これは、そう、サプライズ!
「さて、それじゃそろそろお前らも行動に移れよ」
テラに言われて、一部の生徒が頷く。
「よし、それじゃレイ、早速行ってみよっか」
「おー。なんだっけ、テラプロメだったか。どんなとこなんだろなぁ……」
最初に動いたのはウィルとレイだった。
名前だけは聞いた事があるけれど、通常ならば行く事のない場所。
魔道具による汚染は常にあるけれど、同時に浄化機が発動していることもあって清浄な地。
神の居場所を捜すためかつて作られた空中移動都市。
確かに実在はしているけれど、実際に足を踏み入れた者はほとんどいないという場所に。
彼らは今日乗り込むのである。
事の発端は、イアだった。
学院のワイアットに誘われて、どうやらおにいがテラプロメに乗り込む事になるらしい。
他に参加者を募っているようだけど、運が悪ければ死ぬこともあるとか。
なんていう話は事前に聞いていたので知っていた。
その上で、ルシアに誘われても一度断るようにと通達がされていたのだ。
テラプロメに行く事ができる神の楔は限られている。
どの神の楔からでも行けるわけではない。
いや、権限を持っているのなら可能なのかもしれないが、普通は無理。
そして、テラプロメ出身者でなければどの神の楔がそうであるか、など知りようがないのだ。
世界各地に存在する神の楔一つ一つを確かめていくわけにはいかない。
人海戦術で試すにしても、果たしてどれだけの時間がかかる事か。
そして、テラプロメ側が気付いた場合、神の楔の機能に干渉してテラプロメへの移動を封じる可能性が普通に有り得た。
地上で何やら動いている人間一人一人に注目するような事はテラプロメでもやっていないようだが、それでも不信感というか違和感があればそうもいかない。
常時見られているわけではないが、ふとした瞬間のその行為がテラプロメの監視者の目に留まれば、こちらの行動を事前に封じられる事は有り得た話であったのだ。
だからこそ、ルシア経由の話がウェズンからモノリスフィアで来た時に、イアはこっそりとテラに相談を持ち掛けた。
最初にこれだけの人数で参加しまーす、なんてやって。
そこで一網打尽にされるような事になれば。
そんな最悪の可能性を考えたのだ。
運が悪ければ死ぬ、というのがどういった事で死ぬかはわからないけれど。
もしそんな展開になったのなら、これも運が悪かった、となってしまうのだろう。
テラプロメの存在は公然の秘密扱いだ。
知っている者はそれなりにいるけれど、しかしそこへ行ったという者は驚くほど少ない。
というのも、テラプロメ出身の人間が外に出る事は滅多にないし、仮に行った誰かがいたとして帰ってこれるかはわからないからだ。
テラプロメ出身で外に出る事が許されている者は、監視がついているか、はたまた必ず戻ってくるとされる忠誠心が強い者くらいだろうか。
もしくは、ルシアのように弱みとなるものを握られていて逃げ出せないか。
まぁ、ルシアの場合はもうその弱みとなっていた存在がいないのだが。
全員で動けば流石にあちら側にも早い段階で気付かれるだろう、と思ったからこそ。
イアはワイアットと連絡を取って、テラと相談して。
結果として時間差でテラプロメへ向かう事に決めたのだ。
ワイアットは学院側の生徒として在籍していて、イアたちから見れば敵対している存在であるけれど。
しかし彼はイアには目的をある程度明かしていた。
明かす、と言ってもちょっと色々あってあの都市ぶっ潰そうと思うんだよね、というとてもさらっとした内容だったが。
本来ならばある程度時間が経過した時点で、ワイアットたちがテラプロメへ転移する時に使った神の楔はテラプロメへの道を閉ざすようになっていたらしい。けれど、そこはワイアットが細工をしておくとの事だったので。
本来閉じるはずの道は、もうしばらく開いたままだ。
ウェズン達がテラプロメへ行ったと想定してから大体二十分程が経過している。
本来ならばテラプロメへの道は三十分ほどで閉じるはずだったのだが、ワイアットが細工する事で一時間は開いたままと言われていた。
レイとウィルが最初に突入する事にして、そこから五分か十分程時間をおいてから次が行く予定である。
大勢で押し掛けるにしても、そもそも向こうは魔道具の数が馬鹿みたいに多いので、都市内部での戦闘もどうなるかわからないし、ましてや生徒たちが押し寄せた事で手薄になったと判断されて学園そのものに攻撃を仕掛けられては困る。
テラプロメは本来神の居場所を捜すため作られた都市であり、学園や学院側であるはずなのだ。
だが――
「長らく地上と関わる事もなく閉じた世界を謳歌している連中だ。当初の目的を未だ完遂するつもりであるかは危うい。何せ……元老院との連絡は随分昔からほぼ途絶えつつある」
そう言ったのは、学園長であるメルトだ。
イアに相談されたからとて、流石にテラプロメ関連となればテラの一存で「よっし行っていいぞ」などと言えるはずもない。なのでテラはメルトへ報連相をきっちりと果たしたのだ。
