待ち受けるもの
「ねぇ」
イルミナが何かを言いたそうにルシアに声をかける。
それに対してルシアはつい視線をイルミナから若干逸らしてしまった。
彼女が何を言いたいか、わからないわけじゃない。
けれど、彼女が言いたい事に上手く答えられる気がしなかった。
「今のって」
「……多分、だけど」
イルミナが言い切る前にルシアが口を開く。
「多分、だけど。
同胞なんだと思う」
認めたくはなかったけれど。
だが、捨てられたそれらは間違いなく人の一部で。
大半は手足で、頭や胴体はなかった。
それは別の場所で廃棄されている、と考えるよりも、別の場所で使われている、と考えた方が当たっている気がした。
そうでなくとも先程の男たちの前に来た二人組の会話から、彼らがルチルのように、レッドラム一族の身の回りの世話をしている者たちである、とは考え付いた。
ルチル以外なんて知らないけれど、それでも。
きっと彼らはそうだった。
「ドラゴンの血を若干とはいえ受け継いでるようなものだから、気性が荒い、なんてのもいるはずなんだよ。ボクは他と関わった事ないからあまりそういうの知らないけど。ただ、ルチルはボクの世話をしていたから、食事を運んできたりだとか、身の回りの必要な物を調達してきたりだとか。
その時に、同じ世話役と話をする機会はいくらでもあったみたいで、そういった事を話してくれたこともある」
そうだ。普段は引きこもってないでせめて部屋の外に出て少しでも――行動を許されている範囲内で、という意味で――動け、なんてルチルは言っていたけれど。
部屋の中でそれなりに動けたから、ルシアからすればその言葉は聞き流していたけれど。
それでも、時々他の同族が暴れただとかの話を耳にした時に、ルシアは大人しいから良かった、なんて言葉も出てきたくらいだ。
当たり散らしたところで何が変わるでもない。
それどころか、今以上に自分の環境が悪くなるかもしれない。
そう、幼い頃からなんとなく理解していたからこそルシアは大人しくしていたけれど。
皆が皆、そう考えるとは限らない。
幼いからこそ何故こんな不自由を強いられているのかわからない者も、成長して現状を受け入れられるか、となればそれはヒトによる。
成長して今も続く理不尽な環境に、今まで我慢してきたのだからそろそろ報われてもいいだろう、と考える者もいれば、今までがずっとそうだったのだからこれからも何も変わらない、と諦める者もいる。
暴れて暴れて暴れまわって、それでもどうにもならなくなってそこでようやく諦める者もいるかもしれないし、諦めたふりをして虎視眈々と自分の環境を変える切っ掛けを見逃さないようにしている者だってきっといた。
手間のかからない相手であれば、まだいい。
だが、暴れて手がつけられない者の身の回りの世話を任された者からすれば、堪ったものではないだろう。
都市に必要な部品だから丁重に扱わなければならないのに、しかしその部品が暴れまわるのだ。挙句管理を任されているこちらに暴力をふるってくる、となれば。
どうにか受け流してこちらが怪我をしないように、とするにしたって限度はある。
あまりにも手が付けられない相手は独房へぶち込まれる、というのもルチルから聞いてはいたけれど。
そして元老院の言葉からも、独房があるというのは事実だと知ってしまったけれど。
隔離したからといって、そいつの世話がなくなるわけではない。
食事を運ぶ必要は出ただろうし、そうでなくとも、放置したままというわけにはいかなかっただろう。
様子を見る必要はどうしたって出る。
定期的に監視しないと、誰も来ない今のうちに、なんて脱走を目論む者だって出るだろうし。
自分が担当するレッドラム一族が、手のかかる面倒な相手であったなら、その分担当者は気を使う必要が出てくる。適当に放置して弱らせてそのまま死なれるような事になるのは避けなければならないし、かといって手のかかる乱暴者であるならばなるべく関わりたくはない。
直接的な暴力なら、目に見えてわかりやすいけれど言葉で精神的に、という相手もいるはずで。
どれだけムカついたとしても、相手は都市に必要な部品の一つで、しかもその部品は大切なモノだ。
丁重に扱わなければならない。
確かにそういった意味ではルチルはとても楽をしていたと言えたかもしれない。
実際彼女も何度かそう口に出していたのだ。ルシア相手に。
ルシアもルチルの事を家族のように思っていたから、彼女以外の誰かを求めた事はない。だが、もしルシアがルチル以外の世話役を望んだのなら、きっとルチルは他の相手に割り当てられていたはずだ。
ルシアは大人しくして手がかからないようにしていたから、ある程度の願いも叶えられていた。
あれが欲しい。これが食べたい。そういった、些細な願いであれば。
流石に無茶な代物を願った場合は却下されただろうけれど、少なくともルシアはレッドラム一族を管理していた相手からは比較的自由が許されていた。行動の、というよりは物資的な意味で。
