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僕が将来魔王にならないとどうやら世界は滅亡するようです  作者: 猫宮蒼
八章 バカンスは強制するものじゃない

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一通の手紙



 ――結局のところ。


 永遠なんて存在しないのだ。


 もうずっと前から分かっていたことではあるが、それでも。


 青年は終わりを選んだ。


「そう、終わりは必ずやってくる。誰にだって、どんなものにだって。

 それが、望む望まざる関係なく」


 そう呟いた声は、青年以外誰もいない空間に溶けるように消えてゆく。

 もし、聞いていた者がいたのであれば。


 もし聞いていたのが青年の味方であったなら、賛同されたかもしれない。

 もし聞いていたのが青年にとっての敵であったなら、ここで彼を止めようと動いたかもしれない。


 けれどもその場には青年しかいなかったので。


 彼がやろうとした事を後押しする者も止めようとする者も、どちらも存在していなかった。




「もうだめだ死ぬかもしれない……!」


 バカみたいな勢いでドアをノックされて、うるさいなぁと思いながらも出てみれば。

 顔を真っ青にしたルシアが立っていた。

 え、何? と用件を聞こうとしたウェズンが口を開くより先に、ウェズンの姿を認識したルシアはひしっとウェズンの腰にしがみつくように、というか縋り付いた。


「いやそりゃね!? そのうち、決着をつけようと思ってはいたよ!? いたけども!?

 でもそれってもっと先の話だと思ってたの! 勝率が低かろうともそれでも自分的に万全の状態で挑もうと思ってたの! でもさぁ、こんな事ってある!?」


 離すものかとばかりにしがみついたルシアがまくしたてる言葉の意味を、ウェズンはさっぱり理解できなかった。

「落ち着け? 一体どうした」


 何か混乱してんなー、とは思ったものの、宥める方法などそこまで詳しいわけでもない。

 前世の弟や妹が公式からの供給だひゃっほー! みたいなノリでテンション上げて錯乱してる事はあったけれど、それについてはそうかそうか良かったね、で済んだし一緒になって喜べば一応ある程度落ち着きを取り戻してくれていたので、あえて落ち着かせるという行動をとる必要はなかったというのもある。


 仮に、学園の外で大量の魔物と遭遇してパニクったりだとか、予想してなかった場所で学院の生徒と遭遇して戦闘に突入した時に混乱してテンパったり……といった場合ならとりあえず一発ぶん殴ればいいだけの話で。


 だが今はそういうすぐさま戦闘態勢をとらなければならないわけでもない。

 ウェズンがとりあえずでぶん殴らなかったのは、そんな理由だった。そうじゃなかったら殴ってたかもしれない。


 一頻り喚き散らかしたルシアはようやく落ち着きを取り戻したのか、リングから一通の手紙を取り出した。


 モノリスフィアがあるから普段はメッセージのやりとりをしているとはいえ、そうじゃない相手とのやりとりは手紙である。だから今時手紙とは古風な……とまでは言わない。


 一度開封されて、中を見た上で戻したのだろう。


 最初は綺麗に開封しようとした痕跡があったが、途中で失敗したのか封筒の真ん中あたりから切り口がガタガタになっていたが、中の手紙は無事だったようで。


 相変わらずウェズンにしがみついた状態のまま、ルシアは片腕を伸ばしてその手紙をウェズンへ差し出してきた。読めということだろう。


 丁寧に二つ折りにされた紙を取り出し、開く。


 差出人が誰かはわからなかったが、時候の挨拶から始まり本題に入ったその内容は、要するに呼び出しの手紙であった。次の学園の授業が休みの日に、どこそこへ来い、とかいう内容。


 少し前に学力テストみたいな事を終わらせたばかりで、次の休みは連休であった。

 普段は学外授業の関係上、皆が皆同じ日に休みがあるわけでもない、という事もあったりするものの、今度の休みはほぼ一斉に皆お休みである。

 それもあって、次の休みに一緒にどこかに出かけない? なんて浮かれたお誘いがあちこちでされていた。


 綺麗な字が綴るその内容に目を通していって、最後の方に差出人の名前を見る。


 ワイアット。



 何度見てもその名前がそこに存在していた。



 あー、とそこでようやくウェズンは納得した。


 なんでこんな取り乱してるんだろうなぁ、とは思ったものの、そりゃまぁそうなるか。


 ルシアにとってワイアットはいずれ戦って倒さねばならない相手だ。

 どうやら家族同然の相手を殺されていたらしいし、その事実を知った時にルシアはワイアットに襲い掛かったもののあっさりと返り討ちにあって手も足も出なかった、とはイアの談だ。

 勝てなかったとしても、こうしてルシアは生きている。


 生きているのならば、いつか。

 次こそは。

 敵を討つのだと。


 そう決意してルシアは学園での授業に一層力を入れ始めたのだ。

 今まではどこか諦めた部分も見受けられていたが、あの一件以降は泣き言をいう回数も少なくなっていた。


 ワイアットの実力ならば、次の神前試合で学院側は彼を選ぶことだろう。

 そう思っていたのはルシアだけではない。


 元は学院にいたアレスたちもそう言っていたし、学院にいる生徒たちの大半もそう思っていたようなので。


 ルシアは神前試合でワイアットと決着をつけよう、と考えていたのかもしれない。そのために、学園側でどうにかしてルシアは神前試合への参加権を手に入れなければならないが、そのための努力をしていたし、もしそうじゃなかったとしても。

