズンからすると机上の空論ではあるけれど、それでも魔法は精霊の助けが必要なものなので、もし人工的に増やせるのであれば都市の住人はヒトではなく精霊メインになっていてもおかしくはない。
人間が精霊と契約して助けを得た状態で魔法を使っても失敗する事はある。魔術の場合も制御をミスれば簡単に失敗し瘴気が溢れる。
だが最初から魔法を使うのが精霊だけであるのなら、自分に扱える力の限りを把握している彼らなら魔法の扱いを失敗して瘴気を溢れさせるなんて事はまずしないと言ってもいい。
都市の機能の大半を魔道具に頼り、経年劣化などを修理しつつも遥か昔の物すぎて今ではもう手の施しようがない、なんて道具を騙し騙し使って瘴気が出てもそれらを浄化機で浄化して、ドラゴンの体内にある魔晶核を潤沢に用意できずとも、代替品としてレッドラム一族なんてものを生み出した都市。
もし精霊を人工的に増やせるのなら、住人を増やすより間違いなくそちらを優先しているはずだった。
だが実際そんな事にはなっていないし、ましてやそういった研究もされていないのだろう。
その研究をしようと思う者がいないか、いたとしてもそれら研究に費やせるモノがないのか。
恐らくはその両方ではないか……とも思う。
ともあれ、重要な物を増やしたり新たに作るのであれば、そういったものを優先して作るための施設はあるはずだが、しかしウェズンが今まで破壊した施設にそういった感じのものはなかったし、レイやヴァンたちが破壊してきたらしき場所にもそういったものはないのだろう。
あったとして、そうであるならそこにはもっと厳重な警備が敷かれているはずだ。
同時にその考え方でいくのなら、あの元老院の一人が使用しているマネキンは然程重要な物ではないのだろう。
資源に限りがあるだろう都市で、あれだけのマネキンを作るにしても。
あれがもっと重要な物であるのなら破壊されないために厳重な警備か、はたまた外部から簡単に侵入されない以前に、知られていないような場所にこっそり製造工場を置くか。
「もしかしたらあれ、何らかのこの都市においていらない物をリサイクルして作られてるとかなんじゃ……」
イアがこの都市の重要そうな施設のいくつかにアタリをつけたりして、それらを破壊するためにあちこち移動したがマネキンを大量生産している工場はなかった。
イアが指定した施設全部に行ったわけじゃないが、それでも断言できる。
仮に行ってもマネキン工場は無い、と。
「うん、まぁ、その考えは大体合ってる」
「――っ!?」
あのマネキンの中の人がそれなりにこの都市ではお偉いさんだ、というイアからのモノリスフィアのメッセージを疑うつもりはないけれど、しかしでは何故ああも簡単に壊れやすいマネキンなのか……という疑問をあれこれ考えて、ふと口に出した言葉。
あくまでもそれは独り言のつもりだった。
ところがふと呟いたその一言に返事がやってきて、ウェズンは咄嗟に声のした方を見た。
あのマネキン、ではない。マネキンから発せられた声はどこか平坦だった。中の人は感情をこめているのかもしれないが、口があるでもないマネキンから声を――音を発しているのでどこかこもったような聞き取りずらさもあった。
だが今聞こえてきた声はそんな事もなく。
この都市で突然聞き覚えのない声だから驚いたものの、そうでなければ。地上のどこか、町や村、なんだったら学園であった、とかならそこまで驚いたりもしなかっただろう。
明確な目的があるのかもよくわからない徘徊しているマネキンに注意を向けていて、気づかなかった、というのも驚くには充分な原因だった。油断していたわけではないが、自分以外で周囲に誰かの気配なんてしなかったものだから。
そして声の主を見たウェズンは。
「あっ、待って待って待って。敵じゃない。敵じゃないから」
すっと無言で武器を構えていた。
「怪しすぎる相手に敵じゃないって言われて信用できると本気で思ってますか?」
「うんそうだねぇ怪しいよねぇ。でも本当なんだ。本当だったら怪しいものじゃないって言葉もつけたかったけど、見た目が怪しいのは否定できないから言ってないだろ」
確かにその通りだった。
怪しい者じゃない、なんて言われてもウェズンは――それどころか世界中の誰もがきっと信じないだろう。
何せウェズンの前に現れたのは、声が男である、とわかりはしたものの。
ペストマスクを装着し素顔は一切見えなかったのだから。