それは従順でおとなしく、無闇に逆らったりしないというのもあったし、魔晶核の代替品としても品質的に良しとされていたから、という理由があれど。
ルシアが心の底から願ったものは、本来ならば叶えられるものではなかった。
自由。それも、ルチルと共に。
だが、延命は可能だった。
他の部品を使って先延ばしにすれば、その間の時間を稼ぐ事は可能。
ただ、願ったからじゃあそうしようか、となるはずもなく。
時期的なものもあって、ルシアは学園へ送られる事となったのだ。
本来テラプロメ側からウェズン達一家に手を出す事はしないとされていたけれど、しかしそれをよくわかっていない誰かがやった事となれば。
そもそもテラプロメから出た誰かがそれを律義に守るかは不明だし、ましてや都市の中にいるならともかく外にいる相手の行動を全て縛り付けられるはずもない。そういった抜け道のような状況を用いて、ルシアはウェズンを殺し、ウェインが持ち去ったとされている魔晶核の在処を探るよう命じられたのだ。
それができれば、ルチルとの自由を許可すると言われて。
とはいえ、実際のところルシアが学園に行った後にはもうルチルは処分されていたし、そういう意味ではルシアの願いなど最初から叶えるつもりなどなかった、という事ではあるのだが。
ワイアットを憎む気持ちは勿論ある。
だが、それ以上にこの都市の支配者共に対する憎悪があった。
上が何を考えているかなど、ルシアにわかるはずもない。
けれど、それでもなんとなく今見たものからわかるものはあった。
「さっき聞こえた会話から考えると、多分世話役もそれなりに被害が出ている。反撃しようにもこっちは魔晶核の代替品だ。下手な反撃をして殺したら、自分を守るための反撃だったのにそれがだめだったと上から言われて処罰されたら。まぁ、世話役からすればたまったものじゃないと思う。
ボクとルチルみたいにお互い良好な関係であったならともかく、きっと他はそうじゃなかった。
レッドラム一族の誰かの癇癪に巻き込まれて死んだ世話役もいたようだし、面倒を見る誰かが死ねば、それ以降そいつの世話をする奴はいなくなる、というわけにもいかなくなる。
だって生体部品だからね。品質を維持するためには世話はしないといけない。
でも人手は足りなくなってくる。新たに追加するにしても、限りは確実に存在する。
……上はきっと、もっと早くにこの事に気づいてたとは思う。ただ、今までは何らかの反対意見だとか、手段を実行するにあたっての不備とか、そういうのがあったと仮定して。今までは、今までを維持するしかなくて。でも、何らかの変革があった。結果、手っ取り早い方法を今になってここで実行された、んじゃないかな……?」
考えがしっかり纏まったわけではないけれど、それでも。
レッドラム一族なんてこの都市からすればただの道具だ。
ただの道具に自由を許すはずもないからこそ、地下の一帯で監視していた。
けれどそれを良しとしないレッドラム一族はきっと大勢いた。
反論程度なら可愛いものだが、実際に行動に移ればその時点で誰かに被害は出る。
なら、動きを封じてしまえばいい。
本当ならきっともっと早くにそうなっていてもおかしくはなかったはずだった。
ただ、成長過程だとか、そういったあれこれで魔晶核として使えるかどうかの、品質の向上とか、ルシアからするとあまり考えたくないあれこれがあって、それで今までは現状維持となっていたのだろうとも。
「多分、だけど。
レッドラム一族がこうなった原因と、ワイアットが今になってここを潰そうとし始めた理由は、繋がってるわけじゃなくてもきっと少しは関わってるんだと思う」
だって今までワイアットは、テラプロメに対してそういった悪感情はなかったはずなのに。
けれど今になって潰そうと思って、なんて言い出す程度には悪感情を抱いている。
彼がそんな考えに至る原因は未だわからないままだけど。
ワイアットがレッドラム一族に対して今更何か、いい印象を持つだとか、助けようなんて思ったわけじゃないのはルシアにもわかる。だから、レッドラム一族への扱いが、とかではないというのも間違ってはいないだろう。
ただ、ワイアットが潰すと思うに至った原因、元凶こそが、レッドラム一族への扱いを悪くしたのだとも。
「虫だって手足をもいだくらいじゃすぐには死なないからね。暴れる部分は少ない方がいいし、その方が世話をする相手も余計な怪我をする必要もない。
……嫌な事言うけど、多分ボクらがこれから向かって確認する予定のレッドラム一族がいる場所で、マトモに動ける同胞はいないと思っていい」
「あまり言いたくないけど。
この都市ヤバくない?」
「むしろこの世界でヤバくない場所の方が少ないと思うよ」
イルミナの言葉を否定はできない。
けれどそれは、ここに限った話じゃない。
思った事を素直に口に出したからだろうか。
これから先、恐らく見る事になるだろう光景にも覚悟ができた気がした。




