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僕が将来魔王にならないとどうやら世界は滅亡するようです  作者: 猫宮蒼
八章 バカンスは強制するものじゃない

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害獣駆除



 先陣切って――というと実際はワイアットたちがそうなのだが、まぁそれはさておき――やって来たレイとウィルは、様々な店が並ぶ区画にいた。

 てっきりテラプロメの神の楔がある場所にやってくるかと思っていたのに、周囲を見回してもそれらしきものは見当たらない。


 ワイアットが神の楔に細工をしてテラプロメへ行けるようにしてある時間を延長するとは聞いていたけれど、恐らく他にも何らかの細工をしていたのだろう。

 そうでなければ、テラプロメにも何らかの自治的な組織はあるだろうし、そういった相手が張っている可能性しかない。

 だが、テラプロメのどこに飛ばされるかわからない状態であるのなら、向こうも先読みして待ち伏せするのは難しいだろう。


「お店はあるけどあんま人がいないね?」

「休み、ってわけでもなさそうだな」


 見慣れない街並みにウィルが興味深そうに見回すも、並んでいる店はやっているのかいないのか、外からではあまりわからなかった。

 店の看板からして、ここにある店は地上にある店とそこまで変わらないように思えるが、ショーウィンドウがあるだろうそこはシャッターが下りていて中は見えない。

 シャッターが下りているならやっていないのだろう、とまだわかるけれど、そうじゃない店もいくつかあった。

 だが、そちらはそちらでショーウィンドウから見える範囲では何を売っているのかよくわからないし、店の名前からも判断つかないし、ましてや看板からも何の店かわからない、というもので。

 看板の文字がそもそも今使われているものとは異なっているので、恐らく古代文字なのだろうとレイは思うものの、ウィルが首を傾げているのでもしかしたらウィルですらわからないくらい昔の文字である可能性が出てきている。


 まぁそれでもレイに理解できたのは、ここら辺の店はどれも食べ物関係の店ではない、という事くらいだ。

 もし食べ物を扱う店なら、もう少し色々な匂いが漂ってきていてもおかしくないはずであるからして。

 閉店してるなら匂いも何もあったものではないのだが。


 何の店かわからないけどとりあえず入ってみる、という選択肢はウィルが却下した。

 どう足掻いても冷やかしになるのは仕方ないにしても、もし下手な店だった場合入店料などを請求される可能性もある。払える範囲内であれば穏便に支払って出ていく、という方法もあるけれど、もし莫大な金額を要求された場合は踏み倒すしかない。

 そうなると暴れる結果になるわけで。

 となると最初に警戒していた警備を担当している者たちがやってくる事になる。

 大騒ぎを起こせば、それを鎮圧するために更に人が集まる可能性は高くなっていくばかりだし、ここで注意をひきつければ他の誰かは行動しやすくなるとしても、レイとウィルの危険度は跳ね上がる一方。


