生きてる可能性は特にいらない
自分の両親について、と言われたところでイアに言える事はわからん! の一言に尽きる。
何故って、そもそも自分が転生している、という事実に気付いたといえど、その時点で色々と違い過ぎたからだ。前世と。
前世では赤ん坊だった頃なんてなかった。いや、あるにはあったけれどその頃は培養槽の中である程度成長促進されてたし、その間にサポートデバイスによって必要最低限の知識や常識を詰め込まれているところだったけれど。
赤ん坊時代のイアには前世と今との違いがわからず、どうしてサポートデバイスが作動してないんだろうなぁ、とかぼんやり思っていたくらいだ。
そういった物がない世界では、これが普通で当たり前なのだ、と気づくまでにかなりの時間がかかったし、そのせいでイアの身体的な成長は周囲の子と比べて大きく遅れた。
母親らしき女性が大変だった事はうすぼんやりと憶えているが、そもそも自分が生まれる前に自分の父親にあたる人物は亡くなっているらしい、というのは後になって里の人間から聞こえてきた情報を組み合わせて察した結果だ。
母親の口からお父さんが死んでいるとかそういうのは、少なくとも聞いた憶えがない。いや、言っていたかもしれないけれど、イアが憶えていないだけで。
どちらにしても、幼い頃の自分はロクに言葉も喋れず動くのもやっとという状態で、親がどうこうというのは気にするところではなかったのだ。
母親が亡くなった後は親という後ろ盾がなくなった事で一気に立場が悪くなったから、生きていくだけで必死だった。
「どっちにしてもさ、もういないから聞こうと思っても聞けないんだよ」
もし、仮にまだ母親が生きていたとしても。
きっとあの小さな集落の中での自分たちの立場はそこまで変わらなかっただろう。
頭も体も成長の遅い面倒な子と、それを抱える母親。
子を育てるだけで精いっぱいで、それ以外の仕事があったとして果たして母がどこまでできたか。
それ以前にイアはあのちっぽけなコミュニティで、そこで暮らしていた人たちがどうやって生計を立てていたのかもわかっていない。
イアが架空の神様の生贄にされて逃げられないように足の骨を折られて外に放り出された日、運よくそれが神前試合があったらしき日で、そしてイアが暮らしていた場所の結界が解除された事で、結界内に留まっていた瘴気が周囲に拡散、瘴気汚染度が高い場合は外に出られずとも、そうでない者たちの出入りは自由にできるようになって。運よくイアはその時に調査か何かにやってきていたウェズンの父に拾われた。
ゲームでのイアという主人公はウェズン達の家に引き取られたとなっているが、その生い立ちは特に細かく語られてはいない。
だから、イアは自分が最初その主人公的立場だと気づかなかった。気付くはずもない。
だってその頃のイアの名前は本当はニナで、名前を聞かれた時に上手く喋れずイアと言ってしまっただけで。
ウェインの顔やウェズンを見て、そしてその名を聞いてじわじわと思い出したにすぎないのだ。
むしろよく思い出せたなとすら思っている。
てっきり、親友が死んでその家の子だけが残されたのを引き取ったとか、そういう平和的なやつかとも思っていたのだ。ゲーム版主人公。
サポートデバイスもない今のイアの記憶力は精々人並み程度で、だからこそうんうん唸りつつあれこれ思い出してみてもだ。
「そもそも、実の父親っていうものについて、噂ですら聞いた憶えがないと思うんだよね」
「そうか……」
「それに、結界が解除されてなくて閉ざされてたところだからさ、外から来た人はきっと珍しかったと思う」
「まぁ、この世界の事を考えたらそうなるな」
アレスも同意するように頷いた。
後先考えずに神の楔で転移して、その先が思った以上に瘴気汚染されてて自分も汚染された結果他の土地にいけなくなってしまった、とかいう自業自得的な事故というか、単なる自滅みたいな事をしでかす人間がゼロとは言わないが、それでもそういった相手が大量にいるわけではない。
