召喚先は異世界ではありません
交流会に向けての準備はある時期から順調になった。
最初はどうしようか、とあれこれ色々考えたり悩んだりしていたけれど、方向性が決まればあとは目標に向かって突っ走るのみである。
必要な材料も用意したので、ひたすら罠を作り続け、設置していくだけ、となれば最初の頃のあのぐだぐだっぷりはなんだったのか、というくらいに。
作業は順調に進み、そうしてほぼ終わりかけてすらいたのだ。
最初の頃にあれだけ悩んで何にも決まってなかったような状況だったせいもあって、これはサマーホリデーめいっぱい使ってようやく終わるやつかもなぁ……と思っていたテラのクラスの生徒たちは、あれこれ案外早く終わりそうじゃね? となり。
そして実際まだ余裕を残した状態で罠の設置を終えてしまったので。
彼らは残りの日数を全力で楽しむ事にしたのである。
ある者は都会へ出かけ、ある者は大自然の中でのんびりと過ごし、思わぬところでできた自由時間をそれはもう満喫していた。
海辺でキャッキャとはしゃぐ者たちもいた。
とても、平和な光景である。
だがしかし、一部平和とは程遠い者たちもいた。
「えーっと、ウィルさん」
「なに?」
「ここ、どこですか」
「……森?」
「や、森なのは見てわかるよ。周囲そりゃもうぐるっと木ばっかりだからね」
何があったのか、と言われると正直よくわかっていない。
ウェズンは突然できたも同然な自由時間をそこそこ休みつつ図書室の本を漁ろうと思っていたのだが、今いる場所は図書室とは程遠い。
それどころか、恐らくは学園の外であろう。
ウィルもまた、状況を把握していないようだった。
何でこんなことになっているのか、と状況と情報をすり合わせようとお互いに直前まで何をしていたか話し合ってみたのだが。
ウェズンは言うまでもなく図書室へ向かおうとしていた。学園の敷地内である。
故に、神の楔を使ってどこかに出たという事もない。
ウィルもまた、学園の敷地内にいたはずだ。
折角できた自由時間。よし、他に暇してそうな誰かを誘って遊びに行こう。
そんな風に考えていたらしい。
とはいえ、他のクラスの生徒たちはまだ交流会の準備に追われている。
だからこそ確実に暇をしていると言えるのは同じクラスの者だけだ。
しかし既に遊びに出かけてしまったものもそれなりにいるので、ウィルは少々出遅れたと思ったらしい。
それもあって適当にぶらぶらしつつ、暇そうな人を探しているところだったのだとか。
つまりは、何をするとも決めていない状態だった。
だが決して学園の外に出たわけではない。
だというのに、何故か今現在二人はどこかもわからぬ森の中にいるのである。
「よ、よーし、森の中ならウィルさんの独壇場! エルフ舐めんなー!」
「待って、状況がわからないのに俄然張り切って進もうとしないで」
普段ウィルは自分の事を「ウィル」と名で言う。だがしかしそこにさん付けをするような事はなかった。
その場のノリで言っているだけならいいが、事態を把握できていないまま、若干の混乱状態で自分の事をウィルさんなどと言っているのなら、そのまま放置はまずい。
ウェズンはそう考えて咄嗟に彼女の襟首部分をひっつかんだ。ぐぇ、と小さな呻き声がしたのは直後だ。
だが止めなければ確実にウィルは勢いで突き進んだだろう。
いつものウィルならやらかさないような事だ。
だがつまりは、それだけ彼女も焦っているという事に他ならない。
「……瘴気汚染度は……10%か。そこまで学園と変わらない感じだな」
もう片方の手でウェズンはモノリスフィアを取り出してひとまず瘴気汚染度をチェックする。
現在地がどこかはわからないが、瘴気汚染度が低い場所ならもしかしたら学園からそこまで離れていないんじゃないか、と思ったからだ。
「ウェズン、落ち着いたから離して」
「ん」
しばらくは襟首捕まった状態でじたばたしていたウィルだが、彼女もようやく冷静さを取り戻したのか、じたばたするのをやめた。
とりあえず大丈夫そうだな、と判断した上でウェズンは手を離す。
「瘴気汚染度がそこまで高くないって事は、学園から遠くないか、学園から遠くてもまだ平和なとこ、って考えてよさそうだよね」
「少なくともこの汚染度で馬鹿みたいに強い魔物は出てこないと思いたい」
例外は何事にもあるけれど、少なくとも瘴気汚染度が10%ならそこまで警戒する必要はないのは確かだ。
「とりあえずここがどこかわかんないけど、とにかく神の楔を探そうか」
「そだね」
現在地がわからずとも、神の楔を見つければ事態は解決する。
周囲を見回す限り見える範囲にはなさそうなので、移動する必要があるのは確かな事で。
「どっち行く?」
「んー……ウィルの勘だとあっち、かなぁ……?」
あっち、と指さした方角は特に何があるでもなさそうだ。
どっちだって同じだろう、と言われるくらいにそれ以外の方向と変わりはない。けれどもウィルの勘があっちだというのなら、まぁ他の方角に行く理由もないしまずはそっちへ行って、それで何もなければ他の場所へ移動すればいい。
現在地もわからないままなので、適当に動いたら迷子に~なんて言葉は今更だった。
既に迷子であるからして。
サクサクと草葉を踏みしめる足音が二つ響く。
「なんとなくね、見覚えがあるような気もするんだけど」
「へぇ?」
「でも森なんてさ、木ばっかりだからどこも一緒に見えたりすることもあるでしょ?」
「まぁ確かに。木の種類が明らかに違うならまだしも」
