とても妥協案
結局のところ。
ファラムとアンネの女の戦いは終わる以前に始まりもしなかった。
そもそもそういった意味で好意を持っているファラムと、打算たっぷりでプロポーズした女とでは立つ土俵が違う。
せめてそこにウェズンに対する好意がちょっとでも含まれていたのであればまだしも、アンネのプロポーズはその流れからファラムが立ちはだかるまで、一切ウェズンに関してはノータッチである。目当てはあくまでもイアとアクア。
お姉さまとかあわよくば呼ばれたい。そんな気持ちからである。
とても不純。
まぁ、精々がお姉さんとして慕われたい、程度なのでまだその欲望は可愛らしいものと言えなくもない。
そのために好きでもない男にプロポーズは流石にどうかと思うのだが。
ファラムがとうにウェズンへの好意を伝え、そして周囲もそれを把握している挙句イアが将来的には義姉、と言っていたのもあって。
既に周りから認められている、という事実を知った以上アンネがそこに割り込むのはとても分の悪い戦いである。戦い、という表現もどうかと思うが。
結果としてアンネはウェズンの嫁になる、という案を却下するしかなかったのだ。
「そういうわけだから、お前の連絡先寄越せ」
おら、と言いそうなガラの悪さでもってアンネがファラムに言う。
「どういうわけです」
そもそも学院にいた時だってお友達と呼ぶにはあまりにも遠い関係だった。ぶっちゃけるなら同じ学院にいた生徒という関係性でしかない。同じ学院にいたというだけの完全なる赤の他人である。
「お前の友人ポジションにおさまったら遊びにいくのもそう不自然じゃないだろ」
「清々しいくらい人のこと利用しようとしますね」
「人間関係なんてそんなもんだろ」
「わぁ、老後は周囲に誰もいそうにない感じの発言」
周囲の人間は利用してなんぼ、とかたとえ思っていても口に出したらいけない言葉である。
ちなみにこの時点でもぶんぶんゴーレムがアンネを捕まえようとわちゃわちゃ腕を伸ばしたりしていたのだが、それらを全てアンネはスイスイと回避していた。捕まった時点でぶん投げられるので、そうなればこの話し合いとも言えない代物は強制終了されるとわかっているのだろう。
そして恐らく次の機会はきっとない。
学外授業で遭遇したならその時は新たなチャンスと呼べるかもしれないが、確実に会えると決まったわけではないのだから。
そしてもし遭遇できたとして、その時にのんびり会話ができる状況であるかもわからない。
チャンスはあるかもしれないが、この先もうやってこないかもしれないのだ。
ならば、期待できるかもわからない未来を信じるよりも今をつかみ取る他ない。
「……連絡先を交換したところで、そもそも連絡するような事、あります?」
ファラムとしては乗り気ではなかった。まぁ当然だろう。
アンネが今まで機会はなかったけれどどうしてもファラムとお友達になりたかった、とかならまだしも、そうではないのだ。今更建前でそう言われたところで既に本音が暴かれている。これで喜んでお友達になろうなんて発想は、他人の悪意なんてまだ知らないような……本当に幼いうちだけだろう。
特に頻繁にやり取りするでもないのがわかりきっているような相手の連絡先。
そういうのは残しておいてもなぁ、と思うのがファラムであった。
別にこっちに迷惑がかからないのであれば連絡先がいつまでも残っていようがどうでもいい、と言えればいいが、いざという時余計な連絡先は邪魔でしかない。
