ありったけの種類は混ぜない
イアがモノリスフィアでウェズンにメッセージを送って、間もなく。
思っていたよりは早くに返信がきた。
どうやら魔物に囲まれてだとか、瘴気汚染度が高いところでそもそもモノリスフィアが役に立たないといった事にはなっていないようだ。
『おにい今だいじょぶ?』
『問題ないと言えばないが、どうした?』
そのメッセージに「おや?」とイアはかすかに首を傾げた。
ないと言えばない、というなんとも中途半端な言い回しに、何かあるけど特に問題ではない、というところかなと推測する。
『こないだイルミナとファラムに持ってったドリンクが知りたいらしい。食堂で注文しようとしたけどゴーレムにそんなメヌーはないって言われた』
送信してから誤字に気付いたが、まぁ通じるだろう。
そんな気持ちでウェズンからの返信を待てば、あぁあれか、みたいな反応でもって返信が届く。
『ファラムに渡したのはアップルサイダーに余ったラズベリーとか入れただけの代物だぞ。
グラスに入れる前にちょっと氷がわりになればいいかなと思って軽く凍らせた』
「ほう?」
「えっ、あれラズベリーソーダじゃなかったんです!?」
イアがモノリスフィアをテーブルの上に置けば、ファラムとイルミナが覗き込んでくる。
てっきりラズベリーソーダとかラズベリーサイダーとか、そういうものだとばかり思っていたというのに実際はアップルサイダー。ほのかな甘さと酸っぱさが調和していて、夏に飲むのならいい感じね、とか思っていたファラムからすると予想外だった。
何故ってアップルサイダーなら別にいつでも飲もうと思えば飲めるので。
それにラズベリーだって、夏頃に実をつけるものがほとんどだけど、まさかあれを軽く凍らせて氷の代わりにしていたとはちっとも気付かなかった。
氷が入ってない割に冷えているな、とは思っていたけれど。
ガッツリ凍らせてあったなら気付いたかもしれないが、本当に軽くだったのだろう。ファラムが飲んでいた時にはひんやりした実はよく冷えてるな程度で、凍っていたとはこれっぽっちも思えないものだった。
ラズベリーに限った話ではないが、ベリー系の実はうっかり汁が服につくと結構な勢いで色がついたりもする。だからこそ、アップルサイダーの中に入れられたベリーの色がサイダーに移ったというのは別におかしな話でもない。
「えっ、ちょっと試しに注文してきますね!」
答えを教えられたファラムは勢いよく席を立ち、ゴーレムに再度注文をする。
ラズベリーを凍らせるのはファラムが自分でやればいいだけで、アップルサイダーなら注文してすぐに出てくるだろう。
ついでに果物に関しては食堂でそこそこの種類の注文が可能になっているので、当然その中にはラズベリー以外のベリー系も数種類用意されていた。
グラスに注がれたアップルサイダーの中に、表面だけをほんのり凍らせたラズベリーをファラムは慎重に追加していった。ウェズンから貰った時には大体これくらいだったかな……? という記憶を頼りにベリーを入れた後は慎重にストローでかき混ぜていく。
ウェズンは食堂から移動していたので、その間に凍らせたベリーはほぼ溶けてしまったのだろうけれど、ファラムは別にこのドリンクをもって移動するつもりは特にない。
なのでストローで混ぜる事で早めに溶かそうと試みたのである。
混ぜていくうちに、ベリーの色がアップルサイダーへ移っていったからか、徐々に色が鮮やかなルビーみたいに変わっていく。
「そう、これですこの見た目。間違いありません……!」
などと言いつつ席に戻り、そうしてストローで一口飲んでみれば。
「確かにこの前のやつと同じです!」
間違いないとばかりにファラムの目がぱぁっと輝いた。
「そう。嘘ではないのね……それじゃ私も注文してくるわ」
ファラムの反応を見て、ウェズンの冗談の可能性をわずかにでも疑っていたのか、それともこの前のってどれだっけ? みたいな感じで別のものを教えられる可能性を考えていたのか。
若干疑っていたらしきイルミナは、自分のドリンクも既にイアのモノリスフィアで伝えられていたらしく、すっと席を立った。
ファラムが注文している間に届いたらしきメッセージを見れば、イルミナのドリンクもファラムと同じくアップルサイダーが使われていたらしい。
あら、同じベースだったんですねぇ……とほんのり驚きつつも、あぁ、白い理由はそれかと納得もした。
イルミナのドリンクは、アップルサイダーに豆乳を注いだだけらしい。
