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僕が将来魔王にならないとどうやら世界は滅亡するようです  作者: 猫宮蒼
七章 何かが蠢くその先で

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存在の答え



 そこに、来たかったか、と問われれば。

 まぁできる事なら行きたくはない、とイルミナは答えただろう。


 いい思い出があまりない。

 それに、行けばどうしたって彼らと顔を合わせる事になってしまう。


 けれども祖母が行けというのであれば。


 きっとそこには意味がある。


 それもあってイルミナはジークを伴い久方ぶりに足を踏み入れたのだ。



 最初の魔女の試練があった、あの森に。


 試練の家があった場所にはもう泉しかない。

 本来ならばイルミナにとってもう二度と足を踏み入れないだろう場所。


 それでも、イルミナはやって来たのだ。


 森に入って早々に、イルミナの母の友人だと言われていた妖精たちがずらりと木々の枝からこちらを見ている事に気付く。

 てっきりまた落ちこぼれだと蔑みにきたのだとばかり思っていたが、妖精たちの表情はそういった……さぁこれからめいっぱい扱き下ろすぞ! というものではなく、何とも言えない複雑な表情だった。


 リーダー格っぽい奴はその何とも言えない表情のままイルミナを見下ろしていたし、そこから少し離れたところにいる妖精たちはそれぞれが何やらこしょこしょ話し合っている。


 話し合っている内容は聞こえない。

 けれども、なんというか想像はつく。


 彼らはイルミナの母の友人である。

 だが、今この場に足を踏み入れたのは、姿こそかつての友ではあるけれど中身は別だ。

 妖精たちはきっとそれに気付いたに違いない。


 これは……話の流れ次第では彼らと戦う事になってしまうかもしれない――とイルミナは思った。


 第二の試練。

 あの内容を思い返す。

 どう足掻いたところでイルミナの母が死ぬ、という流れは変えられなかった。


 イルミナが素直に母の言う事を聞き、彼女の肉体もろとも内部に封印されていたジークを殺すのが、母にとっての予定だったのだろう。

 けれども実際イルミナはそれを拒み、結果ジークはイルミナの母の身体を乗っ取って復活を遂げた。

 その際イルミナの母の魂は消滅。


 どちらにしても、母が死ぬのは変わらなかった。


 けれども。

 もし。


 もし、イルミナに優れた魔女としての資質があったのだとすれば。

 実力があったのだとすれば。


 第三の選択肢として、イルミナの母を助ける方法があったのではないか? と今になっても思うのだ。

 具体的にどう……と聞かれるとさっぱり思いつかないのだけれど、それでも。


 もしかしたら妖精たちもそんな風に考えて、友を殺す結果をもたらしたイルミナに対して更なる敵意を持ったとしても何もおかしくはない。妖精たちにとってイルミナはあくまでも友人の娘であって、イルミナそのものが友ではないのだから。


「おい、お前、今更何しにきたんだよ。こんなとこ、もうお前にとっちゃ用はないだろ」


 だから、リーダー格の妖精がそんな事を言うのだって、ある意味で当然だと思えたのだ。


 何をしに、と言われてもイルミナにだってわかっちゃいない。

 ただ祖母にここに行けと言われたから来た。

 そんな自分の意思なんてないような、とてもふわふわとした理由。

 言えば間違いなくお前自身の考えですらないのかよ、と妖精はきっと悪態をつくに違いない。

 かといって、だんまりを決め込むのも無視するなだとか、言えないのかだとか、まぁ言われるに違いないのだ。


 何をどう答えた所で結果にそう変わりはない。


 妖精たちはイルミナの事をそういう風に扱うのだから。


 だからこそ、素直に魔法罠に関して祖母に聞きに来たら、罠魔法と魔法罠は別だと言われた事も、正直に話した。今更妖精たちに馬鹿だなんだと言われたところで、もうイルミナの心が無駄に傷つく事もない。

 今までだって散々落ちこぼれだとか役立たずだとか、色々言われてきたのだから。


「……は、あの婆さんマジでかよ……それでここに、って……え?