 そうでなくともワイアットが細工した神の楔に便乗した形での参加なので、正規ルートでテラプロメにやって来た、とはとてもじゃないが言い難い。


 下手に騒ぎを起こして暴れるにしても、レイ一人ならその方法も考えたがウィルを危険に晒すつもりはなかった。

 そしてウィルもまた、後先考えずに暴れるような選択は賢いとは言えないので選ぶはずもなく。


 気にはなるけれど……という感じで何度かちらちら見はしたけれど、結局入る事もなく立ち去る。


 そうして歩くことしばし。


 綺麗に立ち並んでいた店が途切れ、やや広めの場所に出た。

 噴水があって花壇があって、ベンチがある。

 どう見ても憩いの広場的な場所だった。

 しかしそこにも人はいない。

 休日でなかったとしても、人っ子一人いないというのは逆になんだか不気味である。


 休日じゃなくたって、買い物にやってきた者が帰りにここで一休みしていくだとか、そういう利用くらいはするだろうと思えるので。


 店がやっていなくとも、それでもこういった場所に誰もいないというのはレイからするとあまりにもおかしな光景だった。ウィルも同じように考えたらしく、

「なんで誰もいないんだろ……?」

 と怪訝そうに呟いていた。


「なんでも何も、本日ここは誰も立ち入ってはならぬとされている日だからな!」


 そんなウィルの疑問は、レイの「さぁな」なんて言葉より先に別の誰かの声によって返された。

 咄嗟に構えて声がした方へ視線を向ける。


 恐らく花屋とかじゃないのかなぁ、と思っていた建物の屋根の上。

 レンガ造りの、周囲の建物と比べるとまだ馴染みがある見た目と色合いの三角屋根のその上に。


 黒いスーツを着た男が立っていた。

 金色の髪なのはわかるけれど、顔立ちまではわからない。鼻筋とか唇とかそこら辺はわかるけれど、目はサングラスでこちら側からは見えないからだ。

 正直、とても場違い感がする。


「まさか侵入者を発見するとは思いもしなかったが……まぁいい。見つかった以上無事に帰れるとは思わない事だ!」


 ずびしぃっ! という効果音が聞こえてきそうな勢いで指を突きつけられて、ウィルは思わずレイを見上げた。

「お前は下がってろ、ウィル」

「いいの?」

「適当にぶちのめしてこの都市の中がどうなってるか聞けばいいだけだろ」

「わぁ、野蛮だけど手っ取りばやーい」


「ほう、攻撃の意思ありか。

 ふん、愚かな。まさかこちらが一人だけだと思っているのか」


 男のその言葉に。


 レイは注意深く周囲の気配を探る。


 人の気配はほとんどしないと言ってもいい。それは先程閉店ばかりの店が並んだ道を移動していた時にも探っていたが、その時と今はほとんど何も変わりがない。

 時折小鳥の鳴き声がするので、小さな動物はいるというのはわかるけれど。

 だが人の気配と言えるものは今現れた男以外にはしていなかった。


 レイですら気付けないくらいに上手く隠れているのか、気配を完全に無にできているのであれば気付けなくとも仕方がないが……


 警戒しつつもレイが男を見上げれば、男はどこか得意げに唇の端を吊り上げた。


「ふ、このあたりを警備している奴らは他とは一味違うぞ。

 行けっ! アルイグマ!!」


「は?」


 男の声に反応するように、噴水付近にあった花壇の近く、茂みのようになっていた部分がガサリと音をたて、何かが姿を現した。


 あまりの素早さに反応が遅れたものの、それでもレイは自分に向って飛び掛かってきたそれをどうにか躱した。


 回避された事で攻撃を空振ったらしきそれは、宙でくるりと向きを変え地面に着地する。


「アライグマだ」

「アライグマだな」


 どう見ても、アライグマだった。


 だがあの男はなんと言ったか。


 アルイグマ、と言っていたような気がする。


 単に言い間違えただけか、それとも……


(イアみたいなタイプか?)

 声に出さずレイは自問する。


 イアも言葉遣いが少々おかしい部分があるが、しかし大体の意味が通じるせいでいちいち指摘しようと思う者がいない。

 イアの場合は「わかんない」を「わかんぬい」と言うのはよく耳にするし、他にもおかしな言い回しをする事があるけれど。

 けれどもイアはそういう奴、という認識が既にできている。勿論学園に入ったばかりの、まだイアがどういう奴かわからなかった頃は多少戸惑いもしたが、慣れてしまえば気にもならない。