アップルサイダーの香りが豆乳と混ざった事でほんのり甘さを感じさせるけど、あからさまなリンゴの香りではなくなったのではないか、との事。ファラムが飲んでいるドリンクは炭酸であるのがハッキリしているけれど、イルミナが飲んだ物は豆乳と混ざった事で炭酸成分が薄まって、それで余計にわからなくなっていたのだろう。
グラスの半分ほどにアップルサイダーを注いでもらって、そこに追加で豆乳を注いだものを手にイルミナが戻ってくる。
そうして一口飲めば、
「これだわ」
どうやら間違いなかったらしい。えっ、サイダーと豆乳混ぜるとか、え? みたいな事を呟きながらも、いやでもアップルサイダーって言われてもわかんない……と首を傾げている。
気になったので一口もらってもいいですか? と問えば、イルミナもじゃあそっちも一口、と言われたので普通に交換する。
イルミナとしては、ラズベリーソーダと言われれば確かにこれは……と思ったし、ファラムもまたこれは注文する際になんて言えばいいのかわからないなと思った。イルミナの先程の言い方がかなりあやふやだった事に関して、すんなりと納得できてしまった。
ミルクベースだと思っていたが、動物の乳臭さというのは全くなくて、だがでは、白い飲み物となれば他にすぐに思いつくのはヨーグルト系だ。けれども酸味は感じられないし、何よりヨーグルトのような爽やかさも特にない。
どう足掻いても乳酸菌がちらつく見た目なのに、実際無関係となればそりゃあイルミナだって注文するどころか説明にも困ろうというものである。
確かにとろっとしているし、白い見た目だし、甘さがほんのり優しい感じでどこか懐かしいような気がしている。イルミナの言い分は何一つとして間違ってはいない。
間違っていないのにこうも説明に困る感じがするとか、なんてものを用意したんだウェズンは、とすら思えてくる。
「ねぇイア、ウェズンってこういうドリンクミックスするの得意なタイプ?」
「んえ? さぁ? 得意か不得意かって言われたら、そこまでおかしな味のドリンクは出された事ないからそういう意味なら得意なんじゃない? そもそもドリンクを混ぜて持ってくるっていう事する人そんないないと思ってる」
「それはそう」
ウェズンからすれば何となくいたずら心でファミレスのドリンクバーで適当に混ぜて持ってきた、のノリだったのだが、この世界レストランはあれどドリンクバーは存在していないのでイルミナたちには当然馴染みのないものだったのである。
いたずら心といっても、流石に明らかにマズイやつを持ってきたら後が怖いので無難な感じでやっているので、変な物飲ませやがって的な事には今のところなってはいない。
紅茶やコーヒーにミルクを混ぜるとか、そういうのは普通なのだけど、飲み物に別の飲み物を混ぜるという発想は少なくともイルミナにもファラムにもなかったのだった。
なお二人ともカクテルの存在は知っているが、それはそれこれはこれ、というやつだ。
「おにいは適当に何か作ってもそれなりに美味しくなるのずっこい」
むぅ、と唸るイアにイルミナもファラムも何も言えなかった。
どれだけ事前にレシピを確認してきっちりその通りに作っても、何故だかイアが作る手料理は悲惨な味になるというのを二人はとっくに知っている。
「ちょっとまって、って事はイアが今私たちが飲んでるドリンクを自分で作ろうとしたらやっぱりマズイ何かが出来上がっちゃうわけ?」
「試してないからわかんぬい」
ちょっと試してみようか、という案は出なかった。
料理ですらほぼ壊滅的な状態だし、そもそも前に淹れてもらった紅茶が死ぬほど不味かったので。
いやでも食堂で用意してもらった飲み物を混ぜるだけだし……とは思うが、それでも不味いものが出来上がったら一体それをどうしろというのだ。
折角美味しいと思って飲んでるやつの見た目は同じで味が壊滅的バージョンをイルミナもファラムも飲むつもりはないし、イアだってそうだろう。
かといって、他の誰かに押し付けるわけにもいかない。
下手なトラウマを作ってその材料になった飲み物まで嫌いにさせたら色んな意味で申し訳ないし。
なのでまぁ、イルミナもファラムも「どんまい」という意味を込めてぽん、とイアの肩を叩くだけに留めておいた。
「そういや何かそこまででもないけどなんかあったみたいなニュアンスだったわよね、ウェズン。一体何があったとかそういう連絡はきてるの?」