建前上のお友達になったところで、ファラムからアンネに連絡をするような事はないし、アンネだってそもそもそんな連絡するか? と思えば連絡先の交換とか気が進まないなんてものではない。
そんな空気をアンネも感じ取ったのだろう。
確かにアンネだって、自分を利用する気満々の奴とお友達になれるか、と言われればまぁならない。
自分がそうなのに、相手にそれを強要するのはどうかと思うのもわかっている。
だがそれでも。
「だって今から学園行くのもさぁ……!」
あまりにもタイミングが悪すぎる。
「というか貴方、ワイアットの仲間なのにそんなあっさり捨てるんですか?」
「だぁってあいつが一番マトモなんだもん」
「えっ、あの人格破綻者が、マトモ……!?」
この場にアレスがいたら「でもあいつ人の手首切断してそれを即座に魔法でくっつけるようなイカれ野郎だぞ」と言ったのは間違いない。アレスからリングを奪い取ってアイテム使用禁止状態にしたいがためにやらかした事とはいえ、問答無用で相手の手首を切断するようなのをマトモと評するのはどうかと思う。
現にファラムも流石にそれはちょっと!? という反応しかできなかった。
「あぁ、人間性がって話じゃなくて、実力が」
「実力がマトモ」
うぅん、何か新鮮な表現ですね、とファラムは思った。
性格が、とか人間性が、とか考え方がマトモ、というのであればわかるけれど、実力がマトモというのは初めて聞いた。
普通にだってあいつが一番強いから、とか言われたならすんなり納得したけれど、言い回しが独特だなと思う事にしてとりあえず話の先を促す。
「あいつ以外の誰かと組むとなるとさ、正直微妙すぎるんだわ。現にあいつを倒して自分こそが名実ともに学院のトップだって名乗ろうとした奴もいたんだけどさ」
「いたんですか」
確かにファラムが学院にいた時、いつかあいつぶっ倒してやる……! みたいに燃えてる奴もいたけれど。
だがそういうのは大抵あっさりとワイアットの餌食にかかってやられていったのだ。
てっきり後はもう隙を見つけて襲い掛かるようなのくらいしか残っていないと思っていた。
だがファラムが学院を出た後に、あえてそういった感じの奴が出たと聞けばそりゃあ軽くであっても驚くというもの。
「ま、瞬殺だったわけ」
「でしょうねぇ」
「その程度の実力の奴らと組んでもさぁ……意味ないじゃん?」
「意味があるかは個人の感想なので何とも言えませんね」
神前試合に何が何でも参加したい事情があるならともかく、そうでなければワイアットと組まなくてもどうにかなる、という考えの者もいるだろう。
アンネはどうやら神前試合に参加して、あわよくば神から願いを叶えてもらいたいというのがあるのだろうな、とファラムは察した。そうでなければ神前試合に参加する必要はないし、ましてやあえてワイアットと組む必要もないからだ。
「学園に行っても神前試合に参加できる可能性があるならいいけど、今からそっち行ったところでわたし結構こっちの生徒ぶち殺してきてるからさぁ……」
「まぁ、学院の生徒としては普通ですからね」
殺し合う必要性を感じなくとも。
それでもいつかは戦わなければならないのだ。
遅かれ早かれ……といったところか。
「だからわたしとしては学院で頑張るしかないわけ。
でもそれはそれとして可愛い後輩がくるって信じてたのに裏切られたわけよ!?
しかも同学年!