杉ばかりのところと松ばかりのところなら流石に同じ場所だとは思わないだろうけれど、樹木に特に詳しくなければ、自分の知らないタイプの木の場合はどこも同じに見えてしまうかもしれない。
木にもし実がなっていれば、何の木かくらいはわかるかもしれないが少なくともこのあたりの木にはそういったものもない。
前世の妹の一人曰く、遠目で見てたら梅の実と胡桃の判別がすぐにつかない、とのたまっていたが。
確かに実が青いうちは、見た目の大きさも似ているので実で判別はわかりにくいかもな、とは思った。葉っぱの形で区別つくだろ、とはこれまた前世の弟曰くなのだが。
木の幹や葉を見ても、正直ここいら一帯の木がなんであるのか、やっぱりウェズンにはわからなかった。
もう少し詳しければ、ここがどこであるかを割り出すヒントくらいにはなったかもしれないが。
「んーと、あれっ?」
「どうかした?」
「うんとね、あの岩」
あれ、とウィルが指さした先。
人一人が腰をかけて座るのにいい感じの大きさの岩がそこにあった。
よく見ればその岩の側面には、うっすらとした穴が開いている。
何かを突き刺したような、とでもいうべきだろうか。岩そのものは柔らかいはずもないので、それなりに硬いものが突き刺さっていたのは間違いないはずだ。
「あっ」
「何」
その小さな穴にウィルは心当たりでもあるのか、急に周囲をきょろきょろしはじめた。
「見覚えがあって当然。ここ」
「あ、やっぱここにいたんだ」
「――っ!?」
ウィルが何かを言いかけて、それを遮るような声が聞こえて。
その声にはウェズンも覚えがあった。
それが思った以上に近くから聞こえた事で、咄嗟に声のした方へ身体を向ける。
「……リィト」
「やぁ、元気そうだねやっほー」
それは久々に会った友人に向けるようなフレンドリーな声だったけれど。
しかしウェズンとリィトは友人という間柄ではない。
ウィルもまた、警戒したように一歩、後ろへ下がっていた。
その程度の距離をとったくらいでは何の意味もないが、心理的なものなのかもしれない。
「やっぱりここ」
「うん、そう。学院の近くの森だね」
「はぁ!?」
ウィルが何か、確信を持ったように言った先をリィトはさらりと肯定してみせた。
学院の近く、と聞いて驚いたのはウェズンだけだ。
学院の事は、全然知らないわけではない。学園と敵対関係にある。それだけ知っていれば充分だろう。けれど、それだけと言ってしまえばそれまでだ。
そういう意味では何も知らないとも言える。
学院の授業では学園に奇襲を仕掛けに行く事もあるけれど、しかし学園側から学院に攻撃を仕掛けに行くような事は今までなかったのだ。だからこそ、ウェズンは学院がある、という事を知ってはいてもそれが具体的にどこにあるのか、だとかそういった事は一切知らなかった。それ以前に、知ろうとも思っていなかった。
ウェズンよりは直接足を運んだイアの方が詳しいだろう。
ウィルはかつて学院の生徒であったがために、学院周辺の地理くらいは把握しているはずだ。
とはいえ、特に何があるでもないような場所。思い出深い何かがあるのならともかく、そうでもなければ実家の近所であろうとも記憶に残らないなんてことはままある。
それこそ、何か特徴的なものがあるならともかく。
そしてその特徴的なもの、というのが、そこにある岩だった。
それがなければウィルがこの場所について思い出すまでもう少し時間がかかったに違いない。それどころか、知らず学院に向かって大変な目に遭っていた可能性もあり得る。
イアが学院に潜入した時は私服だった。
ウェズンが今身につけているのは紛れもなく学園の制服である。
このまま学院の近くまで行って、そしてそこで生徒とエンカウントしようものならとんでもない事にしかならない。
そう考えると、ここでリィトと遭遇したのはマシだと言えるのかもしれない。
「えっ、神の楔も使ってないのになんで学院の近くに!?」
まぁそれはそれで驚かないわけではないので、もしかしてリィトが何か仕掛けたのだろうかと思って問いかけてみる。リィトはこてんと首を傾げて、
「まぁ呼んだと言えばそうなんだけど。ただ、ここに出るはずじゃなかったんだよね。なんでここだったんだろう……?」
などと言っている。
神の楔もなしに突然人を別の場所に強制転移させるだけの力があるのかこいつ……とウェズンからすればそっちの方が恐ろしい事この上ないが、本人はそんな事は知らないとばかりに考え込んで……そのうち、結論が出ない事に諦めたのだろう。
「呼び出した、って一体どういうつもりで」
「んー、ここじゃちょっと。誰が聞いてるかわかんないし。悪いようにはしないから、次は抵抗しないで本来の目的地に呼ばれてくれると助かるかな」
それだけを言うと、リィトは錫杖を出現させた。そしてそれをトスッと地面に突き立てる。
同時にウェズンとウィルの足元に魔法陣が展開されて――
「悪いようにはしないって、命の保証は!?」
「あぁ、それは大丈夫」
ともあれ直前でそれだけは確認しておかなければならないと思った。
そして思った以上に早口になっていたウェズンに対し、リィトの返答はのんびりとしたものだった。
「殺すつもりならもっと上手くやってるからさ」
足元から光が溢れて、リィトの顔どころか姿も見えなくなってしまったけれど。
最後に聞こえたその言葉に、それは確かにそう、とウェズンは思い切り納得してしまったのである。
とんでもない説得力だった。




