帰省したら故郷が燃え盛っておりまして
どしたん、話聞こか?
なんて気軽なノリで言っていいものなのかどうか。
流石に故郷が炎上と聞いて、いくらなんでもそのノリはないだろう、と思い直したものの。
正直困り果てたのもあって、ファラムの事はイルミナに押し付けた。
お前のクラスメイトだろ何とかしろ、というある意味での無茶振りである。
どうせジーク相手に悪戯魔法を練習したところで、ほとんど効果がないのだ。
そうして使いこなせる気がしないと打ちひしがれるくらいなら、いっそファラムの話でも聞いてやれ。
もしかしたら何らかのヒントとか得られるかもしれないぞ、とかいうやっつけ的なものも確かにそこには存在した。
ファラムはといえば、同じクラスになったイルミナとは可もなく不可もなく、といった程度の仲なので、貴方にお話しする事はありませんわ、などと言う事もなかった。
あ、聞いてくれます? くらいのノリですらあった。
「魔法罠に関して、ふと思い出した事がありましたの。だからそれを確認するために、わたしちょっと実家に戻ろうと思いまして」
「思い出した事、って?」
イルミナの疑問にファラムは疲れた様子を隠すような、そんなぎこちない作り笑いを浮かべた。
「えぇ、記憶が確かなら、魔法罠って確か魔女が使う罠魔法を元にしていたなと。罠魔法を見て、それらを魔女以外でもどうにか使えないだろうかと精霊に契約を持ち掛けても成功した者が少なく、故に見様見真似でそれらをどうにか道具として落とし込んで使える物にしたのが……魔法罠だったなと」
「そうね合ってる」
イルミナが祖母から聞いた話そのまますぎて、それファラムが先に言ってくれていたらな……なんて思いもしたが、言われたとしてだからなんだという話でもある。
「ただ、魔女だから必ずしも罠魔法の契約を精霊と結ぶことができたか……となるとそれはまた別の話だったと思うので、もう少し詳しく調べてみようかと思いましたの」
「うん、そうね。私魔女の家に生まれて育ったけど、私に罠魔法は千年早いって言われたわ……ふふ。まぁ落ちこぼれとか散々言われてたからそれは仕方ないと思うのだけれど」
「それで、我が家の蔵書にそういったあれこれがあったと思ったので、実家に戻る事にしたわけです」
「最初に言ってたわね。それで?」
「いざ故郷に戻ったら、なんと町が燃え盛っているじゃありませんか。わたし驚いてしまって」
「そりゃ驚くわ。私も家に帰って周辺の森ごと燃えてたらびっくりするなんてもんじゃないもの」
そういう問題だろうか、と話を聞いていたジークは思ったが口には出さなかった。
ファラムの事はイルミナに押し付けたけれど、だからといって自分がこの場からいなくなった後、一体どんな話をして、どんな風になったかも知らないままわけのわからない方向に突き進まれるような事になったなら。
後始末をするのはテラではなくその場合自分である可能性がとても高いので、二人の会話に積極的に入るつもりはないが、一応耳だけは傾けている。
「どうして燃えてるのかというと、どうやら魔物が原因のようでした。
わたしの故郷はどちらかといえばそこまで瘴気汚染されているような場所ではなく、色んな花が咲き誇る、景色のいいのどかで平和なところだったので魔物なんて滅多に出てこないし、出たとしてもそう強いものではなかったのに」
「えっ、それじゃ余計に大変じゃない。平和なところっていうなら、戦える人材とかそんなにいなかったんじゃない? 一応学校の卒業者関係で冒険者としてギルドに所属してその土地で暮らしてる人がいないわけではないんでしょうけれど」
「えぇ、一応そういった人たちはおりました。ただまぁ、平和ですからね。冒険者としての依頼としても、精々お使い代行みたいな感じのゆる~いやつが多いので、たくさん働いて稼ごうというよりは、日々の生活がどうにかなればそれで、みたいなタイプの方が多かったです」
「まぁそうよね。そんなところに滅茶苦茶強い人がいたとしても、毎日平和だと腕も鈍りそうだし」
「そうなんですよね、余程その土地に執着する理由でもない限りは、そういう人は他のところに行っちゃうので」
瘴気汚染の程度にもよるけれど、ある程度実力がある相手なら稼げるうちにたくさん稼いでおこう、と考えてそこそこの危険地域に行く事は珍しい話でもない。
そこが故郷でどうしても離れたくないだとかで危険だろうとその土地に住み続ける者もいるし、己の実力的にここで生活していくのは厳しいものがある、と判断して故郷を捨てるしかない者もいる。
そうなると、ある程度瘴気汚染があって魔物が発生しやすい土地の方が実力者たちが集まる事になるのは割と普通の流れでもあった。
そしてファラムの故郷はそこまで危険とされている土地でもなかったがために。
今回の事態をどうにかするには少々難しいものがあったようなのだ。
「大体なんで燃えたの」
「それが、突然魔物が発生したらしくて。瘴気汚染度的にそんな強い魔物が出るとか明らかにおかしいくらいの異常事態でした」
「……異常事態、ね」
