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僕が将来魔王にならないとどうやら世界は滅亡するようです  作者: 猫宮蒼
八章 バカンスは強制するものじゃない

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知らない方がよかった何か



 ぼちゃん、と水に何かが落ちる音。

 それは一度だけではなく、その後も何度か続いた。

 ぼちゃぼちゃと水に落ちる音はしばらく続いて――


 そうして終わる。


「浄水槽があるとはいえ、ここに捨てるのやっぱり気が進まないんだけど」

「じゃあ、わざわざ他の場所にこれらを抱えて持ってくのか? どれだけ労力がかかると思っている」

「それはそうなんだけどさぁ……」


 そうして少し離れた場所から、誰かの声が聞こえてきた。


 咄嗟にルシアは足を止める。

 つられるようにして、イルミナとエルアの足も止まった。


 曲がり角の向こう側、だろうか。

 声が聞こえるあたりから、そこまで離れてはいない。

 もう少し遠ければ、流れる水の音にかき消されて誰かの声は聞こえなかったかもしれない。


 なんとなくではあるがルシアは壁に張り付くようにしてゆっくりと移動を開始する。

 そうしてこっそりと少しだけ顔を出して曲がり角の向こう側を見た。


「あのさ」

「なんだ」


 ルシアが見たのは二人。

 一人は大柄な青年で、もう一人は……少女、いや、少年……どっちだろう? とルシアは己の顔立ちの事を考えてすぐに結論が出せなかった。

 聞こえてくる声から少女かな? と思ったのだが、しかし声変わり前、と考えれば少年であってもおかしくはない。

 これでいかにも女性が着ているような服だったなら少女だと思ったかもしれないが、二人ともサイズは異なれど同じような服を着ていたので。

 服装から判断するのは難しかった。


 二人の着ている服は、作業着と言われれば誰もが納得するようなもので。

 丈夫そうな上下に、これまたやけに汚れたエプロン。

 そうして手には錆びの浮いたバケツがあった。


 先程の音からして、きっとバケツの中身を捨てたのだろう。


「えぇっと……や、なんでもない」

「なんだ、言いたいことがあるなら言えばいい」

「だって」


「だって、なんだ。言ったところで何も変わらないと思うのなら最初から口を閉ざせばいい。中途半端に言いかけて言わない方が余計な面倒ごとを生むことだってあるぞ」


 青年の声はぶっきらぼうで、まるで突き放すようだった。

 少年――という事にしておきたい――は、手にしていたバケツを抱えるようにしてぎゅっと抱きしめた、がすぐに離す。


「馬鹿かお前。それさっきまで何入ってたか思い出したらそんな持ち方しないだろ」

「だって」


「まただってか」


 はぁ、と深いため息が聞こえた。

 そのため息は明らかに面倒な相手に関わってしまった、みたいなもので。

 面倒を見たくもない相手の世話をさせられている時のような、嫌々吐き出したものだった。


 鬱陶しいとか、煩わしいというのが露骨に態度に出ていたせいで、少年はびくりと身体を一度跳ねさせて、思わず一歩後ろに下がっていた。バケツは普通に手に持っている。


「だって、こんなのってないだろ!?」


 そうして少年の叫びが響き渡った。地下通路に反響して、ぐわんと空気が揺れる。


「あいつらが一体何したって言うんだよ!? こんなところに閉じ込められてさ、ロクに外にも出られないんだぞ!? いくら食うに困らないって言ったって、それだけ、それだけじゃないか!

 文句が出るのが当たり前だし」

「だから八つ当たりを許せ、と?」

「そ、れは……」


 青年の声は押し殺すようなもので、決して声を荒げたわけでもない。

 だが少年はまるで一喝されたかのように委縮してしまった。


「お前が担当していた奴は比較的おとなしめだから癇癪起こした程度なら可愛いものかもしれないがな。

 他の奴が担当している相手の中には本当に手が付けられない者もたくさんいた。

 独房が独房にならないくらい連日ぶち込まれるようなのだっていたんだ。

 そのせいで、どれだけこっちが大変な目に遭うと思っている。

 あいつは当たりどころが悪くて死んだんだぞ。お前それでも奴らを庇うのか?」

「だって、本当に悪いのは」

「それ以上は言わない方がいい。もし口に出した事がバレたら、お前もこいつらと同じ末路を辿る事になるかもしれないぞ」

「ひっ……!?」


 少年の言葉を途中で遮り、青年は「行くぞ」と会話を打ち切った。

 少年の返事も待たずにくるりと踵を返して来たであろう道を戻っていく。


 スタスタと先を行く青年は、少年がついてきていてもいなくてもお構いなしだった。速度を落とさず歩いていったからか、ルシアの視界からあっという間に遠ざかって、そうして角を曲がって見えなくなる。


 少年はまだその場に立ち尽くしたままだ。


 カン、と金属がぶつかった音がする。

 少年の手からバケツが滑り落ちていた。


「でも、だって。

 こんなのおかしいじゃないか……」


 その呟きは、本来なら誰の耳にも入らなかったのかもしれない。

 流れる水の音にかき消されてしまってもおかしくないくらいには、小さな声だった。

 けれど、注意を払って様子を見ていたルシアにも、そしてその上下からルシアと同じように身を乗り出してその光景を眺めていたイルミナとエルアにも、確かに聞こえたのだ。


 数秒の沈黙。


 だがいつまでもここで突っ立っているわけにはいかないと思ったのか、少年は腕で一度顔を拭うようにして、それから落ちたバケツを拾い上げ青年が去って行った方へ足早に移動を開始する。


