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僕が将来魔王にならないとどうやら世界は滅亡するようです  作者: 猫宮蒼
八章 バカンスは強制するものじゃない

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これは恐らく反逆の烽火



 ルシアを連れてワイアットはテラプロメを実質支配している元老院の元へと移動していた。

 都市の中心部からも、テラプロメの住人たちが暮らす区画からも離れひっそりとした場所。

 そこに、厳かに建てられた神殿さながらのそれは、見てくれだけはいつ見ても立派なもので。


「うわぁ」


 心底嫌そうなルシアの声が漏れる。


 ルシアは後ろ手に縛られていた。そこから伸びるロープの先は、ワイアットの手にある。

 逃げ出そうとしたルシアを捕縛した、と言えば誰もが納得するだろう。


 とはいえ、実際は違うのであくまでもそういったポーズである。


 突発的に巻き込まれたようなルシアであったが、それでも今は何となく察しはじめていたのである。


 今の今まで忠実であった元老院の犬が、牙をむこうとしている事に。


 見た目こそ古風な雰囲気が漂っているものの、しかし中に入ればどこのオフィスビルだと言わんばかりで。ルシアはそこまで元老院のお偉いさんと顔を合わせる事などなかったが、それでもここに足を運んだ事は何度かある。

 そのたびに、外観と中身の不一致さに脳みそがバグりそうだなと思っているので。

 今回もそうだった。


 ピカピカに磨かれた床には自分の姿が鏡のように映されていて、ついじっとルシアは足元を見てしまっていた。鏡のよう、とはいったものの、くっきりはっきり映っているわけでもない。自分が今しているだろうとても嫌そうな表情までは映っていなかった。他の街でも手入れの行き届いたお屋敷などは床がピカピカだけど、ここまでではない。いっそ床は鏡でできています、とか言われた方がまだ納得できそうだが、その場合歩く者は大分限られるだろう。とりあえずスカートを履いた女性は無理だ。


 などと、どこか現実逃避のような事を考えつつルシアは歩を進めていく。

 ワイアットはルシアの後ろにいて、今も縛った状態のロープを掴んだままだ。


 数える程度しか来た事がないが、ワイアットがいるのでうっかり道を間違えそうになっても即座に訂正してくれるのもあって、ルシアは思っていたよりもすんなりとエレベーターに乗ることができた。


 ルシアを縛っているロープは実のところ巻いているだけなので。

 なのでうっかりここで気を緩めて動かせば、あっさりとロープはほどけてしまう。

 それは今するべき事ではないので、ルシアは気を引き締めて腕に力を入れた。捕まって反抗的な目をした奴隷あたりを脳内で想像して、それっぽい感じになっているだろうか、なんて考えて。


「ちょっと話がどう転ぶかはわからないから、脱走するタイミングはそっちに任せるけど……大丈夫?」

「大丈夫ってここで言えたらいいんだけどね……お前がこの先の展開どれくらい想定してるか知らないけど、間違いなくボクは何にもこの先の展開想定できてないから、タイミングをボクに任せるって相当だって事は頭にいれといてくれるかな」



 そもそもの話、ルシアが知っている情報はびっくりするほど少ない。

 元老院が何やらルシアを連れ戻そうとしたために、ワイアットに指示を出した事。

 ワイアットが何やら元老院に対してやらかそうとしている事。

 これだけだ。たったこれだけで、何をどうしろというのか。


 明晰な頭脳でもあるのならもうちょっとわかったかもしれないけれど、ルシアはそこまで賢いわけでもない。考える事をやめたりはしなかったけれど、ルチルと自分のこれからを考えてどうにかしようとして考えた事ですら、結局は上手くいかなかったのだ。学園の授業や座学のテストに関してはそこまで悪いわけではないけれど、どうにも肝心の選択をここぞという場面で間違えている気がするのは決して気のせいではないのだろう。


 ワイアットが何かをやろうとしているのはわかる。

 元老院と何やら確執でもできたのだろうか、とは想像できる。

 けれど、それがどういったものであるかまではさっぱりだった。


 そんな状態なので、ワイアットが何をどうした結果自分がタイミングを見計らって行動に移るのか、となると。


 いやもっとわかりやすいサインとか寄越せよ、と言いたくなるのも無理はないだろう。


 だがこれ以上ここで話をしていても、最悪元老院に筒抜けになるだけなのでルシアは深刻そうな表情をしたまま、小さく頷くだけだった。やりとりは小声でやっていたので、もしかしたらここを監視してる奴に聞こえていない可能性は高い。


 生憎ルシアはここら辺のシステム部分さっぱりなので、もしかして、だとかこうだったらいいな、という希望的観測がたっぷりではあるのだが。



 ともあれ、後ろにいるワイアットに追い立てられるようにして、ルシアは元老院のお偉方がいる部屋の前までたどり着いてしまった。


 自動で横にスライドして開いたドアは、さっさと入れとばかりに急かしているようで。

 ルシアは表情をそのままに、ゆっくりと視線を上にずらした。


(あれ?)