中には、自分の浄化魔法に絶対の自信を持っていたがそれはただの過信であった、なんていうオチがついたりする事もあるかもしれないが、それにしたって万が一を考えたならそう気軽に未知の土地へ転移しようなんて思うやつはそこまでいないのだ。
イアの故郷だったところは小さな集落で、閉ざされた空間と言ってしまえばそう。
そんな閉鎖的なところだ。
もしよそ者がいたのなら、もっといろいろ言われていたのではないだろうか。
イアが成長の遅い子であったのは、母が死んだ後で面倒で厄介で面倒な子、という認識であったけれど、もしそこでイアの父親にあたる誰かがそういった外部からの存在であったなら。
きっとそこでも悪しざまに言われていたはずだ。
単純にイアが自分の事で一杯一杯で言われていても聞いてないとか憶えてないという事もあり得るが。
どちらにしても、確証も確信もなければ手掛かりもゼロである。
「スターゲイジーパイだけが美味しい理由に関して、神の子絡みで考えたら、血が薄まったからかなとか思ったんだけどな……」
魔法関連だけがマトモに――マトモと言い切っていいかは微妙だが――作れてそれ以外が駄目だというのが神の子の特徴であるのなら、その更に子供は同じ神の子同士でなく他の種族の血が混じるのであれば。薄まって、その呪いのような特徴もやや緩和された、と考えられなくもない。
「うーん、無いと思うよ。それにさ、もし仮にあたしがおにいの言うような神の子の子、だとして。
だったらさ、もっとこう……精霊とかそっち方面のリアクションあっても良くない? ないからね?」
「親子の血縁関係の調べ方がないわけじゃないが、どちらにしても難しいな……既に二人とも鬼籍なんだろう?」
「うん。おかーさんの方は集落の墓地に埋められたと思うけど、どうだろなー、もうずいぶん昔の話だし、骨が残ってたとしても、他の人と一緒くたに埋められてたらどれが誰かもわからんし」
アレスの言いたいことはわかる。DNAとかそっち方面での鑑定を言っているのだろう。確かにできない事はない、が、しかし既に親の遺伝子となりそうなブツが残されてるとは言い難い。
幼かった頃のイアが暮らしていたのが文明なにそれ美味しいの? とか言いそうな集落ではなくもう少しマトモな町であったなら、墓地ももうちょっとこう……マシだったかもしれない。
少なくともイアが暮らしていた集落で、誰かしらが死んだ時の墓は言っちゃ悪いが個人に用意などされていなかった。一応、集落での権力者あたりは個別に墓を用意したかもしれないが、それ以外は纏めての埋葬だ。死んだ直後ならともかく、時間が経過しまくった今掘り返したところでどれが誰の骨かもわからないものが残っていればいい方だろう。
せめて、個人での墓として残されていたなら話は違ったかもしれないが。
「それ以前に、おかーさんは埋葬されたけど、おとーさんに関してはホントに知らないからね。あたしが生まれる前に亡くなったらしいし。お墓に埋められたのか、それとも生きてるけど死んだ事にされたかもしれない」
「生きてるけど死んだことに?」
「ほら、おにい良く考えてみてよ。あるでしょそういうお話。
よそ者が受け入れられなくて、追放とか。追放で済めばいいけど、邪魔者だと判断されて集落の外で村人が一斉に殺したのをそこらに放置したとか適当に埋めたとか。
追放して二度とここには来るな、ってやつなら生きてる可能性はあるけど、あの時は確かまだ結界があったから自由に外に出入りはできなかったはず。
……もし、おにいやアレスが想像してるみたいにあたしの本当のおとーさんとやらが、神の子だとして、そしたら結界とか意味があったかわからんけど。自由に出入りできてたなら、追放された後別のどっかに行った可能性はあるよね。
追い出した後、どこでも見かけないから野垂れ死んだんだ、って思われて死んだ扱いかもしれないし」
あまりよろしくない想像ではあるが、確かにそういった可能性がなかった、とは言い難い。
