破壊活動はっじめっるよー
そもそもの話。
いくらこの世界の人間の寿命が馬鹿みたいに伸びたとはいえ、長寿である事が不都合なところもあるのだろう。
純粋な人間としての種は他の種族と交わってヒューマンと言うよりはデミヒューマンと言った方が正しい世界であったとしても。
恐らく、この都市の上層部はそれを良しとはしなかった。
原因というか理由を考えるのであれば。
あまり長生きされて昔の事を憶えている者がいすぎるのは困る、とかだろうか。
空中移動都市という閉ざされた場所で、市民を洗脳していてもおかしくないようなところだ。
不都合な情報は意図的に遮断し、そうして市民を上にとって都合よく情報統制して……と考えれば、下手に過去の事を知っている者は確かに邪魔になる場合がある、と言えなくもない。
戦争だって勝った方に都合の良い事が歴史に残るわけで。
こういった外からの情報がほぼない場所で、内にこもった状態で市民の感情や考え方をある程度誘導したりしていたからこそ、ここの市民たちは外の世界に憧れを持ったりしなかったのではないだろうか。
考えてもみろ。
閉ざされた都市。空中を移動しているからこそ他の土地との交流はないとはいえ、それでもだ。
ちょっと考えたらそんなゲームの中でしかなさそうな舞台で、外の世界に憧れを持たない少年少女が一人もいないとか有り得ないだろう。
地上は危険なところだと教えられたとしても、それでも冒険心が芽生えるはずだ。
世界のどこもかしこも既に人の踏破していない場所なんてない、となったとしても。
自分が行った事の無い場所に行ってみたい、という気持ちはふとした瞬間に芽生えたりするのだ。冒険というか旅行で終わるようなものだとしても。
それに、下手に市民の寿命が長くなっていたとして。
上層部――ルシアの言い方からすると元老院だったか――の連中よりも長生きするような市民がいたとして。
その場合、何というか次世代を率いるのはその長生きしている相手である可能性もあり得る。
ただ長生きしているだけの市民が、という可能性は低いかもしれないが、それでも長く生きている者を敬って、何かあった際の知恵を借りたい、なんてことになればそういった相手が選ばれる事はあるわけで。
それに、その元老院からして不都合になった人間を、いつまでもここで生かしているのか、という疑問もある。
大体それなりに広い都市とはいえ、閉ざされたままずっと空中を移動し続けているのだ。
十年二十年程度ならまだしも、もっとずっと大昔から。
それこそ神がこの世界を滅ぼすと決めて、姿を隠した頃から、となれば。
百年どころか千年単位の時が流れているといってもいい。
長期間、ある種の箱庭のような状態になっているところで繁殖したとして。
最初はまだしも、年月が経過すればするほど最終的には近親相姦と言ってもおかしくない状態になりえるわけで。いくら他の種族の血が流れていたとしても、近しい親族となった相手との近親婚と言えるような状態が続けば、様々な弊害が出るのはちょっと考えなくてもわかりそうなもので。
精神的な病気が、とかであればまだしも、子が生まれてもすぐに死ぬとか、そういう事になれば最終的にここは巨大なゴーストタウンとなりかねない。
ヒトが誰もいなくなれば、この都市の役目と管理を誰がやるのか、という話にもなる。
「うん、だからね、わからないでもないんだけどさ」
そういったあれこれを考えて、つい独り言が出るのも仕方がなかった。
「だからって、まさかクローンとかそういう技術が当たり前のようにあるっていうの、どうなん?」
住民精製所とかいうどう足掻いても倫理観がどっか行ったような工場に足を踏み入れれば、侵入者だとばかりに警備なのか、はたまたここで住民を作るための仕事をしていたのかはわからない機械がウェズンを迎撃しにかかったけれど。
咄嗟にそれらをぶち壊して、そうして馬鹿みたいに静かになってしまった工場の中を見て回れば、まぁ前世のウェズンからすればどれもこれもが禁忌ですよ、みたいなもののオンパレード。
この都市に人権ってものはあるのか……なんて考えて、あぁ、ないのか、と早々に理解した。
レッドラム一族の事を思えば人権がない、と言われても納得である。
工場自体は大昔から稼働しているはずだけれど、それでも途中で何度も修理したり、扱いやすさを向上させるべく手を加えられてきたのだろう。
工場内の文字は、ウェズンからすれば所々わからない部分もあるけれど、いくつかは最近の文字に変更されている部分もあって、そのおかげでこの工場でどういう事をしているのかが理解できたわけだけど。
知ってしまったからこそ、余計闇の深い一面をまざまざと見せつけられる結果となった、とも言える。
採取して保管されていたであろう遺伝子データを用いれば、どうやら新たな人間を作る事も可能のようではあるけれど。
「闇が深すぎてこれ下手に手を出せないなー……」
この手の機械を特に説明書とかそういうの見ないで適当に操作して詰まったら取説見ればいいやー、とかのたまうだろう者でも、流石にこれは適当に操作して……とはならないだろうなと思った。
