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僕が将来魔王にならないとどうやら世界は滅亡するようです  作者: 猫宮蒼
一章 伏線とかは特に必要としていない

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非日常集落



「…………は?」


 目の前の光景が、あまりにも現実味がなくてなんだか悪い夢でも見ているような気分になったのは、レイだけではなくイルミナもそうであった。


 レイは無意識だろうか声を漏らしていたが、イルミナは声すら出せず目の前の光景をただ見ているだけだった。


 今、何が起きた……?


 たった今目の前で起きた出来事を理解するまでに、一体どれくらい時間がかかった事だろうか。


 思っていたよりは早くに理解できたとは思うけれど、しかしとてもそうは思えなかった。


「えーっと、神の楔、あの集落にあったんだよね。向こうにいるだろう人たちも始末する?」


 完全に事態を把握できる前にイアがそんなことを言って、更なる混乱に叩き落そうとしてきたことでようやく現実に意識を戻し反応したのはレイが先だった。


「いやいやいや、まて、なんでいきなりこうなった!?」

「え? だって向こうはこっちを殺そうとしてたっぽいし。イルミナが何でここにいるかわかんないけど、でもその人の他に犠牲者が出てるんでしょ? って事はやっぱりこいつら敵って認識だよね?


 おにいが言ってた。むやみやたらに人を殺すのはダメだけど、そうするしかない時は下手に躊躇してたら危険だって」

「あいつそんな事言ってたの!?」

 マジかよ、とでも叫びそうな声でレイは思わず天を仰いでいた。

 確かに初日、殴り合いをし最後まで残っていた相手であるのでレイはウェズンの事をよく覚えている。自分が勝っていたなら敗者の事などいちいち覚えてられっかよ、とか言えたけれど負けたのはレイだ。自分を負かした相手を忘れるとか無理がある。


 だが、レイから見たウェズンは正直殴り合いこそ制したもののそれ以外は普通だな、と思っていたのだ。確かに真っ先に精霊と契約したらしいとか優秀さの片鱗はあったけれども、それ以外の行動・言動を思い返してもいかにも優秀であるだとかそういった感じはしなかった。

 一見すれば平凡そうに見える。だが、だからこそ侮れば痛い目を見るのだろうな……というのがレイのウェズンに対する感想である。


 だからこそ、そんな平凡そうな、けれどもきっとやる時にはやるだろう男が妹に対してそんな物騒な事を言い聞かせているとか思うわけがなかったのだ。

 精々危ないと思ったら迷わず逃げろよだとか、そういう若干日和った感じの事を言う程度におさめるのではないか……レイは勝手にそう思っていた。


 いや確かに殺されるか殺すかのどっちかしかない、っていう状況下で躊躇ったら自分の命が危ないのは言うまでもないのだけれど、それを平然と教え込む事ができるかどうかは別の話だ。


 そして、そう言われたとしてそれをあっさりと実行できるかどうかもまた別の話だ。


 いざとなったら相手を殺せ、なんてことを言われたとしてその時は「はい」と返事をしたとしても。

 実際本当にそういった状況に直面した場合、それを実行できるかどうかとなれば大半は一瞬かそれ以上に躊躇する。


「……お前特殊な訓練とか受けてたりする?」


 もし、そういった環境が当たり前でそういった状況に対応できるような教育を受けているのであればまだしも、そうでなければこんなあっさり言われたとおりにできる事がどうかしている。

 そう思ったからこその質問なのだろう。


「え? 別に普通だと思うけど。読み書き教えてもらって、簡単な護身術教わった程度だよ」

「いやそれもどうかと思うんだけどな……」


 天を仰いだままレイはそう呟くしかなかった。


 簡単な護身術、がどこまで簡単な護身術かはわからないが、殴り合いをしていたあの日、イアの動きを見る限りはそこまで凄い感じではなかったし、今回の課題の遺跡に入って罠の設置だとかをした時も身のこなしが凄い、という感想はなかった。

