謎の城
「思うにあれはゴーストなのではないか」
アレスがそんな事を言ったのは、レイからすると突然であった。
とりあえず今後の方針に関しては最初と方向性が異なる結果となってしまったけれど、それでも交流会に関してほぼ手探りだった時に比べればマシだろう。
使える手段と使える道具。それらを駆使してどうにかする。
どうにかするために有効そうな道具を集めよう、とか言って魔法罠を調べていた時と比べれば、魔法罠をメインにするのはやめたものの事態は進展していると考えていい。
魔法罠を一切作らないわけではないが、それでも確実に効果的なものをとなればどうしたって上級者向けみたいな魔法罠が必要になってくる。しかしそれらの作り方と素材を集めきれるかは謎であった。
そもそも魔法罠は初心者向けといっても全然初心者向けじゃない。
普通の罠の作り方を知らなくてもどうにかなるかもしれないが、マジックアイテム系統の作り方をある程度把握していなければ難しい。
魔法に関係なく例えるのであれば。
レシピ見てクッキー作るのがやっと、みたいなお菓子作り初心者にレシピも何もなしにパイ生地からミルフィーユ作れ、とか言うようなものだ。既に冷凍の市販のやつすら使わせてくれずに作れとか言われたなら、それがかなりの無茶振りである事は言うまでもない。
何度もパイ生地を作ってレシピとか必要なく作れるような相手ならまだしも、そうでない相手にとってはまずパイ生地がパイ生地らしくなるかどうかも微妙である。
「……ゴーストっつったってなぁ」
幽霊と言われてもレイにはいまいちピンとこない。
「だがあれを魔物と断じるには無理があるだろう」
「いや多分アレみた大半のやつは魔物だと思うだろ」
交流会に関しての今後の方針が決まったようなので、レイもアレスもとりあえずそれについてこれ以上頭を悩ませる事はないと早々に判断して、今後の身の振り方について話し合い始めていた。
どのみち脱出しないといけないわけなのだが、二人は未だ牢屋の中だ。
脱出するだけならアレスが落ちてきたという穴から上がればいいだけの話なのだが、軽率に行動に出てまた先程の半透明骸骨と遭遇した時の事を考えると、まだ牢の中で話し合いをしている方がマシだと判断した結果である。
「そもそも前に見た幽霊だって半透明だったんだぞ」
「前にも見たのかよ」
「あぁ。最初は半透明ですらなかった。そのせいで普通に生きてる人間だと思っていたくらいだ」
「幽霊かどうかを決める基準半透明かどうか、ってなってないかそれ。別に幽霊が必ずしも半透明じゃなきゃいけないっていう法則がなかったらそれ全く見当違いになるぞ」
そもそも最初に見た時に半透明じゃなかったのであれば、半透明だから幽霊、という論は決め打つにしても結論を出すには早すぎる。
「あとあいつらにとっ捕まってここにぶち込まれた俺が言うのもなんだけど、あいつら半透明のくせに一応しっかり触れる感じだったからな。じゃなきゃ捕まってねぇよって話なんだが」
「前に見た幽霊も一応普通にそこら辺の物触れてたから、それは別におかしくはないと思う」
「あぁそうかよ。でもあいつら会話は通じなかったぞ。いくらこっちが何言ったって一言も声なんて出さなかったし」
「骸骨なんだから声帯がないから声が出せないだけでは」
「あぁ? けど幽霊とか下手すりゃ妖精とか精霊とかそっち系統に片足突っ込んでるような存在だろ。だったら、声が出せなくたって脳内に直接会話ぶちこんできたっておかしかないだろ」
レイの言い分はかなり無理矢理であったのだけれど。
それでも、普通の人間相手ではないという事もあって。
まぁ、そうかもしれないなぁ……? と一瞬でもアレスが思った時点でレイはほぼ強引に論破していたのである。レイとて別に今自分が言った言葉が必ずしも正解で正しいなんて思ってはいない。
あくまでも自分が納得できそうな欠片を述べたに過ぎない。
自分でそう思っていたとしても、他の視点で見れば何か、違う情報が出るかもしれないからこそ。
レイは思った事をただ口にしただけでもあった。
幽霊と妖精と精霊は似ているようで全て非なるものではあるのだが、詳しくもない奴からすればどれも似たようなものだろう。未知、という点では大体同じ。