下手に操作始めてこの都市に新たな住人が出来上がったら、どうしろというのだ。
結婚して妻が子を産みました、というのとは全然異なるのだ。
しかも生まれたばかりの赤ん坊を放出するというわけでもないらしく、ある程度成長促進も可能というのを見て、イアの前世みたいなところだな……と声に出さずに思う。
ウェズンからすれば禁忌盛りだくさんであっても、イアから見ればこれはどうなのだろうか。もしかしたら普通の事なのかもしれない。
それにしたって、だからじゃあここで適当に操作してここでの味方を増やしてみよう、とはこれっぽっちも思わないが。
保管されて使えるであろう遺伝子データを見る限り、既に純血の人間というのは存在していないようだった。まぁ、今更復活させたところで……という話なのでウェズンとしてもそれは別にどうでもいい。
ドラゴンの遺伝子もあるらしく、それらを適宜使う事でレッドラム一族の数も増やしていたのだろうな、とは理解できた。流石にレッドラム一族精製所、とか建物にわかりやすく名をつける真似はしなかったという事か……と思ったところで、何もかもが今更である。
流石にここだけで住人を作っているわけでもないのだろう。
もしそうなら、警備はもっと厳重であるべきだしこんなあっさりウェズンが重要そうな場所まで入り込めるのは問題しかない。
恐らくは他にもここと同じような施設がある。
イアにあえて確認するまでもなく、ウェズンはそう察した。
であるならば、いつまでもここで時間をかけるわけにもいかない。
リングの中から爆弾をいくつか取り出してセットしていく。
交流会に向けて魔法罠を作ろうとか言ってた時に入手した素材を使って作っておいた代物だ。
交流会で使う機会があればそうするつもりだったけれど、あの時は使う事もないままだったのでリングの中で眠っている状態だったのだ。
正直保存食ならいざ知らず、こんな物騒なアイテムをいつまでも保管しておきたくない、という気持ちもあってウェズンはしっかり破壊するべき場所に入念に爆弾をセットしていく。
そうして来た道を颯爽と引き返して、建物を出る直前で建物の奥めがけて魔術をぶちかましたのだ。
爆弾が仕掛けられたあたりまで術が炸裂するまでに少しばかりのタイムラグがあって、その隙に障壁を展開させて更に建物から遠ざかろうとする。
そうして数秒後、びり、と空気が震えた気がして――
どかん、なんて表現では収まらないくらいにえげつない爆発音が響いたのである。
同時に爆発の余波なのか空気がぶわりと膨れ上がるようになって、ウェズンの背中を容赦なく押しあげていった。
しまった、と思ったのはその直後だ。
障壁を張ったまでは良かったが、まさかここまでの爆音が出るとは思わずウェズンはそこまでは何の対処もしていなかった。
結果として鼓膜が破れ、その痛みに思わずしゃがみ込もうとして――背後からの爆発による圧で不様に前方に倒れたのである。
倒れたといっても障壁があったからこそそれについてのダメージはほとんど無いといってもいい。
倒れる形になりつつも、ウェズンはゆっくりと治癒魔法を発動させた。
鼓膜が破れる事まで想定していなかったから、思った以上に痛い目を見る結果となってしまった。
予想していれば多少なりとも覚悟はできていただろうし、痛みを伴ってもまぁ我慢できたかもしれないが、予想外のダメージは流石にちょっと我慢する以前の話だったのだ。
術の効果でどうにか痛みが和らいだ頃合いを見計らって、ゆっくりと立ち上がる。
そうして振り返ってみれば、建物は見るも無残な状態になっていた。予想通り、と言ってしまえばその通りなのだが。
改めてイアにまたモノリスフィアで連絡をとろうかと考えたものの、結局はやめる。
イアはさておきワイアットが現在どうしているかがわからない以上、その連絡をした事でワイアットが窮地に陥る可能性もありえたからだ。
ウェズンは知らない。イアもこのテラプロメに来ている事を。
だからこそイアに連絡する事は全く何の躊躇いもないけれど、しかしイアを経由して連絡をとろうとしているワイアットはウェズンと一緒にテラプロメに来たので。
そっちは流石に躊躇ったのである。
「……まぁ、他にもこの手の建物があると考えて。
番人を倒し終わったなら、それじゃあ後は破壊活動の時間ってところかな」
テラプロメに関して地理的な意味で全く詳しくないけれど、しかしここは限られた空間だ。終わりがある。
果てがある以上は、まぁ上から見れば大体の大まかな形はわかるだろう、なんて考えてウェズンは上空へ飛ぶ魔法を使った。
とはいえ、全体が見渡せたかと言われると無理だったが。
けれど、それでも見渡せる範囲で何となく重要そうな場所、というのはいくつか目についた。
であれば、まずはそちらから丁寧に破壊していくべきだろう。
そうと決めてさえしまえば後は実行するだけだ。
魔力を無駄に消費するのは後になって困るかもしれないと考えて、地上に降りたウェズンは早速次なる目的地へ向けて走り出したのである。