 小柄だから、地面に近い場所だとか、狭い場所だとかに関してはレイよりイアの方が何かをするにも向いているとは思ったけれど、それ以上でも以下でもない。


 少なくともレイから見たイアは何かが突出していて優れた人物ではないと思えたし、だからこそ。

 だからこそ、このあまりの思い切りの良さに未だに脳が追い付けなかった。


 そしてそれは、イルミナも同様だった。


 吊り橋から落ちていったイアと、それを追いかけていったレイ。

 二人を見捨てるのはどうかと思って咄嗟に山を下り川の下流へ移動しつつ二人を探していたのだけれど、その途中でこの集落へと辿り着いた。


 そこから二人と合流するまでに長い時間があったわけではない。

 けれども、イルミナはこんなことになるだなんて思ってもいなかったのだ。


「とりあえずさ、お前はなんで戻らなかった?」


 イアとこれ以上話していてもなんというか、心のこう……柔らかい部分を意味もなくへこませるだけのような気がしてきたからか、レイは話題を変えようとばかりにイルミナに声をかける。

 ついでにイルミナが肩をかしていた男をレイはひとまず引き受けた。

 正直彼女の体格と男の体格では男の方が若干大きい。そんなのをいつまでも支えているのは大変だろうと思っての事だ。

 あとは、何かあった時に肉壁にでもしてやろうという算段があった。イルミナが何故この男を助けようとしたのかはわからない。同じ学園の人間だからという簡単な理由なのか、それとも他に何かあるのか。

 一応そこら辺を聞いてからこの男の今後の扱いを決めようと思ったのだ。


 もしこの男がイルミナにとって大事な人物であるのなら、それをうっかり肉壁、もしくは肉盾にしたら問題しかないので。


「えぇ、ここで話すの……?」


 戻れと言われたのにも関わらずこうしてここにいる事について、多少の気まずさはあったのかもしれない。追手らしき連中は今の時点で全員仕留めているので、第二弾とか第三弾がやってくるまでに多少の時間はかかるだろう。そもそもあの集落に住んでる連中の数だって、そこまで多いとは思えない。

 なので、次に誰かがやってくるにしても猶予はあると考えられるのだが……


 だからといってこんな死体が出来上がってしまった場所でのんびり今までの話をしよう、とはとてもじゃないがイルミナには思えなかったのだ。

 正直、血の匂いがするしそのせいで何とも嫌な気分になる。具体的に言うならば、うっかりすると吐きそう。

 血そのものが苦手というわけではない。イルミナだって女なのだから、月一で血を見る機会など普通にある。

 だがそれとこれとは話が別だ。


「……少し場所移動するか」


 レイも何があったかを聞くつもりではいるものの、血の匂いが充満するこの場所で長々話をしようとは思えなかった。なんというか、今しがた目の前で起きた出来事があまりにも現実から離れすぎてる事もあってまだどこか現実逃避をしがちであったものの、イルミナの態度で少しではあるが現実に追いついたとも言う。




 ――下山しつつレイとイアを探し始めたイルミナが辿り着いたこの場所には、先客がいた。

 課外授業で訪れた生徒三名。

 最初、イルミナは彼らに話を聞こうと思って声をかけようとしたのだ。


 だがしかし、どうにも剣呑な雰囲気が漂っていた事もあって素直に姿を見せて声をかけることを良しとしなかったのである。なので己の気配を薄める魔術を発動させてそっと物陰に隠れるようにして様子を窺っていた。


 集落の住人の言葉はイルミナにもさっぱりわからなかったが、三名の生徒はそれを気にした様子もなく普通に話をしていた。理解できている? 何を言っているのかを?

 イルミナは祖母からそれなりに色々と学んできた自覚があるが、けれども彼らの言語は全くわからなかった。いくつか古代言語を学んでいたけれど、それに近しいと思えるものでもなく、もしかしたらあの言語だろうか……とあたりをつける事もなく。


 わけがわからないな……なんて気持ちで見ていれば、生徒たちも言うべきことを伝えたからか、それとも伝えたけれど相手が理解している様子もないからか、苛立った様子を見せていた。


 意味がまったくわからない言葉と、こちらが話す言葉を理解している前提で話しているように見える生徒たちのやりとり。

 生徒の言っている事だけは意味が理解できるけれど、どうやら何かの取引をしているようだった。


 学園から何かを届けに来た……のだろうか?