「まぁ? あいつらの事は確かに気になるけれども。
でもここで考えたところで答えは出ないだろ。どっかにあいつらについて説明されてるような手記とか書物があるってんならともかく」
ウェズンがいたなら探索ゲームなら確実にあるだろうね、とか言いそうな事をレイは言っているのだが、ウェズンもイアもこの場にいないのでアレスはレイの言葉に「確かにそうかもね」と相槌を打つだけだった。
結局のところここにいつまでもいたって仕方がないのだ。
少し長めの休憩時間が終わった、と考えて二人はとりあえず上にある穴から脱出を試みた。
穴が開いた部分に薄く結界が張られて通れなくなっている、なんてこともなかったのですんなりと上の階に脱出できたが、明確な目的があるわけでもないのでさっきこっちから来た、というアレスの言葉にじゃあまだ見てないとこ行くか、とレイが返す。
とはいうものの、目ぼしい物は何もなかった。
しんと静まり返った廃城。
一人だったなら、さぞ心細く思っただろう。生憎アレスもレイもそこまで繊細な精神を持ち合わせてはいなかったが。
とりあえず現在地がどこなのかわからない、という点では不安を感じていたけれどそれだけだ。
モノリスフィアがギリギリ動く範囲の瘴気汚染度というのも魔物が出てもおかしくはないと思っていたし、あの半透明の骸骨に関してちょっと魔物なのかどうなのか不明な点はあるけれど。
少なくともお互い足を引っ張りあうような存在ではないと理解していたのもあって。
探索は、つつがなく行われたのである。
牢の上は、城のかなり上の階である事が見えた窓の外から察せられた。
城の上の方なんて城主に関する部屋とか執務室だとか、ともあれそういった重要な何かがあって然るべきはずである。
ある、のだが……
「いやこれどういう事なんだろうな」
「こっちが聞きたい」
調度品一つロクにないような通路は閑散としている。ついでに適当に中を覗いてみた部屋の中もがらんとして殺風景極まりない。
この城にかつて住んでいた者がここを出ていく時に荷物は綺麗さっぱり片付けたと言われたら納得するくらいに生活の痕跡が残されていなかった。
窓の外から見える風景は荒野が広がっていて、それ以外で目立つ何かがあるでもない。
本当にただ城だけがぽつんと残されているのである。
どこかの国であったなら、城だけではなく城下町のようなものがあってもおかしくはないが、そういった痕跡も形跡もないし、ここには城だけがある、というのであれば。
国ではなくどこぞの貴族が建てた別荘的な何かである可能性の方が高くはある。
かつてここがまだ自然豊かな土地であったという時代があったとして。
その頃であれば、避暑地みたいな扱いで城が建てられたとしても別に不思議ではない。
もしかしたら近くに川や泉があったりしていたのであれば、それは猶更。
どういった経緯でこの城ができたのか、というのはわからないが、多分別荘とかそっち方面で考えていいだろう。
であればまぁ、使われなくなって、荷物は撤収されたのだと思えば何もなくてもおかしくはない。
物を確保してから出ていくだけの余裕もない何かがあった、というのであればまだしも、事前にここにはもう来ないと決めれば荷物だって処分する猶予くらいはあるだろうし。
「レイは外からここに入ってきたんだよな。下の階なんかあった?」
「なんかあったも何も、そのなんかを見つける前にあの半透明骸骨にとっ捕まったんだっつーの」
「レイを捕まえて牢屋に放り込むのができてるって考えると、あの半透明骸骨実はすごい奴らなのかな」
「物理的な攻撃と魔術はほとんど効かなかったな。俺の威力が足りてないだけって言われたらそれはそれでムカつくけど」
「うーん、前に会った幽霊に魔術や魔法の類が効くかどうかは試してなかったからそこは何とも言えないんだよな……」
そもそも見た目はほぼそこらの生きてる人間と区別がつかなかったので、試しに魔術ぶちかましてみよう、という流れになるわけがなかったので試すも何もという話だ。
「……異形化の可能性は?」
「あ? あー、瘴気汚染されて? けどよ、ここの汚染度は確かに学園とかあんま汚染されてないとこと比べたら多少高くはあるけどよ、モノリスフィアが動く範囲内だろ? それで汚染されるか?
