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僕が将来魔王にならないとどうやら世界は滅亡するようです  作者: 猫宮蒼
八章 バカンスは強制するものじゃない

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人質の価値



 脱走しろ、と言われたのもあってルシアはその場で魔術を一発ドカンとぶっ放した後は腕に纏わりついていたロープを元老院の連中がいた方へ向けてぶん投げて、それから脱兎の勢いで背を向けて逃走した。


 元老院の連中のほとんどは老人だけれど、だがただのお年寄りというわけでもないはずだ。

 恐らくは、ルシアの魔術は防がれたと考えていいだろう。

 彼らが防いだか、あの部屋にそういった防衛機構があって防がれたかはわからないが、何の守りもないはずはない。

 もしそうなら、そんな危険な場所であいつらがのうのうとしているはずがないのだから。


 発動した魔術は爆発するタイプのものだったので、今は恐らく煙で周囲の視界がハッキリしていないはずだ。


 それでも。


 あの場に残ったワイアットなら問題なく行動に移れるだろう。


(それはそれとして……逃げ出したはいいけど、この後どうすればいいんだ……!?)


 あくまでもタイミングを見計らって脱走しろと言われただけで、それ以上の事は何も言われていない。

 そして今、脱走している真っ最中なのでこの先はルシアからすれば完全なるノープランである。


 もしルチルが生きていたのなら。

 間違いなく彼女がいるであろう場所へ駆け込んだはずだ。

 そうして彼女を連れて逃げる算段をどうにか整えて実行に移したはずだと思う。


 ここにやって来た時点ではまだ神の楔が都市の外へ行けるようになっていたはずだが、しかし既に外への道は閉ざされているだろう。

 ルチルを連れてそのまま外に逃げるにしても簡単にいくとは思わないが、それでも。

 それでもきっとどうにかしようと足掻いたはずだ。


 少しの間なら、すぐに引き返していたのならまだ帰れたはずだけれど。

 恐らく今はもう無理となれば。


 そしてルシアにとってルチルがいないとなれば、この都市で他に行くアテなどあるはずもなく。


 同族ともいえるレッドラムの名を与えらえた者たちとは、生憎そこまで親しいわけでもない。

 不仲以前にほとんど顔を合わせる事がなかったからだ。

 だからそこに行ったとして、正直ルシアにはどうにかできる気がしなかった。


 そうなると、あと思いつくのは別行動になってしまったウェズンだ。


 だが彼は恐らく番人の所に行っているか、既に遭遇しているか。

 まだ出会っていないのであればいいが、もし既に遭遇し戦闘に入っているのなら。


(ボクが行っても足手まといなんだよなぁ……!)


 ウェズンがテラプロメについてほとんど何も知らない事は既にルシアも把握しているし、ワイアットもあえて情報を渡している様子ではなかった。

 そもそもこの一件に巻き込むにあたって、ワイアットはウェズンかアレスを選んでいた。


(まぁわかる。ボクがワイアットの立場だったとして、ウェズンはまず確定で選ぶし、次に誰を選ぶとなれば……同じ学院で実力を把握していたアレスだろうなってのはそうだけど、彼はそもそも情報の取捨選択の判断がはやい。必要ないと判断した時点でさっさとその事実を記憶から忘却するタイプだ)

 それなら、可能性はある。


 ルシアたちのように、長年テラプロメで生活しているような相手や、うっかり相手の話に耳を傾けてその情報を即座に忘却できないタイプは番人と向き合うには不向きだ。


 そう、ルシアとしても正直こんな記憶さっさと忘れてしまいたいのだけれど。

 あまりにも何度も繰り返し聞かされてしまったせいですっかり頭の片隅どころか中心寄りにしっかりとこびりついているのだ。下手な油汚れより面倒くさい。

 こんな事を記憶するより、授業でやったもっと必要な知識をしっかりと記憶しておきたいというのに。脳のリソースの無駄遣いだと思う。


 ワイアットもそうなのだろう。

 そうでなくとも彼はあちら側だったから、忘れる必要なんてないと思っていたのかもしれない。

 それどころか、過去何度か番人と戦ったのではないだろうか。

 そうだとするなら、今、確実に勝たねばならない状況で勝てるかどうかもわからない戦いを挑むのは無駄である。

 仮に負けたとして再戦を、となっても次もきっと勝てない。ワイアットが急激に凄く成長して番人の能力を打ち負かすくらいになれば可能性はあるかもしれないが、そもそもワイアットが突然とんでもなくパワーアップするという状況が全く見えない。一体何があればそうなるのか。都合のいい妄想でしかない。


 勝てない相手と戦って時間を無駄にしている間に、他の敵がやってくる可能性は高いどころか確実に来るだろう。


 それなら、ワイアットは番人との戦闘を避け、他の事をした方が確実ですらある。


 とはいえ、ワイアットだけが元老院に喧嘩を売りに行くとしても、単独で暴れたとしてそうなれば間違いなく番人は出張ってくる。

 そうなれば、ワイアットの負けが確定する。


 だから、ウェズンを巻き込んだのだろう。

 第二候補としてアレスを巻き込むつもりだったようだが、ともあれ人手を確保できたのであれば、今頃ワイアットは他に邪魔されることもなくのびのびと暴れているはずだ。


 一体どうして彼が今更元老院を敵に回す事を決めたのかはわからないけれど。


「……結局ボクはどうすればいいんだ……」


 ウェズンのように役割を与えられたわけでもない、というかそもそもルシアはワイアットが一人で元老院に行くと恐らく警戒されるから、だからルシアと共に行ったに過ぎない。

 元老院からルシアを連れ戻せと言われていながら一人であの場に現れれば、間違いなくあの老人たちは警戒しただろう。だからこそ、指示に従ったように見せてルシアを連れて行った。