 声に出さなかったのは、良かったと思う。


 前に――ルシアが学園に行くより前に見た時とメンバーが違う。

 いや、そういう事もあるだろう。

 自分がいない間にメンバーが変わった、というのはそこまで驚く程の事ではない。


 けれど。


 一人を除いてそれ以外はルシアにも見覚えがあった。

 たった一人。


 前に見た時と違うのはその一人だ。


 元老院のメンバーに欠員が――それこそ不幸な事故か何かで――できて、新しいメンバーが、というのならわかる。だがその場合その見知らぬ新入りが座っているのは下座のはずだ。


 だが、ルシアですら見覚えのないその人物は元老院を取りまとめるトップが座る上座にいる。


 まだ年齢も若く見える。少なくとも他の元老院メンバーは老齢と一目でわかる見た目だけれど、彼だけは若々しい。そのせいで余計にそこに視線が向いてしまう。


「遅かったな」

「すいませぇん、彼ったらちょっと反抗的で~」


 きゃぴっ、とかいう効果音でもしそうなくらい軽いノリで、ワイアットが言う。

 誰かを馬鹿にする時に軽いノリで言う事はあったけれど、今回の軽さはそれとは異なっているように聞こえてルシアは思わず振り返りそうになった。

 ワイアットに扮した別人でもいるんじゃないかと思ったのだ。

 しかし振り返ろうとした矢先、軽くではあったがルシアの足にワイアットが蹴りを入れたので。


 かくん、とかすかによろめく程度にルシアがバランスを崩した。


「ふん、どうせあの娘が死んだことを知っての事だろうが、生かしていて何になる」


 こちらに向けて言葉を放っているのは、若い男ではない。前からいた老人の一人だ。

 だがその言葉にルシアは思わずカチンときた。


 ルチルの死を、こいつらは何とも思っていない。

 わかってはいたけれど、改めて口に出されるとどうしようもないくらい怒りがこみあげてくる。


「ま、彼女が生きてたらもうちょっと従順にこっちの言葉に耳を貸してくれたと思うんですけどねぇ」

 ルシアは見えないが、元老院側からはワイアットの事も見えている。

 ワイアットが呆れたように肩をすくめるのを見て、老人の一人が鼻を鳴らした。


「ふん、遅かれ早かれ死ぬことが決まっているのだ。それが少し早まっただけだろうに」

「その早めた結果今手間取ってるんですよ」


「あまり舐めた口をきくなよ、若造」

「お~怖ッ」


 ぎろり、と睨まれてもワイアットの口調は変わらなかった。

 その間に挟まれる形になってしまったルシアからすれば、ワイアットのように「怖ッ」で済むどころではない。

 長年テラプロメを支配する側にいた相手だ。ルシアのようにレッドラム一族として消費されるだけの存在とは違って、彼はこの都市では絶対的な存在でもある。他の国と腹の探り合いをするでもなくただ都市の中にいるだけだというのに、この迫力は一体どこから出てくるのか。


(あぁ、いや。違うな)


 思わず首を振りそうになったが、下手に動いてこちらに意識が向けられるのも困る。

 だからこそルシアは内心だけで否定した。


 ルシアたちは幼い頃にテラプロメの中で自分の立場をわからせられた。反抗的な態度をとれば、結果として容赦なく身体も精神も痛めつけられる。成長してからならともかく、幼い頃などどう足掻いたところで勝ち目などないのだ。レッドラム一族は常にこの都市で底辺の弱者としてみなされる。

 レッドラム一族がいないと困るくせに。だが、皆で団結して立ち向かおうとしたとしても、幼い頃に植え付けられた恐怖はそう簡単に消えるものじゃない。


 痛いのもつらいのも苦しいのも。

 幼いころからずっと苦手でイヤで耐えきれなくて。

 それは、そういう風に躾けられたからだ。


 自分たちがいなくなればテラプロメが困るのは確かだけれど、簡単に実行できないように管理されていたから。だから、抵抗しようにも反抗しようにも、その手段も方法もなかったのだ。


