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僕が将来魔王にならないとどうやら世界は滅亡するようです  作者: 猫宮蒼
八章 バカンスは強制するものじゃない

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第三の協力者



 とある男は正直後悔し始めていた。

 末席とはいえ元老院に属していた男は、元々身体があまり頑丈ではなくて。

 生み出された当初はそうではなかったのに成長に伴い徐々に弱っていって。

 医術に関して精通している他のメンバーに診察してもらい、ついでに医療スタッフとして置いているアンドロイドにも診てもらった結果、困った事にどちらからも同じことを言われた。


 即ち、老化。


 男はその時点でまだ若いと言われる年頃であった。

 そりゃあ生きているのであれば、成長して年をとるものだけれど。

 少年から青年になりかけの頃だというのに男の細胞は老人並みに衰えていたのである。


 末席とはいえ若くして元老院の地位につくことができたというのに、既に先が見えてしまった。


 恐らくはあと数年もすれば老衰で死ぬだろうと言われてしまった。

 まだたったの二十年も生きていないのに!


 都市の住人達は都市に残されていた複数の遺伝子データからなるべく同じものが重複しないようにシャッフルされて作られている。

 男もそういう意味ではその中の一人だった。

 同じ遺伝子ばかりが使われて偏っていくと、例えばただの風邪が突然変異を起こしてそれに罹った時、抗体がなかったばかりに死んだとして。

 そうなってしまった場合、都市から生きた人間がいなくなってしまいかねない。


 都市の人間は何も遺伝子操作によって作られるだけではない。

 直接的な交配によって作られる子も存在している。


 ただ、その場合子は胎の中で育つために生まれるまでに時間がかかるし、無事に生まれてくるかもわからない事があるだけだ。

 効率的ではない、と言ってしまえばそれまでだった。

 ある程度の人数を増やすためにはやはり人工的に一度に作成してしまった方が手っ取り早い。


 その手っ取り早く作られたグループの中で、男だけが遺伝子異常を起こし見た目は若いのに既に体内のほとんどが寿命を迎え死を待つ老人のように老いてしまっていた。


 他の元老院として都市に君臨していた者たちは言う。


「まぁ、君が就任して間もない。大した功績も出していないのだから、今いなくなったとしてもそれは大した問題ではない」


 下手な慰めであったなら、まだマシだった。

 その言葉はどうしようもないほどにただ事実を述べただけで、彼らは男の事など何とも思っていなかった。

 男が死んだとしても、新たに元老院として人員を確保するためにはまた新たに作ればいい。

 どうせ代わりはいくらでもいるのだから。


 この男でなくてはならない理由なんて何一つとして存在してはいないし、であるならばこの男をどうしても留めておく必要もない。


 せめて何年か、元老院の一人として働いて彼の存在意義がもう少しあって、男が元老院にいなくてはならないのだ、と周囲に思われていたのであれば違っただろう。

 だがそうではなかった。ほとんど新人同然の男を延命処置を行いながら留めるより、次はもっと優秀で頑丈な相手を任じればいい。

 男の味方は誰もいなかった。



 だが男もそこで諦めるつもりはなかった。

 どうにか方法はないかと都市のデータを漁り、行きついた先は己の肉体を捨てる事だった。


 本当ならもっと強くて頑丈で長持ちする身体を得る事ができればよかったのだが、いかんせん男の精神というべきか、はたまた魂と呼べるものを入れるための器として適合したものがほとんどなかったのである。

 理想のボディに精神を移した途端拒絶反応が起きて死にそうになったし、すぐに戻れる状態にしておいたから事なきを得たけれど、もしもうこんな身体などいらん! と古い身体から出て新しい身体に移った直後に古い方が処分されるそうな状態にしてあったなら、結果として男はそこで命を落としていた。


 遺伝子操作なども行われていて、本来なら地上の人間たちよりも病気からは程遠い存在であるはずなのにも関わらず、体内だけが凄まじい速度で老化していくというバグとしか言いようのない状態に陥った男だからこそ、疑う気持ちは常にあった。


