責任は背負えない
――既にエルアが視た未来は変わってしまっている。
だがしかし、ハッキリそれを理解できているか……となると微妙な話であった。
エルアが視たウェズンが一人で困り果てていた未来は、レイとウィルと合流した事で……というよりは、イアにモノリスフィアで連絡をとった時点で変更された。
イアもテラプロメに来て、挙句何も言わなければウェズンが向かったであろう先、ではなく別の場所へ行くように指示した事でとっくに彼の未来は変わってしまっていたのだ。
行先が変更されて単独行動ではなくなったからこそ、エルアが視た未来はもう意味のないものと化した。
だがしかし、そうなった、という事実を知らないままなので。
そしてエルアはいつ未来が違うものになったとしても、それを即座に気付けない。
自分自身のそんな能力が、使い勝手の悪いものだという事をエルアはよく理解している。
それでも、どうしても。
兄を救う事はできなくとも、兄が救おうとしていた自分を助ける結果をもたらしてくれたウェズンは、そういう意味では恩人である。
自身の命の恩人であり、兄が無駄死にして終わるだけだった未来を、意味のあるものに変えてくれた恩人、と言ってもいい。
だからそんな恩人が困るだろう状況に陥るとわかっていて、居ても立っても居られなかった。
どうせなら、ウェズンと合流できれば良かったのだがそもそもこの都市には来ようと思ったところで気軽に足を運べる場所ではない。それも、エルアはわかってはいたのだ。
いたのだけれど。
「流石にこれは想像してなかったわ……」
死屍累々……とはいかないが、しかしそれでも充分な地獄絵図を目の当たりにしてついそう呟いていた。
寝落ちする形で未来を視た。ルシアと合流し、イルミナと三人でレッドラム一族の悲惨な光景を見るところまでは、視たのだ。
だがしかし、どこでその未来が変わってしまったのか、エルアが視た光景よりも更に凄惨な光景が広がっていたのである。
エルアが視たのは、片足を切り落とされて自由に動けなくなったレッドラム一族が鎖に繋がれた状態で身動きもマトモにとれないような事になっているものだった。逃げたくとも片足がないせいで満足に移動できず、目の前の相手に八つ当たりをしようにも繋がれてしまったがためにそれもできない、できる事と言えば現状に対する不満を口汚く罵るのが精いっぱいで。
罵る元気があるならまだいいが、そうじゃない者たちは逃げたくとも逃げられないと理解するしかなく、無気力に宙を見つめるくらいしかできなくて。
そんな、ヒトをヒトとも思わないような状況だったのだ。
それでも、まだ意思の疎通ができそうな状態ではあった。
だから、ルシアたちと行動を共にしてルシアがいない間に一体何があったのかだとか、そういったエルアですら視ていない部分に関しての情報を集めるつもりだったのだが。
水路で手足が捨てられていたのを見た時点で、薄々その未来はより悪い方に変わってしまったのではないか、とは思っていた。だがそれをあの場で確認するのは難しく、というか直視したくなかったのだ。
自分が視た未来よりももっと最悪な状況になっているかもしれない、なんて言えば、一体どう違うのか、というのも説明しないといけなくなる。エルアが視た状況であったなら、まだ希望は残っていた。けれど、それよりさらに悪い事になったかもしれない、となれば。
どれくらい悪い状況になってしまったかをルシアもイルミナも一応考えるだろう。
そうやって最悪の状況を想像して事前に心構えでもできていれば……とは思わない。
どれだけ酷い状況を想像したところで、結局現実でそれらを突きつけられればそれが一番最悪なのだから。
片足だけになっていたとしても、繋がれていた状況をどうにかすれば陽動に利用するくらいはできるんじゃないか、なんてエルアは考えたりもしていた。
救助を、と思ったところでこの都市からマトモに動けない彼らを連れて離れられるかはわからなかったし、下手をすれば自分たちも彼らと共にこの都市もろとも……なんてできれば遠慮したい展開だって想像した。
救助よりも、どうせなら今までに抱えた不満を都市の上層部の人間に向けてくれれば。
そうすれば自分たちはもとより、ウェズン達も少しは状況を変える事ができるかもしれない。
そう思っていた。
ところが一体どこでエルアが視た未来から外れてしまったのか。
ルシアの案内でレッドラム一族が押し込められている区画へとやってきてみれば。
酷い、有様だった。
片足どころではない。
両足が切り落とされていた。
それだけではない。
両腕さえもなくなっていた。
あるのは頭と胴体だけだ。
手足があったはずの場所は一応止血されていたけれど、自由に身動きできるはずもなく。
彼らはベッドに寝かされているのであればまだよかった。
酷いのになると、鎖に繋がれて宙ぶらりん状態だったのだ。
かつてはルシアの部屋として使われていた、他のレッドラム一族に与えられていた部屋よりも広い室内に、そういう商品であるかのように並べられていた。
止血したところで、包帯に血がにじんだ者だっていた。
