このメタに答えは出ない
一段落、と言っていいだろう状況になったので、ウェズンはイアと一緒に錬金術同好会を後にした。
そうしてモノリスフィアで次に行く場所、というか相手のところへと連絡を入れる。
先程、ふと気にかかった部分をもう少しどうにかできるのではないか? と思ったからだ。
連絡を入れれば、本人は現在寮の自室にいるらしく、それならこれから外に出る、と返信してきた。
イアを連れているので、流石に男子寮に乗り込ませるわけにもいかず、またいくら兄と言えどもイアの部屋がある女子寮へ行くわけにもいかない。
とはいえ、学園内で話をするにも、なんとも微妙な雰囲気になりそうだったのでウェズンはそれじゃ学園の外で落ち合おうと更にメッセージを送ったのである。
「で、どこ行くのおにい。あんま遅くなると先生に怒られるよ」
「夜遊びしにいくわけじゃないから大丈夫だろ。精々ちょっと学園抜け出して食堂以外の場所で飯食いに行くくらいならいちいち怒らないよ」
食堂のメニューは豊富ではあるけれど、何でもそろっているわけでもない。
どうしても、今日あれが食べたいんだ、となっても食堂に無いのであれば、あるところまで行くしかない。
そういう感じで学園の外に食事をしにいく生徒は全くいないわけではなかったのだ。
まぁ、ウェズン達はそういう理由で外に出るわけでもないのだが。
神の楔で移動するので、行先はどこであろうと大差ない。転移するので距離は気にする必要がないのだ。
とはいえ、下手に学院の生徒と遭遇しそうなところにも行きたくはなかったので、なるべくあまり外からの人が大勢出入りするようなところではなく、そこそこの規模の町あたりに出かけようか、と考えた結果。
恐らく学院の生徒がほぼ来ないだろう、ウェズンの実家近くの町へやってくる事になった。
ここなら最悪何かあっても地の利がある。
逃げるにしても戦うにしても、立ち回りでミスって危機に陥る事はないとウェズンは判断していた。
実家近くとはいえ、あまり足を運ぶ事がなかった町であっても、それでも全く知らない場所ではない。
そこに、ウェズンはイアを連れ、ついでにアレスと共にやって来た。
「ここまで来たら実家行った方が早くなかったか?」
「それも考えたんだけどさ……でもまぁ、ちょっと気分がのらない」
帰省、と考えれば別にどうという事はないのだが。
それでも何となく、気分が乗らなかった。
それに今、両親と話をするような事もない。というか、仮に聞きたいことがあってそれを聞いたとして、向こうが答えてくれるかも微妙だ。
それどころか、意味深な言葉をぽんぽん追加されて余計謎が増える展開の方がありえそうで困る。
謎を増やそうと言うつもりは恐らく両親にはないはずだ。
多分本人的にはヒントをあげてるくらいのやつで、ちょっと考えて答えにたどり着いてほしいとかそういうやつだとウェズンは思っている。
ただ、そのヒントの出し方がくっそ下手くそ、という気がとてもするだけで。
まぁともあれ、どうにもならなくなってパズルのピースを追加するくらいの気持ちになってから話を聞いた方がいいだろう。
なので実家付近の町なのだ。
久しぶりに訪れたそこは、以前と変わらず、といった雰囲気だった。
特にこれといった事件が起きたとか、そういう様子もない。
どこを見ても平和。ゲームで例えるのなら、既にこの町で起きるイベントは全部終わった後、とかそんなところなのかもしれない。
そんな町中で、ウェズン達はとりあえず落ち着いた雰囲気の喫茶店に入り、少しばかり込み入った話をするかもしれないから、と奥の方の席へ案内してもらった。
学園の制服を着ているのもあって、恐らくはそっち方面での込み入った話だと思われただろう。
もし私服のままだと、最悪イアとの三角関係を疑われていたかもしれない。
早速とばかりにイアがココアフロートを注文していたので、なんとなく便乗してウェズン達もソーダフロートを頼んだ。それ以外のメニューに関しては後回し。
「……それで、突然の呼び出しだけど何を聞きたいんだって?」
ソーダの中にアイスを沈めながらアレスが問う。
「いや、その。ちょっと前の話だけど、アレスがレイと一緒になって脱出してきた所、あるだろ?」
「あぁ……アレ」
言われてアレスの表情がちょっとだけ歪む。
どうにか脱出できたから今となっては思い出話として流せるけれど、最悪あのままずっと出られないかもしれなかったあの城か、と思えばまぁ多少表情にもそれが出たって仕方がない。
「そこで神の子についての話が出てたよな」
「あー……そうだな」
言われてアレスの脳内には、あのタイトルを把握しようとすればするほど大変な事になりかけた書庫が思い出される。
「気付いた事とか他になかった?」
「いいや? あの時は脱出するのに必死だったから、出せる情報は全部出したぞ」
「それじゃ、神の子についての情報もそれ以上は?」
「ないな」
「そうか……」