 ちょっとまて、ちょっと待てよ、おいその隣のやつはじゃあなんだよ。姿はそうかもしれないけど、中身違うだろ。そいつは……」


 けれど妖精の反応はイルミナが思っていたものとは全く別のものだった。


「母は、死んだわ。第二の試練で」


 姿は確かにそうだけど。

 けれど中身がジークである以上、イルミナはもう「お母さん」と呼べない事をよく理解していた。

 妖精たちが果たして何をどこまで理解していたのか、それはイルミナにはわからない。

 けれど、誤魔化して適当な事を言うのも違うと思えた。


 与えられていた第二の試練について話せば、少し前までぽそぽそと小声で話していた妖精たちの声はいつの間にかすっかり消えて、ただただじっとイルミナたちを見ている。

 その静けさが、いっそ不気味だった。



 ――妖精たちは、知っていた。

 彼女がイルミナに第一の試練として基礎中の基礎みたいなものを残していったあと、どうしていたのかを。

 仲間とやらに誘われて、そうしてちょっと厄介な相手と戦うのだと言っていた。

 それってお前が行く必要あんのかよ? とリーダー格は聞いたし、対するそれに彼女は何も答えなかった。ただ、笑っていた。


 自分がいなくてもきっとどうにかなるとは思うけど、でも、滅多にない機会だから。


 そんなバカみたいな好奇心でもって、あの女は死んだのだ。


 妖精たちは知っていた。


 イルミナの母が戦おうとしていた相手がドラゴンである事を。


 ただ倒すだけなら、そう苦戦はしなかったと思う。何せ一緒に戦う相手が強い事は、妖精たちだってわかっていたのだから。

 けれど、ただ倒すだけで済まなかった。


 ドラゴンの体内にある魔晶核が必要で、それ故に。

 少々無茶な戦い方を強いられた。


 ただ殺すだけなら、きっと彼女が死ぬような事にはならなかったはずだ。

 けれども彼女はその選択を選んだ。


 魔女ってやっぱろくなもんじゃない、と妖精は思ったのだ。

 だから、祖母や母と同じ道を歩もうとしている小さな娘の事を哀れんだりもした。


 お前が思っている程、魔女なんていいもんじゃないぞ。


 何度だってそう言ってやろうと思ったけれど。


 それでもやっぱり少女の母とは長い付き合いだったから。

 ろくでもなかろうと友人だったから。


 そこまで悪く言わない事を彼らも選んだ。


 ただ、どうしたって向いてないとは思うけどそれでも魔女を目指そうとしている娘には、心へし折ってでも諦めてもらった方がいいんじゃないかと思ってきつい言葉を浴びせたけれど。

 傷つけた事は理解している。

 けれど謝るつもりなどこれっぽっちもなかった。


 第二の試練については、妖精たちも詳しくなんて知らなかったけれど。


 ただ、あんな本当だったら誰だって成功してなきゃおかしいものを試練にしていた以上、次があるだろうとは妖精たちも理解はしていた。あれで合格なんて事にしたら、間違いなくイルミナは魔女になっても即座に死ぬ。だからまぁ、ここから徐々に難易度をあげていって、そうしてどこかで諦める事になるのかもしれないなとは思っていたのだけれど。