かつてはそんな事もなかったはずの室内、どころか廊下やここいら一帯は、すっかり血の匂いが染みついてしまっていたのである。
血の匂いだけではない。
手足がなくなってしまったとはいえ、それでもまだ生きている。
生きている以上は、生きるための食事が必要だ。
食べなければ死ぬ。だが手足がなくなってしまったために、鎖で繋がれて身動きが取れない者はさておき、ただ寝かされているだけの者たちとて今までのようにマトモな食事はとれるはずもなく。
床に這いつくばるようにして食べるのであればまだしも、家畜に無理矢理餌を食わせるかのように口の中にホース状のものを突っ込んでそこから流動食を流し込んでいる状態だった。
上手く胃の中に届けばいいが、餌を与える側が下手くそな場合は中途半端な事になってしまって、口から太めのホースが外された途端吐き戻すなんて事もあったのだろう。
床のそこかしこにそういった跡があった。
吐くだけではない。食べた以上は消化されて、その後は排泄物として出てくるものだってあるが、彼らは自力でトイレに行く事すらできない状況なわけで。
床には血の跡だけではなく、そういった汚物が垂れ流されたであろう跡も大量に存在していた。
室内の清掃は一応しているのだろうけれど、それだってホースで水を流して……とかそういった感じらしく、ルシア曰くかつてはそれなりに綺麗だった部屋はもう見る影もない。
仮に彼らを救出したとして、どうしようもできないのだ。
いくら手足がなくコンパクトな形状になっているとはいえ、彼らは生きている存在であり、植物や食料など一部の例外こそあれヒトはリングの中に入れる事はできない。
一人一人抱えて運び出すにしても、流石にレッドラム一族は魔晶核の代替品。ほぼ間違いなく妨害が入るだろう。この都市の警備を担っている者が妨害に、というよりは魔晶核の管理をしている世話役が。管理している品をみすみす外からやってきた賊に奪われた、となって何の責も咎もない、とはならないだろうから。
では、世話をしている者たち全てを倒した後で彼らを運んで……と考えたとして。
両手と両足を失って自力での生活が不可能になった者たちを連れ出してそこでおしまい、というわけにもいかない。
五体満足であるならば連れだした後は、どこかの土地でなんとかできるかもしれないが、しかしそうではないのだ。連れ出した後、彼らの生活の面倒を見る、と考えるとエルアにはとてもじゃないが無理だった。
それはルシアだってイルミナだってそうだ。
欠損を治せたならば、と考えるもしかしその欠損を治すには治癒魔法でどうにかなるものでもない。
ウェズンが人よりも浄化魔法の威力が強い、というように治癒魔法が他と比べて一線を画している、という者ならもしかしたら治せるかもしれないが、現時点でエルアにもルシアにもイルミナにも、そういった治癒魔法のエキスパートの心当たりは存在していないし、であるならば確実に治すためには霊薬が必要となる。
エルアの命を救う結果となった霊薬だ。
霊薬を作る事が出来る魔女は存在している。
だが、彼ら全員を救うだけの霊薬を用意するとなれば。
材料もそうだが、その薬の対価が果たしてどれだけかかる事か。
エルアはその対価を支払うつもりはなかった。
確かに目の前の光景に多少心を痛めたりはしているけれど、だからといって自分の人生を彼らの救済につぎ込むつもりはなかったからだ。
自分の面倒だけで精いっぱいなのに、家族でも友人でもない、なんの思い入れもない赤の他人のためにそこまでしようという思いはなかった。
仮に助けを求められて、霊薬に関しての借金を背負う形になってもいい、というのであれば仲介するくらいはしたかもしれない。けれど、そうではなく。
五体満足になるまで、なった後の支払いも何もかもを頼られてもどうしようもない。
要するに、エルアは彼らの命に何の責任も持てないのだ。
それに――
(連れ出して外で面倒を見るよりも、こうなったらもうここで楽にしてあげた方が……)
連れ出すにしても、エルアたちとていつまでこの都市に滞在するかはわからないのだ。
ここから脱出する際に共に連れ出すにしても、これだけの数を運搬する方法は今のところはないし、連れ出した後の事だって何も保証はできない。
「ね、どうするの?」
エルアからすれば、彼らを助ける義務はない。
エルアが助けたかったのはあくまでもウェズンだけで、それ以外は別にどうでもよかった。
それにエルアにとってここは何の馴染みもない場所だ。
ならば、ここに関係がある人に聞いた方が確実だろう。
そう思って。
問いかけてルシアを見る。
こっそり忍び込んだも同然だったルシアたちに、今更何らかの異変に気付いたのか、遠くから足音が複数こちらに迫っているのが聞こえてきた。言うまでもなく彼らの世話役だろう。
エルアですら彼らを助けるためにはどうすれば……と色々と考え込んだりもしたのだ。
ここで暮らしていたというルシアならきっともっと悩むのだろうと思っていたけれど。
「どうするもなにもないよ」
ルシアの声は思っていたよりも平坦で、直後には――
ルシア本人が放った魔術が炸裂していた。




