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僕が将来魔王にならないとどうやら世界は滅亡するようです  作者: 猫宮蒼
七章 何かが蠢くその先で

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邂逅と呼ぶにはちょっと



 足元でこれでもかと自己主張していた光が消えて、ようやく視界が落ち着いたものへと変わる。


 先程までウェズンとウィルがいた森と違い、今度はどこかの室内のようだった。


「ここは……」


 どこだ、と聞こうにも、ウィルも困惑気味なので恐らくはウィルも知らない場所なのだろう。

 室内はかなりの広さではあるが、いくつかの本棚と何かがしまいこまれた棚がずらりと並び、物置とは言えないがそれでもどこか近い雰囲気を感じた。

 様々な物が保管されているようではあるけれど、室内にうっすらと埃が積もっているのがそう思わせる原因だろう。


 しばらくの間室内を見回していたが、人の気配もなくこのままここにいてもどうしようもない。

 そう判断して、ウェズンはウィルに声をかけてどうにかここから出る事にした。


「ウェズン」

「どうした?」

「この部屋、盗聴とかできないような魔法がかかってる」

「は? 物置みたいなとこなのに?」


「うん。間違いないよ、ほら」

 言ってウィルが指し示す場所は、壁だった。


 他の場所には棚が並んでいて壁が見える部分はほとんどなかったが、その一か所だけは棚もなく、他に置かれた物もないので壁がしっかりと見えている。

 そしてその壁には、細かな文字がびっしりと刻まれた魔法陣が描かれていた。


「防音とか盗聴防止とか、存在を薄めるようなものとか、逆に招かれていない相手の気配をより強くさせるのとか……とにかく外部に情報を漏らさないようにしようっていう感じが凄い」

「マジか……ここ密談の場とかそういう感じのところ? ん? ってコトは僕たちがここに来たのって、この部屋の主にバレてるって事なんじゃ……」


 招かれていない相手の気配を強くさせる、というのはそもそも気配に疎い相手なら気付きようもないけれど、この魔法陣を仕掛けた相手はそうではないのだろう。

 侵入者がやって来たなら間違いなく気付けるように。


 であれば。


「僕たちがここにいるのはまずいんじゃ」


「いいえ。あなた方はボクが招きました」


 コツ、と小さな靴音がして反射的にそちらを見れば、魔法で隠されていたらしき扉が開いたところだった。

 室内を見回した限りでは部屋の出入り口になりそうなところが見えなかったので、てっきり棚でも動かしたらどっかに隠し扉か隠し通路があるのではないかと思っていたのだが。


 やけに大きな壷が置かれていた場所。

 その壷が二つに裂けるようにして空間に切れ目が入って、そこから扉が姿を見せていた。


 その扉から姿を現したのは、一人の女性――いや、少女、だろうか。


 見た目は小柄なので少女と言っていいような気がするが、しかしこの世界の住人のほとんどは見た目と年齢が一致しているかと言われると微妙なところなので決めつけは良くない気がしている。

 ウィルと同じ――いや、イアよりちょっと小さいかな? と思えるような体格なので確かに少女にしか見えないのだが、しかしウィルのようにエルフなどの長命種族であるのなら。

 いやもうこの世界の人間も色んな種族の血が混じりに混じって長命種族みたいなもんだけど。


 大雑把に区切ってはいるものの、正確にどこからどこまでがどの種族、と言っていいのかとても微妙なのである。



 女性、いや少女……まぁ少女でいいだろう。

 柔らかそうな黒い髪はそう長くはない。短いけれど、身近な野郎のようなバッサリ感とは違う。ウィルと若干髪型は似ているような気がしないでもない。

 顔立ちは特にこれといって何かを言うような部分はない。ただ、ぱっちりとした紫色の瞳は時折、本当に一瞬だけやけに眠そうなものに変わるが、瞬きをした直後には戻っている。

 作り物かと思ったが、その背からはどうやら本物の羽が生えていた。黒い蝙蝠のような翼がパタリと動いてその存在を主張している。


 服装は、何か魔女が着てそうだなと思うものの、童話の魔女のような真っ黒ローブというわけでもなく、またウェズンが知る限りの魔法少女のような可愛らしい衣装とも違う。

 シンプルかつ、彼女がかぶっている帽子が魔女のようなイメージを強めているのだろう。

 真っ黒なトンガリ帽子というよりは、その先は二つに分かれてへにゃりと垂れている。ウェズンの偏見だが、この手の帽子を被っているキャラなんて、魔女か道化師もどきかだ。だが道化師のような派手さはない。だからこそ、魔女っぽい……と思ったのだが。