 新しい身体に移ってそこでおしまいではないのだ。


 結局自分に合う身体は、生体ですらなかった。

 そこに至るまで、本来ならばもっと長い時間がかかったかもしれないが、テラプロメには地上で禁忌と呼ばれるような知識や技術が山ほど残されていたので。

 男は自分が生き延びるためにそれらを使う事に何の躊躇もなかった。

 一般市民であったならそれらを使う許可すら下りなかっただろう。

 だが、ほぼ見捨てられたといってもまだ元老院という権力を持つ立場にあった男は、どうにかギリギリの部分で新たな肉体を得る事ができた。


 肉体、と言うのもおかしな話だが。


 ヒトの形をしていても、ちょっとした衝撃で壊れるようなマネキン。

 それが男に適合する身体である。


 生きながらえた男はまず、既に使われなくなって久しくなった工場の一つを復活させた。

 かつてはもっと住人で溢れていたものの、細かい仕事以外はゴーレムやアンドロイドに任せればいいとなったため、生活に使われる品を作っていた工場のいくつかは活動を縮小、或いは停止する事になってしまったので。

 その中の一つで男は自分の身体として使うマネキンを大量生産する事にした。

 自分の精神を分割して複数の自分を作り出す、というような事ができればよかったのだが流石にその技術はテラプロメでも消されていた。

 自分と全く同じ考えを持つもう一人の自分がいたとして、どちらも本物であるのに同一の存在を認められず自分こそが本物だと主張し、もう一人の本物であるはずの自分を始末しようとした……などという事件が過去にあったからだ、とアーカイブには残されていた。


 人間の愚かさも記録されているために、男は自分は大丈夫だなどという根拠のない自信を持って破棄されたはずの情報を漁ってまで自分を複製しようとはしなかった。まぁ、仮に複製したとして、もし複製された方が自分より頑丈なボディを入手できてしまったら、間違いなくお互い同士で殺し合いに発展しかねないので、できたとしてもやらない方がいいんだろうな……とは、この都市においても禁忌である情報に触れかけてから思い直した結果である。


 ともあれ、身体が大量に存在するようになった事で、男の活動は大分精力的になった。

 以前は体内が死ぬ間際の老人レベルで老いていたのもあって、ちょっと動けばすぐに息切れがするだとか、眩暈がするとか意識を失いかけただとか。

 普通に行動するのもままならなかったのだ。


 だがしかし、生体ですらない陶器製の身体であったとしても。

 壊れても次の身体に移ればいい。

 意識を移す前のマネキンたちは自分をマスターとして命令を聞くようにしてあるために、指示を出せば簡単な事ならどうにかこなしてくれる。

 なので自分の身体の他、何かがあって壊れてもすぐに次の器になるように、と近くに控えさせておくことも可能だ。

 以前と違って、人としての身体ですらなくなったが以前よりも動けるようにはなった。

 相変わらず脆弱な部分はあったけれど。


 一度己の存在の消失を身近に感じてしまった事で、より生というものに執着するようになってしまったのは否めない。都市に存在している遺伝子データは、決してこの世界の生命体全てを網羅しているわけではない。

 地上にいる誰かのデータがもしかしたら、男にとってちゃんとした肉の器を与える切っ掛けになるかもしれない。

 そういった希望があったからこそ、男は仕事の合間に地上の監視も個人的に行うようになっていた。


 とはいえ地上にいる人間の数は都市にいる人間の比ではない。

 瘴気汚染された土地から出られない状態の者も含めれば、自分の肉体に丁度いいと言える器が見つかる事など、本来ならば砂漠で一粒の砂金を見つけるようなほぼ不可能に近い話でもあった。


 そんな中でワイアットが連れてきた相手は。

 ルシアはさておきウェズンは本来ならばこちらから手を出してはいけない存在であったのだけれど。だがしかしこうして向こうからやって来たのだ。利用する手はなかった。


 しかも他にも数名この都市に入り込んだのであれば。

 それも、利用できると考えれば男にとってはチャンスであったはずなのだ。


 簡単に壊れてしまう素材で作られたマネキンにしか適合しない自らの肉体を、より強固なものにできる絶好の機会。同じタイプのマネキンであればこの都市のそこかしこに仕込んであったので、状況によって自分の意識を安全な場所にすぐさま避難させる事も可能。