 ワイアットが今までのまま、元老院の忠実なしもべであったなら。

 あの場でルシアは逃げないように足の一本くらいはへし折られていただろうし、舌を噛まないよう口に布を突っ込まれた上で、魔術や魔法が使えないようにされている独房へ連れていかれた事だろう。

 元老院を油断させるためにある程度ルシアの事を痛めつける可能性すら存在していたが、しかしそれはやらなかった。

 あの場で下手に痛めつけても、その後邪魔になると判断したからだろう。そうじゃなかったら多少の暴力は覚悟しなければならなかった。というか、本来ならワイアットはそっちの選択肢を選んだはずだ。

 だが一応ルシアに配慮した形で、あんな風に逃げるタイミングを教えるまでしてくれた。

 自分で見計らえとか言ってたくせに。


 次にどうしたらいいかわからずまごついたルシアがその場にいたなら、恐らくワイアットの初動は元老院が事態を把握するより後になっていたかもしれない。

 足を引っ張る自覚しかないので、あの場で逃げた事は間違っていないはずだ。


 ルシアの役割が終わったとして、しかしいつまでもこの建物の中にいるのは得策ではない。

 どうすればいいかはわからないが、どちらにしてもここから出る必要はある。


「えっと……エレベーターはこの場合使わない方がいい、よな……?」


 元老院の方で指示が出ていなければすんなり使用できるはずだが、しかしもし、ワイアットの隙をついて部下に連絡でも入れていたら、エレベーターに乗って下にいくのはとても危険だ。

 下についた時点で、そこで待ち伏せされたら逃げ場がない。

 エレベーターが開いた時点でこちらが攻撃を仕掛けるくらいの勢いがあったとしても、向こうだってそれくらい把握しているだろう。

 つまり、奇襲にもならない。


 それなら階段を使った方がいい。あまり時間をかけすぎれば一階で待ち伏せされるだろうけれど、急げば突破できる程度の包囲網で済むかもしれない。


 そうと決まれば……! と思った矢先だった。


「――対象を発見。ただちに捕獲する」

「うわ」


 静かな声がして、咄嗟にそちらを見ればそこにはこの建物のガードがいた。

 皆同じ制服を着て一目でそうとわかる。身長はルシアより低いが、イアやウィルよりは高い。

 体格からして少女のようではあるけれど、しかし顔は仮面で隠れているので本当に女性かはわからなかった。だが、声からして恐らくはそうだと思える。


 仮に本当に女性であったとしても、それが何だという話なのだが。


 元老院のいるこの建物の警備を任されているガードは性別が男だろうと女だろうと敵に容赦するような優しい存在ではないのだから。


 だが――


「いいのかボクに危害を加えて!

 言っておくがボクは弱いからな! お前らが想像する倍どころの話じゃないレベルで弱いからな!!

 ちょっとの攻撃で簡単に怪我するしそうなれば体内に取り込んだ瘴気が溢れてこの建物の汚染度跳ねあがるからな!!」


 ルシアは腰に手を当てて胸をそらして決して自慢できない事を叫んだ。


「捕獲だけなら傷つけるなんてしないと思うだろう。だが! もう一度言う! ボクは弱いし何より――脆いぞ」


 例えばそれが命乞いであったなら。

 ガードたちは意にも介さず行動に移っていただろう。

 だがしかし。

 ルシアの言葉は命乞いというよりは、自分の脆さを主張するもので。


 お前らがいつものような行動に出れば、簡単に重傷になるとばかりに言い切れば。


 ガードたちは無視して行動に移るという事はできなかった。


 ハッタリの可能性は勿論存在している。

 だがしかし、ルシアの容姿は。

 見た目だけなら美少女なのだ。

 そんな美少女が堂々と己の弱さを宣言している。


 実際こいつは男だけれど、ガードがそこまでわかっているかは定かではない。

 ルシアの声はいかにもな男性の声というわけでもなく、まぁ男性にもいるだろうけど、女性、だよなぁ……? と思える程度には中性的な声なので。


 生け捕りにしろ、と言われているのなら。

 下手に攻撃をするような結果になればガードたちは元老院の指示を無視する形となる。


「ボクはルシア。ルシア・レッドラム! 生まれついての脆弱さによって従順だったお前らにとって最も都合の良かった存在にして、次の浄化機の部品でもあるッ!!

 万が一ボクに傷を付けるのなら……わかっているよね?」


 言いつつもリングから武器を取り出し構える。


 ガードたちの人数は四名。

 どう考えてもルシア一人では苦戦するのは免れない。


 それに、レッドラムと名乗ったのならガードたちはルシアの言葉を無視して腕や足をへし折れば瘴気を内側から漏らす事もないと気づくだろう。

 けれど、少しばかりある距離のせいで。

 そしてルシアが取り出した武器はナイフで。


 小さなナイフだ。

 それ一つでガードと渡り合おうなど甘く見ているにもほどがあると言われそうなくらい、貧弱なナイフだ。


 だがそのナイフの切っ先は。



 ルシアの首に向けられていた。

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