罠、ですから
これ一面爆発系の罠だったら一度発動したら連鎖的に発動してこの場一帯が焼け野原になって終わるんだろうな、とは思っていたけれど、しかし実際手近にいた仲間に身体を張らせてみれば思った以上に楽しそうな罠で。
なんだここだけボーナスステージか? なんてアンネは思わず呟いてしまっていた。
幼い頃にちょっとだけ遊んだことがあるトランポリンみたいなものか、と思ったからこそ。
落下し、再び罠に打ち上げられて高く上がっていくザインを「おー、楽しそうじゃん」なんて暢気に眺めていたのである。
これ、ずらっと並んでる罠の一つだけ爆発するとかそういうの紛れてんじゃないだろうなぁ、と思わないでもないけれど、見た所一つだけ何か違う、みたいなのは少なくとも無い。であれば、ここにある罠は全部、踏んだらぽよんと音を立てて弾むだけのものなのだろう。なんだこの楽しさ満載な罠ゾーン。
正直自分も行っていいかなぁ、とアンネは思った。だって楽しそうだし。
交流会で、これが罠だというのもわかっている。わかってはいるのだ。
それでもこの区画だけ、まったく命の危険性を感じられない状態すぎて。
ここに来るまでに通ってきたところと比べて、絶対ここ安全地帯じゃんとしか思えなくて。
いざとなったら途中で魔法使って空中に留まればいいかなって考えて。
「よっしわたしもいってみるわ」
幼少の頃のワクワク感を思い出しながらも、アンネはその罠に勢いよく飛び込んだのである。
ただ、幼少の頃のトランポリンと違うのは、打ち上げられる高さが段違いという事だろうか。
幼かった頃はぽんぽん弾むといっても、自分がぴょんとジャンプした時の倍くらいの弾み方だったけれど、これは違う。
自分たちの背丈なんて簡単に飛び越えて、どころか小さな建物なら飛び越えられそうなくらい高く弾むのだ。
まぁだからこそザインは何度もぽよんぽよんと弾んでいても一向に慣れる様子もなく悲鳴を上げているのだろうけれど。
「ひゃぁっほー♪」
ぽよん、ぽよん、ぽよ~ん。
たぁのしー、なんて声を上げつつ弾むアンネの近くでザインが相変わらず悲鳴を上げているものの、この罠だけでは到底命の危険など感じるはずもなく。
アンネは情けない悲鳴をあげているザインを同じく弾みながら指さして笑うのであった。
「いやお前な……」
なんて最初はちょっと呆れていたシュヴェルであったけれど。
やはり見ているだけというのもつまらなかったのか、彼もまた罠に飛び込んだのである。
ザインやアンネと違って体格も大きい分重量もそれなりにあるシュヴェルだが、彼もまたぽよんと軽やかな音とともに高く弾む。
「お、割と楽しいなこれ」
揃いも揃って危機感ゼロか、と突っ込まれそうだが、しかしどう見てもただ上に弾むだけで落下先は同じ罠があって延々弾み続けるだけのものだ。落下して再び罠に接触する直前にちょっと力を入れたら多少高度は下がるけれど、少しずつそうやって端の方へ移動して最後は罠のない部分に着地できれば抜けるのもそう難しい事ではない。そして罠の周囲に別の罠がある、というわけではないのは、この罠に飛び乗る前に確認済み。
そうなれば、彼らにとってこの罠は罠というより楽しい遊具である。
今更……と思わないでもないが、童心に帰った気持ちでぽよんぽよんと楽しんで。
ザインに関してはようやくこの上下運動に気持ちが慣れて落ち着いてきたのか、どうにか態勢を整えて脱出を試みる。
最初は確かに驚いたし恐怖しかなかったけれど、別に高所恐怖症というわけでもないのだ。
ただ、自分の意思とは裏腹に弾み続けるというのが慣れなかっただけで。
落ち着いてみれば、まぁ、楽しい……のかもしれない。
そんな風に思いつつも、いつまでもこうしているわけにもいかない。
だからこそ、ザインは最初に脱出してアンネとシュヴェルにもそろそろ他の区画へ移動しようと言うつもりであった。
