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僕が将来魔王にならないとどうやら世界は滅亡するようです  作者: 猫宮蒼
七章 何かが蠢くその先で

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悪戯をしよう



 ドラゴンを強さの象徴とする考えがないわけじゃない。むしろそっちの方が一般的であるとすら妖精は思っている。

 だがイルミナはその上で、あえて絶対的強者であるなどと言わず、己の弱さの証なのだとのたまった。


 これを笑わずして何を笑えと言うのだ。


 イルミナの実力では、これから先だってこのドラゴン相手に勝てるかどうかなんてわからない。

 いや、恐らく無理だろうとも思えている。


 つまり一生涯、ずっとこいつは己が弱い存在であることを突きつけられながら生きていかなければならないのだ――と考えると。


 いっそ哀れを通り越して滑稽ですらあった。



 けれども、腹を抱えて笑い転げながらも妖精は見た。


 そう言ったイルミナのその表情は。

 目は。


 そこに決して卑屈さは感じられなかった。


 てっきり諦観の念があるのかと思った。

 己の弱さを悟る事は決して間違いではない。

 だから、その弱さを自分への言い訳にする事も。


 そういった事を今まで何度だって見てきたのだ。妖精たちは。


 けれどイルミナは、そういった自分に都合のいい言い訳で諦めて物分かりのいいふりをしている奴らとは違っていた。そういった連中の目はどこか諦めを含んでいる。

 けれどもイルミナは。


 何一つとして諦めちゃいない目をしていた。


「ふ――くく、馬鹿だ馬鹿だと思ってたけど、ここまでくるといっそ清々しくすらあるね」


 笑い転げていた妖精はよっこいせ、と木の枝から転がり落ちる前に体勢を立て直し、ふわりと宙に浮く。


「おい、手ぇ出しな」


 そうしてリーダー格の妖精は尊大に告げるのである。


 手を出せ、と言われてもイルミナからすればどうすればいいのかよくわからなかった。


 妖精が何をするつもりかもわからないのに、素直に手を出して大丈夫か? というのもあった。

 戸惑い、困惑。明らかにそんな雰囲気を漂わせて手を出そうとしないイルミナに、妖精はこうだよこう! と自分の手を見本のように差し出した。


 左右どちらでも構わないのだろう。

 ともあれ、妖精がしているようにイルミナもそっと手を差し出した。


 手のひらは上を向いている。


 友人同士のやりとりなら、ここに何かくれるのだろうか、と思えるようなやつだ。キャンディのおすそ分けであるのなら、いっそ微笑ましくもあるのだが。


 浮いた状態の妖精はそのまますいっと空中を移動して、前に出る。

 他の妖精たちが背後にいる状態になって、そこで、彼は振り向いて小さく頷いた。


 そして木の枝に留まるようにしていた他の妖精たちも、同じように頷いて。


 ふわり、と各々が飛び始める。


 空中をすいすいとまるで泳ぐかのように移動する妖精たちを、イルミナはやはり困惑したまま眺めていた。

 正直手を出せ、と言われたままの手は、もう下ろしていいだろうかとすら思い始めている。

 だがまだ出した手に何かをされたわけでもない。

 今動かすと文句を言われそうな気がして、イルミナはどうしたものかと視線を――助けを求めるようにジークへと向けた。


 ジークは暢気にあくびなんてしていた。

 他人事だと思って!


 そう言いたかったけれど、実際ジークからすれば他人事だった。

 一応ついてきたけど、別に自分が何かをしなきゃいけないわけでもないしな、くらいの認識だった。

 ただ、魔女の試練がどうのこうのという話に関して、自分があの封印から脱出できた事を、実際実物をお目にかからない相手がすんなり納得して理解するか、となると微妙だったのもあったから。