閉鎖的な空間によそ者がやってくるとなると、今までの常識に別の常識が紛れ込んだりして、そこで自由に振舞えた権力者にとっては都合が悪いなんて事は往々にして存在する。
イアの母親がどういった人物か、ウェズンは知らないしイアに聞いてももう憶えてないと言われるだけだが、もし里の権力者がイアの母親を狙っていたとして、そうすればイアの父親というのは邪魔でしかなかった。子を宿された時点でイアも邪魔になっていそうだが、子は育て方次第で使える道具になる、とか考えるような奴であったなら、まぁそっちは放置しただろう。下手に子と引き離して女の恨みを買うよりはマシと考えて。
考えれば考えるだけ、閉鎖的な集落で起きる人間関係の確執、そこから生じる殺人事件、とか一体どこのサスペンス小説ですか、みたいなものが浮かび上がるが――
「仮に無事で生きている可能性もあるとはいえ、生存はあまり……どうかな」
「うん、あたしも思い付きで言っただけだから、生きてるとは思ってないよ」
「どういう事だ?」
ウェズンに頷いたら、今度はアレスが不思議そうに尋ねてきた。
「もし、二人が言うようにあたしの本当のおとーさんとやらが神の子だったとして。
何らかの事情で里を追い出された後、結界をするっと抜けて出ていったとしてだよ?
それでもさ、一応あたしのおかーさんとは愛をはぐくんだりしてたはずなんだよね?
だったらさ、どっかで多分様子とか、時々確認しようとしたっておかしくないでしょ?
でもそういうのもなかったはずなんだよね。
というか、もし仮にこっそり様子を見に戻ってきていたとして、そしたらあたしの成長の遅さとかさ、他の子たちのいい玩具にされてたとことかさ、思う部分があったってよくない?
でもなかったもの。
子を作るだけ作らせて、遊びだったオチもあるかもだけど。
でもそしたらそのおとーさんとやらがどうしようもないクズになっちゃうからさ。正直そうは思いたくないって気持ちもあるよ。
それなら、あたしのホントのおとーさんは普通の人間で、怪我とか事故とか病気とか、まぁそういう理由であたしが生まれる前に亡くなった、って考えた方がマシ。
里を追い出されたとしても、その後一切妻や子供の事なんて気にしない人じゃなかった、って思える」
「そうか……」
改めてイアの口から言われると、アレスもそれ以上その可能性について言う事はできなかった。
仮に追い出された後、それでもどうにかして妻子に会おうと思ったのなら、既に結界は解除されているのだ。神の子であっても各地を閉ざしていた結界の方はどうにもできなかったとしても、それがなくなった後ならあの土地に再び足を踏み入れる事はできた。
そこから調べれば、イアの母に関しては死んだ事がわかるだろうし、イアについてももう少し頑張って調べたら引き取ってくれた先の居場所だってわかるだろう。
だが現状、そういった存在がイアの周囲でちらつくような事もなかった。
生きている、と思うよりは素直に言葉通りに死んでしまったのだと思った方が余程マシ。
そして、神の子であるならそう簡単に死んだりしないだろう、と思えるので、であれば余程の事があったと考えるよりは普通の人がイアの本当の父親だったと考える方がしっくりくる。
微妙な共通点があるように思えたから、そんな考えをしてしまっただけで証拠になりそうなものなんて本当に何一つないのだ。
だから、これはただの「もしも」の話。
「ま、もし本当にあたしのおとーさんとやらが神の子だったなら、このちゃんと料理作ってるはずなのにどうしてか不味くなる現象に理由とかついたかもしれないってのもわかるんだけどさ。
こればっかりは……あたしにもどうにもならないよ。なってたらどうにかしてる」
はは、と乾いた笑いと共に肩をすくめてみせるイアに。
「うん……なんか、ごめんな」
何とはなしにウェズンは謝っていた。
せめてこの本当にどうしてかちゃんと作っても不味くなる料理に関しての原因だけでもハッキリできれば良かったのだが。
結局のところ真実はいつだって闇の中なのだ。