 相手はいつこちらが襲い掛かってくるかもわからず、見つけたマネキンを破壊していくだけが、唯一の抵抗となる。

 都市部にマネキンを解き放ったのは、ワイアットとの攻防の隙を見て逃げ出してからだが、大体あいつとの戦いに自分が勝てるとは最初から思っちゃいない。

 それにあいつの狙いは自分ではなかった。であるなら、面倒な相手をわざわざする必要もないわけで。


 ウェズン達に自らの存在を知らしめたのは、相手の油断を誘うためだ。

 油断させるためなら、自分の存在を出さない方がいいのではないか、そんな風に思った事もあったけれど、しかしどのみちこちらの存在がバレるのであれば、最初にバラしておいた方がいい。

 相手は自分の存在を知っている事で、マネキンを見てまずマスターがいるかどうかを警戒する。

 判断できる部分は言葉を喋るかどうかなので、仮に男が宿ったマネキンであっても言葉を発さなければ相手はただのマネキンであると判断するだろう。


 今現在自分の近くにいるのはただのマネキンでそれらを操る奴はいない、と思わせれば隙はいくらでも存在する。


 マネキンの数はそれこそ膨大な数を用意してあるため、最初の内はちまちま破壊していったとしても、そのうち面倒になってきたりだとか、どうせまたこの中にマスターはいないのではないか、などと雑念が混じるようになってくれば男にとってはそれこそが油断も同然で。


 仲間内でモノリスフィアで連絡し、自分の存在の注意喚起をしていた事を知っても、まだ男には余裕があったはずなのだ。



 ところがその余裕は、案外簡単に失われてしまった。


 表向きは自宅としてある家の地下に用意してあった監視室。

 侵入者がいたというのも正直驚いてしまったけれど、あの時点であいつらを捕まえるには男の戦力が不足していた。

 家に戻ってまずは侵入者たちの居場所を確認して、それから大量のマネキンを伴っていけばいいかと思っていたのだ。

 自宅としてある家は元は別の人物の家だった。

 元老院の一人。自分の優位を疑わず、他の元老院メンバーへ自らの優位性を知らしめようとして自滅した愚か者。そいつが残した家の処分を男が言い出して、そのまま利用する事にしたに過ぎない。許可は得ていたので何ら違反するような事でもなかった。


 自滅した愚か者は何を誇示しようとしていたのかもわからないのだが、家の前にヘンテコな彫刻を置いていて、まぁそれも傍から見れば人避けにはなったのだろう。

 普通に考えてこんなわけのわからないものが家の前にドンと置かれているような所、そういった施設であるとしているのならともかく普通の民家でそれは流石に立ち入るには勇気がいる。


 家の近所、他の家に住んでいる者たちはほとんどが警備を担当しているので、不法侵入しようという考えはそもそも持ってはいないようだったけれど。


 だからそういう意味で男の方もすっかり油断していたのだ。

 まさかこの場所に侵入者が既にいるだなんて。


 知っていたならもっと最初から複数のマネキンを用意して不意打ちを仕掛けて一人くらいは捕獲していたかもしれなかったのに。


 だがしかし、魔術を操る相手だ。

 このマネキンボディではあまりにも分が悪すぎる。

 魔術が命中すればほぼ間違いなくこちらは破壊される。別のマネキンに宿ればいいだけの話だが、そうして逃げ延びる事は可能であっても相手をどうにかできるか、となると難しい。

 いっそ数に任せて襲い掛かれば、一度の魔術で流石にこの都市全てのマネキンたちを破壊はできないだろうし、大変な痛手を負うにしても数の暴力でいけばどうにかなるのではないか……とも考えたのだ。

