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僕が将来魔王にならないとどうやら世界は滅亡するようです  作者: 猫宮蒼
八章 バカンスは強制するものじゃない

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変化した未来



 エルアが視た未来では。


 兄であるアインは魔女との取引でへまをして自分が死ぬ結果となってしまった。

 ここまでは、実際にそうなっている。


 ところがエルアが視た未来では、ウェズンはいなかった。

 魔女との交渉、そして死。

 それを見て逃げ出した仲間。

 代価を支払った以上霊薬を渡すつもりの魔女は、しかしアインが死んだため誰にこれを渡すべきかと思案して。


 ここまでは、ウェズンがいてもいなくても同じ展開だったのだ。


 だが、エルアの視たウェズンのいない未来では、その少し後、逃げた仲間が恐る恐るといった感じで戻ってきて、霊薬を受け取った。

 受け取った霊薬はしかしアインの生家、エルアの手元に届く事はなく。


 エルアの身体が弱かったのは魔女の力の発現に耐えられず、体内で魔力が暴走状態にあったからで。

 霊薬でなくとも魔力を抑える効果の薬ならもしかしたらある程度良くなったのかもしれない。

 けれど、魔力を抑える薬というのはそもそも流通していなかった。

 増幅させる薬ならあるけれど、抑えるとなると難しいのだ。


 少しだけ抑えるつもりが、完全に抑え込まれて魔力が消失、なんて事もあり得るもので。

 効きすぎても困るし、効かないならば薬を摂取する意味がない。

 それに、抑えた魔力が薬の効果が切れた途端にまたも暴走状態になる、なんてことになれば抑えていた反動もあって更に危険な状態になる。


 そういう意味では、抑える必要もなく体内の魔力の巡りを正常化させる効果もある霊薬は正解だった。


 だが霊薬とは本来とても高価な物。

 それを、既に代価を支払った状態で、自分の手元に転がり込む形となった仲間は、欲が出てしまった。

 アインは既に死に、家族はまだその死を知らない。

 何をして死んだかもわからないままだ。

 だから、アインが霊薬を手に入れた、なんて事実は誰も知らない。

 魔女が誰かに話す事もないだろうし、そうなれば代わりに受け取った自分がべらべら吹聴しなければこれは自分の物だと主張できる。魔女からもらった、と言えばそれは嘘ではない。


 本来は自分の物ではないけれど、それでも自分の手元に転がり込んできてしまったそれを、仲間だった者は売り払うか使うかはまた後で考えるとして……なんて感じで着服したのである。



 エルアが未来を視た、と言ってもそれを証明できる方法はない。


 だから、仮にアインの仲間として行動していた相手にその霊薬の所有権を問いただしたところで、取り戻すのは難しかった。


 魔女は既に代価を受け取っている。

 そしてそれを彼の連れに渡している。


 仮にアインの家族がそれは本来うちに送られるものだった、と言ったとしても、着服した側がそんなはずはないとごねれば。

 いくら家族が正当性を訴えたところでどうにもならないのだ。


 事前にアインが手に入れた霊薬はアインが自力で渡せない状態になった場合であっても、家族のところに届けるように、だとか、魔女とのやりとりで自分が命を落とすことを前提とした遺言状でもあれば仲間が何食わぬ顔をして奪った、と言えるかもしれないけれど、エルアは兄が死ぬ事を伝えていなかった。


 死ぬかもしれないから、危険だからと学園行きをやめるようにと説得はしたけれど、死ぬとは言わなかった。

 だって、口に出したらもう絶対にそうなるんじゃないかとしか思わなかったから。


 起きる直前の夢から覚めるところで視たような内容だから、あやふやな部分もあるにはあった。

 けれど兄が死ぬ瞬間だけはやたらとリアルで。


 それなのに、自分がそれを肯定するような言い方をしてしまったら。

 本当にそうなってしまうんじゃないか。そんな不安は常にあったから。

 たとえ話でも兄が死ぬような事は言いたくなかったのだ。


 言えば、もしかしたらもう少し注意深くなってくれたかもしれない。

 でも、それでも未来が変わらなければ。

 まるで自分がその未来を後押ししたような気持ちになるのは間違いなかった。


 霊薬がエルアの手元に届かないままであったなら、いずれ身体が体内の魔力暴走に耐え切れず死ぬかもしれなかった。実際、霊薬がエルアのところに届いた時点で相当危なかったのだ。身体の内側がずたずたになって死ぬんじゃないか、と思うくらいには痛みが尽きなかったし、いっそ死んだ方が楽になれるとも思ってしまった。

 幼い頃はまだそこまで魔力の量がなかったから具合が悪い程度でベッドでの暮らしで済んでいたが、成長するにつれ体内の魔力量が増えて、症状がより重く深刻になっていたから。

 両親も、霊薬が届く直前には流石にもう駄目かもしれない……とエルアのいない所でエルアがいつ死んでもいいように、覚悟だけはしておこう、とかエルアが死んだ時、棺に何を入れるかといった相談までしていた。死んでから考えるとなると、あまり考える時間はないからそれはそれで仕方ないのかな、と思うけれど、それにしたってまだ生きてるよ……とエルアは夢うつつのままベッドでそう口にしてしまったくらいだ。


 両親ももうだめだって思ってるのか。

 わたしもそろそろ駄目そうだなって思うし、じゃあ、仕方ないのかな……


 そんな風に生を諦めつつあった。


 だって、エルアが視た未来では霊薬は自分のところに届かないのだから。


 いくらエルアが視たといっても証拠は出せない。霊薬を手に入れるための主張をしたとして、長引けばエルアが先に死ぬ可能性が高い。最期まで争い続けて死ぬのは嫌だな、と思っていたから、エルアは視た未来に関しては誰にも言わなかった。