勢いよくぶつかればその分高く上がるけれど、そうでなければそこまで高く弾むでもない。
態勢を変えつつなるべくあまり弾まないようにして、少しずつ少しずつ端によって。
「ん?」
そこで気付いたのだ。
何かがこちらに近づいてくる。
「えっ、まさかここで敵さんか!?」
ザインが焦ったように声を上げるも、まぁこの距離からなら魔法や魔術が使えないこともない。他の学院の生徒だったら攻撃をぶち当てるわけにもいかないので、姿勢を変えつつも近づいてくるのが何者であるのかをザインは確認しようとして――
「えっ、ちょっ、なんかゴーレムがこっち来てるっす」
てってこてってこ歩いてやってきたのは、ちょっとバランスが悪いのではないか? と思われるようなずんぐりむっくりした形状のゴーレムだ。学院にも細かな雑用などでゴーレムが働いているので、見慣れないものではないけれど。
それでも、そういった普段目にしているタイプのゴーレムと比べるとバランスが悪いような気がした。
正直上半身部分がちょっと大きくて、下半身がそのせいで頼りなく見える。あからさまにバランスを崩すような移動の仕方はしていないので、あれはあれで失敗作というわけでもないのかもしれないが、何故ここに。
仮にあれが戦うとしても、ザインから見て脅威を感じない。
学院にいるゴーレムも戦えないわけではないけれど、しかし戦闘用としてのゴーレムでないものたちは、まぁちょっと頑丈なだけの的、といった方がいい。戦闘用ゴーレムがそもそもいたとして、ある程度の実力者からすれば苦戦するようなものでもないし、術者がとんでもなく規格外な実力でもなければゴーレムが脅威になるまではいかない。
そういった情報を授業で得ていた事もあって。
てこてこ歩いてやってくるゴーレムを見て、ザインはそこまで危機感を覚えなかったというのもある。
しかし――
罠と罠の間を器用にすり抜けて、ゴーレムはザインの近くへとやって来た。
そうして落ちてきたザインの足をがっしと掴む。
「お?」
そしてそのままゴーレムはぐりんっと自らの身体を回転させるようにして、遠心力を全力で活かし――
「お、わ、ぁ、あああああああああああああ!?」
一番いいタイミングでその手を離した。
それはアンネとシュヴェルが何故か突然こちらを罠にぶち込んだ時のような勢いで。
ザインの身体はそのままぽーんと宙へ放り投げられて――
「あああぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ…………!」
そしてそのまま凄まじいスピードでもって飛んでいった。
「え、ちょ、ザイン!?」
「は、なんだこのゴーレム」
罠にしては危険度も低いし楽しいし、とキャッキャしていたアンネとシュヴェルがザインがすっ飛んでいった先を見るも、もう既に彼の姿は見えない。落下地点がどこかにもよるが、他の区画の罠の上だとしたら大分危ないが……まぁ、ザインもそこはどうにかするだろう、きっと。
そう思う事にして、アンネはまず態勢を立て直した。トランポリン気分でポンポン弾むに任せていたが、ゴーレムに捕まえられてザインと同じように遠くにすっ飛ばされては堪らない。同じ方向へ飛ぶならまだしも、別方向に飛ばされたら合流するだけでも面倒だ。
どうにかゴーレムを回避しつつぽんぽんと跳んで移動していたが、罠の大体中心部にいたのもあってそう簡単に罠ゾーンから抜けられなかった。
シュヴェルも同様である。
「てか、気付いたら何か増えてねぇか?」
「そだね」
たった一体だけだと思いきや、とてとてと歩いてやってくる同じ形状のゴーレム。
どうやらこいつらはここの罠にかかった相手を捕まえてぶん投げるのがお仕事らしい。
アンネとシュヴェルを捕まえようとしてくるので間違いない。
「そんな簡単に捕まると思ってんなら甘いんだよね」
