知らなきゃ問題のない素材
隠し通路を進む事しばし。
これまたいかにもな部屋に到達した。
モニターが複数あって、恐らくは建物の中を映しているのだろう。
警備担当がここで普段は様子を見ているのだろうか、と思ったが、もしその想像が正しかったとしてもあまりにも微妙だった。何がって場所が。
何かあって現場に急行するにしても、何というか中途半端な位置にあるせいで場所によってはたどり着いた頃には手遅れになりそうな感じなのである。
入口に近い場所にあるだとか、いっそ建物の最奥だとかであればわかりやすいが、大体中間地点。しかも隠し通路の奥という、なんとも微妙な場所。
モニターの映像を見る限り、何の変哲もない通路だけが映っているとかではない。
広大な畑が映し出されている画面もあった。
「もしかしてここって……」
「ま、地上と関わらないなら食糧も自給しないとだろうからな」
「あ、見て見てこっちの画面。そっちは畑だけど、こっちはおっきな水槽で何か育ててるっぽいよ」
「いやちょっと待て!?
畑までは百歩譲ってわからないでもないけど、そのでっかい水槽どこのだよ!?」
畑に関しては、前世で大都会のビルの上などを使って……なんて話もあったし、モニターを見る限りそういった感じではないがどうやら人工太陽みたいなものがある巨大な空間で作物を育てているらしいがそれだけで、それ以上何かを突っ込むような事はない。突っ込み始めたらキリがない、と思っているのも確かだが、まだウェズンの想像の範囲内だったからだ。畑は。
しかし水槽。
これは果たしてどこに設置されているものなのか……いや、モニターに映っているところからしてこの建物のどこかなのだろうけれど、それにしたってあまりにもミスマッチだった。
薄暗い室内に巨大な水槽がドドンと設置されていて、水槽の中をある程度映してはいるようだけれども。
カメラが映している近くを泳いでいる魚はいないらしく、離れた場所でもうほぼ影といっていい感じで魚らしき存在がチラ見えしているかどうか、といったところである。
アクアリウムみたいなもの、とまだここがどんな施設かわからなければ、そう思ったかもしれない。
けれども、ここがこの都市の食料を作っている場所だとなるとだ。
「作物に関しては種とか苗とかわからんでもないけど、魚って何、空中に上がる前に海とかで捕獲して養殖とかなのか?
それともまさか……」
ここに来る前にウェズンは住人を作る施設とやらを破壊しているので、浮かんだ想像を否定できなかった。
まさか、魚とかここの画面にないけどそれ以外の畜産に関しても遺伝子いじって住人と同じように生物を作っているんじゃなかろうか……と。
前世ならともかく、この世界だと天然物がどうこう言える感じでない土地もある。瘴気汚染度が高いところはむしろ天然物の方が危険な事もあるくらいだ。
瘴気汚染されていないこの都市なら天然物も何も問題はなさそうだけれど、動植物の繁殖を自然に任せていたら不作が訪れた時点で都市が大変な事になるのは想像がつく。
つく、のだけれど。
……いやあの、あれ、何の魚かなぁ……?
と言いたくなるようなのが一瞬ちらっとカメラに映し出されて、思わずウェズンは目をそらした。
「なんか魚っていうかヤバイ魔法生物みたいなのいなかったか今」
「現実逃避して見なかった事にしてたのに突きつけるのやめよ?」
「見なかった事にしたいのは山々だけどよ、ここ破壊するんだろ? じゃあ適当に破壊するにしても、場合によっては大変な事になるかもしれないんだし事前にある程度の確認って大事だろ」
レイの言う事は確かに……とウェズンだって納得してしまったので、そらしていた目をしぶしぶ画面へ向ける。
ゆらり、ゆらりと。
巨大な水槽の中を悠々泳ぐそれは、かなりの大きさではあった。
「なんか前にテラ先生が獲って振舞ってくれた海獣っぽさもあるような……」
わぁ、なんてどこか気の抜けた声を出しつつもウィルがそんなことを言って。
「っていうかさ、あれ、合成獣化してない?
海に面してない挙句空中を移動してる都市だからどう考えても海産物の入手は難しいだろうけど、栄養面なのか食の種類を増やそうとしてなのかはわかんないけど、普通に養殖するのは難しいってなって遺伝子いじってない?」
ウィルの言葉に確かに前に何か見た気がするな、とは思ったのだ。
けれども、前にテラが捕獲したのとは似ているが違う部分があって、最初はそういう……似た別の生き物かと思っていたのだけれど。
その違う部分を見ていると、これまた別の動物の特徴っぽく思えてしまって、そうしてふと遺伝子操作なんて言葉が脳裏をよぎればもうそういう風にしか考えられなかった。
前世で遺伝子改良した食料がどうのこうのと言われていたが、前世ではそこまで気にしていなかった。
何故ってそこまでヤバイ食料が出回ったりしていなかったから。
だがしかし。
規制も何もされずやらかした先の代物を目の当たりにしてしまうと。
本当に食糧難でどうしようもなくなったならともかく、そうじゃないうちからあれこれいじるのは良くないんだな……なんて思えてしまって。
ほぼ反射的にウェズンの手はどれが何かわからないうちから、いくつかのボタンを押していた。
するといくつかのモニターに文字が表示され始める。
恐らく今押したボタンは、そこの画面に映っている部分に関連するものだったのだろう。
システムを実行しますか?