 第二の試練の内容を聞いて、妖精は大体の事を理解してしまった。


 魔晶核を確保するにしても、余程上手くやらないといけない。

 それはたとえば横やりが入って魔晶核を奪いに来る者がいる可能性だったり、取り出すにしても上手くやらないと折角の魔晶核が台無しになる可能性だったり。

 予想外の結果というのはいつだって潜んでいる。何かの拍子にひょっこり現れて、そうしていらぬトラブルを招くのだ。


 それを踏まえた上でも、どうしてドラゴンの魂をあえて肉体に封印なんて選択をしたのか、妖精たちには理解が及ばなかったけれど。

 けれど、仲間の誰かがそう願ったか望んだのだろう。


 いやそれにしたって、彼女が身体を使ってまで封印する必要はあったのか? と思わなくもないのだが。


 ……どうせイルミナに聞いたところで、知るはずがない。わかるはずがない。

 だが、では。

 目の前の、かつての友の器を使っているドラゴンに問えば、果たして答えはもらえるのか、となると。


 仮に答えを知れたとして、その内容次第では妖精たちだってどういう行動に出るかわからなかった。

 だったら、聞かないままの方がいい。

 もし聞いて、本当にしょうもない理由だと妖精たちが思ってしまったら。

 いくら友にとって重要だったとしても、それをくだらないと思ってしまえば。


 死んだ相手の事まで悪く言いたくはない。

 友の器を使っている相手に、勝ち目のない戦いを挑むような真似もしたくはない。


 もしかしたらとても崇高な理由があったかもしれないが、いかんせん妖精たちにとっての友であった魔女がそんな理由で何かをした、というのが過去なかったので。

 むしろ今までの行いから、きっと聞けば脱力して、ふざけんな馬鹿とか悪態をつくような事になる可能性がとても高かった。


 そんなもんのために命張ったのかよ、とか、無駄死にじゃねぇか、とか。

 正直言いたくはないのだ。

 けれど聞いてしまえばきっとそう口にする。


 であれば、何か自分たちにはわからない、とても重要なものがあったのだろうと思い込むしかなかったのだ。そうでなければ、色んなものを台無しにしかねなかったので。

 見た目が小さくてお子様のように見える者たちであれど、その中身は随分と長生きだ。

 だからこそ、真相を明らかにしない事を選んだ。思い出を選んだのである。


 妖精たちにとって真相がとってもくだらなかったなら、それを聞かなかった事にする、という選択肢だけは選べそうになかったので。


 いつか、何もかもが終わった後なら聞けるかもしれない。

 それは今ではない。ただそれだけの話だ。



「で、その試練とやらをクリアできなくて、未だ落ちこぼれの魔女とも言えない無能がババァに言われてのこのこやって来たってわけか。罠魔法とか確かにお前にとっちゃ相性最悪だろうよ」


 へん、と鼻で嗤うようにして言えば、イルミナは反論こそしなかったがそれでもまぁ、カチンとはきたのだろう。

 拳にぎゅっと力が入って強く握りしめられる。

 そのまま殴り掛かってくるには距離が開きすぎている。

 魔術なり魔法なりで攻撃をぶちかまそうにも、そうなればこの場にいる妖精たち全てが敵に回るのもわかっているのだろう。


 魔法に関しては妖精たちの方に軍配が上がると思っている。

 イルミナ単体なら。もし隣のドラゴンがイルミナに加勢するのであれば、こちらがかなり厳しい。


 けれど、こうして足を運んでわざわざ妖精と戦いに来たわけでもないのだ。

 短絡的な手段を最初に選んだりはしない事くらい、妖精たちもわかっていた。

 イルミナは確かに落ちこぼれと言っていいくらいどうしようもない不出来さではあるけれど。

 けど、そういった部分もわからない程の馬鹿ではない事も、妖精たちは知っているので。



「一つ、聞かせてくれないか」

「……何を」


 こっちが口を開くたびに怒りを抑えているようだけれど、それでもまだ会話が成り立つらしい。

 ここでその会話すらぶった切るようであれば話はここで終わったけれど、案外まだ冷静だったようだ。


「その器。中身はもう既に母ではない。

 魂が消えたのなら蘇る事もない。

 なぁ、じゃあ、自分の母を消滅に至らしめた相手と共にいるのは、なんでなんだよ」


 第二の試練の話をイルミナがした時、どうやら同行者にドラゴンが関係しているらしく今では学園の臨時教師みたいな事をしている、とまで聞かされて、妖精たちからすれば「なんて?」という気持ちでいっぱいなのだが。


 母を殺したも同然の相手が何食わぬ顔をして同じ学園に存在しているという事実も理解しがたいが、そんな相手とここに一緒にやってきているというのもどうかしている。


 だからこそ、イルミナに聞いてみたかった。


 今は教師という立場だから、だとか、強い相手だから勝ち目がなくて諦めたからか。

 魔女の試練に同行者がいなければ。イルミナ一人であったなら。

 その場合はまた違った流れになっていたかもしれないが、その状態で仮にドラゴンと戦う羽目になったとして、そうなれば、イルミナは果たしてその上でそれでもそのドラゴンと行動を共にできただろうか、という疑問が残る。


 実際戦ったといってもイルミナ自身は手も足も出なかったようだし、そういう意味ではいつでもその隣にいる母親の姿をしたドラゴンは、イルミナを殺そうと思えば殺せるのだから。


「母の仇、だと思ってはいないわ」

「へぇ?」


 いや仇だろ、とは思うのだけれども、妖精はそこを突っ込んだりはしなかった。


 母の魂が消滅したというのに、しかしイルミナはドラゴンに対して確かに強い憎しみだとかを抱いている様子がなかったので。

 けれども、母親の代わりとして見ているわけでもないだろう。

 そんな甘ったれた空気じゃないのはわかっている。


「そうね、あえて言うのであれば」


 ちら、と一瞬だけイルミナの視線がドラゴンへと向けられる。

 視線を受けたドラゴンは、しかし特に何も気にした様子もなかった。


「これは、私の弱さの証明よ」


 その答えに。



 妖精は腹を抱えて大笑いしたのである。

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