メルト曰く、もっと昔には内密にテラプロメとも連絡を取り合っていた時期があったらしい。
神を捜し、その居場所を見つけたならばこの世界を放棄する事を選んだ神から何としてでもこの世界を延命させる術を聞きださねばならない。
この世界の創造主であれ、そいつの気まぐれで今こうして生きている者たち全てが犠牲になるつもりなど毛頭ない。
といってもあまり頻繁にテラプロメが学園や学院と関わっていれば、神とて訝しむだろう。
あくまでも神に気取られぬように、極秘に。
世界各地をしらみつぶしにテラプロメは捜し、その結果を学園と学院に共有していたのである。
だが、世界のほとんどを見たはずなのに見つからず、世界の裏側とか亜空間とか、ずれた位相だとか。
まぁそういった推測が根拠もなく飛び交うようになった頃、テラプロメは定期的に実行していたやりとりを徐々に減らすようになってきたのだ。
ある意味でそれはおかしな話ではなかった。見るべき場所がほとんど見終わった後ならば、今までと同じ頻度で連絡を取り合う必要はないのだから。
だが、見落としていたとか、神の居場所も定期的に変わっていて今まで奇跡的に会わなかった、という可能性もあるが故に。
ありとあらゆる可能性を考えて、とても長い時間テラプロメは遥か上空から世界を常に見守ってきたのである。
何らかの異変があればすぐさま学園や学院に連絡をする、くらいはするつもりだったのかもしれない。
勿論それは最初の頃は、という言葉がつくけれど。
しかし。
いつしか、テラプロメを動かしている元老院では、その考えが徐々に歪んだものへ変化していたのだろう。
表向きはあまり変わらず。
しかし裏では少しずつ確実に。
テラプロメのやり方はある程度把握しているメルトだが、だからといって今回も今までと同じだ、と判断するのは早計だし何より――
今までと同じであるならば、ワイアットが反旗を翻そうなどと考えるはずがないのだ。
何かがある。
ある、のだけれどその何かがわからない。
それはきっと、学院にいるクロナに問いかけたところでわからないのだろう。
イア経由でそこら辺聞けないかと思って試してみたけれど、明確な言葉は返ってこなかった。
どちらにしても、このままテラプロメを放置し続けるのも問題があるような気がする。
メルトの勘はそう訴えていた。
テラ経由で、だからこそウェズンとそれなりに関係のある生徒たちにテラプロメへ乗り込むようにと通達したのである。
全員で固まっていくのも危険だろうと考えて、時間差で、一人での行動は禁止して。
レイとウィルが転移してから、十分後。
次に転移したのはヴァンとファラムだ。
そしてその五分後にアレスとイアが。
アクアやハイネ、そしてイルミナは学園に残る事となった。
ウェズンと関わりがよくある生徒全員を送りだすのは流石に問題がある。
仲間は多い方が生存率が上がるとは思うけれど、テラプロメに全員が行ったあと、身動きが取れない状況に陥るだとか、連絡が取りあえない可能性だとか、はたまた調べものをしないといけない状況に陥るだとか。
そういったもしもの事を考えたなら、何名かは残ってこちら側で支援するようにした方がいいという判断だった。
テラプロメは瘴気汚染度が学園と同じように低い。
それもあって、モノリスフィアが使えなくなる、というのはテラプロメの中枢にこちらが立ち入って、向こうが妨害でもしない限りは連絡がとれなくなるなんてことはないはずだ。
ワイアットは、今回の計画についてイアには話していた。
イアの事を全面的に信用している、と言われると微妙なところだが、まぁ仮に学園側にワイアットの計画が知られたところで、学園経由でテラプロメに情報が流れる事はないと判断しての事だろう。
何よりイアは血が繋がっていないとはいえ、ウェインとファムの子である。
そんな彼女がテラプロメと連絡を取りたい、なんて言い出せば。
両親が賛成するはずもないし、周囲も状況を知っていればある程度止めに入るだろう。
もし学園側から誰も来なかったとしても。
既にルシアを餌にウェズンは巻き込まれている。
ワイアットからすればそれだけでも充分であった。
最悪ここでテラプロメが崩壊せずとも、元老院への嫌がらせと、あとは番人さえ始末できれば。
その後は、どうにかしようと動く誰かが何とかするだろう。
ワイアットの計画は、成功しても失敗してもどちらにしても彼の思った通りに進む。
知らされたイアは、うわぁ性格悪いな敵に回したくない、と素で思ったくらいだ。
だが、失敗した場合それはウェズンも死ぬ可能性がとても高く、それをイアは望んでいない。
テラやメルトだって、学園にいる有望な生徒の一人をそんな経緯で失うのは望んでいない。
他の生徒を投入して全滅した場合を考えると、犠牲が少ないうちに運を天に任せる方がいいのかもしれないが。
少なくとも今回の参加者にそういった消極的な考えの者はいなかったのだ。
故に――
元老院たちの目がワイアットとルシアに向けられているだろうまさにその時、イアたちもまたテラプロメにしれっと潜入を果たしていたのである。