 だがしかし、どの相手も男の予想を裏切る速度で魔術を発動させていたし、なんだったら鈍器で殴りかかってくるようなのもいた。


 元老院で腹の探り合いをしたりという戦いはしていても、ステゴロのガチンコバトルなどやった事のない男からすれば単純な暴力は大層恐ろしかったのである。


 ともあれ、相手が油断している一瞬の隙で攻撃を仕掛けて無力化できればそれが一番男の望む展開なのだが、そう上手くいかないと理解できてしまった。

 ならばまずは、相手と対峙しあっても簡単に破壊されないための装備が必要になってくるわけで。


 無い、とは思っていたがそれでも万が一を考えて男はマネキンに装着できるタイプの魔法や魔術を防ぐ装備を密かに用意していた。とはいえそれは、戦う相手が彼らではなく元老院の誰かしらであると想定していたものなのだが。ついでに多少なりとも物理的な防御力を上げる事も可能なそれを、速やかに装着する必要が出てしまった。


 装備した後はマネキンが破壊されないよう立ち回らなければならない。

 用意してある装備の数には限りがあるし、それはマネキン程豊富ですらない。

 装備品はなるべく回収して使いまわさなければならないが、そうなると逃げる際にすぐ近くのマネキンに移らないといけない。

 守りだけではなく攻撃をするための武器も用意してあるので、それらが相手の手に渡るのを防がなければならない。


 装備があるせいで動きに制限がかかるが、しかしなければあいつらを無力化させるのは難しい。


 本当に、最初から頑丈な身体さえあったのならば……と思う。

 そうすればこんな事で思い悩む必要などなかったのだから。



 自分以外のマネキンたちには、相手の動きをある程度止めるように指示を出してあるので、あいつらが思い切り都市の中を移動して遠くへ行ってしまう、という事はないだろう。

 都市の中を移動させまくっているマネキン以外の――本体と仮称するべきマネキンは確かに厳重に保管はしてある。既に本来の肉体は失ってしまったが、その次の新たな器としての物は確かに安全な場所にあるのだ。

 都市の中の大量のマネキンをもし全て破壊されても、その一体さえ無事ならばまだどうにでもなる。

 在処を把握されてはいないようだが、それでもその近くに奴らのうちの誰かが近づいたなら流石の男も気が気じゃない……と思っていたのだが。



「いやー、それでも油断しすぎだろ。あいつらに注意を向けていたのはいいけど、それ以外を疎かにしちゃ本末転倒だろ」


 ばぎょっ。


 あいつらと渡り合うための装備品を回収しに出向いた先で、まさかその本体を手にした男がいて。

 男の目の前でそれをぶち壊してくれるなんて、男からすれば本当に予想すらしていなかった。


 他のマネキンと比べて本体としていたそれは、少しだけとはいえ他と比べてマシな耐久性もあったはずなのに。まぁその多少マシ、というのはあくまでも他のマネキンと比べての事なので、別のもっと頑丈な物と比べたら壊れやすいのは言うまでもない。


「さて、それじゃ後は都市にいるマネキン破壊し尽せばお前は終わるってわけだ」


「フ、フザケルナ! キサマイッタイ ナニモノナンダ!?」

「何者って、君らが監視してたウェインとファム……の息子さんの監視者ってところかなぁ」

「ストーカーカ!」

「世界規模でそれやってるのお前らじゃん。不審者に言われたくないな」

「ソノコトバ ソックリカエスゾ ペストマスクノ フシンシャメ!!」


「ところでさぁ、大丈夫そ?」

「ナニガダ」


「いや、お前の本体として一応おいてたやつは今壊しただろ?

 で、別の施設にはあのマネキンを一度に破壊できるシステム組んでるのがあるんだけどさ。

 そこの居場所、ウェズン君に教えてあるんだよね」

「ナンダト……!?」

「で、大丈夫そ? ここで油売ってて」


 その言葉に。

 男は目の前の男の事をどうにかするよりも先に、その施設がある場所の近くにいるマネキンに精神を移した。考える間もなく反射的に行動していたため、男は直後に後悔したのだ。

 一体いつの間にあいつがこの都市にいたのかだとか、そもそも何者なのかだとか。

 マネキンを大量破棄するシステムをどうして知っているのかだとか。


 そんな疑問を後回しにしてまでペストマスクの不審者を放置してしまった事を。


 引き返そうにも不審者の前に置いてきたも同然なマネキンは直後に破壊されたらしく、意識を移そうにももうそれもできなかった。

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