「って、おま!?」
弾んだついでにシュヴェルの近くに移動して、そのでかい図体を足場にする。
そしてそこから自ら上に飛んで、魔術で宙に浮いた。
コイン探しは勿論だが、まぁ他の生徒が見つけてくれるかもしれないし、そこそこの時間ここで遊んでてもいいかな、と思っていたアンネだが、邪魔が入るのなら遊んでいるわけにもいかない。
宙に浮き、そのまま地上でこちらの様子を窺っているゴーレムめがけて攻撃魔術を放とうとして――
「今だ! ってー!」
「はぁ!? ちょっ……!?」
シュシュン、という音と共に矢が一斉に飛んでくる。
ゴーレムに向けるはずだった魔術を咄嗟に飛んできた矢へ放ち、一部を消滅させ一部を地面に落下させる。
アンネは魔女の系譜ではあるものの、複数の魔術を思いのまま自由自在に使えるまではいかない。複数の術といっても、同時に使えるのは精々二つか三つだ。大した魔力消費量でもない術ならもうちょっといけるかもしれないが、宙に浮いてその場に留まるというのは案外コントロールが試されるのでそれを使うのなら、魔法にしろ魔術にしろもう一つが無難といったところだった。
だからこそゴーレムと同時に飛んでくる矢を対処というのはできず、地面でこちらを見ているだろうゴーレムよりもこちらに飛んでくる矢を優先して対処した。ただそれだけの話だ。
ここからやや小高い丘になっている場所に、複数の矢を射出できる装置が仕掛けられていた。
そしてそれを操作する者と、先程の攻撃の指示を出した者。
それを見て、そこでアンネは気が付いたのだ。
罠は罠だったという当たり前の事に。
命を奪うようなものじゃないから。
それもあってついつい楽しんでしまっていたけれど。
ぽんぽん弾んでいる間は術でも発動させない限り移動だって制限がかかる。空中に留まるのであれば、それは格好の的だろう。宙を移動するにしても魔力の消耗はそこそこなので、その状態を維持させ続ければいざ魔力が切れそうになった時を狙えばいい。そうでなくとも一度降りようとなったなら、あのゴーレムたちによって捕獲されどこかへと飛ばされる。
宙にいるところを狙って攻撃を仕掛けてくる以外はあまり危険性を感じさせないけれど。
だがしかし、実のところ案外危険な状況なのではないか? とアンネは今更のように思い始めたのである。
そうなると、飛ばされていったザインの安否が気になってくる。
普段の扱いはとても雑ではあるものの、それでも一応仲間ではあるのだ。
一斉に矢を射出する装置は連続して使えないからか、次の充填までに時間がかかる。その間は魔術での攻撃に切り替えたのか、ひゅいんひゅいん音を立てながらやってくる攻撃魔術。
とはいえ、威力はそこまででもなさそうではある。撃ち落とせばいい、程度でその場で撃破を狙った感じではない。
「シュヴェル、なんかヤな予感するからあのゴーレムには捕まんじゃないよ!」
「おう。たたっこわせばいいんだろ?」
「そーいうこっちゃねぇんだわ……」
アンネと違い魔術で宙に浮くという事をせず態勢を整えつつぽんぽん弾んで移動しているシュヴェルは、そこまで言うと一層高く弾んだ時に空中で体勢をくるりと変えて、そのままゴーレムに攻撃を仕掛けるべく突っ込んでいく。
あれは下手に受け止めようとすれば落下の際の勢いもプラスされているので、逆に危険だろう。
そう思えるほどの勢いであったはずなのに。
ついでに命中したらタダじゃ済まなさそうなシュヴェルの拳を、ゴーレムはいとも容易く掴んで――
「おおおぉおおおぉぉぁぁぁぁぁぁあああああああ!?」
「っの、馬鹿! ばーか! おたんこなす!!」
ぶんぶん振り回された挙句、やはり遠くへぶん投げられていく。
今言ったばっかじゃん!? と思ったものの咄嗟にそれらしき言葉が出てこなかったのか、アンネの口から出てきたのはとても単純な悪口であった。