「えぇえぇっと……学院長!?」

「え?」


 ウィルがあげた声に、ウェズンの脳は一瞬理解を拒んだ。


 学院長。


 言葉の意味が理解できないわけではない。

 普通の、と言っていいかは微妙だが、ともあれウェズンが知る限りの学園や学院であるのなら、学園にしろ学院にしろ、理事と呼ばれる存在もいるだろうけれど、しかしこの世界の学校にそういったものがいるかは定かではない。大体経営方針も……いや、そもそも利益が出ているかどうかも微妙なのだ。


 ウィルの言葉に、彼女が学院のトップというか総責任者なのだろうな、とは遅れて理解したものの。


「招いた……とは、何故」


 そのような立場の存在が、ウェズンをここに招く意味がわからなかった。


 これが学園長が、とかであったのならばまだわかる。

 ウェズンは学園の生徒なので、そこのトップに呼ばれることはあるかもしれない。

 けれど、立場的に敵対している状態の、一度だって訪れた事もないような学院のトップがウェズンをここに呼ぶなど、考えた所であるはずがないとしか思えなくて。

 ウィルを呼ぶついでに巻き込まれた、とかであれば理解も納得もできた。


 けれど彼女は確かに言ったのだ。

 あなた方、と。


 ウィルだけを呼んだのであれば、貴方を、と言ってこちらに目を向ける事もないだろう。だが、彼女の目はウィルにも向けられていたが、次いでウェズンにも向けられたのだ。

 巻き添えで呼ばれたオマケに対する態度ではない。


「まずは名乗らせてもらおうか。

 ボクはクロナ。フィンノール学院の長を務めている」

 言って自然な動作で一礼をする様子を、ウェズンはぽかんと眺めていた。

 ウィルはともかく自分は一応初対面のはずなので、同じように自己紹介をして。


「学院長、どうしてウィルとウェズンを呼んだの? ここ、学院の中だよね?」

「マジか……」


 ここから帰る時、下手に徒歩で帰るような事になったら学院の中を逃げ回って脱出しないといけないのか……と考えただけでも恐ろしくなってくる。

 今はサマーホリデーだけど、学院にだって生徒はたっぷり残っているはずだ。


 学園では今、交流会に向けて罠を作ったり設置したり直接学院の生徒をぶっ倒してやらぁ! と気合を入れて訓練やら特訓やら修行やらをしている者もいるが、こっちだって何もしないでサマーホリデーを満喫しているとかではないだろう。


「あぁ、学院の中でも限られた者しか来ることを許されていない場所だな。

 安心して。帰りはちゃんと無事に送るから」


 呼び出してここで敵対するというわけでもなさそうだった事に、ウェズンは内心で安堵した。


 可能性としては低くとも、それでもゼロではなかったのだ。だが、危害を加えるだとか、ここに呼び出して内密に殺すだとかの物騒案件ではなさそうである、というのがクロナの口から確定したのは大きい。

 それすらわからなければ、ずっと気を張り詰めた状態でいなければならなかっただろう。


 それに、見た目は強そうに見えなくても相手の実力は見た目に出るわけではない。

 もし戦わなければならない状況に陥ったとして、勝ち目があるかなんてわかりようもないのだ。

 無事に帰れる事を相手が約束してくれるというのは、そういう意味でも大きな収穫である。



「あなた方を呼んだ、というか、まぁ、そうだな……

 本来用があるのは一人だけだった。ただ、その一人だけを呼ぶのが難しかったから」


 ちら、とクロナの視線がこちらを向く。


「媒介として貴方を巻き込んだ」


 次にウィルへ視線が移動する。


「えぇと、用があるのは僕に? どうして。僕は学園の生徒であって貴方とは一度もお会いしたことはないはずですが」


 ウィルが媒介、と言われてどうして彼女が、と疑問に思ったのは一瞬だった。

 ここに来る前、まだ森の中にいた時リィトが手にしていた錫杖。あれは去年、ウィルが手にしていたような気がする。

 素材集めにレイと出かけて、そしてそこでウィルと出会った。

 あの錫杖は空間転移系の術のサポートができるのか、それともそういう能力を秘めているのかはウェズンにはわからないが、ともあれ用途を見る限りはそういう物として見て間違いないだろう。

