外敵のいない場所
「んー、それじゃ、なんかわかりやすいところに集合、かなぁ?」
「……了解、だってさ」
「ん」
イアが言った言葉そのまま打ち込んだアレスが、返信を読み上げる。
イアのモノリスフィアに最初はウィルもファラムも連絡を入れてきていたのだが、ウェズンからの連絡を見落とすかもしれなかったので、アレスに頼んでそっちと連絡をするように伝えてもらっていたのだ。
二人がいるのは、恐らくこの都市の中枢だった。
明らかに元老院がある、この都市の中枢も中枢、といったところではない。
権力者がいて、絶対的に守りを固めなければならないとわかりきった場所ではなく、明確にそうと知られないように隠されていた場所。
表向きの重要な場所が元老院がある所なら、ここは裏側といったところか。
どうしてそんな所にするっと入り込めているのか。
イアもまさか、とは思ったのだが奇妙な偶然だったのだ。ここに来る事になったのは。
最初、神の楔でここに転移して来た時、イアとアレスは郊外と言うべき場所に出た。
少し遠くに高層ビルが立ち並んでいるのが見えたが、イアたちがいたのはそれとは異なる自然がある区画だった。無機質極まりない建物ばかりというわけではないのだな、とイアが何目線かもわからない感想を抱いていると、アレスが言ったのだ。
「あの家の前に置かれてる彫刻、すごく見覚えがある」
――と。
家? と首を傾げつつアレスが指さす先を見れば、確かに家はあった。
遠くに見えるビル群のようなものとは違う、それこそ地上のどこかの街にもありそうな、ちょっとしっかりめに造られたタイプの家だ。屋敷、とまではいかない。
その家のすぐ近くに、アレスが言うように確かに彫刻があった。
それを見たイアの感想としては、抽象的な芸術ってやつか……であったが、しかしそれを口に出す事はなかった。
抽象的すぎて何を意味しているかイアにはわからなかったし、わかんないけど多分芸術作品っぽい、とかいう程度にしか感想なんて出てこなかったのだ。
見覚えがあるらしきアレスにそんな事を言うと、もしかしたら芸術とは、みたいな談議が始まってしまうかもしれない。そう考えたのである。
前世で様々な作品に触れてきたとはいっても、イアに芸術はよくわからなかった。
綺麗な絵を見て綺麗だな、とかそういった感想くらいは出てくるけれど、それだけだ。
感じた事をそのまま言葉にするくらいはできるけれど、高尚さを求められた場合は恐らく相手のお望みの言葉どころか、納得させられるような表現すら難しいと思っている。
前世ではそういった表現はサポートデバイスが何かそれっぽい感じにいい仕事をしてくれていたけれど、既にそのサポートを得られない身となっては幼い子供と同レベルだとすら思っているくらいだ。
だから、彫刻については何かヘンテコな作品だなぁ、くらいにしか思っていなかった。
ただ、なんと言うべきだろうか。
そのヘンテコだなぁ、と思った彫刻に、本当にちょっとだけ。
何故だか奇妙な懐かしさを感じたのである。
だがどうしてそんなものを感じたのかまではむしろイアの方が説明してほしいくらいで。
自分でも説明できないようなものに関して下手なことを言ってアレスに突っ込まれても困る。
だから、イアはなんともない風を装って、見覚え? なんてアレスが口にした言葉を繰り返したのだ。
「あぁ、その、以前行った城で」
「それってレイと一緒に脱出してきたっていう?」
「そうだな」
「っえー……」
それってつまり、神の子とかいうのが作った作品に似てるって事では……?
とは、なんとなく口に出して言いたくなかった。
噂をすればなんとやら、というわけではないが、何か言ってしまったらそれ関連の何かが始まるのではないか、と思ってしまったものだから。
「神の子がここにいた、っていう事になっちゃわない? それ」
「可能性としてはあってもおかしくはないだろう」
「てか、神の子って言われてもさぁ……まず何それって話なんだよね」
一応知ってる範囲での情報は、イアだってウェズンと話し合ったりもしたけれど。
見た事もない誰かについての話し合いなんて、想像と空想と妄想の入り混じった中身のない話だ。知らないし知ろうとしても正解がわからないまま。せめて何らかのヒントになりそうな情報がどこかにあった、とかならまだしも、それすらないままだ。
神の子が何をしようとしていたのか、とか、そういうのもわかっていない。
なんとなく凄そうなイメージはあるけれど、本当に凄いかはわからないし、もしかしたら名前だけが一人歩きしていて実際は全然すごくないのかもしれない。
「ま、いいや。その神の子が作ったらしき作品と似てるって事だよね?