これ以上この話はいけない、と思い、一先ず話題を変えようとしたイルミナはパッと思いついた事を口に出す。
「えー? そういや聞いてないな。聞いてみよっか」
ドリンクに関して聞いた時点でイアの中では終わった話だと思っていたようだが、ともあれイルミナの言葉にポチポチとメッセージを打ち込んでいく。
その結果判明した事は。
「いやちょっとあいつ色んな意味で予想を裏切らなさすぎでしょ」
「言ったら可哀そうですよ」
笑いをこらえて言う二人に、イアはルシアだからねぇ、としか言えない。
「てか、ヴァンって王子だったのね」
「あら、知らなかったんですか? グランゼオンってそれなりに有名なところだと思ってました」
「え、ファラム知ってたの? 言ってよ」
「言わなくてもわかるかなって」
ある程度のところで生活してそれなりに他国の情勢みたいなのをチェックしているところからすれば、グランゼオン王国はかなり有名なところである。
魔法道具のほとんどに頼らず、それ故に未だ浄化機が他と比べてマシな状態で維持されているという意味でも。
ウェズンから送られてきたメッセージは、ある程度素材を集めたから近くの町で休憩していたというところから始まっていた。
そしてそこで巻き込まれる修羅場。
恋人らしき男女の男の方が、突然ルシアを見て運命だなどと言い出した挙句、どうか自分と付き合って欲しいと口説き始めたらしい。
何度だっていうがルシアは顔だけは絶世の美少女だが男である。どう足掻いてもついてるものはついてる野郎なのである。
突然の運命の出会いとやらで危うく捨てられかけた女がルシアを一瞬で敵認定し、そうして発生したトラブル。
ルシアの目は道端で死んでる虫を見るような目だったという。
自分は男だと言っても信じてもらえず、だがしかし確実に判断させるために下半身を露出するわけにもいかない。というかそれは普通に犯罪である。
だからこそルシアは。
ごめんなさい、お相手が既にいるので、と近くで高みの見物をしかけていたヴァンを巻き込んだ。
咄嗟に巻き込まれたヴァンは一瞬凄く嫌そうな顔をしていたようだが、冷静に話し合って済みそうにないとも理解したらしく、ルシアに言い寄った男に堂々と名乗りを上げた。
すなわち、己の本名と所属、ついでに家での立場などを。
ウェズン達が訪れた町からするとかなり離れた国ではあるが、それでも一国の王子を相手に自分の方が勝てるなどと思うだけの自信は男にはなかったらしい。
仮に武力で決闘を申し込んで勝ったら彼女を、とか言い出そうにも学園の制服を着ているとなれば、それなりに戦える証でもある。
ちなみにヴァンがそうやって男と平和的に話している間に女の方はハイネが説得していた。
実のところあいつ本当に男なんだけどさ、見た目だけであんな簡単に運命だとか言い出すあの男、本当におねーさんにとってこれから先の人生で必要? とかなんとか言ってルシアと付き合うのは無理そうだと判断した男が元鞘を狙おうとした頃には、女の方もそうね、外見にコロッと騙されるような単純な男、ごめんだわとか言い残してさっさと立ち去っていった。
一応女の方にはあれは咄嗟のやつなので実際あの二人は付き合っていませんと言っておいたので、まぁ遠い土地で王子が男の恋人ができている、とかそういう噂にはならないと思いたかった。
なおウェズンはその一部始終をイアのモノリスフィアに入力して送っていたので、仲裁に入る余裕はなかったのである。そうでなければハイネと一緒に女を説得していたと思われる。
「……ルシアってさ、学園に入る前は閉鎖的なところで生活してたって言ってたけど。
もし普通の町とかで生活してたらさ、毎日事件に巻き込まれてそうだよね。偏見だけど」
イアが凄く言葉を濁して言うそれを、イルミナもファラムも否定できそうになかった。
なんというか、ルシアが暮らしていたところはあくまでもルシアの事を浄化機もどきとして認識していたので、外見の美醜はそこまで重要視されている様子はなかったが、しかし他の土地ではそうではない。
やはり見た目が良ければそれなりに目が向くし、そうなればその分変なのに目を付けられる事だって有り得る。
テラプロメで生活していた頃のルシアにとって、あの場所での暮らしは決していいものではなかっただろうけれど。それでもそこで生活している事で守られていたものもあったんだろうなぁ……と思ったのであった。
正直どっちがマシか、とかそういうのを考えるのはドツボである。