 ウィルだってエルフであるが故に周囲より多く魔力を持っていても、そう気軽にぽんぽん転移できるわけではないとか言ってたような気がするし。


 ともあれ、あの錫杖をかつて使用していたという事実から、使用者の魔力の痕跡を、とかそういうのがあるのかもしれない。


 それなら、ここに呼び出されたのがウィルである事も一応理解はできるのだ。

 同じ学院の生徒だったファラムやアレスが巻き込まれるよりは、遥かに。


「つまり学院長はウィルには用がない、ってコト?」

「そうなりますね」

「むー」


 ウィルとしては少々不満そうではある。まぁ、当然か。


「それで、一体何の用ですか」


「そう急かさないでくれるかな。確かに急に呼び出したのはこっちだし、気持ちはわかるけど」

 苦笑を浮かべられる。それはまるで子供の我儘をしょうがないなぁ、と言わんばかりに。

 しょうがないなぁ、と言いたいのはこっちだし、だがしかししょうがないなぁ、で済ませられる気もしない。そう思える程ウェズンはクロナと面識があるわけではないのだ。初対面だし。


「恐らくは君が、これを持つのに相応しいと思ったからだよ」

 そう言ってクロナの前に一冊の本が出現した。

 空間の中に収納していたのだろうそれは、見るからに古めかしい――本、というよりは書物と呼ぶべき方がしっくりくる代物だった。


「触った途端崩れたりしませんか」

「そこまでヤワじゃない」


 本にヤワも何もあったものではないのでは……? と思ったが、まぁそれを突っ込むのは野暮というか微妙な気持ちにしかならないので、ウェズンは恐る恐る本へと手を伸ばした。


「それで、これは」

「見ればわかるさ」


 言われてその場で本を開こうとしたものの。


「……びくともしないんですけど。えっ、これ、本の形した模型とかそういうやつじゃないんですか!?」


 前世のレストランとかにあった、このメニューはこういう感じですよー、といったあれこれを思い返してしまった。見た目はいくらリアルに食べ物に見えていても決して食べられるわけではないあのやけに高クオリティなやつ。食べ物以外でもそういったものがあるのはふわっと把握していた。

 今しがた渡されたこの本も、もしかしたらそういうやつなのではないか、と思ってしまったくらいだ。


「いや、それは間違いなく中身を閲覧できる。ただ、限られた場所でしか開かない」

「なんて面倒な……」


 そもそも限られた場所とはどこを示すのだ。


「今現在、この場に閲覧してはならない者がいるからこそ、その本は開かない。ただそれだけ。

 できる事なら一人の時に読み解くといい」


「あ、そういう」


 貴方にとってその情報は知ってはいけないものです、とかそういうやつね。

 と、ウェズンは雑に把握した。


「それでどうしてこれを僕に?」

「星の動きから、貴方がもっとも適していると出たからです」

「星」

「えぇ、星」


 星占いとか占星術とか、そういうアレかぁ……とそれアテになるの? とも思ったけれど、だがしかしここは異世界。魔法も魔術もある世界では決して馬鹿にはできないのだろう。


 ともあれ、渡された本はずっと手にしていると何かの拍子に傷めてしまいそうなので、早々にリングの中にしまいこんだ。


「まぁ用と言えばそれだけですね。

 あぁそうだ。メルトによろしくと伝えておいてください」

「メルト……?」

「おや? ご存じではない? 学園長と言えば伝わるでしょうか」

「……申し訳ないけど、マトモに顔を合わせた事はないです」

「なんと。あの愚妹なら暇になれば誰彼構わず絡みにいっているものだとばかり」


 しれっととんでもない事を言ったような気がする。

 だがしかし、ウェズンは何も言わなかった。

 というか、どこから突っ込めばいいのかちょっとわからなかったので。


「じゃあ、メルトには会ったらでいいので伝えておいてください。わざわざ探してまで会う必要はないです。

 それから、交流会、頑張って下さいね。あ、いえ、立場上お互いベストを尽くしましょう、くらいの方がいいのかな……?」


 学院の長という意味からすれば、確かに学園の生徒に頑張って、はどうかと思われる。けれどもクロナはそんな事、一切気にした様子がなかった。


「あ、そうだ。本を閲覧する時は本当に周囲に気を付けて下さいね。仮に周囲に誰もいそうになくても、開かない時は無理に開こうとしないように。

 コソコソと周囲を嗅ぎまわるのが得意なやつはどこにでもいますから」


 思い出したかのような忠告は、果たして誰を想定して言われたものなのか。

 ウェズンには理解できなかったけれど、しかし本が開かなかったならそれは周囲に本の内容を見ようと思えば見れる誰かがいると思え、という意味なのだとはわかる。


 言うだけ言って満足したのか、それともこれ以上はもう用がないという事なのか。


「では、お元気で」


 言うなりクロナは両手を軽くパンと打ち付けた。


 ひゅっと風を切るような音が聞こえて、視界が一瞬黒く染まる。


 えっ? と驚きの声を漏らす間もなく。



「わぁ、学院長凄い」

「あ、学園だここ」


 二人は本当に何事もなく学園に戻っていたのである。

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