 ルシアが学園に行く事を許可されたのは、ウェズンの存在が大きい。彼がいなければ、ルシアがこの都市の外に行く事なんて許可すらされなかっただろう。


 今まで従順でいたから。


 だから、その指示が下された。


 もしルシアがもっと反抗的な態度のままだったなら、下手に学園で戦う力を身につけられても元老院からすれば面倒なだけで、それなら最初から都市でずっと管理したままだったのだろう。


 他にもレッドラム一族はいる。

 だがその他の誰かではなくルシアが選ばれたのは、彼が一番大人しくて従順で逆らわないと信じられていたからだ。あとは、仮に反旗を翻したとしても、ルシアだけなら問題ないと判断されたか。


 浄化機の重要なパーツ。魔晶核。本来ならばドラゴンの体内にしかないそれ。

 その代替品としてレッドラム一族は生み出された。

 レッドラム一族はつまり、竜の末裔と言えなくもない。

 だからだろうか。他のレッドラム一族の気性はそれなりに荒い者も多くいた。

 ルシアが直接顔を合わせる事がなくても、監視役の愚痴やぼやきといったものからそういったものを耳にする機会はあったのだ。

 同時に、ワイアットがその手の反抗的な相手に対していかに従順に躾けていたかの話も漏れ聞こえていたのだが。



 ……なんて、あれこれと過去の事にまで思いを馳せる結果となって少しばかりワイアットと元老院の会話を聞き逃してしまったけれど。

 どうやら元老院はルシアを次の浄化の際に使う事を決めたらしい。

 ここに来るまでの間にそこまで瘴気汚染された感じはしなかったけれど、もしかしたら近々、瘴気が大量に発生するくらいの勢いで魔道具を使用する予定ができたのかもしれない。


「そやつは今までの部屋に、と言いたいところだが外の世界に触れた事で反抗心が芽生えているならあの部屋は問題しかない。脱走されても面倒だ。

 独房に放り込んでおけ。自死できないようにした上でな」


 これは不味いぞ、とルシアが思うのも無理はなかった。

 独房はあまりにも態度が悪く反抗的な者を閉じ込める所だ、というのはルシアも知っている。

 学園に行く前のルシアは部屋で大人しくしていたけれど、そうじゃない者たちは独房にぶち込まれたなんて話だって耳にしていた。自分の世話係でもあったルチルからも。

 ルシアは手がかからないから楽、と言われた時、喜んでいいのかとても微妙な気持ちになったのは憶えている。


 反抗的なのはきっと竜の血によるものなんじゃないかと思っている。

 だから、毎日のように独房には誰かしらぶち込まれていたんじゃないだろうか。


 そこに自分が、それも身動きできないようにとなれば、下手にそこに入れられた時点で脱出するのが大変な事になりそうだし、その状態で果たしてワイアットが脱出に手を貸してくれるかはわからない。

 今か?

 今ここで暴れて逃げ出せばいいのか?

 タイミングを見計らって、と言われても本当に今か?

 ルシアが周囲の空気を探るようにしつつワイアットの次の発言を待つ。

 後ろにいる彼は間違いなくルシアの内心の動揺に気付いている事だろう。

 今は顔を上げていないから元老院だってルシアがどんな表情をしているかわかっていないとは思う。

 今のルシアは、動いていいのかよくわからないまま、とにかく必死にタイミングを見計らおうとしていた。必死すぎて目が泳ぎまくっている。

 うっかり顔を上げたら何か企んでますよと言わんばかりに。


「独房ね。自死できないように、って自死される可能性はちゃんと考えてるんだ」


 へぇ、なんてどこか含みを持った感じで言うものだからだろうか。元老院メンバーの老人たちのほとんどが、眉を寄せたり口元をひくつかせたりして、不快であると言わんばかりの態度を示す。


「ま、そこは大丈夫でしょ。死なないよ、こいつは」

 くん、と軽くではあるがロープを引かれて、ルシアは顔をわずかに上げた。


「というか、死ぬ前にお前らが死ぬからね。こいつがお前らの手に落ちるはずがないのさ」

 あぁ、今だ。


 自然とそう判断したルシアは、軽く巻かれていた状態のロープを遠慮なく振り払った。

 それから、元老院とワイアットの会話からしてこれはやっても大丈夫だろうと判断して。


 ルシアはその場で魔術をぶっ放したのであった。

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