 だって言えば、両親はきっと兄の代わりに霊薬を受け取った相手からどうにかして霊薬を取り戻そうとする。兄が死ぬ事が視えていて、どうして言わなかったのと叱られるかもしれない。

 それに、視た未来は必ずそうなるわけでもなかったから。


 万が一、外れてくれることを祈ってすらいた。



「でもですね、変わったんです。未来。

 その場に先輩がいた事で、霊薬は兄のお仲間だった相手に渡る事がなく、教師経由で届けられたんです」


 ウェズンが着服する事だってできたはずなのに。

 既に支払い済みで、自分の懐を痛める事なく入手できたかもしれないのに。


 魔女が教師に事情を説明した事で、教師も流石に霊薬を学園で預かったまま、という事にするわけにもいかずアインの家族のところへ送り届けられる事となって。

 兄が命と引き換えに入手した霊薬は、そうしてエルアの手元にやって来たのだ。


 ウェズンからすれば、あの時はたまたま魔女の家に迷い込んだみたいなものだった。もしあの時場所を移動して魔女の家に行かなければ普通に学外授業を済ませて、転移してきた神の楔で学園に戻った可能性は高い。


 そうすればエルアは死んでいた、なんてウェズンだって思いもしなかっただろう。

 知らないうちに、彼はエルアの命を救う切っ掛けを作っていたのである。


 あまりにも高価すぎる霊薬を、その気になれば自分の物にできたはずなのに。

 それでもそれをしなかったウェズンによって、エルアの命は長らえる事となったのだ。

 だからこそ、面識がほとんどなくてもエルアはウェズンの事を先輩と呼ぶし慕っている。


「――まぁ、つまり。

 わたしがこうして今元気で生きているのは、先輩のおかげなんです。

 そんな先輩が危険な目に遭うかもしれないと知ったなら、今度はわたしが助ける番。

 そう思うのは、おかしな事でしょうか?」


「……いいえ」


 おかしくはない。いや、面識もない相手の事を先輩と呼び慕っている、という部分だけ聞けばおかしいのかもしれないが、その裏側の事情を聞くと途端におかしいとは言えなくなってしまって。


 イルミナは少しの沈黙の後、そう言うしかできなかった。


「さて、少しばかりお話しが長くなっちゃいましたね。

 そろそろ本格的に探索しましょうか」

「そうね。一応話しながら移動はしてたけど……ここ、どう考えても地下よね?」

「でしょうねぇ。水が流れる音も聞こえてきたし、水路とかあるのかも。下水、までは酷いにおいもないから……冷却水とかですかね? 生活用水、にしてはちょっと……って思っちゃうし」

「冷却って、何を冷やすの?」

「それはもちろん、魔道具とか、このあたりの何か、なんじゃないですか?」


 さっきも言ったけどなんでも知ってるわけじゃないんですよ、と言われてしまえば、イルミナもそうだったと思うしかない。


 今まで訪れた街や村とは異なるからか、どうにもイルミナにとっては何もかもが異質にしか思えなくて。

「わかってないのに、なんでそんな堂々としていられるの?」

「だってびくびくするの、貴女が既にやってるから。じゃあ一緒にびくびくするよりは、わたしは堂々としてればいいかなって。その方がお互い着眼点も違ってくるかもしれないし、見落としはできる限り少ない方がいいかな、って」

「それはそうなんだけど、びくびくしないって決めてできるのが凄いのよね……」


 堂々としていればいい。

 そう言われたってイルミナは堂々とできる理由がなければできそうにない。

 それでなくともここは敵地みたいなもので、しかもどこに何があるかも把握できていない所なのだ。

 どうしたって周囲を警戒するし、そうなるとちょっとした物音にだって反射的にびくついてしまうのも、仕方がない……というのはイルミナの主張である。エルアには通用しなさそうだが。


「あ」

「え?」


 ひとまず道なりに進んできたが、ぴたり、とエルアが足を止める。

「どうしよ」

「何が?」


 あ、とか一音だけなのも何があったのかと不安になるし、どうしようとかいう言葉も何かがあったか、今更忘れてはダメな事を思い出したみたいでいやな予感しかしない。そういう不穏な感じのやつ二連続立て続けはやめてほしい、とイルミナが訴えるよりも早く。


「落ちます。悪いけど少しの間頼みますね。間違ってもそこらに捨てて行かないでください。

 起きたら、視えた内容教えますから」

「ちょっと!?」


 言うなりエルアの身体ががくんと頽れる。糸の切れた操り人形みたいになったエルアを咄嗟にイルミナは抱きかかえた。そうでもしなければ、硬質極まりない通路に倒れてあちこちをぶつけるところだったのだから。


「ちょっとまって?

 視る、って、本当に寝てる間の夢みたいな感じでなの? 起きるまで私が運ばなきゃいけないの!?

 こんな、何処に何があるかもわからないようなところで……!?」


 そうなんですよ。


 きっとエルアが起きていたならそう返したかもしれない。

 だが既にエルアは眠りに落ちていて、健やかな寝息を立てるだけだった。


「うっそでしょ……!?」


 エルアのこたえはなかったけれど。

 でもそういう事なんだな、というのは流石にわかるので。


 イルミナは早々に途方に暮れる事になったのである。

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