 イルミナの目にはそう映ったし、生徒の話からすると恐らくそれで合ってるはずだ。


 だが、彼らはそれ以外に何か、受け取らなければならない物があるらしく、それを出せと彼らに言っていた。けれど彼らはそれを理解しているのかいないのか、わからない言葉を使って何やら言っていたけれど、生徒たちがその意味を理解できた様子もない。


 いい加減にしろよ!


 三人のうちの一人がそう叫んだ途端、生徒たちの近くに控えていた住民が、背後から殴り掛かった。赤ん坊程の大きさもある石を持ち上げて、生徒たちを殴ったのだ。


 そうくると思っていなかった二名はもろにそれを食らい、がっ、とかごっ、とか言いながら倒れた。

 一人ギリギリで回避した生徒が咄嗟に反撃しようとしたものの、向かいにいた取引相手だろう住民にみぞおちのあたりを殴られて立っていられなくなったのか、膝から地面に落ちた。


 倒れて、マトモに動けなくなった三人を引きずるようにして彼らはあの小屋へと三人を運んだ。

 イルミナは自分の存在がバレないように必死に気配を隠し、足音を消し、集落の住民たちにみつからないように小屋へと辿り着いて、そうして――


 そっとドアを少しだけ開けてその隙間から見た光景は、彼らが石で頭を殴られてもまだかろうじて生きていた生徒二名に向けて、手にした石槍を小さな壺に突き刺してから改めて刺したというものだった。

 刺した、とはいえ、位置的には致命傷になるような場所ではなかったと思う。けれどもそれに満足したように彼らはそのまま小屋を出た。慌てて隠れたイルミナは見つからずに済んだけれど、もし見つかっていたらと思うと流石にゾッとしない話である。


 住人たちの姿が完全に見えなくなってから、改めてイルミナはそっと小屋の中に入ってみた。


 石で頭を殴られて槍で刺された二名は、既に死んでいた。

 致命傷を受けるような傷ではなかったと思うが、頭にも一撃食らっている。死んでいてもおかしくはなかった。けれども、もしそうであるならわざわざ槍で刺した意味は……?

 そう思って先程槍で刺す前にそういや壺の中に差し込むようにしていたな……と思って見て、イルミナは露骨に表情を歪めた。


 壺の中から漂う悪臭。

 血の匂いと混じりあっているけれど、それでも中身を見る限りそれが何であるかはわかる。

 動物の排泄物――実際動物か、はたまたあの集落の誰かのかまでは判別したくはないが――と、恐らく何かの毒だろうか。

 糞尿だけなら破傷風を考えるがそれにしたって死ぬまでが早すぎる。

 恐らくは何らかの毒がメインで、もしそれで死ななければ破傷風を狙った……と考えるべきだろうか。


 みぞおちを殴られるだけで済んだ一名に近寄れば、こちらはまだ生きていた。


「しっかり。何がどうなってるの?」

 声をかける。

 完全に意識が沈んでいたわけではなかったようで、呻き声を上げながらも彼は起き上がろうとした。

 だがしかし、上手く力が入らないのか僅かに動くだけに終わってしまった。


 イルミナは念の為持ってきておいた回復薬をリングから取り出して男の口に流し込む。


「味は不味いけど、効果はあるから」

 そう言って。

 実際そう言わなければ毒か何かだと思われて吐き出していたに違いない。


 そうしてある程度意識がはっきりしたらしい男は、エイワーズと名乗った。オレンジ色の鮮やかな髪の男である。

 意識がはっきり、と言ってもまだ本調子ではないようで、時折ぼんやりすることもあったがそれでも何とかイルミナは話を聞きだす事ができた。




「――おい。なんかあそこに洞穴あるぞ」


 話の途中でレイが何かの動物の巣穴にでもなっていそうな洞穴を発見し、顎で示した。


 移動しながら話を続けるのも奴らの接近に気付けない可能性があって危険だし、それなら一度あの場所で休憩がてら情報を纏めた方がいいだろう。

 そう判断して一同はひとまずその洞穴へと向かう事にしたのであった。

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