 だがしかし、イアはあの見た目もあるからああいう言い回しをしていても許されている節がある。

 目の前の男が同じようにわかんぬいとか言い出そうものなら間違いなくレイはイラッとするし最悪ぶん殴っている。

 それにイアは一応、滅多にそういう場面がないのでわかりにくいが、きちんとした場面では言葉遣いもそれなりにマトモである。


「アライグマなどではない! アルイグマだ!」


 ウィルとレイがどう見てもこれはアライグマ……などと思っていれば、男からの否定が入る。


 更には一匹だけかと思いきや、何処に潜んでいたのか更に数匹現れる。


 ヴヴ、と低い唸り声らしき音がして、一斉にレイに向かって飛び掛かってきたそれらをレイはやはりするりと回避。


 動きは確かに素早いけれど……これくらいならどうという事はない。

 そんな風に思った矢先だった。


 カパ、とアライグマの口が開く。

 そしてそこからカッと熱線のようなものが発射された。


「はぁあ!?」


 ビックリはしたけれど、これもやはり回避する。


「いやおかしいだろ!?」

 ジュッという音がして地面が焦げる。熱線がもし花壇や他の街路樹に命中していれば燃えていたかもしれない。


「言っただろう! アルイグマだと! ただのアライグマだと思われては困る!」


 屋根の上から男が叫ぶ。


 見た目はどうしたってアライグマなのに、アライグマとは別の何かだというのか。

 そんな疑問が顔に出たかはさておき、まぁそういう風に思った事くらいは男にも理解できたのだろう。

 得意げに笑う。


「かつて。そう、かつてこの都市が空を移動することになった際、いくつかの動物が持ち込まれた。

 それは家畜としてであったり、はたまた愛玩用としてであったり。

 何せ地上にある町や村と異なり空を行く都市だ。そう簡単に他と交流ができるわけでもない」


 言っている事は理解できる。

 空中を移動し続ける都市。地上に降りようと思えばそれもできるだろうけれど、その場所は限られるだろう。そのまま地に根をおろす、なんてことになればなおの事。


 物資の補給をする際にどこかに寄るにしても、都市ごとの移動で出向くのは流石に難しいかもしれない。

 それなら、都市の住人が神の楔で地上へ行きリングのような収納魔法のかかった道具に物資を入れて移動する方がお手軽である。


 とはいえ、誰にでも気軽に地上に行く権利があるかとなると……


 そういう意味ではこの都市は完全に独立している。いや、孤立というべきか。


 人だけで充分だが、しかしそれは理屈上、とでも言おうか。

 いつも、というわけではないがレイが船に乗る時に時々その船に猫が乗り込むこともあったので、上手く言葉にできずとも何となくわからないでもないのだ。

 猫はうっかり船に同じように潜り込んだネズミを捕まえてくれるけれど、別にネズミを捕まえるためだけに乗せているわけではない。

 どう見たってお前動物と戯れるような見た目じゃねぇだろ、みたいな厳つい野郎どもが猫相手にメロメロになっているのを見てきたのだ。


 アニマルセラピーというものもあるくらいだし、動物がいる必要性というのをレイは上手く言葉にできずとも、一応理解はしているつもりだ。


「そしてこいつらはかつて愛玩用として持ち込まれたアライグマ――の末裔」

「いや、アライグマって見た目はさておき結構獰猛だから愛玩動物としては向いてないだろ」

 むしろ下手をすれば畑とか荒らす害獣扱いである。


「ふふ、そう。かつて、それを知らず持ち込んだ者たちは苦悩し、どうにかしようと試み――遺伝子操作に手を出した」

「はぁ」

 遺伝子操作、というのをレイは知らないわけではない。

 かつて、外の世界から持ち込まれた技術だと知ってはいる。

 だが――


「その技術って倫理観とか以前に色々問題があって廃れたやつじゃなかったか」


 正しく使えば、より良くなるものだったのだろう。

 けれど人の欲は留まるところを知らず、突き詰め、行きつくところまでとなった結果。

 ロクな結末が訪れるはずもなく。

 結果としてその技術はこの世界では廃れる形となった。


 異世界からやってきた技術で廃れたものは他にも存在する。

 だから、それ自体に何かを思う事はない。


「廃れたのは確かだが、いつかまた必要になるかもしれないだろう。そういう意味でこの都市はその手の技術を保全しているのだよ!!」


 自慢げに男が言う。

 どうだ! とばかりに両手を広げ笑うが、しかし屋根の上でバランスを崩しかけ慌ててバランスをとり始める。


「そしてそのアルイグマはアライグマをより改良され生まれた生命体!

 そう、いわば究極のアライグマ! アルティメットアライグマ!

 略してアルイグマ!」

「うわネーミングセンスだっさ」

「レイ、流石に面と向かって言ったら可哀そうだよ」

「いやでもださすぎるだろ」

「否定はしないけど」


「そこぉっ! コソコソ話してるの全部聞こえてるからなぁっ!?」


 もしかしたら、男もその名前はどうかと思っていたのかもしれない。

 叫んだその声は、わかりやすいくらいに裏返っていた。

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