モノリスフィアが動かないくらいに汚染されてるところだとまぁ、耐性低いやつなら異形化の可能性もあるだろうけど」
少し考えて異形化、という言葉を口にしたもののまぁそうだよなとアレスも早々にその案は却下した。
確かに汚染度の低いところと比べれば多少汚染されてると感じる事はあるけれど、それでもこれで異形化は難しい。瘴気耐性の低いヴァンであっても、浄化薬を飲めば普通に行動できるだろう。
「仮にアレが異形化したやつだとして。ずっと城の中にいるのはおかしかないか?
誰も人がいなくなって魔法や魔術を使う事もなく、魔法道具も使われなくなったからこそ汚染される事がなくなって、徐々に汚染度が下がった、っていう可能性もそりゃゼロじゃないけどな。
その頃には時間がかかりすぎて異形化も元に戻らなくなってた、にしてもだ。
異形化してるなら理性も飛んでるだろうから、ずっとここにいるってのも不自然だろ」
「うーん……言われてみると確かに……?」
異形化した例、というのはあまり多く知らないが、まぁそれでもそれなりにあるものではある。
全ては知らなくとも、学院や学園の授業でさらっとはやったのだ。
異形化した直後であれば浄化魔法で戻しようがあるけれど、そうでなければ見た目も中身も完全に人からかけ離れたモノになり果て、本能のまま行動するようになる、と言われている。
そうなると魔物と大差ない。倒すしかなくなる。
だが、異形化した相手というのは魔物と同じようなものだとしてもだ。
攻撃が通らない、という話は聞いた覚えがない。
むしろそういった存在があるのであれば、それこそもっと危機的な存在として世界的に周知されていないとおかしい。異形化された相手を不憫だとせめて人と関わらない土地でひっそり暮らせとこういったところに送り込んだ何者かがいたとしてもだ。
いつかその異形化した存在が別のどこかにいかないとは限らないのだから。
もしそんな存在を野放しにしていた、となればそんな事をした人物は間違いなく罪人扱いになるし、異形化した存在も早急になんとかしなければと緊急案件でギルドあたりに依頼を出され、その後は学院や学園にも話が流れている事だろう。
けれどもそういった存在の話は聞いた覚えがない。
いや、単純に極秘扱いされて知ることができるのは極一部の者だけ、という可能性も捨てきれないのだけれど。
だが、そういった存在とうっかりどこかで遭遇した新入生、とか可能性はゼロではないので。
そういった存在は間違いなく周知されているはずだ。いるのであれば。
そう考えると、アレを異形化した存在だと決めつけるのも何かが違うなとなるのもまぁ当然の結果だった。
ではなんなのだ、と問われると答えられないのだけれど。
下の階は半透明骸骨がいるせいで探索しようにも難しいし、故に今現在こうして上の階を見て回っているのだが。
「目ぼしい収穫は……なんだ?」
「おえ……ちょっ、この先の部屋マジで何? すっごく気持ち悪いんだが……?」
アレスが見て回らなかった部分を移動して、ほとんどなんにもないなぁ、なんて言っていたのに。
しっかりと施錠されているらしき部屋の向こう側。
そこから、妙に重々しい空気が漂ってきているのを二人は感じ取っていた。
アレスは重たい空気程度で済んでいるが、レイは違う。
これ以上先に進めないとばかりに膝をついて、口元を手でおさえている。吐きそうなのをどうにか堪えているようだった。
他の所は本当に何もなかったけれど、ここには間違いなく何かがある。
「レイは、もう少し下がってて」
「お前平気なのかよ」
「きみよりはね」
さっきまで普通に歩いていただけで、何か異常らしい異常はなかったとも言える。けれどこの部屋に近づいた途端、突然だったのだ。
しゃがみこんだ状態で、じりじりと下がるレイを確認して、アレスは扉に手をかけた。
扉に、仰々しく錠がかけられているのも見えている。普通の鍵ではなく、後からつけられたものだ。扉そのものに鍵穴はない。けれども、長い年月を放置されていたことから、扉につけられた錠もまた古びていて、これなら簡単に壊せそうだった。
だからこそアレスは魔術でそれを壊して扉を開ける。
キィ、と思っていたよりも軽い音がして、開いたその先――
「……っ!? なんだ、これは……」
その部屋にあった物を見て、アレスは困惑した声を出す以外何もできなかったのである。