 まぁ仕方ないな、くらいのノリだったに過ぎない。


 今使っているこの器がイルミナの母親のものだから。

 そうじゃなかったら、一生徒に同行とかするはずもない。


 困ったようにこちらを見ていたのをジークも理解しているし、妖精たちが何をしようとしているのかもジークは理解していたけれど。


 わざわざ説明してやるつもりもなかった。

 どうせあと数秒後には嫌でも理解する。



 ジークがそんな風に思っているとは露とも思わず、イルミナは「えぇ……?」と困り果てたような声を出していたが。


 妖精たちも準備が整ったのだろう。


 一糸乱れぬ動きでもって、空中からイルミナの手のひらへ向けて急降下し――



 ぱぱぱぱぱぱぱぱぱぱぱぱぱぱぱぱぁんっ!!


「いっ、だああああああぃ!? なっ、何すんのよ!?」


 イルミナの叫びが響き渡る。

 もう手を引っ込めていいだろうか、駄目って言われても引っ込めるけど! とばかりにイルミナは自分の手を引き寄せて、もう片方の手で手のひらを優しくさすった。


 妖精たちが何をしたかといえば、空中から急降下し、その小さな手でイルミナの手のひらを叩いたに過ぎない。その場にいた妖精たちが順番に凄まじい速度でもってやらかした事で、連続ハイタッチどころか爆竹鳴らしましたみたいな事になっていたけれど。


 妖精たちの手は小さいし、本来ならばそこまで痛いなんて喚くほどのものでもないはずだった。


 けれども空中からの急降下、勢いをつけて繰り出された一撃は例えるならば――足を踏まれた時に、踏んだ相手が普通の靴ならともかくよりにもよってハイヒールのヒールがある方で踏まれた、みたいな威力があったのだ。つまりは、体感的にも本来のダメージよりも痛みが強く感じられたわけで。


 こうなると予想がついていたならまだしも、イルミナは何をされるかなんてわかってすらいなかった。

 それもあって、余計にダメージが強く感じられたのだろう。


 手のひらをさすって、それから恐る恐るそっと手のひらを見たけれど、別段赤く跡がついたりはしていなかった。

 もしついていたら軽いホラーになっていたかもしれない。

 何せちいさな手の跡が自分の手のひらに無数につく形となっていたのかもしれないのだ。


 叫ぶくらいに痛かったくせに、しかし手のひらを見る限りそういった痕跡はない。

 これ以上痛い痛いと喚いても大袈裟とか言われそうなので、イルミナは若干滲んだ涙を自然な動作で拭い去って、こんちくしょうとか言い出しそうな表情でもって妖精たちを見た。


 お母さんの友人と言えども、今回の事は場合によっちゃタダで済まさない……!