アテが外れた、とまではいかないが、それでも残念そうに眉を下げるウェズンは、何とはなしにストローで浮かんでいたアイスをぐるぐると回していた。カラカラと氷が軽やかな音を立てる。
「おにい? 何で今更その話?」
半分ほどアイスを先に食べて、残ったアイスをココアに溶かしていたイアが首を傾げた。
今更、というイアの言葉はアレスにとってもそうだった。
「今更、というかだな……
これは荒唐無稽な想像なんだが。
もしかしてその神の子とやらは、イアと関係があるんじゃないか、とふと思ってな」
「なんだって?」
「えぇー、何言ってるのおにい」
ウェズンの言葉にアレスは片眉を跳ね上げたし、イアも困惑していた。
だがしかし、怪訝そうな表情をしていたアレスがふと、そうか、と呟く。
「何か、引っかかると思ったんだ。あの時。
神は、人と同じ物は作れない。それでも人と同じように作ろうとした結果、常軌を逸脱した代物が出来上がってしまった……結果としてあの書庫にあった本は、魔導書の類はまだしもそうじゃない物は人が理解するには難しく……理解しようとすれば発狂する」
「魔術はさておき魔法に関しては精霊と契約して使えるようになる、けど、その精霊もまた神が創り出した存在だ。つまり魔法は神が与えた力といっても間違いじゃない」
「だからこそ、神の子とやらが魔導書を書き上げた分には問題なかった。まぁそれでも人にとっては常軌を逸脱した力があったからか、理解した端から変質した存在がいたようだけど」
「え? え?」
アレスとウェズンが何かをわかったみたいな顔をして紡ぐ言葉を、イアだけは何もわかりません、みたいな顔をして交互に眺めていた。実際二人して何言ってんの? という気持ちでいっぱいである。
「つまりは、魔法的な物なら問題はないけれど、それ以外の創造物はアウト。
それでイアが浮かんだ」
「ただ、イアの場合はスターゲイジーパイだけはマトモに作れるから、違うとは思っている。思っているんだけど……」
ウェズンはそこで言葉を切った。
アレスとレイが迷い込んだ城で、神の子と呼ばれていた存在はどうやら男性のようであったし、イアではないのは言うまでもない。
だが、無関係だと果たして言い切れるだろうか、とウェズンは思ってしまったのだ。
神の子とつながるような何かがあるわけではない。
ない、のだが。
(メタ的な見方をすれば、ゲーム版という本来の原作と異なるとはいえ、ある種公式の二次創作で主人公をしているのがイアだ。なら、そんなイアにも実は……みたいな隠されたとんでも設定があったっておかしくはない)
イア本人にさえ説明できそうにないくらい根拠も何もあったものじゃないメタ読みだが、ウェズンはその可能性はゼロではないと思っている。
だって主人公だぞ?
そりゃあ話によっては何の変哲もない普通の主人公だっているけれど、少なくともイアが言う原作とやらはウェズンが魔王を目指さなければならない話で、ゲーム版はそこにちょっと紛れるような、原作を壊さない範囲での話だ。
そんなところに何の力も持たないようなのが主人公としてやれるか、となると……と思うわけで。
ゲームでは確か、ウェズンを魔王にしつつもイアが他の仲間たちと交流を深めて、だったか。
恋愛か友情要素があるだろう感じではあったが、原作のウェズン少年はそもそも魔王を目指していない。最初は勇者を目指そうとしていたはずだ。
だからこそ、放置しておけば勝手にウェズン少年が魔王になるか、というとそうではない。
イアというゲーム版の主人公には、そういった意味で上手い立ち回りを要求される事になるわけだ。
自分も足手まといになっていては、到底仲間と仲良くも何もあったものではないし、兄と周囲との橋渡しもするはずだ。
……そう考えると、ますます特技も何もないただの少女では無理だと思えてくる。
こう、秘められし出生とか、そういう何かがあったっておかしくはないのではないか。
大体魔王養成しないといけない学校で、魔王にならなきゃいけないやつを上手い事誘導して自分もその仲間という立ち位置におさまらなければならないのなら、そこらの一般の生まれです、でどうにかなるとも思えない。
それこそ、過去に優秀な魔王もしくは勇者になった誰かがいた、なんて血統に関するものだとかがあったっておかしくはないはずなのだ。
もっとメタ読みをするのなら、イアが少女ではなく少年だった場合なら。
そういった血統関係なくただの凡人が努力と周囲の助けでもって成り上がる話、というのはある種の王道展開だが、女性主人公の場合は同じ展開であったとしても王道とは異なる気がしなくもない。
「……イアの、両親について聞きたい」
そこら辺を考えた上で、ウェズンはそれでも、万が一、もしかしたら、と考えてそう口にした。
対するイアはといえば、突然突拍子もない事を言われたとばかりに目をまんまるくしていたけれど。
「ん~……わかんぬい!」
数秒。数分どころか数秒考えた上で、きっぱりとそう断言したのである。