小さな文字がずらずら高速で流れていった後で、そんな一文が出て文字が止まる。
直前に流れていた文字が一体何を記していたのかまではわかっていない。
何をどうするつもりの指示が出たのか。
わからないけれど。
「どうせ破壊する予定なんだから、今更何をどうしたって同じだろ。こういう時は『はい』一択だろ」
ウェズンが結論を出すよりも先に、レイがそう判断して。
多分これだろ、とか言いながらそれっぽい感じのボタンを押す。
よくわかっていないながらも、どうやら正解のボタンを押したらしく画面に表示されていた『システムを実行しますか?』の一文が消えて。
「えっ」
ふっ、と元々薄暗い室内だったが、更に照明が一段階消えて暗くなる。
とはいえ、モニターが明るいから何も見えなくなったというわけではない。
室内が暗くなったとはいえ、モニターの明るさが逆に強調される形となって何かを見る事に関してそこまでの不都合はなかった。強いて言うのなら、画面以外の――それこそ手元にメモなどで文字を書いたりした場合は、読みにくいだろうなと思う程度で。
暗くなりはしたものの、画面に映っている光景が急に変わったわけではない。
一体何が始まるのだろうか、とまだこの時点ではウェズンたちは危険であるだとか、そういった考えはなかったのだが。
ヴーッ! という音が連続で発生し、それがサイレンのようなけたたましい音になり、更に室内に赤い光がグルグルチカチカ明滅して。
ズズ、という重く鈍い音が地下から響く。
徐々に大きくなるその音に、先程までとは打って変わって「あ、これヤバイな」という気持ちが高まっていく。
「隔壁の開放、あ、あの水槽一応繋がってたんだ……あっ、見て見てレイ! おっきな海獣と別のおっきなお魚が」
「ウィル、んな事言ってる場合じゃなさそうだぞ。
――ずらかるぞ!!」
レイが叫ぶ。
言われなくてもウェズンだってそのつもりだった。
ずぅん、とかごぉん、とか、これから山でも崩れるのか? みたいな音が響いてきて、正直この部屋にいつまでもいたら危ないのではないかとしか思えない。
画面に映し出された光景は、まぁよくある弱肉強食の世界とでも言えばいいのだろうか。
縄張りを侵食されたと思った巨大な海獣と大魚は様子見なんてものをすっ飛ばして割り込めば死ぬだろうなと思える勢いで戦っている。
素早い動きで泳ぎ回る姿を全部捉えているわけではないが、振動や物音から戦いが激しいものである、というのは嫌でも察するしかなかった。
それだけならまだ良かったのだが。
水槽ではない――畑が映し出されていた方にも何やらシステムの実行とやらがなされていたのか、画面に映っていなかった範囲で飼育されていたであろう畜産動物たちが畑の方に解き放たれていた。
水槽の中の生き物全部が、というわけではないかもしれないが、それでもいくつかは合成獣だと思っていたから、まぁ畑側にもそういった合成獣がいたとして今更驚くような事ではない……が、それにしたって。
「あっちほぼ全部遺伝子に手を加えられてるやつじゃん!」
産地偽装ってレベルじゃねーぞ! と叫びたくなる衝動をおさえつつウェズンは咄嗟にリングからいくつかの爆弾を取り出した。
導火線に火をつけて爆発させるタイプではなく、時限式のやつだ。
三分後に爆発するようにタイマーをセットして、とにかく室内にばら撒く。
ここがどういった施設であるかもわからないうちから破壊活動をしたら、うっかり何かの爆発物に引火して、なんて可能性もあったからある程度情報を得てから実行するつもりだったけれど。
まさか適当に押したボタンによって、巨大水槽の隔壁みたいなものが解除されて海獣戦争みたいなものが勃発するのは予想外だったし、更には畑側にいかにもヤバイ見た目の生物が解き放たれてしまうなんてところまで流石に予想していなかったのだ。
建物に入ったばかりのところにあったロッカールーム、そこにあった作業着からしてここは、画面に映っている水槽や畑に繋がっているのは明らかだ。
であればつまり。
水槽側はさておき、畑側に解き放たれた動物たちが最悪こっちにまでやってくる可能性は充分に存在する。
食べ物を粗末にしてはいけません、という言葉が脳裏をよぎったものの、あれを食料とみなすのはちょっとな……という気持ちと。
うっかりあの動物たちとエンカウントするのは嫌だな、という気持ちもあって、ウェズンは導火線に火をつけないまま更にいくつかの爆弾を逃げながらそこらにばら撒いた。
タイマーが発動して爆発したなら、多分それでこっちの爆弾も着火するので火をつけなくても問題はない。
「ここ爆発したとして、あの動物とか全滅すると思う!?」
「知らん!」
「仮に生き延びたとしても最終的にこの都市が落ちたら死ぬんじゃないかな。ってか、もしこの都市放置でウィルたちが地上に逃げたとして、その場合は後始末この都市の人にまるなげって事で」
爆弾ごときで果たして死んでくれるだろうか……という不安に陥って問いかけたものの、レイにあっさりと一蹴され、ついでにウィルからは後始末? 何それ知らないな、みたいな事を言われたわけだが。
まぁ、やってる事今現在テロリストみたいなものだし……全部きっちりカタをつけなくてもいいのかな……なんて。
責任感とか何それ知らないな、という気持ちでもってウェズンは障壁を展開させたのである。
建物から出ると同時に、盛大な爆発が発生して――障壁を展開していなければ間違いなく巻き込まれて死んでた。
セキュリティがガバガバなせいで、こうして都市の食料は壊滅的なダメージを受けたのである。