 そんな気持ちすら浮かび始めている。


 母の友人であったから、今までどれだけボロクソに言われたところで耐えていた。

 これが母の友人でも何でもないただの妖精だったらイルミナだって勝率はさておきとっくのとうに攻撃を仕掛けていたに違いないのだ。

 それこそ、かつてウェズンがイルミナにキツイ言葉を浴びせている妖精たちを根絶やしにするのもやむなし……! みたいに思ったのと同じように。


 今まではなんだかんだ言葉だけだったから。

 直接何か、怪我をするような事もなかったから。

 言葉こそきつかったけれど、言ってるそれらは別に何も間違っちゃいなかったから。


 だから耐えていたのだけれど。


 今回ばかりは流石におとなしく耐え続ける事に関してどうかと思い始めている。


「お前に罠魔法なんて千年早いんだよ」


 内心でイルミナがそんな風に妖精たちへの敵対心とか攻撃しようという加虐的な精神を育んでいるところで、リーダー格の妖精がそんな事を言い出した。


 そこは普通百年ではないのか、とかそんな風に思う間もなく、イルミナはとりあえず最後まで聞いてから攻撃を仕掛けるかどうかを決めようと思い始めていた。

 かつての自分なら、きっと相手にするだけ無駄、とか言い聞かせて――どのみち勝ち目が薄かったから――無視していたに違いないが、今は違う。

 今なら、たとえ勝てなくたってそこそこのダメージは与えられるのではないだろうか。

 であれば、負けても決して何もかもが無駄に終わるわけじゃない。



 今までの分も合わせてか、イルミナの心の中でふつふつと育ててはいけない何かが育っていたのだが、妖精は果たしてそれに気づいているのかどうなのか。

 自分の命が危機的状況に見舞われかけているというのに、周囲の妖精たちも間違いなくそんな事知らないのである。


 とりあえず次に何か失礼なワードが飛び出たら一発魔術をぶちかまそう。


 案外サクッと決められたそれに従って、イルミナはひとまず冷静になろうと思いながらも妖精の次の言葉を待った。内容次第では開戦の合図にもなるものだ。

 聞き逃さないように、じっ、と妖精を視界におさめ、ただ黙って見つめる。


 一方の妖精は、何やらもの言いたげな様子のイルミナに一応気付いてはいた。


 いたけれど、しかしこれは必要な事だったので。


 本当だったら、イルミナは友の子であり、妖精たちからすれば直接的な友ではない。

 友が、何かあったら頼むと言ってはいたけれど。

 だから、向いていないのであれば魔女なんて目指すもんじゃないと諦めさせようとしていたけれど。


 自分の弱さゆえに母が死んでも、適当な言い訳で自分を納得させる事なく諦めていない様子のイルミナに、これ以上何を言ったってきっと諦める事はないとわかってしまったりもしたので。



 少しくらい力を貸してやるのもやぶさかではない、と思ったのだ。



「罠魔法は無理でも、悪戯魔法ならどうにかなるだろ。貸してやるよ、それ」


 だから、これは、妖精たちにしてみれば、最大限の歩み寄りでもあったのだ。

 今までさんざんボロクソに罵ってきたのだから、今更仲良くなど無理だとわかっている。今までの言葉を謝るつもりだって勿論ない。

 けれど、こいつにとってまず罠魔法とか使いこなせるまでにどれくらいかかるかわかったものじゃない。

 でも、必要なのはきっとそう遠くないうちだ。


 それならば。


 罠魔法とは異なるけれど。


 使い方次第ではこれだって充分に使えるので。


 それ、と言いながらイルミナの手を指させば、イルミナは何が何だかわからないとばかりにもう一度手のひらを見た。


 手のひらには何もない。

 文字が刻まれただとか、何かいかにもな魔法っぽい紋様が浮かんだとか、そういうのは何一つとして存在していない。


 けれども気付いたのだろう。


「何をしたの」

「だから言ったろ。悪戯魔法を貸してやるって」


 妖精たちが叩き込んだ手のひらから、恐らくは妖精たちの力の残滓でも感じ取ったのだろう。

「ずっとってわけじゃないけど、当分の間は貸してやる。上手く使え。罠魔法は無理でもそれくらいならお前にだってどうにかできるはずだから」


 妖精の悪戯は、小さなものから大きなものまで色々あるが、そのどれもが決して馬鹿にできないものだ。

 相手に怪我をさせるような事にならないような安全なものから、一歩間違えば大惨事になりかねないものまでそれこそたくさんあるのだ。


 妖精からすると悪気がなくても時としてヤバイ事になっちゃったりするのもご愛敬ってやつだ。


 そんな魔法のいくつかを、イルミナに貸す事に決めたのだ。



 自分の弱さを自覚して尚、諦めず前に進もうとしている友の娘。


 精々どこまで足掻けるのか、見ものだななんて思いながら。



「……悪戯魔法って言われても……なんだろう、すごく、しょぼい印象しかないんだけど」

「馬鹿にすんなよ妖精の悪戯舐めてたら死ぬかんな」


 初っ端から殺しにかかるような悪戯をすることはないけれど、魔女として落ちこぼれのこいつに言われると腹立つな、と思ったので。

 リーダー格の妖精はすいっと飛びながらイルミナへ近づいて、おもむろにその頭をぱしんと叩いたのである。

 一応さっきの手のひらアタックよりは手加減している。

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