 魔王として選ばれずともその部下扱いで参加できれば……と考えていたのだと思う。


 生憎とそこまで詳しくルシアの内心を聞いたわけではないので、あくまでもそれはウェズンの想像でしかないが。


 だが、ワイアットにせめて一撃でも食らわせてやろうという気持ちがあるのは確かなはずだ。


 そんなルシアに、まさかそのワイアットから手紙が来るとはルシア自身予想もしていなかったのだろう。

 ワイアットを知る相手からすれば、多分誰もこんな手紙送り付けてくるとか思ってもいないんじゃなかろうか。


 手紙の最後にワイアットの名が書かれているのを何度も見返したウェズンですら、今でもまだちょっと本当に……? という気持ちがある。

 あと思った以上にワイアットの字が綺麗すぎて脳が理解するまでにやたらと時間がかかった。


 いや、決して字が汚いイメージはなかったのだけれど。

 精々普通に読めるくらいの文字だったならなんとも思わなかったかもしれない。


 ともあれ、ウェズンはルシアが見せたその手紙に改めて目を通す。


 何度見たところで内容が変わるわけではないけれど。


 何度見たところでどこぞへ来いという呼び出しの手紙であった。


「……果たし状か何か?」

「やっぱそう思う? そう思うよな!? でも今の状態で出向いたところで勝てる気しないんだよぉ~」


 あいつぶっ殺す、という気持ちは確かにあるのだけれど、だが悲しい事に実力が追い付いていないので。

 今はまだ無理でも来たるべき日には必ず……! みたいな決意をしていたというのに。


 それをあっさり無視しての呼び出し。


 そもそもワイアットとルシアは故郷が同じという共通点こそあれど、別に親しい間柄というわけでもない。

 むしろルシアにとって家族のように思っていた相手を殺したのがワイアットなので、親しいどころか殺害動機が充分すぎる相手である。


 そんな自分に対して憎しみしか持ってなさそうな相手を手紙で呼び出そうとか、ワイアットのメンタルってどうなってるんだろう……人の心とかもしかして持ってない感じか? とウェズンは思う。


 呼び出された先は、ウェズンの記憶が確かなら特に何があるでもない小さな島だ。

 一応神の楔があるから行って行けない事はない。

 ただ、そんな場所に呼び出すのなら、やはりやるべき事は殺し合いとかそんなやつなのかな、となるわけで。


 どう考えても平和的な会見・会合などではないだろう。

 ルシアとワイアットの間の確執を説明されたなら、誰だってそう思うに違いないのだ。

 むしろその状況を知りながらも、お友達と会って話したいだけなんじゃない? とか言う奴は頭の中身がきっと腐って溶ける直前のキノコでも詰まっているに違いない。お花畑の方がまだマシにすら思えてくるが、まぁどっちもどっちだろう。


「えーっと……一応この手紙にはお友達を連れてきても構わないって書いてるけど……?」


 あまりにも字が綺麗すぎて、なんだかまるでどこかで行われるパーティーのお誘いのような文面ですらあるけれど、これを書いたのがワイアット、というのを見てから踏まえると他に戦力を連れてきて構わない、という風にしか受け取れない。

 ルシアが一人で行くには死ににいくようなものだとしか思えないが、しかし仲間を連れていくのも犠牲者を増やすだけな気がしてくる。


 それというのもワイアットの実力がバカみたいに強すぎるのが原因だった。


 去年の学院の生徒がこちらに強襲仕掛けてきた時はさておき、その後の学外授業でワイアットと遭遇して死にはしなかったが死にそうになった一部の生徒はワイアットの名前を聞いただけで震えたりする始末。あいつの存在は完全にトラウマである。


「向こうがワイアットだけ、かどうかもわからないんだよなこの手紙からだと」


 お友達は連れてきてもいいよ、と書いてあるけれど、向こうはワイアット一人で待ってるとは書かれていない。


 いっそ学園の生徒全員で乗り込んでやろうか、とか思ったけれど流石にそこまでの人員を動員できるかというと……生憎ウェズンにそこまでの人望はないし、ましてやワイアットがここに来てねと記した場所はそう広い場所でもない。流石に学園の生徒総出で、というのは無理がありすぎた。


「これ、行かないって選択肢はないの?」

「あると思うか!?」


 言われて考える。


 行かなきゃ行かないで、ワイアットなら単身こちらに乗り込んできそうな気がする。

 そうなると無駄な犠牲が出るかもしれない。


「うーん……ちょっと待って、確認してみる」

「確、認……?」


 確認って一体何を?

 と言わんばかりに見上げてくるルシアに、とりあえず一度離れるように言えば、わけがわからないなりにこの状況をなんとかできるかもしれないと思ったのか、案外素直に離れた。


「えっ、まさかワイアットに? ウェズン、きみ……あいつと連絡取れたっけ?」

「いや。僕は知らない。でも知ってるやつはいるだろ」

「え?」


 どうやらワイアットからお手紙が届いたという事実が、相当ルシアにとっては混乱する事態だったらしい。


 いつでもまたウェズンにしがみつこうと思えばしがみつけるように、と膝立ちの状態のままルシアはウェズンを見上げたままだった。

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