 ルシアたちと違って周囲に誰かがいたとして、彼らはここの住人で、ここで仕事をしていただけ。

 だからこそ足音だとか、気配といったものに特に気にする必要もなく、少年の足音は少しばかり騒々しく遠ざかっていった。


 角からちょっとだけ顔を覗かせていた三人は、ひとまずトーテムポールみたいになりかけていた状態から脱するべくまずは若干の距離をとった。


「揉めてた、とはちょっと違う感じ?」


 困ったようにイルミナが言う。


 まぁ、揉めていた、というよりは少年が納得のいかない事態に怒りをぶつけていた、という風にしか見えなかった。理不尽な何かに遭遇したかのような……


(でも、ここは理不尽なのが普通だった。比べるなら外の方が自由かもしれないけれど、それでも世界が滅びの一途をたどっている現状、その滅びに正当性が感じられないボクらからすればこの世界は理不尽で構成されてるようなもので。

 いや、あの子が世界にそこまで思ってるわけじゃないとは思うけど、それでもこの都市の何か……理不尽な何かに面して、それでそう言ったのなら。


 最初からずっと、ここはおかしかった)


 イルミナとエルアにはわからないだろうと思ったので、ルシアはそっと心の中だけに留めておいた。


 けれどルシアにしてみれば、あの少年の呟きはどうでもよかった。

 そんな事よりも。


「見た?」

「え、何を?」

「バケツ」


 ルシアの問いかけに、イルミナは何を聞かれたのか理解できていないようだった。

 エルアは気付いていたらしく、淡々とこたえる。


「え、あの錆びのいっぱいついたバケツ? あまりじっと見たいものでもないからあまり見てないわ」


 確かにイルミナの言い分もわかる。

 普通のバケツならともかく、錆びついていて決して見た目は綺麗ではない。だから視界から意図的に外していても何もおかしくはないのだ。


 だが、ルシアは見ていたし、エルアも見たのだろう。

 少年の手から滑り落ちたバケツの中身。外側は錆びついてお世辞にも綺麗とは言えないが、その中は。

 赤――いや、どす黒く染まっていた。


 黒いペンキが入っていた、とかではない。

 バケツを抱えた直後に少年がバケツを自分から遠ざけるように離した事や、青年の言葉。

 そこから大体の事は推察できてしまった。


 間違いなく、あのバケツの中身は――


「おぅい、そろそろだよな?」

「大丈夫か? 慎重に進めよ?」

「わかってるって」


 結論を出す前に、再び声が聞こえて三人はまたも壁際に張り付くようにして顔だけをそっと出して覗き込んだ。

 青年と少年が戻ってきたわけではなく、今度はもう少し年をとった男二人が声を掛け合いこちらに向かっているようだ。

 先程の二人が着ていた服と同じものを着ているので、あれはきっと制服とかそういった何かなのかもしれない。


 一人は先導し後ろの男に声をかけて移動していた。

 もう一人は少し遅れてゆっくりとやってくる。

 一人目は特に何かを持っている様子はなかったが、二人目を見て理解する。

 二人目の男は、一輪の台車を押していた。


 あれはルシアも見覚えがある。学園の植物園の世話をしていた教師が使っていたのを見た事がある。

 確か猫車……とか呼ばれていた気がする。

 そこまで大きくもないので二人で、というのは逆に難しくなるだろうし、更にこの通路はそこまで広いわけでもない。あの台車が通るギリギリではある。二人仲良く並んであの台車を押す、なんてことになればどちらか片方はバランスを崩して水路に落ちるかもしれなかった。


「ぅ、ぇ……」


 台車に積まれている物を見て、露骨にイルミナは顔をそむけた。正直ルシアもそうしたい気持ちでいっぱいだった。エルアは黙って様子を見ている。マジかこいつ……と内心でルシアが驚いている事に、果たしてエルアが気付いたかどうかはわからない。


 だが、何をどう思ったところで台車に積まれているそれらに変わりはない。

 そこに積まれていたのは肉片だった。

 ある程度ぶつ切りにされているけれど、それは間違いなく人間の欠片だった。


 手首や足首は指までばらばらにはしていないようだけど、そうじゃない部分はある程度ぶつ切りにされている。頭といったわかりやすいパーツはなかったけれど、切られたばかりなのか断面から血が滴っている。既に断面が乾いているものもあるので、大量の血が溢れているというわけではないが、それでもかすかにこちらに血の匂いが漂ってきていた。


 それらをどうするのか、なんて聞くまでもなかった。


 一人目の男がいいぞ、と声をかけた直後、猫車を押していた男は水路に詰まれていた肉塊を捨てたのだ。

 ぼちゃぼちゃ、という音がして水路に肉塊が落ちていき、少しの間だけ周辺の水を汚したものの、緩やかとはいえ流れている水はやがてその汚れもなかったかのように濁りすら押し流して。


「今日はもうなかったよな?」

「あぁ、他の連中がバケツである程度運んでくれたからなぁ」

「これしかないのがなぁ、ま、あんまり立派なやつ寄越されてもここを通るのに失敗したら大変だからな。文句を言うのは贅沢ってもんだ」

「そうだな。面倒ではあるけれど、前に比べれば楽になったもんなぁ」


 はっはっは、なんて和やかに笑って男たちは来た道を戻って行ったが、ルシアからすればとても笑えない話だった。


 どうやらさっき視たものに間違いはなかったようね……なんて呟いているエルアの声が、やけに遠く聞こえた。

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