うぅん……でも見てても別に精神的におかしくなりそう、って感じはしなくない?」
「そこなんだよな……見覚えはすごくあるのに、でも以前見たやつとは感じ方が違いすぎる」
体調不良を起こしそうな感じもしない。
そんな事を言って、まじまじと見つめているアレスをイアは呆れたように横目で見ていた。
今はまだしも、あまりにもずっと見続けていたら体調に異変が、とかあったらどうするんだろ……と思ってしまう。
けれども、アレスもその可能性とか危険性は考えていたのだろう。
案外早い段階でさっと視線をそらしていた。
「他のところはないんだね。あの家だけ」
「目立つ、という点ではそうなんだけど……」
「じゃあ行ってみる?」
「えっ!?」
イアからすれば、気になるなら行って調べてみればいいじゃん、という考えだった。
むしろ気になる場所をスルーして全然別の場所を調べるにしても、じゃあどこを調べるの、となってしまう。それなら気になった場所を調べて、それで何かあれば事態は進展するだろうし、何もなければそれはそれで構わなかった。変に気になるけど調べないままにして、やっぱあの場所に何かあったんじゃないかなぁ……なんて気にし続けるような事になるよりは、調べて結論を出す方が余程有意義なのだから。
だがアレスからすると、以前神の子が作ったとされるオブジェによく似た物体が置かれているというだけで嫌な予感しかしないのである。
かつて見たやつと比べればそこまで嫌な感じはしないとはいえ、それでも何かあるんじゃないか、という気はするわけで。
今はまだ近づいてるわけでもないから何かあったとしてそこまで影響を受けていないだけかもしれない。
近づいてしまったら、もしかしたらその分影響を受けて、いつぞやのレイみたいに動くのもつらい……みたいな事になってしまうかもしれない。
もしそうなってしまったら。
あの城も大概だが、しかしここはあの城とは別の意味で自由に動くには難しい場所だ。
あの城から脱出するのに苦労したとはいえ、それでもあの場所は地上にあって帰ろうと思えばどうにかできる場所であったけれど。
ここは帰ろうとしてもすぐに気軽に帰れるような所ではない。
神の楔はあるけれど、今の時点で自由に地上に戻れるか、となると違うのだ。
帰るためにはワイアットが目的を達成するか、それが無理だったとしてもウェズン達でこの都市を破壊し尽して墜とすしかない。正直墜落させるまでやらかすとなると、脱出も命が危ういのでできる事ならワイアットが目的を達成してこちらと合流した上で……というのがとても望ましいのだが。
とはいうものの、いくら見覚えのある代物がここにあるからといって、たったそれだけの事で近づかない、というのも悩ましいわけで。
できる事なら危険は回避したいけれど、回避し続けた結果何の成果も得られないまま、というのも困る。
もしアレスにとってあの見覚えのある彫刻が本当に神の子が関わった物であるのなら、何が何でも避けるべきではあるのだが、本当にそうかの確信が持てない。
「アレス? 悩んでても仕方なくない?
見覚えがあってもあれ、嫌な気配とかしてる?」
「君は、何も思う部分がない、と?」
「ん? そだね。別に嫌な感じはしてないと思うよ」
生まれてこの方悪意を向けられた事が一切ない、というわけでもないイアは、漠然とであろうとも嫌な感じがするのであればわかるんじゃないかな、と思っている。
人間以外の生き物の悪意を正確に読み取れるかはわからないが、それでも今のところ嫌な感じはしていないので。
下手に悩むくらいならある程度近づいてみて、ちょっとでもやばいな、と思ったならすぐさま引き返せばいいと考えたのだ。
イアの言葉に最初は乗り気じゃなかったアレスも、確かにここで悩み続けても意味がないと思ったのだろう。
ぐっ、と一度何かに耐えるような表情を浮かべて、それから一歩、しっかりと踏み出した。
お屋敷と言う程大きくはない家にあんな彫刻がある時点でいかにも何かありますよと言っているようなものだけど、あの彫刻がブラフで何もない可能性だってあるのだ。
まぁ、何もないにしても、じゃああれはなんだ、家主の趣味か、と言われるととても困るのだけれども。
家の鍵は当然かかっていたけれど、しかしイアがてってれー! なんて効果音を口で言いながら取り出した針金を鍵穴に突っ込んで動かす事しばし。
「レイから教わっといてよかったー」
なんて言いながら、なんとイアは鍵を開けてしまったのである。
一体いつそんな特技を……とアレスが疑問に思うよりも既にイアの口から答えが出ているので、
「いやむしろ何教わってるんだ……」
そう突っ込むのがやっとだった。
そうして入り込んだ家の中は、思っていたよりも広かったし一階と二階にはこれといったものはなかったのだけれど。
カーペットに隠れていたが床下収納みたいになっていた部分を開けてみれば地下に続く階段があったものだから。
なんとも言えない気持ちになりつつも、下りてその先に進んでいけば。
なんだかえらくハイテクな秘密基地みたいなところにたどり着いたのである。
そうしてそこで情報収集していたところで、ウェズンやヴァンたちからモノリスフィアにメッセージが届けられたのであった。