「えぇ、その、学院にいる精霊のリィト、でしたか。彼が関わっていたようで」
「人為的なものだったのね。一瞬で納得できたわ」
「わたしもまさかそこで彼と対峙する事になるとは思ってもいなかったので……危うく死ぬかと」
「よく生きて帰ってこれたわね」
「えぇ、本当に。ウェズン様への溢れんばかりの愛がなければ難しかったと思いますわ」
「それ関係あるの?」
「大ありですよ、きっと」
そこはきっと、がつくんだ。
とイルミナは声には出さずに思った。
ついでに話を聞いていただけのジークもまた、あぁあいつか、と思い返す。
ジークは人里に姿を見せていたわけではない。ドラゴンなので。
ドラゴンの体内の魔晶核が浄化機の欠かせない部品である、と知る者からすればジークというドラゴンの存在はまさにとんでもないお宝だった。
ただ、それでもたまたま人里の近くに行く事だってあった。時として理由があって。時としてきまぐれに。
狙われているからといって、ずっと怯えて逃げて隠れて過ごすなどという暮らしをするはずがない。それはジークに限った話ではなく、ドラゴン全般に言える話だ。
まぁそれでも結局やられたわけだが。
魔王とその妻と勇者と魔女が出張ってくるとか思うまいよ。
それに関しては相手が悪すぎた。
まぁ、勇者は勇者と断言していいかは微妙なところではあったのだけれど。
それでも彼が、あの時間違いなくジークにとって一番厄介な存在だった。
何せ彼の愛する妻が瘴気に汚染され、このままでは命が危ないという状況で。
浄化機も上手く動かなくなっていたからこそ、愛する者のために彼は必死になっていた。
そうでなければジークが圧倒されるような事はなかっただろうし、そうであったなら負けるはずもなかった。
彼の執念と、共に戦った仲間たちが馬鹿みたいに実力者ばかりだったのもあってジークは負けたのである。
ともあれ、そこからはずっとイルミナの母の身体に魂を封印されて、あの人もろくにこないような塔に縛られ続けていたのでその間の世間的な情勢はあまり知らないが。
それ以前の話であればそこそこ知っている方だとは思っている。
学園と学院に関しては、まぁ知らない者の方が少ないだろう。
何せ世界の命運を賭けているも同然なのだから。
最終的に行きつくところが同じかもしれなくても、それでもこの二つは対立し続けなければならないし、戦い続けるしかないのである。
そしてそこに手を貸している存在もまた、同じようなものである事をジークは知っている。
精霊たちは本来なら別に争う必要も理由もないのだが、けれどそれぞれが何らかの目的でもって動き始めているのは感じ取っていた。
特にリィトは、元は学園に力を貸していた精霊だったはずだがいつの頃からか学院に移動していた、というのはジークも小耳に挟んでいた。
理由は知らない。本人に直接聞けばわかるかもしれないが、まぁ恐らくは言葉を濁すだろう。
なんとなくで楽しそうだったから、という理由でないのだけはわかっている。
ジークはリィトとそう関わった事はないけれど、それでもアレはそういった性質の持ち主ではない。
恐らくではあるが、学院を統括しているあいつの助力になればとでも思ったのだろう。
学園を統括している奴の周囲はそれなりに味方が多いから。けれども学院は……
なんだかんだで貧乏くじを引きにいったと見るべきかもしれない。
どうしてこうも自分の周囲には貧乏くじを率先して引きにいく奴が多いのだろうかとジークは考える。
もしそれを口に出して、聞く者が聞いていたならばそこにお前も含まれているだろうと言われていただろうけれど。
生憎とその言葉は空気に触れる事もなく、この場にいるのは事情を知らないイルミナとファラムだ。
間違ってもそんな事を言われる事はなかった。
「リィトについては、一応ほら、わたしも多少は伝え聞いておりますから。
大分警戒もしたんですよ。っていっても直接彼と戦ったわけじゃないんですけどね」
「そうね、そういやあいつワイアットの友人みたいな事も言われてたっけ。え、それでリィトがいながらにして魔物と戦ったの? どうやって切り抜けたわけ?」
「どう、って言われましても。丁度屋敷の近くだったから、執事が参戦してくれて。
わたし一人だったなら間違いなく無事じゃありませんでしたよ。お父様もどうにか無事でしたし」
思わぬ強敵の登場。
イルミナはまさか自分が悪戯魔法なんていう使い道に困る代物を貸し出されてその使い道に悩んだりしている間に、ファラムがそんなとんでもない事になっているなんて勿論思っちゃいなかった。
だからこそ、こうして無事に帰ってきた時点でどうにかなったのはわかっているが、それでもどうやってその場を切り抜けたのか……とても興味津々だったのである。
「そう、ですわね……生憎とわたしも何が何だかわからない部分が沢山あるので……話したところで納得されるかは微妙なところなのですが……」
困ったように眉を下げつつ、ファラムはゆっくりと語り始める。
それはなんだか、寝るのをぐずる幼子に向けて物語を読み聞かせるような口調ですらあった。