こんな! 残酷な事ある!?」
「今年の新入生でこう、見込みがある方とかいなかったんです?」
「いない」
即答かつ断言だった。
「来年に期待したいけど、今年はダメ。不作。全然無し」
そこまで力強く言われると、ファラムとしても「そうですか……」と相槌を打つのでやっとだ。
それ以前にアンネの可愛い後輩基準がわからない。
ちらっとイアとアクアへ視線を向ける。
二人とも小柄である。
見た目はまぁ、可愛い。
可愛いよね、と他の誰かに話を振ったとして、否定するようなやつは多分いないのではないだろうか。
自分の方が可愛いとライバル心を燃やしているだとか、はたまたちびっこに憎悪でも持ってるタイプ、もしくは直接的にあの二人に酷い目に遭わされたことがある、というような奴でもない限りは、何も知らない第三者目線で見ればちまっこい小動物めいた少女なので可愛いか可愛くないかで言えば可愛いと多くの者は言うだろう。
ただ、見た目だけの可愛らしさならば、学院にだって結構いたと記憶している。
同年代――と言っても実際の年齢は離れていることもあるけれど、同学年だとアウトなのかもしれない。
だが、いくらなんでも今年入った新入生の誰一人として可愛らしいのがいないとか、そんな事あります? とファラムとしては思うわけで。
見た目が可愛くても何となく実力的に伸びしろがなさそうとか、そういった部分もアンネの中の評価判定に関わってくるのかもしれない。
一応イアとアクアは実力的にそれなりにあるわけで。
中身だけでも見た目だけでもどっちかじゃダメ、とかそういうやつなのかしら、と一応自分の中で納得させる。
「……直接イアとアクアと連絡先交換した方が手っ取り早くないですか?」
それはともかくとして、だからといってアンネとファラムが連絡先を改めて交換し合う必要が全くこれっぽっちも感じられなかったので。
ファラムとしては手っ取り早い手段を口にしたのだが。
「だって迷惑になるかもしれないだろ!?」
「わたしの迷惑は考慮しないんですのね!?」
「当たり前だろ。お前に迷惑かけても別にこれっぽっちも心が痛まない」
「絶対連絡先とか交換しませんから!!」
どうしてこの態度で連絡先を交換してもらえると思ったんだ、とウェズンが呟くのが聞こえた。本当にそう。
連絡先を差し出せいいえお断りいたします、のやりとりを何度も繰り返していくうちに、ウェズンがふとモノリスフィアに視線を落としているのが映った。
「あー……」
一体何があったのか、何とも言えない声を出して。
「とりあえず、グループ作ろう。で、そこにアンネを入れておこう。イアとアクア単独じゃないから他の面々もいるし、あまりにも酷いなと判断されたらグループから弾くってコトで」
アンネの言う迷惑、がどの程度の度合かもわからないのでイアやアクアに連絡先渡してやれよ、と気軽に言えるわけもなく。
かといってファラムの連絡先を、というのも本人が拒否している状態だ。
だが、一応イアの家族だから、という理由でウェズンに狙いを定められるのもファラムとしてはとても困るわけで。
結果としてイアとアクア、ファラム、ウェズンでグループを作って、そこにアンネも参加させるという案に落ちついた。
保護者がいるのだから、そんなところでイアやアクアに迷惑をかけるような発言はしないだろうし、もしするようならその時は容赦なくグループから追い出せば済む話だ。
もしそうなれば、次は気軽に学園に来ることもできないだろうし、そのまま没交渉にもなりえる。
アンネからすればそれは望んでいないだろうから、まぁ、常識的な対応をとってくれるはずだ。きっと。
「とりあえずさぁ、そろそろ他の学院の生徒もこっちに向かってるらしくて。ここで話し込んでるわけにもいかないんだよね」
妥協案めいたものが出たのは、要するにそういう事らしい。
確かにこんなところで連絡先の交換をするしないでもめているのを他の学院の生徒が見たとして、どういう状況……? と困惑するだけならいいが、問答無用で戦闘に入るのもウェズン達からすると少しばかり困る。
あくまでも罠に引っ掛けたりしつつゴーレムでぶん投げるゾーンなので、それを初っ端から無視しての戦闘は望んじゃいなかった。
「わかった。それじゃ、こっちは適当にあいつら回収して島ぶらぶらしてるわ」
「コイン探しは」
「そんなものよりいいものがゲットできたから、どうでもいい!」
神前試合に関わるらしきアイテムをそんなものと言い切るあたり、アンネはイアとアクアとの接点ができた事が本当に嬉しかったのだろう。
「まぁ、それはそれとして」
「んぇ?」
今までは宙に浮きつつゴーレムの動きに注意していたアンネだが、その一瞬の浮かれ具合は見逃せなかった。
すぐさまゴーレムに合図を出す。
そしてゴーレムはその意図を即座に察知し、アンネの足を掴んだ。
「わ、わ、わわわ……あーッ!?」
そしてゴーレムはアンネの事も容赦なくぶん投げたのである。
「よし、この調子で他の学院の生徒もどんどんぶん投げていこうな!」
ウェズンが言えば、その場に潜んでいた生徒たちからも「おー!」と頼もしい声が返ってきた。




